11:鈴風橋のお化け


「そんな――いくら何でも、ちょっと信じられない……」


 結菜は、しぼり出すようにつぶやく。


「他の女の子だけじゃなく、吉瀬さんのことで子猫にまで嫉妬しっとしていたなんて」


「そうだね、たしかに普通はちょっと考えにくい。実際、他の女子に対する感情と同じように嫉妬していたかと言えば、そこまで本気で子猫を憎悪していたかも怪しい。でも人間って、たまには何かに八つ当たりしたくなることぐらいはあるんじゃないかな」


「それはまあ誰も見ていないところでなら、なくもないかもしれないけど……」


「香弥さんの場合は、事故当時に鈴風橋の上で子猫を抱き上げたとき、たまたま魔が差したんだと思う。桂太のそばに近付く嫉妬の対象として、子猫の中に他の女の子の姿を重ねて見てしまった。それが悲劇のはじまりだったのさ」


 香弥の転落事故に関する推理を、颯馬は改めて語りはじめた。

 ここまでの見立てに従って、順に事態の顛末てんまつを整理していく。




 かつて鈴風橋周辺で捨て猫を発見した際、最初に可愛がっていたのは香弥だった。

 だが桂太もそれにならうようになると、徐々に猫は彼になつきはじめるようになっていった。

 やがてそこに無私の愛情を見て取り、香弥は猫に羨望を抱くようになったと思われる。


 そうした折に橋の上で、香弥と猫は偶然行き会ってしまったのだろう。

 桂太が出場する野球の試合を応援するため、球場へ向かう途中のことだ――

 香弥は、猫を両手で抱き上げたあと、嫉妬から逆恨みの衝動に駆られた。


 平時内向的な人物でも、自分より非力な相手には攻撃的になる場合がある。

 このときの香弥がそれで、勢いよく欄干側らんかんがわへ踏み込み、猫を川へ投げ捨てようとした。

 橋の縁を囲む木柵は、のちに作り替えられる鉄柵より丈が低く、それが充分可能だった。


 ところが動作の途中で足を滑らせ、香弥は転倒してしまう。

 それであべこべに香弥の身体が欄干を越え、木柵を壊して、石橋の上から落下した。

 一方の猫は間一髪で香弥の手を逃れ、破損せずに済んだ木柵の一部分へ飛び乗った。


 かくして香弥は川の中で溺死できしするものの、魂魄こんぱくが現世に留まり続ける。

 水底へ沈む寸前に見た、猫の身体をしろとして憑依ひょういしてしまうわけだ。


 警察の鑑識課も、事故現場は当然詳しく現場検証したに違いない。

 科学捜査で当時の状況を分析し、あるいは香弥が「橋の上から何か川へ投げ捨てようとした」ために転落事故が発生した点までは、突き止めていたのかもしれない。


 しかし常識的な思考に従えば、捨てようとしたものが「子猫」だったと誰が気付くだろう? 

 ましてや猫は生き残り、事故との関連を裏付ける証拠にはならなかった。目撃者も防犯カメラもない状況で、香弥の行動すべてを裏付けることは不可能だった。

 ゆえに警察も結局、名取香弥の事故は「不幸にも足を滑らせ、鈴風橋の上から転落して川の中に落ちた」としか結論付けられなかった。


 それから三年後。

 生前の無念で蓄積したケガレは、香弥の霊を怪異化させた――……




「つまり、香弥さんの転落事故には――」


 颯馬の話にひとしきり耳をかたむけてから、結菜は今一度問い掛けた。


「だから香弥さん自身の自業自得な面があった、ってこと?」


「いくつかの不可解な状況に関して、筋が通った真相を求めるならね。結さんが『霊視』を元にスケッチした絵の謎を紐解ひもとけば、僕はそれが無矛盾な答えだと思う」


 颯馬は、目線の高さを正面に戻すと、肩や首を軽く回した。

 ずっと頭上をあおぎ見ていたせいで、関節が凝ったらしい。


 結菜は、欄干の上に両手を乗せ、上体を預けた。

 もたれ掛かるような姿勢のまま、質問を重ねる。


「もうひとつかせて。颯くんはなぜ、怪異化した香弥さんを浄化するに当たって、霊体にリストバンドを差し出そう思い付いたの? 思い出の品なら他にもあったかもしれないのに」


