男子会

雨槍

男子会

 そろそろ時間だ、と僕は腕時計を見た。


 がさがさと鳴るビニール袋をかごに入れ、自転車で坂道を上る。目指すは山の上にある公園。そこの東屋が僕らの待ち合わせ場所だ。


 赤く染まる空の中、時間だけは無駄にしないように。必死になってペダルをこいだ。




 自転車を適当なところに止めると、小走りで向かう。そこにはすでにいくつかの人影が赤い光に照らされて地面へ伸びていた。


 「やっ、来たぞ。」


 そう言うと、皆が適当に挨拶を返す。


 「やっぱここからの景色は最高だなー。」


 と、夕焼けに染まる町を見下ろしながら僕はベンチについた。


 「だっろー、最後の集まりさ、どこでやる?って話になったとき真っ先に思いついたのがここだったんだよ。御覧の通り景色は最高だしさ、何よりもさ、小さいころからよく遊んだ場所といったらここじゃん?」


 そう興奮気味に短髪が言うと僕らはそれに頷いた。


 「ここ以上にふさわしい場所なんてないしね。」


 思えば思うほど、ここがしっくりきた。


 「ところでこれで全員?」


 机を囲むメンバーをみて少ないな、と思ってしまった。


 「いや、あとメガネが来るって言ってたはず。ノッポは家族と旅行いくって連絡あったよ。オカルト博士の野郎も無理だってさ。」

 「じゃあ今日くるのは四人だけか、」


 短髪とモヤシが頷く。あんまり集まらないだろうとは予想していたけれど、それでも、寂しく感じてしまうのはきっとどうしようもないことなんだろう。


 「まあ時間にはなったし、ぼちぼち始めよや!」


 強引に明るくした口調でもやしが言いながら持ってきていたビニール袋を机の上に出した。僕も短髪もそれに続いた。


 「じゃーカンパーイ!!」


 それぞれ持ち寄った袋からごろごろとジュースを取りだすと僕らは飲み始めた。


 「やっぱ俺にとってはコーラこそが最強だわ。」


 と2Lのペットボトルをラッパ飲みしながら短髪が笑った。



 

 「やあ遅れて悪かったね。」


 くだらなく、毒にも薬にもならないようなことをぐだぐだと話してしばらく、いつ間にかメガネが東屋まで近づいていた。これで今日のメンツは全員集合のはずだ。彼は持ってきたポテチ等の菓子類を机に広げ、ペットボトルの蓋を開ける。


 「いいのかよ、彼女を置いてこんなむさ苦しいとこに顔出して。」


 そうにやけながらモヤシが聞くと、メガネは苦笑いしつつ答えた。


 「引き止められたよ、2人でいようよ、ってね。でもまぁ先に約束していたのはこっちだったしさ。途中で切り上げて彼女の方へ向かうって形で納得してもらったよ。だからこっちで数時間過ごしたらオレだけ早くさよならするね。」


 りょーかい、と皆が適当に返事するとメガネも僕たちのくだらない話に加わった。




 「思っていたよりもあっさりと終るもんだね、僕らの高校生活も。」


 ドリンクを片手に、赤く染まる僕らの街を見下ろしながらしみじみと僕は言った。


 「あっという間だったね。」


 とメガネも同意する。


 「合格発表でいつものメンバーがみんな同じとこで合格したーって喜んで、そっから入学式、部活やらなんやらやってたらすぐ二年生。そっからいろいろあって修学旅行やら受験対策やら始まったと思ったらすぐ終わって、もうすぐそこには卒業が見えてきてさ。なんというか激しかったよな。」


 モヤシがひとり、うんうんと頷きながらそう述べた。


 「いろいろあったなー。本当に。」


 しみじみと僕はつぶやきながら楽しかった学校生活を頭に浮かべた。一つ一つの行事での思い出、先生やここにいるメンバー以外の人間との思い出、何よりも何でもない日常の風景を。


