第7話 タイムアタック
夜空の下のように真っ暗な世界。明かりとなるのは遠くにあるように見える星のような物、それからカインの前に置かれた左右に火が灯された1台の燭台。燭台は他にも6個並んでいたが、他の燭台には火が灯されていなかった。
ここが何なのかカインは気になって仕方なかった。
「どこだ、ここ?」
直前の記憶は手繰り寄せるまでもなくはっきりしている。
冒険者ギルドのエントランスで自殺したことで、これまでと同様にダンジョンの奥底で目覚めるものだとばかり思っていた。
予想が外れたことでも戸惑っていた。
『あの状況ではどうにもならないからと随分と無茶したわね』
すぐ隣にブランディアが現れる。
死亡届が受理されてしまった後で冒険者ギルドを訪れてしまっているのが問題。手続きが完了してしまってはどうすることもできない。なら、手続きが完了する前にカインの生存を伝えることができていれば何の問題もなかった。
前日の昼までの冒険者ギルドへ到着する。
「たった1日だけです。ダンジョンを出て5日以内に街まで戻れればいいんです」
『正確には彼らが書類を出すのが遅かったから、もう半日は余裕があるはずよ』
タイムリミットまでの5日と半日。
ケルベロスに襲われた後は気絶しており、目を覚ましたのはダンジョンへ挑んだ翌日の朝の出来事。死亡届が提出されたのはカインが目覚めた日の昼過ぎ。
回帰してから5日と数時間で生きていることを証明することができれば死亡届の提出を取り下げることができる。
「それで、ここは何なんですか? 今までのようにダンジョンの奥で目覚めるものだとばかり思っていたんですけど」
『ここは「記録の狭間」と呼んでいる場所よ。死して回帰することになった者は、ここで読み込む記録を選択するの』
「これまでに何度も死んでいますけど、ここへ来た記憶はないですよ」
『それは初めて複数の保存記録がある状態で死んだからよ』
左右に火が灯る燭台。左右どちらにも違いがないように見えたが、近付いてみると『S』と『C』という文字が刻まれていることに気付いた。
Sは『開始スタート』。
Cは『終了クリア』。
『貴方が気付かなかっただけで、メインクエストである「ダンジョンを脱出せよ」をクリアした時にセーブされているわ』
「そういえばダンジョンを出た時には何かが聞こえたような……」
ダンジョンを出た時の記憶は疲労や空腹のせいで曖昧になっていた。
そうしてクリアしたことでカインには二つの選択肢が与えられた。
ダンジョンの脱出を再び最初から行う。
ダンジョンの脱出を終えた瞬間から再開する。
「さっきの状況は覚えているんですよね」
『ええ。この空間へ来るまでは私の記憶も継続しているわ。それにしても随分と酷い話があったものね』
「ま、悪い面ばかりじゃないんですけどね」
預金の相続をスムーズに済ませる。
家族など正当な相続人がいる場合なら全く問題ないが、冒険者の多くが相続してくれる家族がいない。そういう人には仲間であるパーティメンバーに相続されたとしてもおかしい点はない。
仲間の為に遺した物が活かされる。
冒険者ギルドの倉庫で保管し続けるよりは有意義な方法だった。
『けど、大変なのは理解しているかしら』
「移動時間を短縮すればいいだけです。はっきりとは覚えていないですけど、途中で魔物との戦闘を避けて遠回りしていました。そういう場所で工夫すれば脱出までの時間を短縮させることができると思います」
脱出までの最短ルートを割り出し、一気に駆け抜ける。
無謀なことに挑戦しようとしているのは分かっていたが、自分で止めるつもりがなかった。
「タイムリミットまでに脱出する為に最初からやり直します」
Sと書かれた左側の火を消す。
すると、空間全体が暗くなりカインの意識も真っ暗に塗り潰される。
☆ ☆ ☆
時刻は正午過ぎ。
冒険者ギルドへ入ろうとする4人の陽気な声が聞こえてくる。4人は臨時収入で昼間から酒を飲むつもりで、機嫌が良いのを隠そうともしていなかった。
「今日はようやくあいつの金が手に入るな」
「ギルドの連中もケチ臭いよな。出した時から5日が経たないと金を渡さないなんて」