「……それは大した理由じゃないよ」


颯馬は突然、妙に素っ気ない言い方になった。

どういうわけか、取りつくろった物腰に感じられた。


「実は香弥さんの嫉妬深さや独占欲に気付くのと、桂太が彼女に所縁ゆかりのあるリストバンドを所持しているかもしれないと考えたのは、ほとんど同じタイミングだった。香弥さんみたいな性分の人物なら、自分が執着している相手には――身体に着用するものとか、あるいは日常的に使用するものを、何かしらの理由を付けて渡しておくんじゃないかと思ってね」


「身体に着用するものとか、日常的に使用するものを……それはどうして?」


「どうしてって……。相手がそれを身に着けたり、何気なく使ったりするたび、贈った人間のことを漠然と意識するかもしれないからに決まっているじゃないか」


 ぽかんとしながら結菜が目を瞬かせると、颯馬は不機嫌そうに言った。

 やけにけわしい面持ちになって、うっすら顔が上気しているようだった。


 何かまずいことをたずねてしまっただろうか、と結菜は困惑した。

 とはいえ何が失言だったのか、さっぱり思い当たらない。自分が今朝、誰にもらった置時計のアラームで起床したかについても、すっかり忘れてしまっている。


 やっぱり若い男の子のことは理解するのが難しいな……

 などと心の中で考え、結菜は自己嫌悪におちいるばかりだ。



 わずかに間をはさんでから、颯馬は気を取り直すように咳払せきばらいした。


「とにかく、そういうわけで色々と勘案した結果、あのリストバンドは香弥さんにとって特別な品のはずだと思い至ったんだ。それによくよく考えてみると表面の刺繍ししゅうも、密かに二重の意味が込められているんじゃないかという気がしていた」


