第14話 少しだけの信用

「――以上が前回この部屋で行われた話です」


「……」




 ダルキスが言葉を失くして固まっている。


 大呪術師ボーディスの存在、祭りの本当の目的、次期伯爵だった長男の死の真相。どれもがヴァーエル家にとって門外不出の秘密と言える情報だった。




 最も秘匿しなければならない情報は知られていないみたいだが、それでもカインがやり直ししていることを信じられるようになっていた。




「何が目的だ?」




 やり直しの権能はカインにとっても秘匿しなければならない情報だ。対策のしようはないが、今のようにどれだけ優位な状況にあっても情報を与える真似をしてはならないことになる。




 開示してでも得たいものがあったから開示した。


 少なくともダルキスにとっては、そうでなければ自分の最も大切な情報を開示する気にはなれず、カインも同じだろうと判断した。




「情報です」


「情報?」


「先ほどの話では最も大切な情報が抜け落ちていました」




 それはヴァーエル家にとって最も漏らしてはならない情報。


 目の前にいる少年が得体の知れない相手で、自分の記憶にない自分が口にしてしまったらしい情報を語られた時も表情を崩さなかったダルキスが動揺してしまう。


 それだけでカインは自分の推測が正しかったと理解した。




「え……」




 ダルキスのそんな反応にエレナが戸惑う。


 彼女が知っているのは大呪術師ボーディスによってヴァーエル家が呪われ、5年前に封印が限界を迎えてしまったせいでほとんど機能しなくなってしまったということ。




 これまで深く考えてこなかった。彼女がボーディスについて知らされたのは、兄が亡くなった真相を聞かされ、【呪怨耐性】を持つ者を探すことができるからだ。その時は仲の良かった長兄が亡くなったショックと長男に代わって跡を継ぐことになった次男の教育で慌ただしかったため聞くことができなかった。


 だが、今こそ聞き出さなければならない。




「どうしてヴァーエル家はボーディスから恨まれているんですか? それにボーディスとは何者ですか?」




 犠牲者が出ても、その存在について公表されることは頑なにされなかった。


 ボーディスの存在について知れば操られる条件を満たしてしまう、という理由もあったが、それ以上に言いたくない理由があった。




「話していた時の様子からしてエレナも知らないようでした」




 そう感じたのは実際に話を聞いていたブランディアだ。




「洗脳についてなら二人とも問題ありません」




 使徒は神の加護があるおかげで精神には絶対的な防御力がある。どれだけ強い呪術師だったとしても使途を操るなど不可能だ。


 ボーディスについて知れば知るほど洗脳の対象となる。しかし、カインには回帰があるため、やり直すと洗脳される前の状態まで戻ることができる。


 回帰した時点では洗脳されていない。




「危険ならようなら街から離れます。まさかボーディスも脅威になるのか判断できない相手まで殺そうとするとは思えません」




 呪術には何らかのリスクが伴う。敵である判断もできていない相手に小さかったとしてもリスクを負うとは思えない。




「洗脳されても大丈夫な点は信用しよう。だが、それはとは別に個人的な理由で言えないんだ」


「……」


「屋敷に部屋を用意する。君のように力のある者が協力してくれるのは素直にありがたい。実力を認め、私の方で雇った冒険者と本祭には協力してもらいたい」






 ☆ ☆ ☆






 ヴァーエル家に客として滞在することを許されたカイン。


 エレナに部屋まで案内され休んでいるよう言われたが、事態を少しでも早く解決するため立ち止まるわけにはいかなかった。




「どうしました?」


「行きたい所があるんだ。連れて行ってほしい」




 案内してくれたエレナと共に客室を出て廊下を歩く。


 貴族の屋敷であるため廊下であっても広く、途中で使用人とすれ違ったのに旧草を全く感じさせない。




「ヴァーエル伯爵は俺のことを多少は信用してくれた」




 だが、信頼までは寄せてくれていない。


 解決する為にも情報が必要なのだが、先ほどの様子からして今のままでは話してくれるとは思えない。




「でも、お父様が話してくれるのを待つしかありません。他に手掛かりがない状況では、お父様が計画している作戦に協力するしかありません」


「いや、手掛かりならある」




 大呪術師ボーディス。


 街中でカインを襲撃した謎の男。


 目的地へ向かうべく屋敷を出る。




「ぁ……」




 屋敷を出たところでエレナが小さく声を漏らす。


 だが、カインの足は止まらない。見捨てられないエレナはついていくしかない。




「外が危険なのは分かっているはずです。どうして無防備に出たりするんですか」




 やり直した世界での出来事は先ほど情報を共有した。


 街へ出かけたことで正体不明な相手から襲われ、呪術によって心臓を貫かれることとなった。


 何もできないまま潰されるのを見ているしかないなど凄まじい恐怖だ。




 安全な場所にいるべき。




「ヴァーエル家の屋敷は安全なんだな」


「はい。あの屋敷は初代が手掛けた物で、どういう方法が用いられているのか分かりませんが呪術への耐性があります。きっと後世の為に遺してくれたんですね」




 敵の呪術師には遠く離れた場所からの監視を可能とする呪術がある。そうでなければカインに……と言うよりもブランディアに気付かれることなく先回りするのは難しい。


 それを使われていれば屋敷の中での会話など敵に筒抜けになっていたはずだ。だが、接触した際にカインの素性について気付いた様子はなかった。


 見られているような感覚があることには2回目の途中で気付いた。今も誰かに見られているような感覚だけが体を襲っている。おそらく呪術によって致命傷を受けたことで耐性を得ていた。




