第2章 箱庭の中の徒人

第2章第1節 十二匹の鼠

「メルちゃん……少しだけ訊きたいことがあるんだけど。」

「ん?」


 メルの指示通り、黄金の夜明け団G. D. の構成員は、広く各地に散らばり、情報収集に向かった。


「訊きたいこと?」

「うん……本当は本人に訊くべきなのかもしれないけど。」


 赫耀は青玉灯サファイア・トーチを解析するために、それはそれは慎重に持ち帰って行った。


「ああ。ウルのことか。」

「……うん。」


 メルの一行も、ギルドからの小人憑き討伐の依頼を中心に受けながら、術宝の探索に赴く。その、出発前夜。


「プロメテウスさんの話の時、表情は見えなかったけど、ウルさん、とても悲しそうで。でも、私何も言えなくて。私、ウルさんに救われてばかりで、何も出来なくて。」


 ベルは今にも泣きそうな震える声で、メルに懺悔した。その痛々しい姿を見て、ベルの肩に手を置きながらメルが声を掛ける。


「何も出来てないかはウルがどう感じてるかだから、オレには結論出来ない。ただ、何故悲しそうだったかは話せる。話せるが、やっぱり本人に聴いた方が良い、と思うぞ。」


 ベルは静かに頷く。


 ウルは工房にいた。扉を叩くと、工房の中から歓迎の返事が聞こえた。部屋の中は、研究に用いる材料やゴーレムの試作品で埋まっている。


「汚くてすみません。中々モノが捨てられない性でして。それで……どの様なご用ですか?」


 ベルの表情から、雑談や良い報せのために来たわけでは無いことが解る。出来る限りの柔らかい声を心掛ける。


「あの……何を訊いて良いかも解らないんだけど……プロメテウスさんの話の時、その、ウルさんとても悲しそうだったから……。」


 ウルは質問の意図を察した。どうやら、心配させてしまった様だ。ウルは少しだけ迷ったあと、俯きながら切り出した。


「僕の罪に関する話なんです。難しい話ではありません。プロメテウスを縛っていた鎖。あれは僕が創った〝対概念生物拘束神器ステロタイプ〟なんです。」


 ベルは思わず口に手を当てた。


「言い訳に過ぎませんが、用途は聞いていませんでした。ゼウスに言われるまま、言われた通りに創りました。ええ、やはり言い訳です。用途も知らずにそんなモノ、無責任にも程がある。」


 ベルは言葉を探した。きっと、その身に余る後悔なのだろう。ウルの身体が、いつもより小さく見える。


「そう、だったんですね……。」


 言葉が見つからない。何か言わなくては。何か。


「すみません。困らせてしまいましたね。そんなに気にしないで下さい。もうですから。」


 ウルが部屋の外へ立ち去ろうとする。


「待って!!」


 ベルは、思わずウルの背中に縋り付いた。ウルの服を掴む手に力が入る。


「いいえ。終わってなんかいない。少なくとも、ウルさんはそう思ってないんでしょ?」


 ウルは黙ったまま立ち止まった。


「ウルさんがメルちゃんに掛けた言葉。メルちゃんだけが孤独だったんだって。誰も責めてなんかいないって。それは、ウルさんが掛けて欲しかった言葉、そうなんでしょ。」


 ウルから応えはない。


「私は無責任に、貴方は悪くない、なんて言えない。でも、傷になって血が出る程、ウルさんは後悔してる。それは今知ることが出来た。だから、隠さなくていいの。話して話して、後悔が擦りきれるまで話して下さい。私も、ウルさんの懺悔を手伝わせて下さい……。」


 ウルの背中が震えている。


「メルちゃんも、アダマスくんも、赫耀ちゃんも、雲耀さんも、夜明けの人達も、私も、貴方の味方です。貴方は孤独ではないです。」


 床に大粒の雫がぱたぱたと音を立てて落ちる。そして、弱々しい声で話し始めた。


「僕は、自分で自分を許せなかった。そんな自分は孤独であるべきだし、幸せではいけないと思っていました。それが、最近は日々が楽しくて。それ故、過去が鉛の海の様に、口から溢れ出る泥の様に押し寄せて。」