「刺繍って、あの『KK』っていうイニシャルの文字?」


「そう、僕は最初あれが単純に『吉瀬桂太』の頭文字だと思っていたんだけど」


 結菜がリストバンドのい込みを思い出していると、颯馬は首肯して続けた。


「実は『桂太』と『香弥』の名前を一緒に並べたものだったんじゃないかと、今は考えている」


 その刺繍についての憶測は、いささか突飛なものに感じられる。

 しかし結菜は、安易に一笑に付してしまう気にもなれなかった。


 内向的だが、嫉妬心や独占欲が強い女の子……

 そうした名取香弥の気質が真実だったのなら、

「特別な間柄が象徴される品を、意中の相手とそろえて身に着けようとする」

 というのは、充分にあり得そうなことのように思えてならなかったからだ。


 ――しかも仮に二人が将来結ばれたら、香弥さんもイニシャルは「KK」になる。


 そこまで香弥が考えていたかはわからないが、結菜は自分の想像にほろ苦い気分を味わった。

 すぐそばで長年見詰め続けてきた男の子に対する、亡き少女のはかない願望に触れた気がした。




「……ええっと。颯くんが『鈴風橋のお化け』の件で今日、話しておきたかったことって」


 そこまでやり取りを続けたところで、結菜は確認するようにたずねた。


「だいたい今聞いた内容で、全部なのかな?」


「いいや。むしろ一番の問題が、あとひとつ残っている」


 颯馬は若干歯切れ悪く言って、結菜の方へ向き直った。


「なぜ香弥さんの霊は、橋の上で通行人を転ばせる程度のことしかしなかったんだろう?」


 それは結菜にとって、思いも寄らない問い掛けだった。

 改めて疑問を提起されても、すぐには要領を得なかった。


 もっとも香弥の霊が除霊された際のことを思い出し、結菜も今更ながらに違和感を察した。

 あのとき怪異はおそらく、桂太を呪殺して、魂を幽世かくりよへ引き込もうとしていたように思う。

 それゆえまぎれもなく、未練や怨念で現世うつしよしばられ、人に害をす「悪い霊」だった。


 事故死の原因が「石橋の上での転倒」だったせいで、香弥の霊が「通行人を転ばせる」という悪行に及んでいることも、結菜は何となく受け入れていたのだが――

 あの夜に遭遇した怪異の邪悪さを考えると、たしかに性質に齟齬そごを感じる。



「でも香弥さんの霊は――きっと、妖怪の『すねこすり』や『すねっころがし』みたいなものなんじゃないのかしら。猫を依り代にしていたから、外見だって同じような小動物だし……」


 結菜は、以前に聞いた怪異譚を引いて、所感を述べてみる。

 だが颯馬は賛同しようとせず、はっきりと首を左右に振った。


「香弥さんの霊は、あくまで憑依霊だと思うよ。人間との関わり方が結果的に似ているだけで、妖怪じゃない。まったく別物の都市伝説で、陽乃丘特有の現代怪異なんだ」


 断定的に言ってから、片手で自分の口元をおおう。

 幾分うつむき、颯馬は沈思の素振りを覗かせた。


「たぶん本来なら、もっと香弥さんの霊は危険な存在だったんじゃないかと思う。正直言うと、もし怪異と二度目の接触を試みる前の段階で気付いていたら――」


 心なしか、口調にわずかな苛立ちがにじむ。


「あの夜、結さんを高架下へ連れて行っていなかった。少なくとも桂太のことでさえ、幽世へ引き込もうとする程度には『悪い霊』なんだからね」


 颯馬の言葉は、筋道が通っていない。

 怪異と接触する際、仮に結菜が同行していなければ、彼も霊体を視認することはできなかったはずだからだ。

 その場合は香弥の霊とのアプローチが、まったく異なるものになっていただろう。

 今思案しているような問題についても、考え自体が及んでいなかったかもしれない。


 もっとも結菜は、それをわざわざ指摘しようとは思わなかった。

 颯馬が一応、彼なりに結菜の身を案じているのがわかるからだ。内心では、危険な怪異の性質を見誤っていたことで、自分自身に対する怒りを覚えているのだろう。


 五歳年下の青年は、かまわず先を続ける。


「それで、ちょっと話が逸れちゃったけど……要するにそれほど危険な怪異なら、どうして他の通行者は呪殺せず、転倒させるだけで済ませてきたんだろう?」


「言われてみれば、その通りという気もするけれど……。深い理由はないかもしれないよ。逆に吉瀬さんは特別好きな相手だったから、幽世へ引き込みたいと思ったのかもしれないし」


「たしかにそういう考え方も、できなくはない。でも何となく、すっきりしないんだよね」


 颯馬は、結菜の意見を決して否定しようとはしなかった。

 しかし今回もまた、積極的に同調する気になれないらしい。


「本当なら香弥さんの霊は、狙った相手を片っ端から呪殺しようとしていたんじゃないか、って気がしてならない。しかし例えば何かしらの要因で、怪異としての邪悪さを発揮し切れていなかった、とか。それが何かを知る術はなさそうだけど――……」


 結菜と颯馬は、二人で口をつぐむ。

 ひととき沈黙の時間が生まれた。




 ……と、鈴風橋の上で吹く風が止んだ。

 結菜は、素肌にまとわり付くような、不快な感触を覚えた。

 周囲の空気が急によどみ、息苦しさが増したかに思われた。

 初夏の日中には似つかわしくない、妙な悪寒に襲われる。


 異常を感じてかたわらへ目を向けると、にわかに颯馬と目が合った。

 結菜の霊感に影響されて、同じような寒気を覚えているらしい。



(――猫の女の子がいなくなって、みんな安心できるね)



