初のクリスマスプレゼントは…

@J2130

第1話 プロの目

「やりたい放題」

 そんな名前だったと思います。

 5月に産まれた娘の初めてのクリスマスプレゼントでした。

 ティッシュを好きなだけ引き抜いたり、鍵穴があったり携帯電話があったり。

 赤ちゃんが喜んでいたずらできる、そんなおもちゃでした。


 ベビー用品メーカーに勤めていましたので、もうおもちゃはね、いろいろと頂きました。

 営業さん物流さんなどから

「堀ちゃんの娘さんにさ…これ箱が壊れているだけだから…」

 と、たくさん頂きました。

 ベビーカー、ラック、チャイルドシートももらいものでした。

 赤ちゃん用のタライのようなお風呂とか本当にありがたかったです。

 さらに娘にとっての祖父祖母、叔父叔母からも頂いていたので、この子は1歳になる前にかなりの物持ちでした。


「やりたい放題」

 残念ながら他社の製品でした。


 まだそれほどネット社会ではありませんでしたので買いに行きました。


 これも私の祖母を病院にお見舞いに行き、ついでに錦糸町の赤ちゃん本補へ足をのばした時でした。


 クリスマス商戦の真っただ中でしたから売り場は混んでいましたね。

 いつもは弊社の製品の並びを見たり、売り場のどの辺りに展示されているかとかチェックするのですが、この混み具合です。


 まずは目的の玩具を探しました。


 棚の上にあと3つだけありました。

「やった、よかった…」


 抱えこみまして、まずは確保です。

 すぐにもう一つを他のお客様が持っていかれました。


「あぶなかった…」

 一安心ですね。


 さて、せっかくなので売り場を見て廻りました。


 ベビーカーの展示場に行くと、数人の女性がお客様に商品説明をしています。


 あの人…弊社の社員さんです。

 確か販売企画の…誰だっけかな…

 見覚えがあります。


 笑顔で若夫婦にベビーカーを折りたたみして説明しています。

 休日に…大変だけどすごいな…。


 他社の製品を説明している女性もいます。

 メーカーの派遣さんですね。


 このようなメーカーからの販売員さん、家電の量販店さんにもいます。

 自社の製品を売るために売場に立って販売をするのです。


 勿論給与はメーカー持ちです。

 他社が派遣するとその売場のほとんどがそちらにもっていかれます。ですのでこちらも負けじと社員さんや教育したアルバイトさんに行ってもらうことになります。


 私も新入社員のときに実は行きました。

 ライバル他社の女性とお客様の取り合いになりましたね。

 そのお話はいずれ。


 さて…会計して帰ろうかな…

 

 レジに行こうとすると…


 白髪のダンディな男性が目に入りました。

 キャメルのトレンチコートでベルトまでしています。

 かっぷくがよく大柄で売場をその高い位置の目線から見まわしていました。


 口は閉じられ、たまに眉間に皺を寄せて、特に玩具売場の商品を見つめています。


 なんというのか…プロの目つきでした。


 棚の前に立つと僕の勤める会社の玩具を眺め…

 箱の並びのずれを見つけ、しっかりとそれをなおしています。


「あ…」

 ちょっと声が漏れちゃいました。

 知り合いです。


 トイ事業部の部長の村岡さんです。


 村岡さんが大阪営業所の所長のときからお付き合いがあります。

 大阪事業所が引っ越ししたとき、コンピューターやらなんやらの設定に行きまして、そのさいにお世話になってからです。


 今はトイ事業部の部長ですから、弊社ではかなり偉いのです。

 たまに実績表のことやコンピューターのことやもろもろでトイ事業部にいきますと、大きいデスクに座り

「よお、堀ちゃん、今日はどうした」

 と声をかけられ、きまって

 豪快に大きな笑い声で迎えられます。


 そう、豪快という言葉が似合う人ですね。


 プロの目…厳しい目で売場を見ています。

 普段着の親御さんや子供達が多いその場ではトレンチコートをしかりと着こなした一人だけの男性は違和感がありましたね。

 だから僕も気づきました。


 見ていると先ほどのベビーカー売場に近づいていきます。


 そしていつもの豪快な笑顔で弊社の社員さんとお話しています。

 ほんのちょっとだけ会話をして、

「おつかれ、ご苦労さん」

 そんな感じでカッコよく右手をあげてから振り向き、また玩具売場を眺めさっそうとそのフロアを後にされました。


 声をかけてもよかったのですが、

「堀ちゃん、なんで他社の製品持ってるの」

 と言われそうだし、

 というか絶対に言われるし

 だからといって棚に返したら誰かに取られそうだし…


 その場は傍観者に徹しました。



 翌週の月曜日。

 トイ事業部で事務の女性の中川さんにメールしました。


「昨日、錦糸町の赤ちゃん本舗さんで

 明らかに普通のお客さんと違う

 プロの目で商品を見つめる紳士がいました。

 厳しい目つきでした。

 その人は

 村岡部長でした。

 なんと休みの日でも

 売場を見ているのですね。

 実は他社の製品を持っていたので

 声をかけそびれました。

 村岡さん

 本当にプロの目でした」


 そのことを中川さん、村岡さんにお話ししました。

 

 その日に村岡さんから電話が来ました。


「なんや、おったんか! 声かけてくれればお茶でもしたのに!」

 その後いつもの大きい笑い声。

 そんなトイ事業部の部長と“さし”でお茶なんて緊張するし絶対に「やりたい放題」は返品されていたでしょうね。


            了

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