第76話 アンソニーの横顔

 私は本日の訓練を終え、いつものように大隊長に質問をすべく姿を探し出し、声を掛ける。

「大隊長、少しお時間、よろしいですか?」

「ああ、アンソニー。今日もいつもの質問か? 本当に熱心だな」

 大隊長は嫌な顔一つせずに応じてくれる。この人は本当に懐が深い。

「大隊長の得意技の盾で相手を強打してすきを作る手法ですが、それをり出すタイミングがなかなかつかめないのです。何かコツがありましたら、ご教授願えないかと」

 私がそう質問すると、大隊長はあごに手を当てて考えをまとめていた。

「そうだな……。これはあの技のタイミングに限らないのだが、アンソニーは正面しょうめんから攻撃を受けすぎているかな?」

「と、言いますと?」

「あれもそうなんだが、基本的に攻撃は受け止めるよりも、受け流す方が次の攻撃へのすきを作りやすい。つまり、左から右へと攻撃を受け流す流れに沿って、そのまま盾を強打するイメージだな」

 言われてみれば盲点だった。私は攻撃を受ける時、そのまま盾で受け止めることが多い。それでは確かに盾で相手を強打するのは不可能だ。

「なるほど……。とても勉強になります」

 私が頭の中で教わった動きをイメージしていると、大隊長が追加のアドバイスをしてくれる。

「勉強熱心なのはいいことなんだがな。俺とばかり議論するのではなく、セシィやウォルターとも話し合った方がいいぞ? あの二人は俺と違って、天才だからな」

 確かに、セシィもウォルターも天才だろう。しかし、だからこそ議論しにくい点があるのも確かだ。

「それはそうなのですが……。あの二人は天才であるがゆえに、アドバイスをもらうのが難しいところがあるのですよ」

「そうなのか?」

 大隊長が首をかしげている。そこで、私は珍しく、大隊長にその意図を語り掛ける。

「あの二人は、感覚で操縦している点が多いのですよ。ですから、質問しても、そこはガーッといって、ここでズガン! だ! みたいな説明が多くて、参考にしにくいのです」

 そうすると、大隊長にも思い当たるふしがあったようで、苦笑しながら同意してくれる。

「ああ……。確かにな」

「その点ですね、大隊長は苦労して今の技術を身につけられているようで、その行動の理由を説明するのがとても上手うまいのですよ」

「凡人も時には役に立つということか」

 大隊長は納得してくれたようだが、この人をして凡人と言えるような人は、まず間違いなくいないだろう。

 しかし、あえて指摘しないでいると、大隊長は意外な点を質問してきた。

「これはプライベートなことなんだが……」

 そう前置きして、続きを語る大隊長。

「アンソニーは、ジェシーとお付き合いを始める気はないのか?」

「あ、え、い、いや。そ、そのですね……」

 私はしどろもどろになってしまった。そうすると、大隊長はニヤリとしながら続きを語る。

「なんだ。その様子なら、気がないわけじゃなさそうだな。俺が見る限り、ジェシーにも脈があるようだし、そのまま付き合ってしまったらどうだ?」

 私は深呼吸を繰り返し、少し落ち着きを取り戻す。そして、それに返答を始めた。

「確かに、ジェシーは素敵すてきな女性だと思います。ですが、私はもうおじさんです。ジェシーのような若い女性には、ふさわしくないですよ……」

 私がそう言うと、後ろから若い女性の声がした。

「あら? ふさわしいかどうかは、私が決めるわよ?」

 私はその声にあわてて振り返って確認する。

 大隊長が、突然ジェシーの話題を振ってきたのは、こういう理由だったのですね……。

「この場に俺は邪魔だろう。後は二人で話し合ってくれ」

 そう言って、大隊長は去って行ってしまった。

 この後、ジェシーに問い詰められてタジタジになってしまった私はそのまま押し切られてしまい、彼女と正式にお付き合いを始めることになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る