 ウルはそのまま床に座り込んだ。ベルも続いて膝を折った。


「うん。そうなんですね。でも、幸せではいけないなんて、そんなことはないと思います。だって、プロメテウスさんは、そんなこと望むヒトではないんでしょ?」


 ウルは弱々しく頷いた。


「いつか、お腹の中の泥を全て吐き出して、幸せでも良いんだと思えるまで、私もお付き合いします。だから。だから、泣くときは1人では泣かないで。」


 少し前に様子を見に来ていたメルは、何も声をかけずに立ち去った。


「ウル、泣いてるよ……。」

「ああ。でも、あれは良い泣き方だ。」


 メルとアダマスは寝室に帰り、床に着いた。


 夜が明け、出発の朝になった。


「とりあえず、どこに向かいます?」


 いつもと変わらないウルが、メルに問いかける。


「まずは近くから行こう。依頼の中にフランスがあったな?」

「ええ。大きな国道の途中に居座っているとか。」

「命まで捕る関所とは頂けない。さあ、向かうぞ。」


 程なくして、目的の国道に入った。流通の要になっている筈の大動脈が、今は閑散としている。途中、補給で立ち寄った町で話が聴けた。


「今回、貴殿方にお売りした資材もぎりぎりでして。少し前までは、商人が盛んに立ち寄っていて栄えていたんですが。短期間でここまで疲弊してしまうとは。」


 物流の遅滞は日頃感じるよりも被害規模は大きい。食糧は勿論、日用品の不足によって買い占めを誘発し品物の不足を加速する、負の連鎖が始まる。また、生活苦に押され、窃盗や強盗に及ぶ者が出れば、疑心暗鬼を生じ、精神的な疲弊にも繋がる。


「大きな災害でもないのに。恣意的に被害を呼びそうな箇所を解ってるんだろう。無作為より遥かに厄介だ。」


 メル達は、報告にあった座標地点の付近に到着した。然程高くない山の間に伸びる渓谷だ。成る程。上からの襲撃に適した地形だ。


「十中八九上からの奇襲だ。オレが索敵を張っとくが、気は抜くなよ?」


 警戒を強めながら国道を進むが、敵の気配がない。


「何か狙いがあるのか?」

「この地形以上に有利なことがあるでしょうか?」

「私達が強いのバレちゃったかな?」


 ベルの正当な自己評価を受け流し、メルは索敵範囲を広げた。しかし、小人憑きと野生動物を形状の差異から判別することは難しい。


「派手に動いてないと解らんな。」

「我々を追い掛ける影もないんですか?」

「無いな......。」


 この日は一度撤退する事にした。対象のポイントから少し離れた所で野営することにした。野営といってもクレイオスの中である。


「寝静まってからの夜襲は有り得るでしょうか。」

「無いとも限らないよな。見張りでも立てるか?」

「それなら、2人組で1人ずつ交代とかにする?」

「1人ずつで良くないか? 眠いだろ?」


 ここまで言うと、ベルは顔を赤らめて俯いた。


「わ、私1人じゃ怖いから……。」


 メルは目を見開いてベルに視線を移した。


「ベルに恐いモノとかあるんか? あの戦闘力で!?」

「おおお、お化けとか出たら……。」


 成る程。物理が通らなければベルの拳は無効化される訳だ。お化けに物理攻撃が効かない前提だが、見たこともないので仮説の域を出ない。


「確かに。超自然的存在はまだ否定されてないからな。出るかもな~~。ちなみに、こんな怪談があってだな……。」

「メルちゃん! やめて……!」


 ベルが涙目で耳を塞ぐ。これ以上おちょくると、お化けより先にメルが成仏しそうだ。口を紡ぐ。

 そういう経緯があり、3人の内から2人ずつ交代で見張ることになった。アダマスはお眠だから免除。


「じゃあ、最初はオレとウルで見てるから、ベルは寝ててくれ。時間が来たら起こすよ。」

「うん......。」


 ベルが目を擦りながら自室へ入っていく。アダマスは、居間の机の上ですでに寝入っている。


「おやすみ。ベル、アダマス。」


 今は22時。正子までの暇潰し。


「いやいやお師。見張りですよ。」

「わーてるよー。寝なきゃいいんだろー?」


 メルは取り寄せた論文を手に、椅子を傾けながらゆらゆらと揺れる。椅子の片足1本で立っている。


「緊張感ないなー。」


 そう愚痴を言いながら、ウルはふと気になっていたことを思い出した。


「そういえば、ひとつ訊いても?」

「ん? なんだ?」


 メルは論文から目を離さないまま返事した。それは、影の様な男が現れたときのこと。彼は小人憑きを使役していた。その際に携えていたのは薔薇のブローチ。恐らく、あれが命令系統の入力装置。