 「そういやさ、モヤシ。お前、女子に告白するーっとかなんとか言ってなかったっけ?最後の最後だからーとか。」


 短髪がふと思い出したように言った。


 「そうそう言ってた言ってた。オレも今日ずっとそれが気になってたんだ。」


 メガネもずいっとモヤシに体を寄せると目を細めた。


 「おおっ、聞くか聞くかぁ?ボクの恋の結末を!」


 モヤシは立ち上がると両腕と体を芝居がかったように大きく動かすと、僕らの聞きたいという声にこたえ話始めた。


 まぁその恋の結末がハッピーエンドであるならば今こうして男子だけの集まりなんかに顔出したりはしない性格だから、おそらくは失敗に終わったのだろう、というのは皆うすうすと感じてはいたのだが。



 

 モヤシが彼女のことを気になりだしたのはクラス替えからしばらく、教室の雰囲気も落ち着きだした頃だったという。机から落とした消しゴムを拾ってもらった。たったそれだけの事ではあるがその小さなやさしさで意識し始め、その後もちょっとしたことに惹かれ続けていったという。


 夏になるころにはモヤシが彼女を気になっている事ぐらい、いつも一緒につるんでいた僕らにはまるわかりになるほどわかりやすい態度をとっていた。しかしモヤシの口からそんな恋バナや相談が出る事もなかったため僕らは静かに見守るように応援していた。


 興奮したモヤシが熱く、熱く、彼女のどこに惹かれただの、どんなところが好ましいだのそれはもう熱く語る。


 ながいまつ毛が素敵だとか、ありがとう、とお礼をいうと微笑んでくれるところが好きだとか、意外と低めな声が好きだ、というところから、背中のラインが綺麗とか、通りがかったときにふわりと香る臭いが好きだ、なんて聞いてる僕らが少し引いてしまうようなことまで。


 「それで告白はどうなったんだよ。」


 放って置くといつまでも続きそうだと思った僕は話を裂いて問いかけた。するととたんに先ほどまで赤くなっていたゆでモヤシの顔はもともとの白さに戻っていく。


 「それがさ、ボクが告白しようと思って門の付近で彼女を探したていたらさ、彼女、たくさんの人に囲まれててさ。近寄ってみたら告白されてるじゃないの、大勢から。僕と付き合ってください!いや僕と、いいや私と。なんて感じでさ。しかも皆ふざけて、とかじゃなくマジで。人生かけて。」

 「まぁ人気あったもんな、彼女。それでお前はあきらめたのか?」

 「いいやボクだって気圧されたまま帰るような覚悟じゃあ来てないさ。その集団に混ざっていってボクも告白したさ。でもそのあと彼女が皆をひとまず落ち着かせてから、丁寧に丁寧に一人ずつ断っていってさ。」


 乾いたのどを湿らすよう、モヤシはぐいっとペットボトルを呷る。


 「ボクの番が回ってきたとき、申し訳なさそうで、しかもちょっと疲れが見えるような表情でさ『ありがとう。告白してくれた気持ちはとてもうれしいです。でも私は誰かと恋人になろうって気持ちはなくて…』ってさ、こたえたなー。なにやってんだろボクって。断れたのもキツイけどそれ以上に好きな子こまらせてまでさ。」


 モヤシは椅子に座るとうなだれて再びジュースをくいっと口に含ませた。


 「で、結局彼女はだれにもOKしなかったのか?」

 「ボクが見ていた限りでは誰にも。その後こばしりでどっかに行ってしまったからね。まあその逃げ出すときの表情はそれほど暗い顔してなかったから、今頃は家族なりなんなりと幸せな時間を過ごしているさ。」


