第8話 メインクエスト③

 ――6日目




 迷宮都市サマリアル。


 近郊にダンジョンを抱えているおかげで、冒険者の手によって様々な物資が安定して得られ、そんな冒険者を支援する為に商人が訪れ。




 都市は円形の外壁に囲まれており、外へ出る為には東西南北それぞれにある門で手続きをして出入りしなければならない。


 門を出入りする際には身分を証明して通行料を支払う必要があるのだが、冒険者によって支えられていることもあって冒険者カードを見せて冒険者であることを証明すれば通行料の支払いは免除してもらえる。




『随分と活気のある場所ね』




 門の前にある広場には何台もの馬車が停まっている。


 目的地を告げる看板が大きな馬車の前に立てられ、都市間の長距離移動にも利用されるため多くの人が訪れるサマリアルからは様々な目的地が掲げられていた。




「さて、どうしますか」




 勢いに任せて出てきたものの目的地を全く決めていなかった。




『こんな慌てて離れるのが嫌なら挑発するような真似は控えるべきだったのよ』




 ブランディアが呆れている。


 サマリアルから離れる理由は、ダンジョンで置き去りにされた元仲間から報復されるのを恐れてだった。


 倒した時の感触から再び対峙しても勝てる自信はあった。しかし、それは決闘のように互いが対峙した時の話だ。寝込みを襲われるようなことがあれば気付かないうちに倒されてしまうことだろう。




「それでもやりたかったんですよ」




 預けていた金を奪われないようにするだけだったなら帰還報告書をギルドへ提出するだけで十分だった。わざわざ彼らの前に姿を現す必要はない。




「だから後悔はしていません」


『あら、そうなの?』




 人混みの中だからこそ他者からは見えない相手と会話をしていても不審に思われることはない。


 世界には特殊なスキルがあり、その中には離れた場所にいる相手との会話を可能にするものもある。カインの話し声を聞かれたとしても、そういったものだろうと判断される。




「俺があれだけの金を集めるのにどれだけ苦労したのか知らずに酒代で消えてしまうのが許せなかったんです。逃げなければならなくなりましたけど、そうしなければならない理由はあったんです」


『その為に何度も同じ時間をやり直すことになったとしても?』


「はい」




 迷いなく頷くカインにブランディアは戸惑った。


 カインを使徒に選んだのは彼女にとって都合がよかったからだ。その程度の理由で使徒に選ばれた者なら何人もいた。


 ただし彼らが使徒でいられた時間が長かったとしても、ブランディアが記憶している時間は非常に短い。それというのも使徒になったことで得られた『やり直し』が彼女から思い出を奪い去り、使徒だけに辛い記憶を残してしまう。


 神として人間の生態に詳しくとも、近しい人間がどのような思いをしているのか理解できていない。




 使徒の中でもカインは特殊だ。少なくともこれまでの使徒の中に一生懸命貯金したのだとしても、使徒になって稼げるようになった金額を思えばはした金とも言える金を取り戻す為に何度も死を受け入れる者はいなかった。


 ブランディアの使徒には『死を受け入れる』という最大の問題がある。ロードをする為に絶対必要な条件であるためブランディアにもどうならない。


 ダンジョンや都市の外のように魔物のいる場所なら待っているだけでいいが、人の住む都市ではそういうわけにもいかない。自分から権能を発動するなら『自殺』する必要がある。