街へ戻って来た時すぐに報告していれば前日の夜に受け取ることができた。報告が遅れてしまったため、受け取れるのも遅れてしまった。怪我をしていて報告どころではなかった。そんなことは遅れた言い訳にならない。
「大した金額じゃないとはいえ、たった5日待つだけで金が手に入るんだから楽なもんだろ」
カインにとっては何度か聞いた言葉がギルドの中にいても聞こえてきた。
冒険者ギルドのカウンター前で腕を組んで立ち、目的の人物たちが入って来るのを待ち構えていた。
「テ、テメェ……どうしてこんな所にいる!?」
「生きていたのか!」
そんな目立つ場所にいれば男たちの目に留まってしまう。
男たちの目的もカウンターにあったため待ち構えているカインの姿を見落とすはずがなかった。
「生きていたら悪いのか?」
「いや……」
「短い間とはいえ、ギルドでパーティ登録までした仲間だったんだから、死んだと思っていた仲間が無事に帰ってきたことを喜んでくれてもよかったんだけどな」
男たちにとってカインが生きているのは不都合だった。
カインが預けていた金が受け取れないだけでなく、臨時で仲間になった者を見捨てるのは忌避されており、ダンジョン内で何があったのか詳細が判明すれば窮地に立たされることとなる。
もっとも罰則はないため、しばらく黙っていれば咎められることもなくなる。
だが、今の状況はどうしようとも変えられない。
周囲の者たちが彼らに向ける視線には咎めるような感情が含まれていた。
「いつ、戻って来たんだよ」
「1時間ぐらい前かな」
本来なら死亡届が受理される前の時間。それまでに余裕を持って街まで戻って来ることが今回はできた。
「まったく……何度も繰り返させやがって」
「なんだって?」
「いや、こっちの話だ」
間に合わせる為に3度もやり直し、4度目になってようやく間に合った。
3度目のダンジョン攻略でようやく間に合わせることができたが、その時は時間がギリギリで差し迫っていたためダンジョン前にある出張所へは寄らず、疲れた体のまま街まで行くことを優先させた。
しかし、結局は少しだけ間に合わなかったせいで手続きが完了してしまった。
自分なりに最短で到達したと思ってもギリギリ間に合わなかった。
だが、それでも間に合ったことにする方法なら存在していた。
「おい。1時間前なら、期限は過ぎているだろ」
今回もタイムリミットまでに冒険者ギルドまで辿り着くことはできなかった。
けれども重要なのは、カインが生きていることを冒険者ギルドへ報告すること。
「あ、その件なら問題ありませんよ」
受付嬢がカウンターの上にカインが提出した1枚の書類を置く。
「出張所で発行している帰還報告書です」
ダンジョン前にある出張所は、ダンジョンを出入りする者を管理している。それだけでなく冒険者が要請すれば書類を用意していた。
死亡届のように正式な書類による手続きを行う為には街にある冒険者ギルドまで戻る必要がある。しかし、冒険者ギルドで生存を確認するだけなら出張所で発行している書類だけでも十分だった。
『彼女から聞けてよかったわね』
ギリギリ間に合わなかった3回目。
間に合わなかったカインを嘲笑う男たち。悔しくて思わず拳を握りしめていると受付嬢が「出張所で帰還報告書を発行してもらえていれば問題なかったんですけどね」と申し訳なさそうにしながら教えてくれた。
彼女としても自分が騙されたようになったので気分がよくなかった。
「出張所で要請すればダンジョンから帰還したことを証明する書類を発行してもらえます。発行した時間が記載されていますから、後でギルドへ持って来ていただければ死亡届に関連した全ての手続きを取り消すことができます」
預かっていた金を仲間に渡した後だったとしても手続きが取り消され、カインへはギルドが立て替えて返金され、仲間へはギルドから渡した金額が請求されることになる。
現在、カインの手元には返金された金がある。
『本当は街までタイムリミットまでに戻れるのが良かったんだけど、今のレベルだとこれが限界ね』
この時間でちょうどいいと言えた。
ギルドで元仲間の男たちが来るのを待っていたのは1時間程度。無駄に時間を消費せずに済んだ。
「そういうわけであんたらが出した俺の死亡届は取り下げさせてもらった。ついでにダンジョンで何があったのかも報告させてもらった」