「お師はどう思われます?」


 敢えて曖昧に問いかける。


「そうだな。まず、薔薇十字団ローゼン・クロイツの持ち物じゃないだろう。」

「やはり、そう思われますか。」


 お互いの仮説の答え合わせ。どうやら、同じ結論に辿り着いていたらしい。メルはさらに論を進める。


「あれが薔薇十字団ローゼン・クロイツの開発品なら、あの戦闘で使わない手はない。戦闘開始前までは一応それも警戒していたが、取り越し苦労だった。それ自体は良いことだ。」

「なら、あの男に薔薇のブローチを渡したのは一体誰なんでしょうね?」


 ウルが引き吊った顔で問いかける。すでに答えが出ている様だ。


「そうだろうな。アフロディーテ姉ちゃんだろうな。」


 対してメルは緩んだ表情。ことの重大さを強調するべく、ウルが嗜める。


「笑い事ではないですよ、お師。原理上可能かどうか解りませんが、もしかしたらベルさんが……。」

「そうですね。ベル様が使役の対象になり得る。その危惧は当然でしょう。」


 2人が話している1.5 m先に、見知らぬ男が立っている。50代ぐらいの細身な男。


「ああ、申し訳ない。戸をしても、戸をたたいても、入れて頂けぬと思いましたので、。」


 突如として現れた敵生体への驚きからか、眩暈に襲われる。急遽2人は戦闘態勢に入る。メルがショーテルを抜き、袈裟懸けに切り付ける。男は懐から短剣を抜き、これを受け止めた。


(そんな獲物で受け止めるとは……見た目によらずなんて膂力だ。)


 男はそのまま短剣を振り抜き、メルを後方へ吹き飛ばした。後ろの壁に激突し、鈍い音と呻き声が響いた。


「お師!!」


 ウルはメルの安否を確認しようと振り向いた。


「いけませんね。いけません。貴方の悪い癖だ。」


 ウルが振り向くと、男はあと1歩の距離に近づいていた。ウルはバングルから2振りの短剣を錬成し、交差するように切り付けた。男は後退し、これを難なく躱す。


もそうでした。が危機の時、貴方は後方のヘルメス様を注視する。しかし、貴方がすべきことは、それじゃないのでは?」


 この男、小人憑き事件の関係者か。それにしても知りすぎている。どうやってその事を? まさか、あの女の……。


「お察しの通りですよ。私はアフロディーテ様のお遣いで参りました。此度はただの伝言です。争うつもりはなかったのですが……まあ、警戒心を鑑みれば当然のことでしょうか。致仕方ない。」


 アフロディーテの名前が出た途端、ウルの眼に怒りが灯る。


〝TRANSIMULATION〟錬成起動


 今度は鉄鎚を錬成し、男に叩き付けた。男は躱すことなく、短剣1つと片腕でそれを受け止めた。金属同士が擦れ合う音が耳に痛い。


「いけませんね。いけません。感情に任せてご自分の工房に傷を付けるおつもりですか?」


 男は溜め息を吐く。そして。


〝TRANSIMULATION〟錬成起動


 パラケルススが持つ短剣が輝く。周りには光の球体が飛び交う。すると、パラケルススとウルの間の空間から突風が生じた。ウルは後ろに吹き飛ばされる。


「自己紹介がまだでした。私は、テオフラストゥス=フォン・ホーエンハイム。錬金術界隈では〝パラケルスス〟と名乗っております。」

「ゲホッ……パラケルススだと?」

「お師!」


 メルが壁に手を付いて立ち上がった。


「お師……ご存知なんですか?」

「ああ、知ってるよ。医学分野では知らない者はいない。毒性学に精通し、それまで未知だった病についての論文をいくつも出してる。ヘルメス・トリスメギストスオレの名前以外の著者名で論文を出してる奴は珍しいからな。」


