第62話 セシィの秘めた心

「じゃあ、今すぐあのブリキ人形と別れてくれよ!!」

 そう叫んだセシィは、すぐにハッとした顔になった。それも一瞬のことで、しまったという表情に変わる。

 俺にはその気持ちが良く分かる。

 おそらくは、ずっと言えなかった言葉であり、ずっと言うつもりがなかった言葉であるのだろう。

 ずっと心の奥底にしまい込んでいた思いが、我慢がまんの限界を超えてこぼれ落ちてしまったのだと理解できる。

 なぜなら、俺も……。

 俺は目をつむり、ゆっくりと今のセシィの言葉を反芻はんすうし、理解する。そして同時に、あの決断を下したときのことを思い出していた。

 やはり、あの時の俺の判断は、大間違いだったんだな……。

 そう結論を下し、ゆっくりと目を開ける。

 俺が目をつむって黙ってしまったのを、セシィは拒絶と受け取ったのだろう。セシィの頬を一筋の涙がこぼれ落ちる。

 そして、もはや止められなくなったのか、大粒のしずくが次から次へとあふれ出している。

 もはや隠せないとさとったのだろう。

 セシィはその悲痛な心の内を、その心そのままの表情で語り続けた。

「そりゃあさ。あたいに女としての魅力みりょくがないことぐらい知っているさ。だから、いつかジェフが誰かほかの女と付き合いだしてもしょうがないと覚悟してた」

 そこでいったん言葉を切ったセシィは、涙声になりながらもしっかりとした口調で叫んだ。

「でもさ!!」

 セシィはその激情のままに、後ろの壁を左拳でドンッと殴りつける。

「その相手が、よりにもよってブリキ人形だなんて、あんまりじゃないか!!」

 そのまま両手を振り下ろし、絶叫するセシィ。

「あたいはお人形に負けたって、そう納得なっとくしろってか!!」

 そして、振り下ろした両腕で固く握り拳を作り、震える体と声で続く言葉を振り絞って叫ぶセシィ。

「こんの、大馬鹿おおばか野郎やろう!!」

 セシィはずっと秘めていたのであろう、その心の内を全部ぶちまけるとひざから崩れ落ち、両手を床について泣き叫びだした。

 いつも明朗めいろう快活かいかつな彼女をそこまで追い詰めてしまったのは、ほかならぬ俺自身だ。

 そう思うと、俺の心臓もまるでえぐられたかのような痛みを発しだす。ズキン、ズキンと鈍く痛みを発し続ける胸を思わず手のひらで強く押さえ、俺は目を閉じる。

 セシィにだけ言わせてしまったのでは、絶対にダメだ。

 そう覚悟を決め、俺もずっと言えなかった言葉を、セシィに投げかけ始める。

「お前に魅力みりょくがない? それはいったい、何の冗談だ?」

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