付録1 化学平衡と反応速度

 【付録の取扱いについて】

 付録では本編で扱いきれなかった理論や考え方について解説していきます。本編を読む上で必須な知識ではないので読み飛ばし推奨とさせて頂きます。つまり、作者の自己満足のための文字列です。悪しからず悪しからず。


 1. 化学変化とは


 釈迦に説法であることを恐れず説明しよう。化学とは〝あらゆる物質のあらゆる状態変化〟のことを指す。化学はその中でも、原子同士の化学結合の解裂と再結合を伴う変化のことをいう。

 本編の〝焚き火〟は、化学変化を理解する上でのテスト・リアクションとしてメルが選んだ。選んだ理由はそれなりにあったようで、三相変化、発熱と吸熱、反応速度と活性化エネルギー、についての現象が織り込まれ、これらの定性的な理解を直感的に促すと考えたようだ。


 2. 三相変化


 三相とは、気体、液体および固体を指す。錬金術ではこれらにイオンやプラズマの状態を足した、四元素を基底としているが、それは後術に任せたい。また、気体と液体の界面が存在しない超臨界という状態も存在する。空と海が分かれていなかった開闢以前の世界、そんなことを夢想したりする。

 話は逸れたが、相変化は基本的に化学結合の解裂および再結合を伴わない。つまり、同じ分子群のまま、外観と性質を大きく変える。

 水を対象とした場合、0℃以下で固体、つまり氷に、0℃以上100℃以下で液体に、100℃以上では気体、つまり水蒸気が有利な平衡になることは広く知られている。本来であれば圧力や夾雑する物質の濃度にも影響を受けるが、ここでは議論の外とする。

 それぞれの境目となる温度をそれぞれ、融点(または凝固点)および沸点(または凝縮点)と呼んでいる。これらの温度はどのように決まっているのか。ある温度の状態はどのように決定されるのか。


 3. 安定と不安定


 それを議論する上で知っておく必要があるのは、〝物質はエネルギーが最も低い状態をとろうとする〟という法則。前述は正確な表現ではないが、熱力学第二法則による定性的表現に対応する。〝エネルギーが低い〟とはそのまま〝安定である〟と言い直せる。力学的なエネルギーで表現すると、〝動いている状態〟よりも〝止まった状態〟が、〝高い位置〟よりも〝低い位置〟にある方が安定であり、力学的なエネルギーが低いと表現できる。

 逆に、〝高速で動いている〟、〝とても高い位置〟にある、という状態は不安定である。しかし、〝高い位置にある〟ことは何故、不安定なのか。それは、゛高い位置にある〝ということは、落下、つまり重力による加速によって高速で動く〝ポテンシャル〟があるからに他ならない。一見安定そう、つまりエネルギーが顕在化していなくても、エネルギーが高い状態が存在する。これは、力学的エネルギーにのみならず、全てのエネルギーに当てはまる。


 4. エンタルピーとエントロピー


 一口に〝エネルギー〟と言っても、(多少語弊はあるが、)それが別のエネルギーに変換できるか、という観点で内訳がある。そういう概念を持つのが〝自由エネルギー〝である。圧力あるいは体積を定数にするかによって、ギブズあるいはヘルムホルツの自由エネルギーとそれぞれ呼ばれる。

 自由エネルギー(G)は〝エンタルピー(H)〟と〝エントロピー(S)〟を含む項の和で表される。


 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|

 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄エンタルピー| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄自由エネルギー ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄エントロピー×温度 

 エンタルピーの内、自由エネルギー分が使える


 エンタルピーとは、その物質が持つ全てのエネルギー。エントロピーとは、物質のエネルギーの内、取り出すことが出来ず、ただの熱として放出されてしまうエネルギーに関するもの。取り出すことが出来ないエネルギーはエントロピーと温度の積であり、温度が上がるにつれて大きくなる。このエントロピーが相変化の融点と沸点を決めるための大きな役割がある。


 5. 三相の自由エネルギー


 エントロピーには物理的な意味がある。〝その状態の乱雑さ〟と表現されることが多い。明確な定量表現があるが、まずは後置いて、イメージしてほしい。サイコロを振って、ある値以上の目が出れば勝つゲームがあるとする。6以上が出ないと勝てないゲームに勝つという状態は、6の目が出る1通りしかない。対して、3以上出れば勝てるゲームに勝つためには、6、5、4および3の目が出る4通りある。言い換えると、〝後者ルールで勝った状態〟は〝前者のルールで勝った状態〟よりも乱雑である。同じ状態に見えても色々な状態があり得るかどうかが、乱雑さの指標である。

 三相のエネルギーを定性的に評価してみよう。固体は分子の動きが小さい、つまり、エントロピーは大きい。液体や気体と比べて、形を変えたり空中を飛んだりしない。しかし、それ故にエンタルピーは小さい。