 パラケルススを名乗った男は、眉1つ動かさない。


医神を超える者パラケルスス。お互いキラキラネームで苦労するね。いや、まさか自分でつけたとか? 〝医学界のルター〟さんよ。」


 パラケルススは眉間に皺を寄せ、初めて不機嫌を表情に出した。


「その様な下らぬ異端者と一緒にしないで頂きたい。」


 そう言うと、再び表情から感情が消えた。


「それで、パラケルスス殿が何の用でここに? 共同研究の申し入れとか?」


 パラケルススはメルの冗談を無視した。


「そうでした。用件を忘れるとは、お遣い失格ですね。」


 言葉とは裏腹に、反省の色もなく、ただただ淡々と話しつづける。


「アフロディーテ様からの伝言です。〝お父様がご立腹です。死なないように頑張れ、ヘルメス。〟とのことです。」

「おいおい、原文ママで伝えろよ。姉ちゃんがそんな堅い訳ないだろ。あと、出来れば声も真似てくれ。」


 その時、ベルが自室から出てきた。


「なんか騒がしいね。もう時間……かな?」

「ベル!!」


 時計の針は頂点過ぎている。いつの間にかベルとの交代の時間になっていた。狂った時間感覚からか眩暈がした。メルとウルの意識がベルに向く。そこから視線を戻すと、そこにパラケルススの姿はなかった。


「これはお遣いの内容にはなかったんですが、個人的にとても興味深くてね。少々失礼しますよ。」


 声の方へ視線を移すと、アダマスが寝ている机の傍らにパラケルススが立っている。さっきの一瞬で、誰にも気取られず動ける距離ではない。その手には先程の短剣が握られている。短剣には4つの宝石が正方形の頂点の様に並んで埋め込まれているのが見えた。


「てめぇ、何を……!?」


 パラケルススはメルの言葉を待たず、その短剣をアダマスの腹部に向け突き立てた。短剣が下の机に達して刺さる音がした。3人は信じられない光景を前に硬直してしまった。


「ふむふむ。これはこれは。さらに興味深い。」


 最初に動き出したのはベルだった。瞬きをする間もなく距離を詰め、パラケルススに向けて拳を放った。


「アダマスくんから離れろ!!」


 しかし、拳はパラケルススを捉えることなく、後ろの壁に穴を開けた。想像した結果との齟齬に、ベルは混乱する。


「貴女は感情的過ぎる。感情を抑えるのではなく、自律出来ないようでは、いつか身を滅ぼしますよ。例えばそう、悪魔に魅入られてね。」


 そう言うと、ゆっくりと短剣を抜いた。短剣との摩擦で、少しだけ浮き上がるアダマスの身体。机に落ちた後もぐったりと寝たままのアダマス。


「あ、アダマス……。」


 メルは眼に涙を溜めたまま、なんとか立っている。というよりは、硬直した身体が弛緩を許さないでいる、と表現した方が正しい。


「いけませんね。いけません。錬金術師たる者、観察眼はいつでも研ぎ澄ませないと。特に錬金術の祖ヘルメス・トリスメギストスがその様では、業界の威信に傷が付きますよ?」


 そう言われ、震えながらもアダマスにもう一度視線を移す。短剣が刺さったであろう箇所に目立った外傷はなく、机の上には出血した跡もない。どうやら無傷な様だ。


「よ、よかった……。」


 メルは崩れ落ちるように座り込んだ。それでもウルは警戒しながらパラケルススを睨み付ける。何れにせよ、アダマスに凶器を向けたことに違いはない。


「アダマスに何をした……?」

「ええ。少し測定と検診を。アダマス様は性徴期ですね。炭水化物とタンパク質もいいですが、ミネラル、特にカルシウムが不足気味ですね。乳製品の摂取をお奨めします。」


 ウルはパラケルススを睨み続ける。そして、視えていないはずの右目に手を当てた。すると、パラケルススがまた溜め息を吐く。


「いけませんよ。ここにいる者全てを殺めるおつもりですか? いえ、私が死ぬことはありませんがね。過剰な火力は破壊に繋がるだけ。ご自身が最も身に染みてご理解しているのでは? いえ、反省がなければその限りではないですがね。」