 せめてそう願う、と呟いたモヤシはぎゅっと目をつむってしばらく、ぱちんと一回手を打つと、これでおしまい、と芝居がかった動きで話をしめた。


 「まあ君の最後までにやりたかったことはそれですべて済んだんだろう、清々したんじゃないか?」


 ほろりと涙を流すモヤシを慰めようとするメガネに対し短髪はコーラを飲みながら「彼女持ちに言われても、な」と呟くと微妙な空気が僕らの間を漂った。


 「まあそんな結末も含めて俺は羨ましいよ。結局恋愛なんてものを体験しないまま学校生活を終えちまった。」

 「短髪はまだいいよ。お前は部活動に全力を注いでいたじゃないか、それもいい青春だろ。僕こそなんもないままなんとなくで終わったよ。」


 恋愛も部活動も、なににも力を注ぐことなくただのんびりと過ごしていたら終わってしまった、それが僕の学校生活をだった。沈んでいるモヤシを前に思うのも酷い話だが、そんな浮き沈みすらうらやましいと思えた。




 ピリピリピリっと携帯がなる。

 メガネが慌てて席を立ち少し遠くで電話に対応し始めた。


 「青春だったのかな、まあ君らよりは色づいていて面白かった日々だろうけど。」

 机に肩肘をついたモヤシは遠い過去を話すような目をしてそう言った。

 「ふっきれたか?」


 短髪が聞く。


 「なんとか、無理矢理。」


 モヤシが固い笑顔を浮かべる。


 「誰かに話せてよかったよ。多少気持ちに折り合いがついた。せっかくの日だからね最後までくよくよしたまま過ごしたくはないからさ。」


 立ち上がって伸びをするとモヤシは自分の持ってきたものをまとめ始める。


 「帰んの?」

 「うん、なんかすっきりしたし。それになんだか家族が恋しくなってきた。」

 僕にそう微笑んだモヤシの横から電話を終えたメガネが戻ってくる。

 「ごめん、彼女に泣かれちゃった。早いけどもう帰るね。全然居れなくてごめんね。」


 嬉しさを隠せない苦笑いで謝るメガネにモヤシは、「ボクも帰ろうと思ってたとこ」というと二人そろって支度を整える。


 「じゃ。」

 「うん、ありがとう。」

 「おう、じゃあな。」

 「ばいばい、楽しかったぜー。」


 帰る二人を座った二人が見送る形で。僕たちは短い別れの挨拶を微笑みながら交わした。


 赤い火に照らされた二人は自転車に乗り、道を進んでいった。しだいに小さくなる後ろ姿を僕と短髪は見送った。




 「結局二人になっちまったなー。」


 静かになった東屋のなかでうら寂し気に短髪が言う。


 「まぁただここに集まりたいってだけでなんも目的もなかったから。四人も集まって顔みれただけで。」


 ごくりと飲み物を流し込む。


 「短かったよなー。」

 「学校?」

 「それだけじゃなくてさ、全部。思っていたよりも。」


 短髪もごくりとコーラを飲むと。ペットボトルに蓋をして立ち上がった。僕もそれにつられて立ち上がると、町を一望できるこの高台の淵の柵まで歩く。



 赤く赤く夕日に染まる町が広がっている。



 「今までいっぱいあったよなー。」

 「生まれてからずっとこの町にいたもんな。とくに僕とお前は小さいころから一緒にさ。」


 「やりたいこと、いっぱいあったよなぁ。」

 「まだまだこれからだったよね。」


 あふれ出す思い出とほのかな後悔が胸を刺す。


 「今日集まるはずだった全員とさ、大人になったときに酒でも飲みながらさ馬鹿話したいなって思ってたんだよね。」

 「いいなぁそれ、楽しそうだ。肉とか食いながらさ。あ、でも俺は酒よりコーラ飲んでるかもな。」


 とうとう押し出されそうになった涙を誤魔化すように、二人で笑いあって未来の飲み会の様子をあーだこーだと笑いあった。


 目の前では僕らがすごした町がより赤く染まっていた。


 僕らがこれからもすごすはずだった町が赤く染まっていた。


 いままでの後悔とこれからの希望と、


 それらすべてを飲み込むように赤く赤く夕日に染まって







 さらにそれらすべてを焼き尽くさんとする超巨大隕石が僕らの町に迫っていた。

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男子会 雨槍 @RainOrSpears

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