思い立ったら止まれない

アイアンたらばがに

服を脱ぐ

 人々が行きかう交易街。

 その大通りをざわつかせているのは全裸の男と憲兵たち。

 全裸の男は仁王立ちで自分の身体を余すことなく晒していた。


「えぇい変態め!せめて体を隠しなさい!お腹壊しちゃうでしょ!」


 憲兵がそれぞれ毛布や布などで隠そうとするが、男は意にも返さず文字通り一蹴する。


「邪魔するな憲兵ども!今の俺に何を着せようとしても無駄だぞ、服がはじけ飛ぶ呪いにかかっているからな」


 全裸の男は首を振り、大仰に腕を動かしてまるで演説のように憲兵を怒鳴りつけた。

 彼が体を動かすたびに、引き締まった身体が陽の光を浴びて輝き、出してはならないものがぶるりと揺れる。

 男の名はエナシ・カンガ。

 ここら一帯では有名な用心棒で、キャラバンの護送や用神の護衛などを任されている。

 社交界にすら通用する頭脳と大抵の武具を使いこなす器用さ、そして彫刻のような美しさから引く手数多の者である。

 そんな男が人の行き交う往来で、一糸まとわぬ姿で仁王立ちをしている。


「一体誰にそんな呪いをかけられたんだ!」


 真っ当な意見が憲兵から投げ掛けられる。

 見物人たちも思っていたことだろう、何故そんな呪いをかけられたのかと。

 用心棒という職業柄、称賛だけでなく怨恨すらも受けやすい。

 誰かから恨まれてそんな呪いをかけられたのだろうか。

 その場に集まった皆が固唾を呑んで返答を待っていた。


「俺が自分でかけたんだ」


 事も無げに、エナシがそう答える。

 自ら望んで、露出をしているのだと暴露した。

 あまりにも堂々としていたせいで、その場に居た誰もが呆然としてエナシを眺めていた。

 見ないようにと顔を隠していた御婦人ですら、手を下ろして口をぽかんと開けている。


「はっはっは!そう、俺は自ら露出している、その意味が分かるかなハイそこの君!」


 ビシリと指をさされた憲兵が、おたおたと慌てながら答えを探す。


「え!?あ、えーっと……趣味か!?」


 同僚に目で合図を送るも関わりたくないとばかりに首を振られ、急いで彼が出した答えは趣味。

 けれどもエナシは深く深く考え込んだ。

 無論未だに全裸である。

 だがその気迫に圧倒された民衆は、もはや目を隠すこともせずに次の展開を見守っている。


「まったく違う!この愚か者が!」


 憤慨し、石畳に大きく踏み込むエナシ。

 その踏み込みは通りを揺らし、その場の全員をよろめかせた。


「俺が露出したその理由は暑いからだ」


 言い聞かせるようにエナシはそう答える。

 確かに今日は普段とは違い、気温が高い。

 集まった人々も、それぞれ多少の違いはあれど一様に薄着になっている。

 だが理由を聞いたとしても、なぜ服を脱いだのかが分からない。


「ふっふっふ、貴様らその顔は……脱ぐ理由になっていないと言いたげな顔だな」


 エナシが誇るように胸を張って、集まった人々を見渡す。

 動くたびに、股の間の大きなものがぶらんぶらんと動き回る。


「良いかよく聞け、服を着ていると風があまり通らない、服を脱げば風を全身で感じられる、そういうことだ愚か者ども」


 得意げにエナシが語るが、何を言っているのかさっぱりわからない。

 ここでようやく、エナシを良く知る人々がいつものことかと納得したところだ。

 如何せんこのエナシという男は、仕事中や普段の生活では優秀なのだがただ一つ悪癖がある。

 自分がこうすると思ったことは、すぐに行動に移さなければ気が済まない男なのだ。


「馬鹿はそっちだ!ほら見なさい、パン屋のお嬢さんなんか真っ赤な顔になっちゃってるでしょ!あんたの裸は異性に刺激が強すぎるの!」


 憲兵が女性を指差しながら、エナシを怒鳴りつける。

 説得材料に使われたパン屋のお嬢さんはますます顔を真っ赤にしながらも、エナシから目を離さない。


「ええい知ったことか知ったことか!俺を止めることは誰にもできんぞ!」


「あぁもうめんどくさい!留置所で少し頭と体を冷やしなさい!」


 そう言って憲兵たちがエナシを捕えようと飛び掛かる。

 だが、その隙間を縫うようにぬるりと抜けて、エナシが逃走した。


「俺を捕えたくば全力で来い!そう簡単には捕まらんぞ!」


 言いながらエナシは大きく飛び上がり、建物の屋根を伝って走り出す。

 集まった人々が見守る中、憲兵とエナシの鬼ごっこが始まった。

 それから数時間後、すっかり日も暮れて市場も閉まる頃。


「ふぅ、はっはっは!走ると暑いな」


 鉄格子の中、全裸のエナシが笑いながら冷たい石の上に寝ころんでいた。


「で?君らはこの馬鹿を捕まえるためだけに、この街全員の目に馬鹿の全裸を見せて回ったのかね?」


 その目の前では憲兵長が、鬼ごっこに参加した憲兵たちを問い詰めている。


「はい……とにかく止めなければならないと必死で……」


 消沈したような表情で答える憲兵の耳に、兵長の大きなため息が突き刺さる。


「いいか?この馬鹿をおとなしくさせたいなら簡単な方法があるんだよ」


 そう言ってエナシの入った鉄格子に近づくと、兵長の財布から銀貨を一枚取り出して牢の中へと投げ込んだ。


「服を着て牢の中で明日までおとなしくしてろ、仕事として頼む」


 仕事と耳にした瞬間、エナシの表情が引き締まった。

 どこから取り出したのか身軽そうな服と黒い外套をすぐさま着けて、武装解除したはずなのに、剣を携えている。


「仕事なら任せろ、きちんとやる」


 エナシはそう答えて、牢の中で身じろぎもしなくなった。

 突然の出来事にぽかんとする憲兵たちに、兵長がまたも大きくため息を吐く。


「こいつ仕事ならきちんとするんだよ」


 苛立ちを隠そうともせずに、兵長がそう呟いた。

 翌日、解放されたエナシは兵長を口説こうとして頭を叩かれていた。


「馬鹿なんじゃないのか!本当に馬鹿なんじゃないのか!」


 顔を真っ赤にした兵長が続けてエナシを殴ろうとするのを憲兵が必死に抑える。

 殴られたエナシは得意げな顔を崩さずに、腕組みをしている。


「仕方ないだろう!お前が美人だと思ったから口説かなければと思ったんだ!」


 そう答えたエナシに向かって、まるで人の言葉とは思えない呪詛を吐きながら兵長が飛び掛かる。

 二日続けての鬼ごっこの始まりだった。


「あ、またやってるよエナシさん」


鬼ごっこを見かけた人がそう呟く。

全裸になるのは異常でも、追いかけられること自体はこの街では日常なのだ。

今日もこの街は平和である。

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