23:布だらけの部屋

 その週も半ばを過ぎ、木曜日になった。

「アメジスト」編集部へ提出する商業作品は、下描きが一〇ページに達している。ペン入れまで済ませた原稿も、細かい背景のコマを除けば、八ページぶん描き上がっていた。

 ポートフォリオ用に制作している漫画は、やっと全体的なプロットの方向性が見えてきたように思う。ただしネームに起こす段階まで来たら、いったん寝かせておくつもりだった。まずは「アメジスト」の原稿を先に片付けるか、また新たなネタをひねり出し、新作の構想を他にも作り溜めしておきたい。


 差し当たり作業の進捗状況自体は、順調と言えそうだった――

 無論だからと言って、地道な努力が報われるとは限らないのが創作の世界だ。

 ゆえにあとから振り返ってみると、ポートフォリオ制作などという行為は、ただただ一円にもならない紙屑を量産し続けているだけかもしれず、まるで労働としての価値が存在しない可能性も少なくないのだが。


 しかしそれを実際的な視点から認識してしまうと、目の前の原稿執筆に対するモチベーションに差し支える。

 というわけで最近の結菜は机に向かう際、極力現実的な損得勘定を心から切り離し、より良い漫画を描くことだけを考えるようにしていた。それが健全なことかどうかはわからないが。



 ところで、手元の原稿を描き進めている合間のこと。

 息抜きにPCブラウザでSNSを眺めてみると、少し気になる投稿が画面上に流れてきた。

「アメジスト」の最新号を購入しようとした読者の反応で、雑誌が書店に置いていない、という発言が数件見て取れたのだ。今月は藍ヶ崎駅前の書店でも入手できない状態らしい。


 ――もしかして今号、いつもより売れている? 


