14:噂の荒れ地


 その週の土曜日は、アルバイトが夕方からのシフトだった。

 そこで結菜は正午前に自宅マンションを出て、星澄市へおもむくことにした。

 午前九時半頃に起床するのは、相変わらず不摂生ふせっせいしているので辛い。


 しかし結菜は「不思議な空き家」の噂を知って以来、ブログに記事を投稿した執筆者と、できるだけ早いうちに面談したいと考えていた。

 この日の外出は、そのための約束を先方と取り付けたためのものだ。


 結菜はSNSのDMダイレクトメールを利用し、すでに記事の執筆者と連絡を取ることに成功していた。

 彼女が漫画家であり、「ブログの内容を創作の参考にさせてもらいたい」という主旨を説明したところ、相手も興味を持ってくれたらしい。

 その後は円滑にやり取りが進み、早速じかに会う機会を得たわけだ。


 ところで面談に際しては一応、颯馬に頼んで同席してもらうことにした。

 インターネットで知り合った相手と、いきなり結菜が一人で会うのは気後れがあったからだ。

 たとえ女子高生を自称している人物でも、実際に顔を合わせてみるまで素性はわからない。

 そこで事前に随行者ずいこうしゃともなう旨を伝えると、ブログ記事の執筆者も同じように「知り合いと一緒に面会したい」と返信してきた。



 ……ちなみに余談ではあるが、結菜が怪奇現象を実地に「取材」していることは、担当編集者の小倉も前々から知っている。

 それどころか結菜は過去に一度、自分が霊能力者だという事実も伝えていた。

 小倉は当時、PCモニタ越しにリモート通話で、生温なまぬるい微笑を浮かべて応じた。


「そうですか。実は暗黒城先生以外にも、ホラー系作品を手掛ける作家さんの中には、ときどき同じようなことをおっしゃる方がいるんですよ。自分は子供の頃から霊感が強いんだって」


