第66話 三人の未来

 ガンガンと頭を打ち付け続けるセシルに対して、俺は何も言えずに固まっていた。それを見ていたセシィが、見るに見かねたのか止めに入った。

「ちょっと、セシル。やめなよ。何してんだよ?」

 セシルはそちらをちらりとも見ずに、頭を打ち付け続けながら返答した。

「ちょっと自壊じかいしたくなっただけですので、お気になさらず」

「なんでだよ!」

 セシィの強い口調によって、ようやくガンガンを中断してくれるセシル。そのまま、その理由について語ってくれる。

「ジェフとセシィがつがいとなり、子供を産み育てる。そうなると、ジェフは私に見向きもしてくれなくなる。そのような未来を予想しただけで、私は存在する理由が分からなくなってしまったのです」

 そして、ガンガンを再開するセシル。それを見て、セシィが感想を述べる。

「うわぁ……。これは、人のいいジェフがコロッといっちゃったのも、納得の可愛かわいさだぜ」

「分かってくれたか。じゃあ」

 俺がそう言いかけると、それをさえぎって続きを語るセシィ。

「でも、あたいにもゆずれないものはある。どうしても、ジェフの赤ちゃんが欲しい。ただ、さすがにそのせいでセシルが死んでしまうと、寝覚ねざめが悪すぎる。それに、今のあたいは過去最高に気分がいいんだ」

 しばらく悩むそぶりを見せていたセシィだったが、やがて意を決したような表情になる。そして、俺の右腕をさらにギュッと抱きしめながら、セシィはセシル向かって驚きの提案を始めた。

「だから……、さ。セシル、こうしようぜ。あたいとセシルで、ジェフをシェアしないか?」

 ようやくガンガンをやめてくれたセシル。そして、両手を壁についたまま、首だけをこちらに向けて問いかけた。

「どういうことでしょうか?」

 それに対し、セシィが未来予想図を語り聞かせ始めた。

「セシルは、ジェフの赤ちゃんを見たくはないか? ジェフそっくりの、ちっちゃい赤ちゃん」

 その姿を想像したのか、しばらくしてからセシルはセシィに向かって向きを変え、はっきりとした口調で告げた。

「それは、ぜひとも見てみたいです」

 そのまま、俺抜きで話が進んでいく。

「だよな。だからさ、赤ちゃんを三人で育てようぜ。セシルは何人ぐらい欲しい?」

「たくさん欲しいです。できれば五人以上」

 その返答にセシィはウンウンとうなずき、さらに驚きの提案を始める。

「だから、こうするんだよ。まず、あたいがジェフの奥さんになって子供を産む。こればっかりはセシルにできないことだから、そこだけゆずってくれ」

 セシルは少し困惑こんわくに見える表情をしているが、それに構わずセシィは続ける。

「で、だ。そこさえゆずってくれたら、セシルは愛人として一緒に暮らすことを認める。そして、三人で仲良くジェフの子供を育ててみないか?」

「……」

 セシルは黙って顔を下に向け、あごに右手を当てている。おそらくは、その光景を想像しているのだろう。そんなセシルに対し、セシィは続きを語り、たたみかける。

「どうだ? 想像してみたか? 楽しそうじゃないか?」

「そうですね。なんだか嫌な気分がいでいきます。そんな未来を目指したいですね」

 恐るべき方向で話がまとまりかけたので、俺はここで苦情を入れる。

「やめてくれ。そんな重婚みたいな真似まね、俺はいやだぞ?」

 俺のそんな発言に対し、かんぱつれずにセシィの一喝いっかつが入る。

尻軽しりがるなジェフは黙ってな!!」

「はいっ!!」

 俺はまるで上官に対するように、背筋を伸ばして返答していた。そしてセシィがセシルに最終確認をとる。

「いいだろ? セシル?」

「はい。必ずその未来をつかみ取りましょう」

 うなずきあう二人。しかし、ここで、セシルがジト目になりながら苦情を入れ始めた。

「ところで、セシィ。いつまでジェフにしがみついているのですか?」

 それに対し、さも当然といった態度でセシィが応じる。

「何言ってんだよ。シェアするって決めたんだから、セシルもやればいいだろう? ほら、左腕が開いてるよ?」

「では、失礼します」

 そう言って、おずおずと俺の左腕にしがみつくセシル。

「これは、とてもいいものですね。以前のデートの時に手をつないだのですが、その時もそれまでにないほどの幸福を感じました。しかし、これはそれ以上です。セシィが離さない理由が良く分かりました」

 そして微笑ほほえみあうセシィとセシル。

 右腕にセシィ、左腕にセシル。

 どうやら、俺に拒否権や選択権はないらしい。そしてこれが、歩く不謹慎ふきんしん、二股野郎と俺が呼ばれる原因となり、倫理的に俺が死んだ瞬間でもあった。

 これは後になって知ったことだが、俺がどちらを正式な恋人とするかで、戦友たちの間で賭けが行われていたらしい。

 結果は御覧ごらんの通り二股になってしまっていて、なんと、その大穴に賭けたやつが一人だけいたらしい。ウォルターだったが。

 そしてウォルターは、一人で賭け金を総取りしたのだそうだ。

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