 結菜は一瞬、SNS上の投稿に軽い驚きを覚えた。

 一応は自らも漫画を寄稿している雑誌のことだから、自然と喜びが胸に湧き上がる。

 もっともそれは妙だとすぐに思い直し、頭の中で現実的な見立てが取って代わった。


 ――いや、単に雑誌の配本数自体がしぼられているだけか……。


 たちまち明るい気持ちはしぼんでしまって、冷めた思考が戻ってきた。

「アメジスト」はもう、遠からず紙媒体としては休刊し、Web媒体へ移行する雑誌だ。

 現在は発行部数が以前より落ち込み、入荷する書店も減少しているはずだろう。

 元々せまい購買層を対象にしており、どこにでも売っているようなメジャー誌ではない。

 とすれば駅前とはいえ、地方都市の書店で扱われなくなることに不思議はなかった。


 ちいさく溜め息をいて、液晶タブレットの画面へ視線を戻す。

 タッチペンを握り直し、作業を再開した。無駄な雑念に囚われている場合ではない。

 今後も漫画の仕事を続けていくためには、今がまさしく正念場なのだから……。




 この日の颯馬は、午後一時半近くになってから、結菜の部屋へ顔を見せに来た。

 相変わらず昼食の材料を用意してきていたが、普段より幾分遅い時間の来訪だ。

 とはいえ結菜は漫画原稿の作業に掛かり切りだったため、まだ昼の食事を取っていない。

 颯馬もそれと察していた様子で、いちいち「昼食はもう済ませたか」などと確認しなかった。

 二人分の鍋焼きうどんを手早く作り、ダイニングテーブルの上へ並べる。


「実は昨日のことなんだけど、また飛上さんと話す機会があったんだよね」


 颯馬は、土鍋のふたを取りながら、おもむろに切り出した。


「もっとも先日みたいに街中で、偶然出くわしたりしたんじゃない。新委住駅前の喫茶店で約束して会ったんだ」


「……新委住駅前のお店というと、以前に吉瀬さんとの待ち合わせにも使った場所だよね?」


 うどんに七味唐辛子を振り掛けつつ、結菜はたしかめるようにたずねる。

 颯馬は「うん、そうだね」と、短く答えてうなずいた。次いで浅く呼気を吐き出す。

 それが結菜には何か、言い出しにくいことを話そうとしている様子に感じられた。

 颯馬はときどき、こういう素振りを覗かせることがある。


 たぶん飛上さんと会って、面倒なことがあったのかもしれない、と結菜は憶測した。

 不意に話題を持ち出してきた流れからすれば、そう考えるのは自然な連想だろう。

 同じマンションの住人で、いくらか平時親交のある相手にもかかわらず、わざわざ喫茶店まで出向いてやり取りせねばならない話とは何なのか。



 ほんの少し黙ったままで、結菜は話の先をうながす。

 颯馬は、はしの先端にうどんを巻き付けながら続けた。


「飛上さんさ、こないだ買った単行本で結さんの漫画読んだって言っていたよ。作画が綺麗で、お話も凄くリアリティがあって良かったって」


「はあ、私の漫画を……? それはどうも」


 思い掛けなく作品の感想を伝えられ、結菜は若干意表をかれた。

 しかしそれだけのために颯馬と飛上が面談したとは思えなかったので、また話の続きを待つ。

 うどんをすする状況も相俟あいまって、貴重な読者の意見を聞けたのに、やや素っ気ない反応になってしまったのは致し方なかろう。


「それで飛上さんからはね、結さんとホラー漫画のことを色々かれたよ」


 颯馬は殊更ことさらに渋い面持ちで、言葉を継いだ。


「ああいった話はどうやって考え出すんだろうかとか、世間で噂の怪談や都市伝説などを参考にしているのかとか。――それから結さんは、ホラー漫画で描いているような怪奇現象を、実在の出来事として信じているんだろうか、みたいなことも」


「ふうん。何だか飛上さん、私の漫画に随分と関心を持ってくれたのね」


 颯馬の話に耳を傾けながら、結菜は心持ち身構えて言った。

 やはり身近な読み手の反応として、飛上のそれは素直に受け取れない気がする。

 質問の内容が漫画自体の疑問点ではなく、創作の過程や結菜個人の思想に関する問題に及んでいるのも、いささか引っ掛かった。

 颯馬が当時の様子を語る様子にしても、妙な態度と言わざるを得ない。



 結菜は、思うところを率直に問いただしてみることにした。


「飛上さんからあれこれ訊かれて、颯くんはどう答えたの? ……もしかして私が漫画家だってだけじゃなく、実は霊能力者で、漫画に出てくる怪異にもモチーフがあるって教えちゃった?」


「……どうにも飛上さんは最近、常識的な感覚じゃ理解不能な怪奇現象に遭遇したらしい。そのせいでここ数ヶ月というもの、どうすればいいか酷く悩んでいるんだってさ」


 颯馬は、いったん話題の焦点をずらし、重大な事情を伝えてきた。

 それから改めて、かぶりを振りつつ問いに答える。


「結さんに霊視能力があることは、まだ飛上さんに教えていないよ。ホラー漫画の着想に関しては、ネット上のオカルト系動画を参考にしたり、知り合いの霊媒師に取材したりして、その都度捻り出しているみたいですね……と、一応そう伝えてある」


 思った通りだな、と結菜は内心苦笑した。

 飛上が颯馬と喫茶店での面談を望んだのは、純粋に漫画の感想を伝えるためだけではなかったわけだ。さすがに飛上が怪奇現象を体験したという話は、多少意外ではある。だが、むしろ本題がそちらの件に関する相談だとわかってみると、納得感しかなかった。


 あるいはホラー漫画を描くような手合い(またはその作者と親密な颯馬)であれば、そうした問題についても理解が得られると期待したのかもしれない。怪奇現象についての悩みは、たとえ親しい関係性の人間でも、普通は打ち明けるのが難しい。


 ただ差し当たり、颯馬は飛上とのやり取りでは事実と虚偽を適当に混ぜ合わせ、結菜の霊能力を誤魔化ごまかしたようだった。以前に吉瀬桂太から相談を受けたときと違って、最近は信頼できそうな相手に対しても、異能の件を説明することには慎重になっているらしい。