 結菜の話がまったく信用されていないことだけは、たしかそうだった。



 さて、ブログ記事の執筆者とは、星澄駅前の喫茶店で対面した。

 指定の時間にやって来た相手は、SNSの自己紹介通りに女子高生だった。

 星澄市内の明南高校に通っている点も、把握していた事実と相違なかった。

 事前の約束に従って、友人だという少女を一人連れていた。

 両名共に同じ高校で、オカルト研究会に所属しているらしい。

 学校が休みの日なので、どちらも私服姿だった。


 結菜と颯馬が改めて名乗ると、少女二人も警戒を解いてくれた様子だった。

 ただし皆でテーブルを囲んだ際、女子高生の視線は明らかに颯馬の方へき付けられていた。

 各々がウェイターに注文を頼んでいる最中も、少女たちは頬を上気させてそわそわしていた。


 颯馬が気付いていたかは定かではないが、

「やばい。こんなにカッコイイ男の人が一緒に来るって聞いてなかった……」

「ちょっと何これ、こんなことなら一番お気に入りの服着てくるんだった……」

 などと女子高生がささやき交わしているのが、結菜の席からは断片的に聞こえてしまった。



 そのあとテーブルに飲み物が届いてから、結菜は本題を切り出した。


 まずは漫画を描くに当たり、「不思議な空き家」の話をモチーフにする構想を説明した。

 その上で、明南高校オカルト研究会のブログ記事を参考にさせてもらいたい旨を、できるだけ誠実に伝える。

 次に「不思議な空き家」の噂が創作怪談ではない点を、念のために確認しておいた。

 記事を書いたという女子高生は、件の都市伝説が間違いなく実在するとけ合った。

 そしてまた、結菜がブログの内容を資料とすることも、二つ返事で受け入れてくれた。


 それから先は「不思議な空き家」に関する情報を、女子高生に詳しく問いただす。

 颯馬があれこれ問い掛けると、身を乗り出して知っていることを教えてくれた。

 相手の少女は「あたしでお役に立てるのなら……」と、瞳をかがやかせながら話す。


 ――年頃の女子がイケメンに食い付く貪欲さ、すごすぎる……。


 結菜は平静をよそおいつつも、その有様を内心たじろぎながら眺めていた。

 とはいえこちらの疑問に対し、積極的に回答してくれるのはありがたい。



 おかげで「不思議な空き家」については、地元の噂でどの辺りの土地に出現すると目されているかを、かなり具体的な場所まで知ることができた。

「星澄市雛番」とひと口に言っても、いざ調査するとなれば非常に広い範囲になってしまう。

 それゆえ該当する地域の中で、心霊スポットらしき位置がしぼり込めた意義は少なくない。


 尚、「不思議な空き家」の都市伝説は当初、今教わった場所で夏場に肝試しをした中高生が怪異と遭遇したことで誕生した――

 というふうに起源を定義している説が有力らしい。

 ただし結菜も、この話に限っては「いくら再開発の対象になるほど古い地域と言っても、高級住宅街の雛番で肝試しをすることなどあるのだろうか」と、少し眉唾まゆつばに感じていた。



「それとあとひとつ、気になることがあるんだけど」


 颯馬は、コーヒーをカップの中の半ばまで啜ってから、今一度問い掛けた。


「今の話を聞いた印象だと『不思議な空き家』の怪奇現象って、せまい地域の噂ではあるものの、過去にもう少し有名になっていたとしてもおかしくない都市伝説のような気がするんだ。なのに君たちがブログで取り上げたことで、僕や結さんは初めて存在を知った。これだけWeb文化が普及した現代で、然程さほど情報が拡散されていないのは、なぜだろう?」


「う~ん。そうかれると、あたしたちもよくわからないですけど」


 ブログ記事を書いた方の女子高生は、やや弱り顔で所見を述べる。


「ひとつには『不思議な空き家』って、ネットで検索すると似たようなタイトルの記事が他にも大量に出てくるんですよ。心霊現象と無関係な、珍しい物件の話とかもふくめて」


「……ああ、なるほどね。つまり、内容自体はユニークでも、名称に関してはありきたりすぎたせいで、かえってネットの中で埋没しちゃったってことか」


「あともしかしたら『不思議な空き家』は、動画でれないし、写真にも写らないって言われているせいもあるからかもしれません」


「動画で撮れないし、写真にも写らない?」


 結菜は思わず、横から鸚鵡返おうむがえしにたずねた。

 それに対しては、もう一方の女子高生が愛想笑いを浮かべて首肯する。

 オカルト研究会内部では記事を書いた成員以外のあいだでも、ある程度『不思議な空き家』の怪異に関して、情報共有が成されているようだった。


「はい。あたしたちは実際にその空き家を見たことがないから、事実かどうかはわからないんですけど。実は以前、噂の真偽を調査しようとした動画配信者さんがいたみたいなんです」



