第6話 ダンジョン脱出
スケルトンナイトとの戦闘を終えると魔物のいない道が続いた。時折、隠れているスケルトンを見つけたもののカインに襲い掛かって来る様子はない。カインも無駄に戦闘をしたくなかったため襲い掛かってこない魔物は無視した。
「どうしたんだろう?」
『魔物は本能に忠実なの。だから実力差を理解すると恐れて襲い掛かってこないのよ。もっとも、馬鹿な魔物は襲い掛かってくるけどね』
「いや、俺はレベル5ですよ」
スケルトンナイトを倒したことでレベルが上がった。
それでも駆け出し冒険者にようやく追いついた、といった程度でしかない。
『分かっていないわね。レベルはあくまでも目安でしかないわ。重要なのは、どれだけ強いのか、ということよ』
カインのステータスは加護のおかげもあって通常よりも強くなっている。
魔物にとって重要なのはレベルよりもステータスの数値。単純な強さならレベル20でもおかしくない。
『ここはダンジョンの中でも奥の方だけど、魔物が弱い道を選んだおかげで実力差を痛感して襲い掛かってこないのよ』
「なるほど」
気になったことがあれば質問するが、洞窟を黙々と奥へ進む。
☆ ☆ ☆
「……」
どれだけの時間が経過したのか分からない。
しばらく歩いてみると人がいた痕跡を見つけるが、そこは荷物持ちとして同行した時には見たことのない場所。
必死に迷いながら歩いている間ずっと黙っていた。
最初は気を紛らわせる為にブランディアと会話を行っていた。
自分以外の誰かが隣にいる。
その事を自覚するだけで薄暗い洞窟に何日もいても耐えられた。
しかし、それも三日目ぐらいが限界だった。いや、時間の分からない場所にいるせいで自分がどれだけの時間歩き回っているのか判断できない。
ひたすら右手を壁に当てながら進んでいく。
「……うん?」
すると、途中で雰囲気が変わったことに気付いた。
『4日振りの反応ね』
「もしかして……外か?」
洞窟独特の淀んだ空気が外から入ってくる新鮮な空気へと変わるのを感じた。
自然と鼓動が高鳴っていた。背中を押されるようにはやる気持ちを抑え切れず、疲れているのも忘れて空気が流れてくる方向へと突き進んでいく。
空気だけでなく、外から光が入ってくるのが分かる。
「……夜?」
空を見上げれば夜空に輝く月が見えた。
――クエストがクリアされました。
セーブされます。
無機質な声が頭の中に響く。
「あの……」
「こんな時間に戻って来た報告かい?」
「あ、はい」
ダンジョンは冒険者ギルドと呼ばれる組織が管理している。もっとも管理していると言っても出入りした人間の記録を取り、行方が分からなかった時にダンジョンの中で亡くなったのか把握する程度でしかない。
そのためダンジョンへ出入りする為には冒険者であるか冒険者に同行してもらう必要がある。
カインがダンジョンを出た時、入口近辺に冒険者の姿はなかった。魔物は夜になると狂暴になり、その習性はダンジョン内でも変わらないため夜はダンジョン内の安全な場所で休息するか、夕方前には仕事を終えて街へ帰る。
ダンジョンの管理を行っているのは、大きな小屋の冒険者ギルドの出張所。
外に面するように設置されたカウンターには笑顔を張り付けた中年女性がいた。若い頃は冒険者として名を馳せており、結婚と出産を理由に引退してしまったが、子供の独り立ちを機会に事務員として若い冒険者の役に立とうとしていた。
現役時代からの面倒見の良さもあって冒険者からは親しまれている。
そんな彼女でも夜の遅い時間に訪れたカインを煩わしく思っていた。
「はい。手続きをお願いします」
ポケットに入れたままにしていた冒険者の身分証――冒険者カードを見せる。
カインの情報を確認すると、受付女性は記録表を開いてダンジョンから戻って来た記録を付けようとする。
「よ、よく戻って来られたね」