 最初の1回は覚悟できた者も2回目以降になると躊躇するのが強くなった。


 人は、自分で自分を殺す時には躊躇が生まれ、繰り返せば繰り返すほどその時の苦しみを覚えているため躊躇いは強くなっていく。




 カインは最初こそ躊躇して一撃で致命傷に至らなかった。


 いや、だからこそ確実に死ねるよう正確に首を突き刺すようになった。


 合理的と言えるような行動だが、死に対して躊躇いがなくなっていく行動は人間として異常だと言えた。


 だが、その異常性こそブランディアが求めていたもの。




 ――この子には必ず私の目的を成就してもらわなければならない。




 ブランディアにできるのはカインの傍にいて声を掛け、アドバイスをするぐらいしかない。


 ただし、その言葉でカインを誘導することは可能だ。


 その為にもカインの在り様について知る必要がある。




「あ、あの……!」


「うん?」




 後ろから掛けられた声に振り向くと、長い金髪をした少女が立っていることに気付いた。




「さっき冒険者ギルドで揉めていた人ですよね」


「そうですけど……」


「私に……ヴァーエル伯爵家に協力してくれませんか?」




 金髪の女性がカインに近付くと、そっと手を握る。


 見知らぬ女性から迫られたことで思わず動きが止まってしまった。




「やっぱり……」


「な、なに?」


「使徒なら協力を頼むのに十分です」


「……!? なんで、それを……」




 カインの問いに女性はすぐに答えない。


 それよりも頭に響いてきた声に意識が引っ張られてしまう。




 ――クエストが活性化しました。


   メインクエスト③大呪術師ボーディスを封印せよ






 ☆ ☆ ☆






 温かな日差しの降り注ぐ昼過ぎ。


 西門から近い場所にある喫茶店に男女の姿があった。


 一人は遠くからでも見える美しい金髪が特徴的な美人で、喫茶店の前を通り過ぎる人々が思わず歩く速度を緩めてしまっている。そのように注目されるのが嫌で普段はフードを深く被って顔を隠している。だが、さすがに店内でフードを被るのは失礼であるため今は顔を晒していた。


 もう一人は冒険者として最低限の装備だけを調え、汚れも目立っていたため一緒にいる女性とは対照的に見えてしまった。


 誰もが女性の方にばかり注目してしまう。




「はじめまして。エレナ・ヴァーエルと言います。冒険者としては家名を名乗らずに『エレナ』で通しているので、あなたもエレナでいいですよ」


「名前は聞いたことがあります」




 エレナ・ヴァーエル。


 1ヵ月前にサマリアルへと移動してきた冒険者で、若くして様々な魔法を身に付けていることから『賢者候補』と期待されている人物だ。




 賢者。


 その時代においても最も偉大な功績を収めた魔法使いへ与えられる名前で、名実ともに最強の魔法使いとなる。


 ブランディアが以前の契約者と共にいた時にも聞いたことのある名前だったが、実際に目にしたのは初めてだった。




『彼女がそうなのね』






==========


【名 前】エレナ・ヴァーエル


【年 齢】18


【レベル】45


【職 業】魔法使い


【体 力】39


【筋 力】34


【速 度】68


【知 力】188


【スキル】火魔法 水魔法 風魔法 土魔法 回復魔法 魔法耐性 詠唱破棄 社交 裁縫 交渉 魔法知識 魔力上昇 鑑定


==========






 突然、目の前に表示された情報にカインは飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。


 そこに記載されていた名前から判断するなら目の前にいるエレナの情報ということになる。


 だが、意味のない情報を表示するとも思えない。本物だと判断して参考にする。賢者候補だと言われるだけあって【知力】が突出して高くなっていた。




 ――安心しなさい。この程度のステータスならレベルが上がれば貴方でも追い抜くことができるわよ。


 ――本当ですか?




 これまで、どれだけ努力しても強くなれなかっただけにレベルが上がった今でもカインは自分の可能性について信じ切れていなかった。




 そんなやり取りが言葉にせず行われる。


 隣にいるブランディアは覚えていないが、二人の間には視線を潜り抜けた絆がある。知らず知らずのうちに相手が何を考えているのか察せられるようになっていた。そうしなければエレナにはカインが独り言を呟いているようにしか見えない。


 しかし、そんな心配は杞憂だった。




「普通に話していただいて大丈夫ですよ」


「いや、さすがに年上の方に対して敬語を止めるのは……」


「わたしじゃなくて隣の方と普通に話していいんです」




 言われてハッとなったカインは顔を左へ向け、隣にいるブランディアを見てしまう。


 一方、ブランディアも驚いた表情をしていたものの、エレナの表情を見てすぐに気が付いて身構えた。

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