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その日のうちに全権特命大使の内示が降りると既に内定している参事官・通訳官・在留武官の資料が渡された。

在留武官の資料にふと手が止まる。

「……木栖きすみ善泰よしやす?」

その名前と顔写真には覚えがあり、思わず学歴を確認すると同じ高校を同じ年に卒業して防衛大学校に進学したことが確認できる。


「まさかここでお前とまた会うことになるとはな」


木栖善泰と出会ったのは高校1年の最初のテストだった。

今では珍しくなったが、県内一の進学校だったうちの学校では試験結果上位10人が張り出して競争心を煽るシステムがあった。

その時学年1位を取ったのが木栖であり、2位が俺だった。

頑張ってこの学校に進学しバイトしながら通っていた当時の俺には、それが本当に悔しく次の試験では1位を取ろうと決意した。

しかし次の試験でも俺は2位で、それが3年間続いた。

それで頑張ることがすっかり嫌になり、省エネ野郎になってしまったわけだ。

すっかり忘れていた存在が突然目の前に現れてきて、胸に沸いた感情を吐き出すようにため息を吐いた。



***


3日後、異世界大使館への赴任が決まった三人との顔合わせ兼異世界言語の勉強会が行われた。

場所は通訳官を務める女性が務める女性が務める大学の会議室を借り、直接彼女が教師役となった。

1番に到着した俺は人数分のコーヒーなど用意してもらいながらぼんやりと待っていると、ガチャリと会議室の扉が開いた。

「真柴?」

濃緑色の制服に身を包んだ木栖は写真よりも整い過ぎているように見えた。

嫌味なほどに整った顔立ちと自衛官らしい引き締まった肉体は自衛官役の俳優めいて見える。

「……ああ、まだ俺しか来ていない」

「そうか。少し焦りすぎたかも知れないな、コーヒーをもらっても?」

「ちゃんと人数分を揃えてある」

コーヒーを一杯とっていき、俺の隣の席に腰を下ろした。

「こうして話すのは高校の卒業式以来か」

「そうだな」

高校生活の中ではあまり一緒にいることはなかったが、高3の一年間だけ同じクラスだったので何度か話はした。

決して近しい関係とは言えなかったが、なんとなく気になる存在として(少なくとも俺は)意識していた。

「こうして知り合いと一緒にいることになるとは思わなかった」

「そこは同意する」

他愛もない雑談が止まり、コーヒーをずずっと啜る。

高校の同級生とは言え大して仲がよかったわけではない。特に話をするにも大したことは特に思いつかない。

なんせ卒業後の経歴はお互い書類で把握しており、直接口で聞くことではない。

俺は東大へ進学して官僚へ、木栖は防大へ進んだ後陸上自衛隊に入っていくつかの駐屯地勤務ののち今は習志野駐屯地に席を置いている。

「真柴、一応言っておきたいんだが」

「何をだ?」

「俺はゲイで、お前のことが好きだった」

「……は?」

ゲイであることは大した問題ではない。大使館に入ると寮生活になる予定だが、私生活に深く突っ込んでいくつもりはないし誰がどうだろうと余計な問題を起こさない限り俺が文句を言う資格はない。

しかし俺のことが好きだった、というのはなかなか頂けない。

「あくまで高校時代の話だ、出来るだけ俺のセクシュアリティのことで真柴には迷惑をかけないようにしておくが万が一のことがあるから念のため伝えておく」

あくまで必要だからというスタンスで伝えてくる木栖に俺は何も言えなくなる。

「……わかった」

俺はあくまで留意しておくべきこととして頭の隅に置いておくだけとした。

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