 監視は街へ入った時からついていた。だから覗かなかった、のではなく覗くことができなかった。


 娘が相手とはいえ大呪術師に関する話を執務室で行い、資料を普通の本棚に収めて保管している。


 あまりに無防備だと言わざるを得ない。ただし、そのような扱いをしていても安心できる理由が屋敷にあるから無防備にもなれるのだろう。




「ヴァーエル家とちょっと接触しただけで殺してくるような相手だ。できることなら遭遇したくはないけど……」




 そう言いつつも大通りを目的へ向かって真っ直ぐ進む。


 前回、前々回と情報収集をしながら進み、最終的には男の子のいる路地へと辿り着く。だが、今回はダルキスと話をしていたせいで時間を使ってしまった。


 条件を同じ――同じ時間、同じ場所へ辿り着くにはゆっくり情報収集している時間はない。


 後ろにエレナがいることを確認しながら進む。




「いた」




 路地の入口でポツンと立つ男の子。


 あのまま屋敷にいたのなら男の子と会うことはなく、呪術師と遭遇することにもならなかった。




「あの子がさっき言っていた子ですか?」


「そう。本当なら俺を見つけたら見つめ続けるつもりなんだ」




 急いで来たというのにカインだけでなく、エレナも男の子にすぐ気付いた。




「理由は男の子が首に下げているネックレスですね」


「ネックレス?」




 言われて首を見れば浮浪児が身に付けるには不釣り合いな美しい鎖が見えた。服の下に妙な膨らみがあることから考えても間違いない。




「どうやら自分に注意を惹き付ける効果がある魔法道具……いえ、呪具のようですね」


「そういうことだったか」




 2回目は最初から男の子と会うのが目的だった。だが、1回目に関しては完全な偶然で、見られていたとはいえ男の子に接近したのは完全な気まぐれでしかなく、そのまま放置して先へ進んでしまう可能性だってあった。


 カインを路地裏へ引き込むことが目的にしてはあまりに杜撰な計画のように思えていた。けれども注意を惹くだけなら確実な保証があるなら別だ。




「でも、俺たち以外には通用していないみたいだぞ」


「それは、あそこがスラムの入口だからですよ」




 ギムナのように豊かな土地でも貧富に格差が生まれ、社会に混ざれないほど貧しい者が現れてしまう。


 そうした者を意図的に隔離して作られたのがスラムだ。


 ギムナに少しでも詳しい者はスラムの入口を知っており、そんな場所に立つ子供に関わろうとしていなかった。




「妙に意識してしまう子供です。同情心よりも不気味さの方が際立ってしまいます」




 カインは同情心の方が勝ってしまった。


 自身も似たような境遇だったから、ではなく使徒であることが深く関与していた。




「敵は私が連れて来た協力者なのですから呪術に強い耐性を持っていると気付いています。意識を吸い寄せる呪具の効果はカインさんには失われていますが、カインさんは周囲にいる人たちがあの子を見ていることから無意識に見つけてしまったんです」




 2回目など監視している者を見つけるため普段以上に周囲を警戒していた。そのせいか1回目よりも早く男の子を見つけることに成功した。


 指摘されて理解した。




「何も感じないな」




 言われるまでネックレスの存在にも気付けなかった。


 今も以前に関係があったから男の子を見ているだけであり、それ以外の意識を向けることはなかった。




「使徒の体質も良し悪しだな」




 この状態では自身に向けられる危機にも気付けない。




『それは貴方が未熟だからよ』


「どういうことですか」


『慣れれば呪術の力を無効化しながら感じ取ることができるようになるわ』




 カインを路地裏へ引き入れることが目的にしては、あまりに杜撰な計画に思えていた。もし男の子の存在に気付かなければ路地裏へと足を踏み入れることはない。




「これから何が起こるのか分かっているな」


「はい」




 男の子を追って路地裏へと入る。最初から地面にある影を注意していれば、微かに揺れているのが分かる。


 これこそ敵が用意した罠。


 カインたちを奥へ引き込むため男の子がさらに奥へと走る。


 そうして大通りにいる人から見えなくなったところで呪術が発動する。




「……ッ!!」


「まったく馬鹿な奴だ」




 身動きが取れなくなったところで近くの建物の影からローブで体を隠した男が浮かび上がってくる。後ろにいるため前回と同じように姿を見ることはできないが、その声は間違いなく同じ人物だった。