「それは、どういう……」
「あんたがダンジョンに入ってから七日も経っているんだよ」
「そんなに経っていたんですか!?」
ダンジョン内では時間の流れを知る術がなく、自分が七日も彷徨っていたなんて思っていなかったカインは驚くしかなかった。
「知らなかったのかい?」
「ええ、そうですね。なにせ仲間から……仲間だと思っていた相手から見捨てられてダンジョンの奥まで落ちてしまったものですから」
最初は記憶があった。けれども、この4日ぐらいの記憶がどうにも曖昧だった。
ダンジョンを歩いている間に遭遇した魔物はほとんどがカインでは倒すことが不可能な相手ばかり。そういった魔物とは遭遇することを避け、回り道をしながらでも先へ進むしかなかった。
当然そうなれば時間が掛かってしまう。
最初の頃は空腹も我慢できたが、次第に耐えられなくなって岩と岩の間に溜まった水を啜って渇きを癒し、苔を口にして飢えを凌ぐしかなかった。
「随分と苦労したんだね」
カウンターを訪れた時とは違って慈愛に満ちた眼で見られた。
「それでもダンジョンで生き残れていたなら、あと数日あればどうにかなったかもしれないね」
カウンターの向こうで立つカインはフラフラしていた。
既に体力は限界を迎えており、生き残った喜びと気力で対応しているようなものだった。
「もう夜も遅いし、ここで休んでいくといいよ」
小屋を利用できるのは基本的にギルドの職員だけだが、受付の女性は疲れていたカインに快く貸し出してくれただけでなく、食事まで振舞ってくれた。
「う、うまい……何日振りの食事だろう……」
「大げさだねぇ」
『ま、この数日の食事事情を思えば大げさでもないんだけどね』
本当に飢えを凌ぐ程度でしかなかった。
『それに現実では7日しか経っていなかったとしても、何度もやり直した彼には倍近い時間が経過しているはずだろうからね』
食事を貪るカインをブランディアは慈愛に満ちた眼で見つめていた。
☆ ☆ ☆
迷宮都市サマリアル。
都市の郊外にダンジョンを抱えており、環境に影響されることなく安定して素材や薬草をダンジョンに挑む冒険者のおかげで得られることができる。そんな冒険者を相手にした商売で繁栄した都市。
冒険者が多いこともあって、活気に溢れている。
戦闘力の低いカインだが、それなりに鍛えていたおかげで休憩をして体力さえ回復させればダンジョンから1時間程度で辿り着く。
朝起きてゆっくりしてから出発したため、もうすぐ昼になりそうだった。
都市を出入りできる門の前には行列ができている。
慌しい時間に比べれば空いている方で、不満を口にすることなく最後尾に並び、冒険者カードを見せて手続きを済ませると都市の中へ入る。
「随分と大人しかったですね」
近くには人がいる。ただし、見ず知らずの人間が喧騒の中で呟いた言葉など気にも留めていなかった。
ブランディアは並んでいる間も、手続きしている間も言葉を発していなかった。久しぶりに見る外の光景に対して反応を示していたため、興味が全くないわけではない。
『私の姿は貴方以外には見えない』
「そうみたいですね」
美女が浮いているというのに誰も気にした様子がない。
『同じように声も聞かれることがないわ』
特別な場合を除き、神の声を聞くことができるのは加護を授かった人間のみ。
だからこそ使徒が一人しかいないブランディアの声はカインにしか届かない。
どれだけ人前で会話をしたところで他人の目からは、カインが独り言を呟いているようにしか見えない。
「それって……今の俺の姿は不審に思われているんじゃ……」
『なら、今後は人前で言葉にするのを控えるのね』
「でも、それだと話ができないじゃないですか」
『それは問題ないわ。貴方が何を考えているのかぐらい表情を見れば分かるし、私の言葉から推察することもできるわ』
