大使館1年目

1:大使館を作る(日本編)

1-1

1月某日午前10時、霞ヶ関2丁目に位置する外務省の埃っぽい地下にある北東アジア資料室はいつも通りの静かさを保っていた。

カツカツという神経質な足音は客人の訪れを知らせる音だ。

「入るぞ」

「どうぞ」

律儀にノックをして入ってきたのは外務大臣秘書官の一人であった。

「話がある、今から来い」

いかにも偉そうな言い回しに思わず眉を顰める。

絶対に面倒なやつだ、と気づいてはいたが俺がどうにか出来ることではないことも察することはできた。

「分かりました、」


***


外務大臣執務室には外務省トップクラスの官僚たちがしかめ面をして並んでおり、一番奥には外務大臣と総理大臣が並んで座っている。

「北東アジア資料室の真柴春彦くんだな」

ゆっくり口を開いたのは外務大臣であった。

「はい」

「きみ、長期にわたる異世界赴任は可能か」

その問いかけでなぜ呼ばれたのかが分かった。

昨年の晩春にやって来た人と動物の混ざり合った姿をした四人の異世界人たちの来訪は地球上をざわつかせた。

異世界人たちは3ヶ月程で日本語と英語を習得し、外交と交易を求めてやって来たことを日本政府と国連に宣言した。

そのための拠点として在外公館……いわゆる大使館が求められていることは察しがつく。

「構いません」

「きみは母子家庭だと聞いたが」

その問いかけでよほど断られたのかと察する。

なんせ異世界だ、赴任するにも未知数のところが多すぎてあらゆる人材に断られ続けたのだろう。

(それで俺におはちが回って来た、と)

今や俺のことも父のことも忘れてしまった母に何を言ってももう分かってもらうことはないだろう。

「母も事情を伝えれば良いと言ってくれるかと」

大臣はしばし周りの男たちと話し合ってこくりと頷いた。



「……わかった。きみを全権特命大使に任命したい」

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