 女子高生二人の談話によると――

 いくつかのオカルト系動画チャンネルで、かつては「不思議な空き家」の検証動画を撮影しようとしたことがあったらしい。


 ある動画配信者の一人は、隣県から星澄市へ乗り込んで、噂通りの空き家にたどり着いた。

 しかし心霊スポットを撮影しようとしたものの、カメラには周囲の光景が映らなかった。

 別の人物は生配信を試みようとしたが、途中で急に画面が止まってしまい、やはり上手くいかなかったという。


 そうした事態は都市伝説として、恐怖心を刺激される展開だったと言えるかもしれない。

 だが動画コンテンツに映像が存在しないことは、視聴者に訴求する上で致命的な問題だった。

 以後は検証自体が困難だと判明して、話題がWebで拡散されることもなくなったそうだ。

 それで現在は星澄市でも、オカルト好きな中高生だけがわずかに知る噂となってしまった。



「空き家に迷い込んだ動画配信者さんたちは、建物の中でひと晩閉じ込められたあと――」


 オカルト研究会の女子高生は、ひとしきり話してから付け加えるように言った。


「次の日の朝にはみんな、無事に生きて帰ってきたみたいなんですけどね。気が付くと、いつの間にか道端で寝転がっていて、昨夜過ごしたはずの家はなくなっていたそうです」


 それはブログで読んだ記事の内容とも、一致する顛末てんまつだった。




     ○  ○  ○




 翌週の月曜日。

 結菜は再び藍ヶ崎市を離れ、隣町の星澄市へ向かった。

 ただし目指す先は土曜日と異なり、住宅街の雛番である。


 しかもこの日は自宅のマンションを、夜の午後九時過ぎに出た。

 無論「不思議な空き家」を探し出し、現場で「取材」するためだ。

 都市伝説に従うなら「不思議な空き家」と遭遇できるのは、深夜午前二時以降だという。

 陽が高いうちから出掛けても得るものはないと考え、わざわざ夜もけてから出発した。


 それでも六時間近くも余裕を持って移動することには、当然わけがある。

 噂に聞いた時間帯を、現地へ乗り込むなり、いきなりむかえるのは避けようと考えたからだ。

 事前に「不思議な空き家」が出現するという場所は、いったん下見しておくつもりだった。


 何にしても昼から夕方に掛けてアルバイトをこなし、外出前に夕食を済ませることもできた。

 明日はバイト先の骨董品店も定休日ゆえ、これから「取材」で徹夜になっても差し支えない。


 尚、今回の外出に際しても、颯馬は自ら希望して同行を申し出た。

「不思議な空き家」の噂に怪異が関わっているなら、それが「悪い霊」かが気になるという。

 やはり「鈴風橋のお化け」の一件を踏まえ、結菜の身を案じているようだった。五歳も年下なのに、結菜に対して妙に過保護なところがあるのは、生来の性分だろうか。


 とはいえ颯馬の心配性を差し引くにしろ、「取材」に付いて来てくれるのはありがたい。

 仮に「不思議な空き家」の噂が単なる作り話でしかなかったとしても、深夜に女性一人で屋外を歩き回るのは心細くないはずがなかった。

 万が一、路上で見知らぬ暴漢に襲われたりしたらどうしようか……

 などと心霊現象とは別種の危険も、想像していなかったわけではない。



 結菜と颯馬は、JR新委住駅から電車に乗り込み、約一時間半余り車内で揺られた。

 途中の藍ヶ崎駅で一度乗り換え、大柿谷、ぎんの森と経由して、星澄駅に到着する。

 そこからは地下鉄を利用して、雛番北一七条という地域で降車した。


 女子高生から先日教わった場所は、さらに一〇分ほど歩いたところにあるようだった。

 現在時刻を確認すると、午後一一時前だ。まだまだ怪奇現象の発生時間には早い。

 もっとも目的地に着いたら、辺りを検分する予定がある。だからおおむね計画通りだった。



「……このあいだの女の子たちが言っていたことだけど」


 結菜は、暗い夜道を歩きながら、颯馬に語り掛けた。


「噂の『不思議な空き家』は、動画に撮れないし、写真にも写らないって話だったよね。颯くんはあれ、どう思う? もちろん都市伝説が本物の怪異だったとしたら、の話だけど」


「どうって、空き家の怪異が『良い霊』か『悪い霊』かってこと?」


 颯馬はかたわらで周囲に目を配りつつ、結菜に訊き返す。

 どうやら先程から、雛番の街並みが気になるらしい。

 評判通りの高級住宅街で、どこを見ても瀟洒しょうしゃな家屋ばかりが立ち並んでいた。

 住人の暮らしぶりが想起され、つい観察したくなる気持ちもわからなくはない。


「噂じゃ『家の中に迷い込んだ人を、ひと晩閉じ込めて帰さない』ってことだったでしょう」


 結菜は隣を見て、颯馬の様子をうかがう。

 五歳年下の青年は、頭ひとつ分近く背丈が高い。

 それで自然と、やや見上げるような目線になる。


「それが本当なら一応、人に害をす霊に入るのかなと思っていたんだけど。でも動画や写真に存在の形跡が残らないなら、実は無害な霊なのかもしれないなって」


「さあ、それはやっぱり調べてみないとわからないんじゃないかな……」


 結菜の見解に対して、しかし颯馬は慎重な姿勢を崩さなかった。


「もし結さんがカメラのシャッターを切ったら、心霊写真も普通に撮れるかもしれない。他にも名取香弥さんの霊と遭遇したときみたいなパターンだって、あり得なくはないわけだし」