 突如として、不思議な声音が聞こえてきた。


 咄嗟とっさに周囲を見回すと、背後に少女が佇んでいる。

 八、九歳ぐらいで、年齢相応の背丈の女の子だった。

 黒い髪を長く伸ばし、小ざっぱりした衣服を着ている。

 微笑を浮かべているが、顔色は良くない。


 結菜の見知らぬ子供だった。


 いつからそこに立っていたのか、まるでわからなかった。

 よく注意してみると、全身のがうっすら透けてえる。


 この子は怪異だ、と結菜は直感した。

 驚きを禁じ得ないものの、自分の霊感がそう告げている。

 ただし香弥の霊のような邪悪さは、少しも感じなかった。



(猫の女の子の、友達の友達さん。ありがとう……)



 はっとして瞳をまたたかせたあとには、もう同じ場所に誰の姿もなかった。

 見知らぬ子供は、一瞬にして消え去り、視認できなくなってしまった。




「……ねぇ結さん。もちろん今の子、視えたよね? 僕にも視えたんだから」


 颯馬は興奮気味に言って、笑い声を漏らした。

 たしかめるように問い掛けてきたのは、自分の視覚した対象が霊感の共有で認識されたか、何某なにがしかの特殊な状況で具現化したものだと、理解しているからだろう。


 言い換えれば、颯馬も今視た少女を怪異だと判断したわけだ。

 それはもちろん、この場合では当然の発想なのだろうが――

 奇術でもなければ、こうも神出鬼没な子供がいるとは思えない。


「こりゃ参ったね! 八、九歳ぐらいの年齢で、あの背格好――ねぇ、結さんは気付いたかい? きっと僕らが今出くわしたのは、ここで以前に桂太が声を掛けたっていう女の子だ!」


「ええっ……それって、自転車で通り掛かったときに転んだっていう、あの子のこと!?」


 まだ結菜は、思い掛けない出来事に動揺し、呆気あっけに取られていた。


 だが何とか平静を取り戻し、初めて「鈴風橋のお化け」について聞かされたときのことを思い出す。

 言われてみると今遭遇した子供は、桂太の体験談に登場した少女と特徴が一致していた。

 ならば桂太が以前に声を掛けた女の子と、自分たちが視た子は同一人物なのだろうか――

 そうして、実はどちらの少女も怪異だったというのだろうか! 


 結菜の連想をけ合うようにして、颯馬は深くうなずいた。


「うん。確証はないけど、そんな気がする。おまけに今の子は、桂太も香弥さんも、僕ら二人のことも知っているみたいだった。だって『猫の女の子』っていうのは、香弥さんのことだろ。その友達は桂太で、友達の友達が僕と結さんのことだ。間違いないよ」


「でもあの子、『ありがとう』って言ってなかった? どうしてお礼なんかされたのかしら」


「それはその前に言っていた通り『猫の女の子がいなくなって、みんな安心できる』ようになったからじゃないかな。つまり、僕らが香弥さんの霊を浄化したからってことさ……」


 結菜が首をひねっていると、颯馬は大きく呼気を吐き出してから言った。

 喉の奥に刺さった魚の小骨が、やっと抜けたと言いたげな口調だった。



「ああ、そうとも――あの怪異は僕らが香弥さんの霊に関して、違和感の原因を突き止める術がないって言っていたのを聞いていたんだろう。それで、謝意を示すつもりで種明かしに現れたんじゃないか? くそっ、たぶんそうに違いないよ!」


 颯馬は、片手で自分の頭髪をき回した。


「あの怪異の女の子は、紛れもなく『良い霊』だね。これまで香弥さんの霊に干渉して、橋の上で通行人が呪殺されるのを、防いできたんじゃないかな。異なる霊的なちからが、怪異の性質を変化させる場合もあるはずだったよね?」


「あ、あの子が呪殺を阻止してきたってこと? それはどういうことなの」


「それもやっぱり、たしかなことはわからない。でも例えば、あの怪異もかつて鈴風橋の上から転落した子供で、自分と同じ悲劇を他の人に繰り返してもらいたくなかった、というような理由なんじゃないかな。だってほら、思い出してもご覧よ――」