ブランディアの声はカイン以外に届かない。彼女がどれだけ言葉を発したとしてもカインにしか伝わらないため、ブランディアが言葉を発するには遠慮する必要がない。
何も言葉を発さないカインにブランディアが合わせればいいだけだ。
「そういうことならいいですけど」
『ほら、また口にしているわよ』
「おっと」
自分以外に人がいる場所へ出て来たのだから今後は注意しなければならない。
そんな風に指摘を受けている間に目的地へと辿り着いた。
『ここが冒険者ギルドね』
まず向かったのは冒険者ギルド。
『もう、この街にいるつもりはないのよね』
ブランディアが言うようにカインは生まれ育ったサマリアルから出て行くつもりだった。
どこへ向かうのか具体的な目的地は決めていない。
だが、どこであろうと都市と都市の間には魔物が出現して危険であるため護衛を雇うか、護衛を雇っている乗合馬車を利用する必要がある。今の実力で都市を移動できる保証もないため、護衛に慣れた人を頼るつもりだった。
『昼間から酒を飲んでいる人たちがいるのね』
冒険者は朝のうちに依頼を受け、必要な場所へ向かい夕方には帰って来る。
昼前ということもあってギルドに何らかの用事があって訪れた十数人が簡単な食事を口にしていたり、酒を飲んで騒いでいたりする者もいる。中にはよほど嬉しいことでもあったのか宴会のように騒がしい者までいる。
さっさと手続きを済ませて出て行こう。
冒険者ギルドに併設された酒場の方を一瞥だけすると、カウンターのある方へと向かう。
「はっはっはっ! あいつも荷物持ちのくせにそれなりに貯め込んでいたみたいだな」
「本当だな。アイツが死んでくれたおかげで、タダで飲める酒はうまい!」
通り過ぎようとした瞬間、聞いたことのある声が耳にして足を止めてしまった。
もう何ヵ月も前のことのように感じられてしまうが、そこにいたのは数日前にカインが同行させてもらったパーティの4人だった。
4人は臨時収入でもあったのか上機嫌で酒を飲んでいた。
カインが気になったのは『タダ』という部分。それから剣士の足元に置かれた見覚えのある鞄。
「……あ?」
ようやく見られていることに気付いたリーダーが顔をカインの方へ向ける。
「お、お前……生きていたのか!?」
「生きていたら悪いか?」
機嫌の悪さをカインは隠そうともしない。
「おい、どうして俺の鞄がここにあるんだ」
誰の金を使って酒を飲んでいたのか一目瞭然だ。
死んだはずの仲間が帰還したことを喜びもしない。
「あの……」
冒険者ギルドへカインが入って来た時からその存在に気付いていた若い受付嬢の一人が声を掛けた。
「同行したパーティの皆さんが戻って来てからカインさんの死亡届がギルドへ提出されたんです。死亡が認められた場合、その方がギルドや宿へ預けていた金品や荷物はパーティメンバーへ引き渡されることになっています」
そのシステムはカインも知っていた。
冒険者は依頼の内容によっては都市を移動することになる。常に大金を持ち歩くわけにもいかないため、ギルドへ金を預けておき、他の都市にある冒険者ギルドでも記録を参照することで引き出すことができる。
カインも奪われてしまうことを恐れて最低限の金だけを残して預けていた。
何かあった時には全額を手にして逃げるつもりでいた。
それが、このように利用されてしまうとは想像もしていなかった。
「俺は生きていますよ」
「もちろん死亡記録を抹消することはできます。ですが、こちらへ預けていた物はパーティメンバーへの譲渡が既に完了しております」
「どうしてですか。取り返してくれればいいですよ」
「残念だったな。少ないけど、この金はもう俺たちの物なんだ」
「はい。遺体がなかったため死亡を確認することはできませんでしたが、パーティメンバーから5日前に死亡届が提出されています」
