第80話 戦友の死

 最前線勤務のある日。

 俺たちが夕食をとっていると、後方を歩いていた二人組の会話がなんとなく俺の耳に入ってきた。

「ニール小隊長、大きな口を叩いていた割には、案外あっさりとられてしまったよな」

 俺は思わず立ち上がり、その二人組に声をかけていた。

「すまない。そのニール小隊長というのは、ニール・トンプソンで間違いないか?」

 そうすると、しゃべっていた右側の男が振り返り、怪訝けげんそうな顔をしながら口を開いた。

「ああん? なんだよ、突然。お前誰……だ……」

 男は俺の階級章を見ると固まり、態度を改めて敬礼してきた。

「これは大隊長! 失礼しました!」

 俺はそれに苦笑を返しながら、返礼する。

「ああ、そんなにかしこまらなくてもいい。それよりも、その戦死した小隊長について教えてくれ。死んだのは、最近小隊長に就任した、ニール・トンプソンで間違いないか?」

「はい、そうです。ところで、大隊長はニール小隊長とはどのようなご関係なのでしょうか?」

 やはり、あのニールだったか。俺は肩を落としながら、その質問に答える。

「ニールは、そちらに配属されるまでは、俺と同じ小隊だったんだよ……」

 俺のその返答に、今まで黙っていた左側の男があることに気づいたようだ。

「え? ニール小隊長の前の所属部隊? って、え? 死神しにがみ殺しの部隊!?」

 そのつぶやきを聞いた右側の男は、俺の階級章を改めて見て、さらにあることに気づく。

死神しにがみ殺しの部隊の大隊長? ってことは、死神しにがみ殺し本人!?」

 俺は苦笑しながら、そのつぶやきを肯定する。

「ああ。俺が死神しにがみ殺しだ」

 そすると、二人そろって背筋を伸ばし、右側の男が口を開いた。

「人類最強の多脚戦車乗りにお会いできて、光栄であります!」

 そう言って、再び二人して敬礼してきたので、俺も返礼を返す。

「そんなことよりも、もし知っていたら、ニールの最期を教えてくれないか? あいつは、俺よりも才能にあふれた多脚戦車乗りだったんだ。そう簡単に殺られるとは思えない……」

 俺がそう頼むと、二人は顔を見合わせ、左側の男が語り始めた。

「三体のブリキ野郎を見たニール小隊長は、嬉々ききとして突撃していったのです。そして、その攻撃をさばいている間に、周囲にいた別の一体が後ろに回り込んで、ズガン! です」

 俺はそれを聞いて、ニールらしいなと思った。

「そうか……。さすがのニールでも、四体同時はきつかったか……」

 そこまで口にした時、俺はある違和感いわかんを覚え、それについて質問していた。

「ちょっと待て。最期の様子をなぜそこまで詳細しょうさいに知っている? その様子を見ていたのなら、なぜ援護に向かわなかったんだ?」

 俺がそう指摘すると、二人はまた顔を見合わせ、少し言いにくそうにしながら、左側の男が説明してくれた。

「ニール小隊長は、我々に援護されるのがお嫌いだったのです。援護に入ると決まって舌打ちをされていたのですよ。ですからその時も、余計な手出しをしないようにしていたのです」

 俺はその返答にがっくりと肩を落とし、思わずめる口調になっていた。

「それは、ニールなりの照れ隠しだろう。なぜ分かってやれなかったんだ……」

 そうすると、いつの間にか右後ろに来ていたセシィが俺の右肩にそっと左手を置き、俺をさとす。

「無茶を言うなよ、ジェフ。付き合いの長いあたい達ならともかく、まだ短いこいつらにそれを要求するのはこくだぜ?」

 そして、同じように俺の左後ろに来ていたウォルターが、その続きを語ってくれる。

「そうだぞ? それに、だ。あのニールがそんなしんみりとした見送りを望んでいると思うか? だから、さ。今夜は飲もうぜ? かつてのジェフリー小隊の面々で飲み明かして、ニールの思い出を語ろう。せめてもの手向たむけにさ」

 その提案に、セシィも乗っかる。

「そうだぜ。ニールらしくもないミスをしたもんだなって、笑って送ってやろうぜ。あいつがあっちでも強気でいられるようにな」

 こうして、俺たちは手向たむけのささやかな酒宴を開いた。その席では、ニールの思い出話に花が咲いた。しばらくすると、俺はあることに気づき、思わず口に出していた。

「もしかすると、俺が先に大隊長になってしまったために、あいつにあせりが生まれていたのかもしれないな……」

 そんな俺の右手にセシィがそっと左手を重ね合わせ、首を振る。

「だとしても、だ。ジェフの責任じゃない。それに、ニールならきっとこう言うぜ? 『お前にあわれんでもらうほど、俺は落ちぶれちゃいない』ってさ」

「ああ、そうだな。そうだとも」

 こうして、俺たちはずっと語り明かして手向たむけの酒を飲み続けた。

 いつまでも、いつまでも。

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