 ――でも飛上さんが悩みを抱えていることについて、颯くんは私にも伝えてきた。


 結菜は、テーブルの正面に座る青年を、今一度じっと見据えた。


 もし徹底して危険を忌避するなら、最初から飛上と面談したことを口にする必要はない。

 しかし話題に持ち出したということは、颯馬の心中には若干のがあるのではないか――

 できるなら結菜の助力を得て、飛上の悩みを解決してやりたい、という迷いのようなものが。



「飛上さんが遭遇したっていう怪奇現象のことについて、だけれど――」


 結菜は、うどんをひと口啜ってから問い掛けた。


「颯くんは喫茶店で、飛上さんから具体的にそれがどういうものかは、話を聞いているの?」


「うん、まあね。いかにも典型的な怪異というか、都市伝説にありがちな現象だなと思ったよ。まだ確証はないけれど、たぶん類似した話はちまたによくある」


【いかにも典型的な怪異】。

 怪異は特殊な事象なのに「よくある」という表現には違和感を覚えるものの、言いたいことは理解できる。

 知名度が高い都市伝説には、他に類似した現象が存在する場合も少なくない。例えば「高速で追い掛けてくる老婆」に襲われる怪異などは、複数の類似種が知られている。


 飛上が出くわしたという怪奇現象も、何かしら類例的な要素が含まれるものなのだろう。


 ――だとしたら、それがどの程度危険な怪異なのか、颯くんはおおむね予想が付いている……? 


 颯馬が現状に戸惑う理由を、結菜はそこはかとなく察せられる気がした。


 無駄に怪異と接触して、生命に危機が及ぶ事態になることを、颯馬は非常に心配している。

 とはいえ過去の経験から、似たような現象に関しては、どう接すれば安全を確保できそうかがわかる場合もあるだろう。然らば、危険がいくらか軽減できるかもしれない。


 一方、飛上とは同じマンションの住人で、それなりに親しい間柄だ。

 怪異で困っているのなら、可能な限り助力したい、とは考えているに違いない。

 かつては颯馬にしても、結菜の手で怪異から救われたことがあるのだから……。


 つまり、颯馬は二つの意思のあいだで、板挟みになっているのだと思われた。

 なまじっか「身の安全を確保できそうな怪異の案件らしい」と、予見できるぶんだけ、余計にそうなのだろう。



 ――あとは私がどうしたいかだけ、なのかもね。まあ決まっているけれど。


 結菜は、テーブルの上に箸を置き、居住まいを正した。


「颯くんの話を聞いたあと、飛上さんは怪奇現象について今後どうするつもりか言っていた?」


「結さんが漫画のことで相談しているという霊媒師を、差し支えなければ紹介してもらえないかって頼まれたよ。そんな人物は当然実在しないから、あの場では適当に誤魔化したけれど」


「そう。じゃあ仮に私が霊能力者だって事実を知らせたら、飛上さんは怒ったりしないかしら」


「それは結さんが飛上さんの相談に乗って、今回も怪奇現象を調査してみたい、ってこと?」


 重ねてたずねると、颯馬はたしかめるように訊き返してきた。

 結菜は、軽く肩を竦める仕草を交えつつ、微笑してみせる。


「ホラー漫画のネタは、いくらあっても困らないもの。ポートフォリオ用のネームを描き溜めるためにも、身近な怪異譚に触れられる機会には極力『取材』しておきたいの」



 颯馬は、わずかに口を開き掛け、しかし何も言わずにすぐ閉じた。

 代わりに微量の高揚と困惑がにじむ面持ちで、結菜の顔を見詰める。

 すぐにその目つきは、真っ直ぐで、やけに熱っぽいものになった。


「……ずるいな、本当に結さんは」


 若干の間を挟んで、にわかに颯馬がいきどおったようにつぶやく。


「普段は鈍感で、こっちが考えていることに全然気付きもしないくせしてさ……」


「……それ、何の話? どうして私、今のやり取りで急にけなされているの?」


 唐突に不平そうな言葉を投げ掛けられ、結菜は混乱せずにいられなかった。

 怪異の件をどう処理すべきかで迷っている様子だったから、気を利かせて遠回しに協力を申し出たつもりだったのに――

 それでなぜ、洞察力の欠如を指摘されねばならないのだろうか。

「もしかして、自分の見立ては誤解だったろうか?」と、結菜は一瞬自らを疑った。


 ただし続く颯馬の言葉を聞いて、そこに思い違いがなかったことは確認できた。


「……はあ、まあいいや。全面的には賛成できないけれど、結さんが『取材』したいっていうのなら、今回は無理に怪異の調査を止めるつもりもないよ。きっと飛上さんも喜ぶだろうし」