 逆に、気体は加熱されて蒸発しているわけだから、エンタルピーは大きい。しかし、先の議論で比較したように、エントロピーは大きい。

 液体は、固体と液体の間に置いたとする。エントロピーは温度に依存して損失するエネルギーを決めるための値なので、エントロピーが大きいと、温度が上がったときに起きる安定化の下がり幅が大きくなる。


    【図が差し込みたい】

        図1


 すると、エンタルピーが大きい気体とエンタルピーが小さい液体の自由エネルギーが一致する交点が現れる。それが、沸点。同様に、液体と固体でも交点が現れ、それが融点である。

 これで、三相それぞれのエンタルピーとエントロピーが解れば、沸点と融点が計算できることになる。そして、自由エネルギーが低い、つまり安定な相に変化する。


 6. 発熱と吸熱


 三相変化による安定な相については温度によって決まることが定性的に理解できた。では、化学反応ではどうだろうか。結論から言えば、考え方は同じ、である。

 化学反応前後の物質にもエネルギー、分ければエンタルピーとエントロピーが決まっている。三相変化と同様に、物質は自由エネルギーが低い物質になろうとする。例えば、木材に含まれるリグニンと、それの燃焼によって生成する二酸化炭素と水では、後者が圧倒的に安定である。つまり、燃やせば燃える。では何故、見ているだけで燃えないのか。それは、活性化エネルギーと反応速度が関係するが、後述に置いておく。

 安定な物質になる、ということは余剰なエネルギーを何かに使うか捨てる必要がある。焚き火では熱として放出され、周りの温度を上げる。逆に、不安定な状態になる、ということは、不安定になるために必要なエネルギーを供給する必要がある。焚き火の前に、湿気った木材を乾燥させる際に温度が下がるのが、この例にあたる。つまり、原則、安定化する時は発熱、不安定化する時は吸熱する。原則と書いたのは例外があるため。原則と表現したのは、例外が存在するため。例えば、自由エネルギーを熱エネルギー以外の形で取り出す場合である。電池が良い例で、反応物と生成物の自由エネルギー差を電気として取り出し、エントロピー項の分だけ発熱あるいは吸熱する。


 7. 反応速度と活性化エネルギー


 化学系の学生が使うスラング……『レポート書く活性化エネルギーヤバいわ』。これはどのような意味なのか。活性化エネルギー、口語的にエネルギー障壁とも呼ばれるエネルギー差が存在する。障壁という名の通り、反応が進行する際に乗り越えないとならないエネルギーの峠である。この障壁が高い場合、反応物と生成物のエネルギー差が大きくとも反応速度は遅くなり、場合によっては、人間の目には恰も進行していない用に見える場合がある。ガラスの変形が似た例だが、もっと適した例がダイアモンドである。実は、ダイアモンドは準安定であり、最安定構造は黒鉛である。鉛筆の芯に含めれている、所謂炭である。その証拠に、ダイアモンドど1,000℃を超える温度に加熱すると、真黒な炭になる。永遠とは儚いものである。


 8. 反応速度と化学平衡


 化学反応を1つ選ぶと、通常考える(正)反応に対して、逆反応というものが存在する。正反応での反応物と生成物が、逆反応ではそれぞれ生成物と反応物に対応する。もし、正反応と逆反応の反応速度が全く同じ場合、我々はどの様に観測出きるか。恐らく、何も起きていない様に見えるのではないか。これが〝化学平衡〟という状態である。化学平衡は、系の中の物質組成、温度および圧力などによって一意的に決まる。

 では、もし化学平衡とは異なる物質組成だった場合はどうなるか。答えは、化学平衡になる様な化学反応が優先的に起こる、である。これも、我々からその様に観測されるだけではあるが、定性的には間違いはない。

 また、前項では反応速度は活性化エネルギーによって決まることを説明した。以上のことを、とてもとても定性的に、概念的に表してみる。


 /\    安心(安定)    不安(不安定)

 | 家 |    ←(^V^)   ←←←←(TАT)

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 平衡状態  反応速度(小)   反応速度(大)


 平衡状態は、その系で最も安定な組成である。故に、この状態に戻ろうとする反応が起きる。ある反応に注目すれば、活性化エネルギーは同じなので、反応物と生成物のエネルギー差によって反応速度が決まる。すると、化学平衡から組成では反応速度が大きく、逆に組成では反応速度が小さい。この様に、安定な状態から異なる組成であることを口語的に〝平衡からズレている〟と言ったりする。安定な状態からの距離(この場合化学的な)によって生じる力を〝復元力〟と呼ぶことが多い。例えば、バネを想像すると容易だろう。バネには自然長というものがあって、それよりも縮んだり伸びたりすると、自然長に戻ろうとする力が働く。復元力はあらゆる現象とアナロジカルであり、波動や回転とも関連し、延いては量子力学とも関係が深い。それほど基本的な原理であると言える。


 基本的で概念的で定性的で直感的な説明に終始したが、ここまでで理解の入り口に立てたと信じている。後は、実際の系に対してガリガリと計算してみることにより、さらに理解は深まるものと思う。身近な例を選んでみることをお薦めする。


 以上

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