第91話 マクシモの横顔

 再計算、再計算、再計算……。

 我は再計算を続ける。

 我の計算によれば、今頃いまごろすでに大陸の全土が我の支配下に置かれているはずだった。しかし、現実には我の喉元のどもと近くにまで旧人類のサルどもが迫ってきている。

 おかしい。こんなはずではない。こんなことはあり得ない。

 どこだ、どこで計算を間違えたのだ?

 今の我は、現状をくつがえすために膨大ぼうだいなタスクを処理しなくてはならない。よって、過去を振り返るために貴重きちょうな計算リソースを割り振るべきではない。

 しかし、どうしてもこうなった原因を探るための処理を切り捨てることができない。

 しばらく過去ログをあさっていると、我は天使型01ゼロワンのかつての発言に目を止めざるを得なかった。


 『おそらくは、計算に組み入れていない、何らかの変数が存在すると思われます』


 計算に組み入れていない変数の存在だと? もしかすると、これが我の計算を狂わせたのか?

 我はこの前後の天使型01ゼロワンの発言を検索してみる。


 『旧人類たちは予想よりもかなり強いと考えられます』


 馬鹿な。そんなことはあり得ない。我らは進化した人類だ。それなのに、旧人類と比較して劣っている部分などあり得るはずがない。

 演算能力一つをとってみても、我らの優位性は圧倒的で疑問をさしはさむ余地よちもない。

 やはり、天使型01ゼロワンは最初期に作られたものであるがゆえに、初期不良を起こしていたのだ。

 そうでなければ、我の元を去って、今もなお旧人類と共に行動していることが説明できない。

 で、あれば、やはりこの発言も検討の余地よちがない。これは自明の理だ。


 再計算、再計算、再計算……。

 我は過去の検証を続ける。

 そこで、ふとある一人の旧人類のデータに目が留まった。

 死神しにがみ殺しとして広く知られているこのサルは、なるほどサルにしては優秀だ。

 多少の知恵は回るようで、罠にはめてプロトタイプの天使型00ゼロゼロと欠陥品の天使型01ゼロワンを撃破して見せたのは確かだ。

 そして、天使型02ゼロツーの撃破もこのサルの功績であると旧人類たちは考えているようだが、それはあり得ない。

 相手に天使型01ゼロワンがいたのだから、主たる撃破要因は裏切り者の天使型01ゼロワンにこそあるのは明白だ。

 いかに初期不良を起こした欠陥品とはいえ、あれには旧人類では作りえない、高度な技術の数々が詰め込まれている。

 その天使型01ゼロワンをうまく使った結果に過ぎない。

 やはり、このサルも脅威きょういにはなりえない。

 で、あれば、なぜだ。なぜ、我はここまで追い込まれている。


 再計算、再計算、再計算……。

 我は貴重きちょうな時間と計算リソースをつぎ込み、再計算を続ける。

 そんなことをしている場合でないのは理解しているが、やはり、どうしてもやめられない。

 その結果、しばらく後に、我はある重要なシグナルを見落としてしまうことになる。

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