 颯馬は、テーブルの上に片手で頬杖を突き、顔を横へ背けながら言った。

 熱いうどんを食べていたせいか、改めて見ると僅かに顔が赤らんでいた。




     ○  ○  ○




 同じ週の土曜日。

 結菜はその日、「ブルーハイツ新委住」一〇〇一号室――

 つまり、飛上孝晴が起居する部屋を、午後から訪問することになった。

 飛上が怪異と遭遇して悩んでいる件を知らされた翌日、颯馬を介して相談に乗りたいと伝えたところ、すぐさま「是非に」という返事があって招かれたからだ。


 ちなみに颯馬の話によると、喫茶店で話題にした霊媒師は架空の人物で、実は「結菜当人こそ霊能力者だ」と打ち明けた際には、さすがに飛上も驚いていたらしい。

 そこで、颯馬は「結菜を怪異の問題に巻き込んでもかまわないか否か、あの場では決めかねていた」ことなども、正直に説明したという。併せて虚言の謝罪したところ、すぐに飛上は理解を示し、気にする必要はないと応じたそうだ。


 また今回の訪問に際しては、颯馬も「過去度々、結菜と共に怪奇現象と遭遇した経験者」ということで、面談に同席することになっていた。



 結菜と颯馬は約束の時間になると、二人そろって自室を出て、エレベーターに乗った。

 一〇〇一号室は、フロアを二階分下りて、ホールを出ると目の前にある部屋だった。

 玄関ドアの正面に並んで立ち、颯馬が呼び出しのチャイムを鳴らす。

 インターフォン越しに応えがあって、飛上が室内から姿を現わした。


「やあ芹沢くん、いらっしゃい」


 飛上は柔和な物腰で、颯馬に声を掛けた。

 次いで結菜へ向き直り、歓迎の意を示す。


「それに天城さんも、よく来てくれました。今日はよろしくお願いします」


 こちらこそ……と、結菜は芸のない返事と共に会釈する。


 高校教師の飛上は今日一日、生徒を課外活動で指導せねばならないような予定もなく、完全な休日だという。

 服装も自宅で過ごす際のそれらしく、かなり緩やかなシルエットのシャツを着て、ベージュのスラックスを穿き、くつろいだ雰囲気の格好だった。メガネを掛けた細面に似合っている。


 と、飛上は不意に大事なことを思い出した様子で、たしかめるようにたずねてきた。


「ああ、そう言えば天城さんことは、暗黒城先生とお呼びした方がいいのでしょうか。漫画家でらっしゃるそうですし、ペンネームで」


「いえ天城で大丈夫です。むしろ天城でお願いします」


 結菜は、即座に真顔で要望した。

 実は仕事の打ち合わせで、担当編集者から呼ばれるときでさえ、若干の抵抗を感じる筆名だ。それ以外の場面で、同じマンションの住人から呼ばれると、羞恥心が激しく刺激されてしまう。



「とりあえず二人共、家の中へ上がってください」


 飛上は、玄関ドアを開いたまま、半身立ち位置をずらした。

 通路を空けて、結菜と颯馬を屋内へ招じ入れようとする。


「お恥ずかしながら、かなり散らかっている部屋ですが……」


 うながされて、一〇〇一号室に上がらせてもらった。

 靴を脱いでスリッパに履き替え、リビングへ踏み入る。


 そこですぐ、結菜は「散らかっている部屋」という言葉が、誇張ではないことを理解した。

 一〇〇一号室のリビングは、結菜の部屋と同じ間取りのはずだが、随分と狭く感じられた。


 ソファやテーブルなどの家具、液晶テレビのような家電製品が置かれた箇所の周囲には、あちこちにダンボール箱が大量に積み重ねられていて、居住スペースを圧迫している。また壁際には、収納や棚が隙間なく設えられ、さらにその上に小物入れの類がいくつも乗せられていた。


 ダンボール箱の蓋の下からは、いずれも布地のようなものが覗いている……

 縫製品か端切れかは判然としないが、無地のものをはじめとし、チェックやドットなどの柄物の他、藍染めのような伝統染織など、多様な布が詰まっているのは間違いなさそうだ。