「なっ……」
仲間を冒険者が見捨てたとしても咎められることはない。
自己責任。
冒険者になった者は自由である代わりに責任を負わなくてはならなくなる。
「俺たちが、お前の言う何かをしたっていう証拠はあるのかよ!」
「証拠はないな」
「ですけど、何があったのか推測することはできますよね」
帰還報告書にはダンジョンから出てきた時の状態も詳細まで記載されていた。
パーティでダンジョンへ入ったにもかかわらず一人だけ数日後に出てきた。その体はボロボロで、ダンジョンにいた数日の間に苦労したであろうということが個人的な感想も含めて長々と書かれていた。
報告書の文章は、どちらかと言えばカインに肩入れしたようになっていた。
どう見てもカインの方が被害者。元仲間の男たちは特別優秀というわけではないため、冒険者ギルドが味方することはなかった。
「お前が言うように明確な証拠はない。だけど、今日の夜には街中に轟くほどの噂になっているだろうよ」
明確な悪意を持って囮にした。
証拠がなかったとしても信用は失った。今後は荷物持ちのような雑用を引き受けてくれる冒険者をギルドから紹介してもらうことができなくなる。個人的に組むのも悪い噂が広がった状況では難しい。
十分なペナルティになるはずだ。
「あの慣れた様子からこれまでにも似たようなことがあったんでしょう。彼らの分までこれからは苦しむといいですよ」
「この……!」
リーダーが剣を抜く。他の3人もリーダーと同様に剣を抜いた。
多くの目撃者がいるため、この状況だけでも彼らの冒険者生活が厳しくなったのは間違いない。
「正気か? そんなに俺から挑発されたのが悔しかったのか」
「たかが荷物持ちの癖に生意気なんだよ」
4人がいつでも襲い掛かれるように武器を構える。
目はカインの方へ向けられていながら、彼らの意識はカインへ向いていない。
「周りにいる人たちが気になるか」
冒険者ギルドにいた何人かの冒険者も武器を構えて4人を警戒している。カインを倒した後、自棄になって自分たちの方へ襲い掛かってこないともかぎらないからだ。
残念ながらカインの命は諦めている。
「ま、以前のままなら瞬殺されていただろうから仕方ないな」
ポケットに入れておいた指輪を左手の中指に填める。
わずかな量の魔力を流せば虚空より短剣が出現する。
「なっ、収納指輪リングだって!?」
魔法道具『収納リング』。
指輪や腕輪の環の内部に亜空間を作り出し、魔力を流すことによって所有物の出し入れが可能となる。
「回帰した後の1回目は最短ルートを確認する為に捨てた。その途中でいくつか役立ちそうな物を見つけたんだ」
ミミックのいた宝箱も見つけており、中に入っていたのが収納リング。
魔力を流して取り出したのは、緑色の薬液が入った瓶。
「回復薬ポーションか!」
薬を飲み干して消耗した体力を回復させる。
「ここまで全力で走ってきたからな。戦闘を避けられないなら仕方ない」
本当にギリギリだった。
『避けたかったなら挑発なんてしなければよかったし、彼らが来る前にギルドを離れればよかったのよ』
「いや、あいつらが余計なことをしてくれたせいでこっちは3度も死ぬことになったんです。少しは八つ当たりさせてくださいよ」
「なに言ってやがる!」
狭いギルド内での戦闘。
勝負は一瞬でついた。
「まったく……そっちから先に剣を抜いたっていうのに戦う気がないなんて馬鹿なのか?」
「うぅ……」
床には腕や胴を斬られて血を流している4人が転がっていた。
彼らの認識の中でカインは簡単に倒せる程度の実力で止まっており、まさか倒されるなんて微塵も思っていなかった。
だから警戒すらしていなかったため、カインも簡単に斬ることができた。
4人全員の意識から消えた際に斬り捨てる。
「おい、今の見えたか?」
「なんかスゴイ速さだったな」
短剣の力を利用した推進力によって斬るのに要した時間は一瞬。
カインを警戒していなかった4人は斬られた瞬間を認識することもできなかった。
「俺からはこれで許してやる。だから今後は本当に関わらないでもらおう」
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