 たしかに常人の撮影した写真に写らないものが、霊能力者のそれに写ることは考えられる。

 あるいは「鈴風橋のお化け」の件と同じく、怪異の状況自体に何かしらのトリックがあって、撮りたい対象に焦点が合っていない……という場合も、可能性として皆無ではない。


 颯馬としては現時点での、あらゆる見込みを捨てるつもりはないのだろう。

 名取香弥の霊がどの程度危険かについて、先日は幾分本質を見誤っていた。

 それを反省するがゆえにいっそう、警戒感を強めているのかもしれなかった。



 そうして歩き続けていると、徐々に街並みの雰囲気が変わりはじめる。

 道幅が広くなる一方、やや築年数の古い建物が見て取れるようになった。

 時折、売りに出ている家屋があって、更地になっている場所も散見される。

 この地域で再開発が進んでいる一帯みたいだ、と結菜は直感した。


「雛番、北一七条――東一丁目三号、と。たぶん、この辺りだと思うけど……」


 さらにしばらく移動してから、颯馬は不意に立ち止まった。

 スマートフォンを取り出して、地図アプリを立ち上げる。「不思議な空き家」に遭遇したという噂がある住所と、自分たちがたどり着いた現在地を照らし合わせているのだった。


「……何だかさびしいところだね」


 結菜もその場に佇立ちょりつし、改めて周辺の光景を見回した。


 正面の街路は、脇道などなく、ひたすら真っ直ぐ前方へ伸びている。

 微妙な傾斜が付いた上り坂で、人が行き来するような様子がない。

 深夜の時間帯であることを考慮するなら、それも決して不自然ではないのだが――

 再開発の対象地域とはいえ、明らかに住宅街らしからぬ雰囲気がただよっていた。


 実際のところ道の左右には、すでに一般的な民家が見当たらなくなっている。

 何某なにがしかの事務所らしきプレハブ小屋、駐車場、廃ビル、資材置き場など……

 その他で目に入るのは、まばらな雑木林ばかりだった。


「もう少しだけ、この道を奥まで進んでみようか」


 颯馬はスマートフォンを着衣のポケットに戻すと、率先して再び歩き出した。

 結菜も黙って首肯し、あとにならう。頬をでる夜風が妙にぬるく、不快だった。



 その先に続く道は、しかし然程長くなかった。

 坂を上り切ってから二〇メートルほど進んだところで、路面の舗装が途切れた。

 前方が草花の茂る荒れた野原になっていて、突き当りは樹木に囲まれている。

 舗装路の終点より奥は、周囲を照らす街灯も立っておらず、夜の闇が深い。


「ここが北一七条東一丁目の行き止まりかな」


 颯馬は、もう一度スマホで地図アプリを調べて言った。


「なるほどね。都市伝説の真偽はともかく、昔この辺りの土地が肝試しに使われていたらしいって話は、何となく事実だったんだろうなって気がするよ」


 その所見には、結菜も概ね同感だった。

 民家が少なくなった付近から、ずっと肌にまとわり付くような気配を感じ続けている。

 その正体がいかなるものか定かではないが、彼女の本能が注意をうながしていた。

 ここには何か、訪れた者を畏怖させずにはおかない空気が感じられる。


「ちょっとだけ、結さんはそこで待っていて」


 颯馬は、肩掛けかばんから懐中電灯を取り出し、スマートフォンと持ち換えた。

 心霊スポットを探索するに当たり、事前に充分な準備は整えてきている。

 電灯の光で正面を照らしながら、荒れ地の中へ分け入っていった。


 颯馬は、足元の草を踏み倒し、一七、八メートルほど前進した。

 そこでまた、四方の地面を懐中電灯で照らして、具に観察する。

 野原の中で、そのまま数分ばかり留まっていた。


「実際に荒れ地の真ん中に立って周りを見てみたけど、けっこう広い土地だね」


 颯馬は、結菜が待つ位置まで引き返してくると、肩をすくめて言った。


「どうする結さん? この辺りでいっぺん、試しに写真撮影してみるかい」


「……そうだね。それがいいかもしれない」


 結菜は、提案に同意した。



 夜更けに荒れた野原での写真撮影。