 小物入れの中でも、透明なプラスチックのものに関しては、内側に色とりどりの糸やボタン、留め具などを入れてあるのが見て取れた。


 さらにあちこち眺めてみると、インテリア雑貨の下に手縫てぬいの敷物があったり、布製のバッグが壁掛けフックに吊るされていたり……

 といった具合で、手芸作品が室内の調度類の中に溶け込んでいた。



「ここへ来る前に芹沢くんから聞いているかもしれませんが、私は趣味で長いことパッチワークキルトを作り続けていましてね」


 結菜がリビングを見回していると、飛上は幾分はにかみながら言った。


「手芸店などで気に入った布を見掛けた際には、ついつい購入して、溜め込む癖がありまして。他にも古着の端切れがあると、いずれキルト作りの素材に使えるかもしれないと思って、いつも保管してしまう。おかげでこの有様です。……これでも片付けて置いているつもりなのですが、何しろ量が多いため、部屋の中で身動みうごきできる場所が狭まる一方なんですね」


 いや、これは家が汚いことの言い訳ですが――と、飛上は体裁悪そうに付け足す。

 結菜は、むしろ室内をじろじろ見ていた自分の不躾さに気付き、申し訳なく思った。


「まあ何はともあれ、そこのソファで楽にしてください。今飲み物を用意しますから」


 来客二人に着座を勧め、飛上は忙しなくキッチンへ向かう。

 結菜と颯馬が並んでソファに腰掛けていると、飛上はコップとペットボトル三本をトレイの上に乗せて運んできた。飲料はそれぞれ、冷たい紅茶と緑茶、ジンジャーエールだった。



「今日は私の部屋へ来てくださり、ありがとうございます」


 飛上は、ローテーブルを挟んで、差し向かいのソファに腰掛ける。

 三人のコップに飲み物を注いで回ってから、頭を下げて言った。


「ここ最近、怪奇現象としか思えない出来事に悩まされているのですが、何しろこういうことは身近で相談できる知り合いがいないので。天城さんと芹沢くんに今回話を聞いてもらえることを、心から感謝しています」


「あの、どうかそんなに畏まらないでください。これからお話をうかがっても、まだそれで問題を解決できると決まったわけでもありませんから……」


 飛上の殊勝な物腰に接し、結菜は恐縮せずにいられなかった。

 あまり下手に出られたりしても、かえって何かとやり難さを感じてしまう。

 それで自虐的かもしれないが、確認の意図も含む問いを投げ掛けた。


「飛上さんの方こそ、私のことを信用してもかまわないのですか。こういうことを自分で言うのもどうかと思いますが、霊能力者兼ホラー漫画家というのは、世間の一般的な感覚からすると、相当怪しい肩書の人間のはずだと自覚しているので」


「……たしかに天城さんのことを、芹沢くんから最初に詳しく伺った際には、正直驚きました。ですが今こうしてお話していても、天城さんの言葉に怪訝けげんな印象はありません」


 飛上は、僅かに思考の間を挟んでから答えた。

 自らの言葉に納得するようにして、深くうなずく。


「あと少なくとも芹沢くんのことを、私は確実に信用に足る青年だと考えています。芹沢くんが日頃親しくしている方であるからには、天城さんを疑う必要もないでしょう」


 どうやら結菜に対する人間的評価は、颯馬との関係性に担保されているらしい。

 ソファの隣を横目で見ると、颯馬は悠然と注がれたジンジャーエールを飲んでいる。

 何でもない挙措がこのときだけは、妙に得意気に感じられた。



 飛上はメガネを掛け直し、苦笑交じりに言葉を継いだ。


「それに私自身、ちょっと合理的な説明ができそうもない出来事を体験してしまいましたからね……。ああいうことがあったあとでは、世の中に霊的な現象が実在するという見方についても、受け入れざるを得ないところがあります」


 つまり、怪奇現象と遭遇し、オカルト的な概念を否定できなくなったということだろう。

 不気味な怪異が現実に起こり得るなら、霊能力者も存在していておかしくはない――

 そういった類推的な判断が働いたらしい。


 問題なのは、飛上に思考を改めさせた怪異が、いかなるものなのかということだ。

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