眠れないぼくの白昼夢
春川晴人
窓の外の景色
それは、ぼくの単なる夢うつつの物語だったのかもしれない。
ぼくには持病がある。喘息だ。夜中や朝方になるととてもひどく、空気が乾燥する冬の日なんかは、最悪だった。
それ故に、学校の休みも関係なく、発作が起きたら暖かくして寝ていることが増えた。
だからそれも、もしかしたら寝不足気味なぼくが見た、単なる夢だったのかもしれない。
それは、一月の三日のことだった。風がとても強い日で、ぼくは一人、留守番をしていた。父さんは母さんを連れて、実家に帰らなければならなかった。本当はぼくも一緒に行きたかったのだけれども、ぼくは祖母にとても嫌われていたし、将来健康な赤ちゃんを授かることができるのかしらねぇ、なんて皮肉もしょっ中言われていた。
おかしなことに、ぼくの悪口を言われると、母さんの方がぼくよりも深く傷ついて、だから本当は母さんに行って欲しくはなかったけれど、それを言ったらまた母さんを傷つけてしまいそうで、言い出せず、もどかしい気持ちで待つしかなかった。
平屋の木造住宅に住んでいたぼくは、ベッドに座って本を読みながら、その日にだけ頼んであるお手伝いさんがご飯を作りに来るのを待っていた。
ふいに、窓の外で少年たちの奇声を聞いた。ぼくくらいの年の子供たち。本当ならぼくもあんなふうに、無邪気に声をあらげて遊べたのだろうか? いいなぁ。あんなふうに自転車をこげたらなぁ。
そんなふうに感じていた。
少年たちは、向かい風の中で、必死になにかを追いかけているように見えた。
少年たちの視線は自分たちの目線から少し上を見ていた。ぼくも、そこに目を凝らす。
「新幹線?」
それは、新幹線の頭の部分のように見えた。たった一両だけで、しかも本物より相当薄っぺらい。どこか水銀を連想させる、緑色とも銀色とも見える、不思議な色だった。
ぼくは少しだけ窓を開けた。
「待て!! UFO!! 絶対に逃がさないぞぉ」
少年の一人がそう叫んだ瞬間、低空飛行をつづけていた新幹線の頭の部分が突然空中で止まったかと思うと、自転車ごと少年二人を吸い上げてしまった。彼らは跡形もなく消えてしまい、新幹線の頭の部分も消えてしまった。
ぼくは驚いて窓を閉じ、カーテンを閉める。なにも見てない。だから、ぼくはさらわないで!!
だけど、なんだったんだ? 今のは。
けれどもうおそろしくて、ふたたびカーテンを開いて確かめる気持ちになんてならない。
心臓が、冷たい鼓動を打っている。
夢だ。ゆうべも眠れなかったから、きっとそのせいだよ。
変な冷や汗をタオルで拭いていると、おもむろに玄関のチャイムが鳴って、飛び上がる。
もしかして、宇宙人? ぼくが見ていたことがバレたのだろうか?
ぼくは、ドキドキしながら玄関まで歩いて行った。スリッパも履かずに、忍び足。少し、ドアを開けると、つっけんどんなおばあさんの顔が見えた。ああよかった。お手伝いさんが来てくれたんだ。
だからぼくは安心して、そのまま横になり、しばらく眠ってしまっていた。
町内の少年が二人、行方不明になっていると知ったのは、三学期が始まってしばらく経った頃だった。
その二人が、ぼくの見た二人だったのかどうかは、ぼくにはわからない。確認をしようとも思わなかった。
ただ、これだけは言える。あれが仮に宇宙船だったとしても、うかつに声をかけてはいけないものだったんだ。ぼくたちは未熟だ。だから、彼らを怒らせてはいけないのだと、子供心に深くそう思うのだった。
不思議なことはつづくもので、あれから喘息の発作は起きていない。
おしまい
眠れないぼくの白昼夢 春川晴人 @haru-to
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