「何の対策もなしに外へ出るなんて……ボーディス様が復活するには早いが、眷属である我らの力は今からでも強まるというのを知らないのか」


「それは、知らない情報だな」




 好き勝手しているように思える呪術だが、カインの後ろにいる呪術師が強い力を発揮するにはボーディスの影響が必要不可欠。不完全ではあっても封印からの解放が近い今だからこそカインの動きを完全に止めることができていた。


 呪術師の男は浮かれていた。祭りの準備が始まったことで妄想していたような力が自由自在に使えるようになったことが嬉しかったからだ。




「さて、ボーディス様の為にもヴァーエル家の人間、ヴァーエル家に協力する人間には消えてもらおう」




 呪術師の男が手を掲げると、影から現れた真っ黒な手がカインの右胸へと向かい心臓を握り潰そうとする。


 後ろへ目を向けるのを止め隣を見るとエレナの影にも杭が突き刺さっており、彼女も身動きが完全に封じられていた。


 ここまでは予想通り。




「人間は同じ状況になれば同じ行動をする」


「なに?」


「エレナがいるけど、俺がここを訪れた事実は変わらない」




 強そうには見えない。それでもヴァーエル家の令嬢であるエレナがこの時期に連れて来たのだから助っ人なのだろうと関係者なら予想できる。


 だから先に倒すならカインだと判断した。エレナに魔法の才があるのは知られていたが、地元であるギムナでは賢者候補に考えられるほどの力があるとは知られていなかった。




「【破呪ブレイクカーズ】」




 ガラスが砕かれた時に似た音が響き、身動きができるようになったエレナがカインの肩に手を置く。




「は?」




 呪術師の男は呆けるばかり。


 成功していた呪術が無効化されるなど思っておらず、呪術が強化されたことによる全能感に似た高揚から動き出したエレナに対処できずカインに触れるのを許してしまった。


 エレナからカインへと魔力が流れる。表面を覆うように流された魔力がカインの体を止めていた力を打ち砕く。




 【破呪ブレイクカーズ】。


 呪いに備えて体の内で練り上げていた魔力を解放することで自身に掛けられていた呪術を打ち砕くことができる。


 呪術対策に用意しておいたエレナの秘策。ただし、打ち砕く為には事前に魔力を特殊な状態で練り上げておかなければならず、不意に掛けられた呪術には対処することができない。その問題もカインと共にいることで解消される。


 実戦向きではない。だからこそ呪術師もブレイクカーズを教えられていない。




 呪術から解放されたカインが呪術師を横から蹴り飛ばして壁に叩き付ける。


 背中を強く打ち付けて気を失いそうになる呪術師だったが、そんなことはカインが許さない。呪術師の胸倉を右手で掴んで壁に叩き付ける。




「ようやく捕まえた」


「クソッ、どうして……」


「俺一人だけならどうにもならなかっただろうな」




 実際、最初は何が起こったのか分からないまま死亡し、次は敵の存在を認識するだけで終わった。


 回避するだけなら路地裏へ入らなければいい。しかし、それでは唯一の手掛かりと言っていい呪術師の手掛かりを失うことになる。




 使徒の力では精神は守られる。しかし、肉体に作用する力までは防ぐことができない。【呪怨耐性】のようなスキルを持たないカインでは呪術に対処できない。


 だからこそ対処できる人間の協力が必要となる。




「なるほど。どうやら令嬢だと甘く見ていたようだ」




 次第に落ち着きを取り戻して状況を理解すると笑みを取り戻す。


 フードに隠れた顔の端から見える笑み。それが気に入らず左手でフードを取り去る。右頬に大きな切り傷を持つ男。髪はボサボサで手入れされた様子はなく、笑みを浮かべているせいで嫌悪感を見る者に抱かせた。




「どこかで見たような……」




 2回目の時は気付かなかったが、至近距離から顔を見るとどこかで見たような気がした。


 ギムナに来てから多くの人とすれ違っているため誰かなのだろう。




「嘘……」


「どうした?」




 呪術師の正体に思いを馳せているとエレナが呟く。


 彼女は顔を見ただけで呪術師の正体を探り当てた。




「お嬢様はオレの事も知っているようだ。悪いけど、お前たちの思い通りにはさせない……がはっ」




 呪術師の口から吐き出される大量の血。


 思わず胸倉を掴んでいた手を離すと後ろへ跳び、呪術師の体が血の上に落ちる。




「おい!」




 起き上がらせて安否を確認するが、既に死亡した後だった。




「どうやら自殺できる呪術を仕込んでいたようです」


『これね』




 ブランディアが呪術師の口の中に仕込まれていた呪術の痕跡を発見した。


 奥歯を一定の手順で強く噛み締めることで発動させることができ、確実な死をもたらすことができる。対策としては発動される前に押さえる必要がある。




「情報源を失ってしまいましたが、ほかにいるのでしょうか?」


「そんなものはいない」




 カインにとって頼みとなっていたのは、亡くなったばかりの呪術師だけ。招き寄せた男の子もいるが、彼は本当に利用されただけの存在。本命へと辿り着ける存在ではない。




 地道に情報収集して怪しい奴を探す?




 そんな猶予があるとは思えない。




「身元は割れたんだろ。次は上手くやることにするよ」

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