 それは結菜の場合、もちろん心霊写真が撮れるかどうか試してみるということだ。


 いつものように愛用のトートバッグからデジタルカメラを取り出し、正面に構えた。

 目ぼしい被写体など何もない、ただ暗闇が広がる荒れ地の上にレンズを向ける。

 先程からの肌に纏わり付く不快さが、なぜか急に増したような気がした。

 しかし惑わされずに深呼吸し、集中力を高め……


 結菜は、おもむろにデジカメのシャッターを切った。


「……凄い。そこまではっきりじゃないけど、何か写っちゃってる」


 カメラ背面の液晶画面には、たった今撮影したばかりの画像が表示されている。

 フラッシュに照らされているものの、ただ暗く、荒涼とした野原の光景のようだが――

 その中心には掴みどころのない半透明の「何か」が、薄く白い輪郭を浮かび上がらせていた! 


「へぇ、こりゃまた見事な超常現象の写真だね」


 颯馬もかたわらから、結菜の手元を覗き込んで唸った。

 とはいえ常人ならば驚嘆してもおかしくないはずの画像を、冷静に「見事な超常現象の写真」などと評する態度は、彼も結菜の霊能力に毒され切っている。


「ここに写り込んでいるのは、怪異と思っていいんだよね?」


「たぶんそう。ただ写真の画角に収まり切らないほど、大きいな霊みたい……」


 颯馬に確認を求められ、結菜はゆるい所作で首肯してみせた。


 今デジカメで撮影した一枚が、心霊写真であることは疑いない。

 ただし画面からはみ出るほど、写り込んだ怪異のサイズ感は巨大だ。

 写真全体の八割近い部分を、半透明で白い「何か」が埋めている。


 颯馬は、下顎に親指を当てる仕草をして、少し考え込んだ。


「心霊写真に写り込むっていうことは、ここには『悪い霊』がいると見て間違いないわけだ」


「そういうことになるね。でもあまりはっきり写っていないから、それほど未練や怨念が強くはないのかもしれない。じかに遭遇してみなきゃわからないけど」


 颯馬の指摘を肯定しつつ、結菜は補足して意見を述べた。


 心霊写真に写る霊は人に害を為す霊で、写らない霊は無害な霊――

 それは明確な法則だが、人に害を為す霊の危険性には程度の差がある。

 先日接触した名取香弥の霊などは非常に危険な怪異だったが、遭遇した人間の生命まで取ろうとするものばかりではない。逆に無害な霊が人間を呪殺するようなことも絶対にないが、しかし接触した相手を驚かせて卒倒させる程度のことなら、ごくたまにあり得るのと同様だ。


 ただそうした危険性のグラデーションは大抵、撮影された写真の中に表れる。

 未練や怨念を強く持った霊ほど、姿かたちがはっきり写り込み、その逆は淡くぼけやすい。

 香弥の霊も、写真の姿こそ半透明だったが、今撮影した怪異より遥かに形状は鮮明だった。



「……そっか。まあ状況からして、これが『不思議な空き家』に関係する怪異なんだろうな」


 颯馬は、三度スマートフォンを取り出しながら言った。

 現在時刻を確認している。午後一一時半を少し過ぎたところらしい。

「不思議な空き家」の噂に聞いた時間帯までは、あと三時間近くあった。

 周囲に不気味な気配は感じるが、まだ怪異の出現は確認できない。


 それは見方を変えるなら、

「『不思議な空き家』の怪異とは、噂通りの時刻が来るまで接触できない」

 という事実の証明だと考えられそうだった。


「まだ午前二時までは随分と時間があるね。ひとまず来た道を引き返して、どこかで少しひまつぶそうか。深夜営業の飲食店で腰を落ち着けられれば、改めて怪異のことも話し合えるし」


 颯馬は、手元のスマホから視線を上げて言った。


 その提案からは、今の時点で「霊視」を試すのは避けるべきだ、という含意が読み取れた。

 このあと怪異と接触する際のことを踏まえれば、ここで結菜が疲労するわけにはいかない。


 だから結菜は一も二もなく、賛意を示した。

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