 ウルは奥歯が痛むのに気付いた。どうやら噛み締める力が強すぎたようだ。パラケルススは短剣を懐に仕舞った。鯉口が閉じる高い音が鳴る。


「夜分遅くに長居してしまい申し訳ありませんでした。私はこれでお暇致しましょう。それでは皆様また会いましょう。ご機嫌よう。」


 そういうと、パラケルススの姿が霧のように消えた。あまりの出来事に眩暈を催す。


「くそ、どういうトリックだ……。」

「全く解りません。空間転移としか思えない。」

「そんなん魔法だろ。有り得ない。何か、他の何か、だろ。」

「私の攻撃も当たらなかった。ちゃんと狙ったのに。」

「それよりも……。」


 メルはアダマスに駆け寄った。


「ああ、本当に外傷は無いな。無いが、ゴーレムが自己修復する時に特有の筋が入ってる。で合ってるか? ウル。」

「本当ですね。それに新しい。明らかに先程の刺し傷ですね。接合部の隆起の仕方を見るに、かなりの速さで塞がってます。ゴーレムのアダマスにそこまでの設定はしていません。」

「一瞬で治ったってこと? でも、ウルさんはそういう風に造ってない?」

「なんなんだ、あいつ……。一体アダマスに何をした……? アダマスは無事なのか……早く起きてくれアダマス……。」


 3人は、このまま一睡もせず夜明けを迎えた。


 結局、パラケルススの襲撃以外に脅威は訪れなかった。その後の捜索で、国道の両脇の山の中で12匹の鼠型小人憑きの遺体が発見された。12匹だが遺体は24つに分かれていた。

 全ての個体が、刃物による殺傷では有り得ない綺麗な断面を露出したバラバラの状態で見付かった。


「おいウル。この前造ってた太刀ってやつでこんなになるか?」

「いいえ、なりません。これは斬られている様でそうじゃない。正確には。」

「は? どういう?」

「高圧水による切削機器、所謂ウォータージェットカッターによる傷痕だと思われます。」


 〝雨垂れ石を穿つ〟とは言うが、そう気長に待つことはない。大きい流量の水を細い穴に通し数百 MPaの高圧で射出することで、金属は勿論、最高硬度のダイアモンドをも切り裂くことが出来る。その他の切削方法に比べ発熱が少なく、熱による変形を嫌う場合に有効な方法である。


「そんなもん。誰が?」

「あの男でしょう。」

「〝水〟の錬金術師だってことか?」

「確信はありませんが、もしかしたら〝四元素使い〟オムニ・グベルノかもしれません。」


 ウルは短剣には嵌められた、4色の宝石を思い出す。赤い宝石が一際明るかった、様な気がする。見えない右目でそう感じたのかもしれない。


「あんなのが姉ちゃんの側近だったりするのか? 結構ヤバくない?」

「戦闘になれば、間違いなく強敵でしょうね。」


 ここ一帯の小人憑きに関しては解決したが、新たな脅威を発見してしまった。発見したことは悪いことではない。しかし、事象に感情が付いてはこないのが人間である。特に一行随一のアタッカーである。


「私じゃパラなんとかさんに勝てない。ごめんね、役立たずで……。自分で自分を強いとか言っておいて、こんな情けない。恥ずかしい。岩戸があったら入りたい気分です……。」


 ベルに関して、この手の挫折は初めてだった。そもそも、挫折する機会さえ与えられてこなかった。


「気を落とすなよ。ベルに限らず皆手も足も出なかったんだ。問題は次どうするかだ。今はなんも対策が浮かばんが、皆で考えような。」

「……うん。」

「ふぁぁあ。」


 アダマスが目を醒ます。すぐにベルが駆け寄る。


「アダマス! 痛いとこないか? 違和感は? 気になることはなんでも言え? 林檎食べるか? 隠してるやつ食べてもいいぞ? ウルには内緒な?」

「お師……?」

「ん? ママどうしたの?」


 相対する敵に巨大な脅威が潜んでいることが解った。しかも、まだ全てを知ったわけではない可能性が高い。敵の全貌が見えない恐怖が一行を包んだ。

 一行は、三宝の入手を急ぐべく次の地へ向かった。

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