届け出は誰でもできるわけではなく、事前にギルドで登録したパーティメンバーのみが可能だった。カインも事前にパーティの登録を行っていた。それは仲間意識によるものではなく、ギルドが仲介することで報酬を誤魔化されることがないようにするためだった。
それが今回は悪用されてしまった。
「そうですか」
書類に不備はないし、手続きにも問題はなかった。
終始申し訳なさそうな顔をしながら説明する冒険者ギルドの受付嬢のおかげで事情を理解することができた。
カインには銅貨1枚すらない。
手続きが済んでしまっているため荷物と金の所有権は、上機嫌で酒を飲んでいる彼らへと譲渡されており、どれだけ異議を唱えたところで冒険者ギルドの権限で取り戻すことはできない。
どうしても取り返したいなら直接交渉するしかない。
「それは俺が子供の頃からコツコツと貯め込んできた金なんだ」
冒険者になるには10歳以上である必要がある。孤児だったカインは冒険者ギルドで依頼を受けた者たちの雑用を引き受けて、その日の暮らしに必要な金を得ていた。
いつか貯金して得た金で装備を買って戦えるようになる。
夢をあきらめることができなかったカインなりの努力だった。
「そんなこと知らねぇよ」
「ああ、そうだろうな」
とても許せるはずがない。
だが、交渉に応じる気が全くない者たちと交渉したところで無意味だ。
「俺たちが自分の金をどう使おうと俺たちの自由だろ」
「むしろお前みたいな雑魚の金を有意義に使ってやっているんだから感謝してほしいぐらいだぜ」
「そうだぜ。こいつが努力したところで何の役にも立てないんだからな」
「悔しかったなら、昨日の昼までに戻って来られなかった自分を恨むんだな」
元パーティメンバーの4人はカインが落ちた日の夜には街へ戻って来ていた。問題が生じたのならすぐに報告するべきだが、面倒くさがったため翌日に昼に冒険者ギルドを訪れて何が起こったのか報告した。
報告した時から5日間がタイムリミットだった。
「後悔するつもりはない」
隠していた短剣を手にすると、音たちの目が変わった。
「分かっているのか。ここで俺たちを襲えば罪に問われるのはお前の方だぞ」
「そんなことは理解している。手続きに問題がないなら、所有権はお前たちの方にあるんだから」
「ま、そんな短剣をどこで手に入れたのか知らないが、お前が襲い掛かって来たところで返り討ちに遭うだけだ」
万全な状態なら分からない。しかし、今の4人は酒に酔っているためレベルが上がったカインなら確実に倒すことができる。
もっとも短剣を手にした男たちに襲い掛かる為ではない。
「今さらどうにかしようなんて不可能なんだよ」
今さら……そう、『今更』である。
「一つ確認なんですけど、死亡届が受理されたのは昨日の昼頃なんですよね」
「は、はい……」
「それだけ確認できれば問題ありません」
短剣を持つ手を掲げる。
元パーティメンバーだけでなく、ギルドにいた他の冒険者も何が起こってもいいよう事態を見守るため身構える。
「時間制限があることは理解した。次は上手くやることにするさ」
躊躇うことなく短剣を自分の首に突き刺す。
「ぁ、っ……」
「なにしてやがる!」
「カインさん。そこまで追い詰められていたなんて……」
消えそうになる意識の中で周囲の声が聞こえてくる。
誰かが治療しようと駆け寄り、短剣を抜こうと手を伸ばそうとするが、それよりも早く無我夢中でカインが短剣の柄を握る。
「ああ、そうか」
なかなか死ぬことができない。
思えば自分で死ぬのは初めてだった、などと思いながら首に刺さっていた短剣を深く突き刺す。
「きゃっ!」
女性の小さな悲鳴。唐突に自殺したことで驚く人々の喧騒は徐々にカインの耳には届かなくなる。
対照的に無機質なことばはっきりと聞こえてきた。
――記録の狭間へ移動します
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