 結菜がさらに問い重ねると、颯馬も新たな発見について説明した。


 石橋の縁を囲う柵は、香弥の事故が起きる以前から、木製のものが設置されていたこと。

 そしてまた、河川敷には子供が川遊びすることを、強く禁じた看板が立てられていたこと。

 それらの事実を踏まえると、颯馬は「川に落ちて溺死したのは、香弥が最初ではなかったのではないか」という推論が成り立つと主張した。


 しかも「橋」には元々、あの世とこの世を結ぶ境界だとする俗信があるらしい。

 だから香弥の霊が取り憑いていなかったとしても、他の霊がそこを通って幽世と行き来していることに不自然さはないし、構造物に魂魄を縛られていてもおかしくはない……。



「あの怪異の子供こそ、香弥さんの霊と共に存在したもう一人の――あるいは、本物の『鈴風橋のお化け』なのかもしれない」



 颯馬は持論を展開したのち、結論付けるように言った。


「でも今の子が鈴風橋の地縛霊じばくれいなら、なぜ『霊視』したときにわからなかったのかな」


 ちょっと考えてから、結菜は念のために疑問を投げ掛ける。


「人に害を為す霊じゃないから、心霊写真に写らなかったのは理解できるけど……」


「それはまず僕らに香弥さんの霊を浄化させることが、あの怪異としては最優事項だったからだと思う。だから自分の存在をアピールするより、他の霊が橋の付近で悪さしていることを伝えようとした。それで香弥さんの霊が保持する記憶を、優先的に『霊視』させようとしたんだろう。まあおかげで結さんは危険な目にもっちゃったけど……。いずれにしろ自分から積極的に姿を現わさなかったのも、そのせいなんじゃないかな。たった今視えた事実からすると、昼夜問わず出没可能な怪異ではあるみたいだし」


 颯馬は、尚も自分なりの推量を続けた。


「ただひょっとすると、単にこれまで視認できなかっただけということもあり得る。あの怪異も結さんが『霊視』した際にどこかで、ほんの少しだけ自己主張していたのかもしれない……」


 先日『霊視』が途切れた瞬間の記憶を、結菜は思い起こしてみる。


 あのときはそう、眩暈めまいと共に、意識が遠退とおのくのを感じていたはずだ。

 香弥の目を借りて視覚していた光景は、川の水でにごって暗転した。

 それから、最後に「お願い助けて」という少女の声を聞いた――


 ……少女の声? 

 そうだ、あれは名取香弥とは異なる声だった。

 もっと幼い女の子の声音だ。今ならわかる。

 あれこそもう一人の、本物の「鈴風橋のお化け」の声だった! 



 結菜は、愕然がくぜんとした。

 あの時点で「鈴風橋のお化け」はおそらく、香弥の魂魄を浄化し、道行く人を助けて欲しい、とすでに彼女に懇願こんがんしていたのだ。


 そもそも当初は桂太と接触しているが、それも彼が名取香弥の幼馴染だったからだろう。

 そうして香弥と接点のある人物に怪異の存在を伝えることで、除霊の糸口をつかもうとしていたのではないか。しかも女の子の霊だから、香弥が転倒させようとする対象が女性に限られることを、誤謬ごびゅうなく知らせるにも好都合だった。

 ただ結果的にその役目を負ったのは、桂太ではなく、結菜と颯馬になったわけだが。



「……今の怪異の子は、これからも」


 結菜は、欄干の側へ向き直り、その上をそっと手のひらででる。

 長い歳月を経た石材の表面から、ざらざらとした感触が伝わった。


「ここでひっそり道行く人を見守っていくのかな」


「さあね。でもあの子は誰かに害を為すでもなく、浄化されたがっているふうでもない。たぶん将来も、ずっと『鈴風橋のお化け』であり続けるんだろう」


 颯馬は、優しい声音でつぶやく。



 青空から降る陽光が、橋の下に広がる河川敷を明るく照らした。

 そこへひときわ強い風が吹き抜け、土手に群生した草木をざわめかせる。

 どこか遠い場所から、子供の笑う無邪気な声が聞こえてきた気がした。

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