第58話 初デート

 俺たちが新型のテストパイロットをしていた頃。セシルは多脚戦車の習熟しゅうじゅく訓練くんれんを行っていた。お互いの仕事が終わり、格納庫へと帰ると、セシルはまっすぐに俺の所へとやって来て、大好きな雑談を始めようとする。

 その姿はどこか子犬を連想させ、もし彼女にしっぽがあれば全力で振りぬかれていそうだ。

 これはヤバいな。本気でかわいい。

 その姿が思いのほか愛らしく、俺は最近、ついドギマギしてしまう。目を輝かせているセシルを見ると、まあ、それも悪くはないかと思い始めている。そんな心の内だったためか、俺は思わずある提案をしていた。

「今日の午後からの予定はなかったよな?」

「はい、そうです。いっぱい雑談ができますね」

「それもいいが、たまにはどこかに出かけてデートでもしてみないか?」

 俺のそんな思い付きの発言に対し、セシルは少し首をかしげながら質問をする。

「デートとはいったい何でしょうか?」

「仲のいい男女は、時折一緒に出掛けて遊ぶんだよ。セシルは俺ともっと仲良くなりたくないか?」

「それは、ぜひとも仲良くなりたいです」

 相変わらず表情の変化に乏しいが、その目はとても輝いているように見えた。

 ヤバい。本気でヤバすぎる。めちゃくちゃかわいい生き物にしか見えない。

 俺はそんな感想を抱きながらそそくさと食事を済ませ、俺にとっても人生初となるデートを敢行かんこうすべく、セシルと連れ立って近場の街へと繰り出した。

 とはいっても、俺にはこういう経験が圧倒的に足りない。どうしたらいいか分からないまま、ただ雑談しながらブラブラと散策さんさくをしばらく続け、これではいけないともう少し踏み込んだ提案をしてみた。

「そうだ、セシル。手をつないでみないか?」

「それはなぜでしょうか?」

 その素直すなおな反応に少し苦笑しながら、俺は解説を試みる。

「仲のいい男女は、そうするとお互いに幸せを感じるらしい。俺もくわしくないが、試してみないか?」

「はい。それはとても興味があります」

 そう言って、俺が差し出した左手をがっしりと両手でホールドするセシル。俺はそれにさらに苦笑を返しながら訂正する。

「それだと歩きにくいだろう? ほら、右手を出してくれ」

 そう言って、俺の左手とセシルの右手をつなぎ、再び散策さんさくを開始する。

 こういうのも悪くないものだな。そう思っていると、セシルはつながれたままの手をまじまじと見つめ、感想を述べる。

「これは、確かにいいものですね。今までにないほど私の快楽中枢が刺激されています」

 俺はその表現に少し苦情を入れてみる。

「その表現だと、何かヤバい薬でもやっているように聞こえるぞ? そういう時は、単に『今楽しいです』とか言っておけばいいんじゃないか?」

 そうすると、少しだけ表情を幸せそうにしたセシルがつぶやいた。

「私は今、生まれて初めての幸せを感じています」

 その表現としぐさに俺は思わずドキリとしてしまい、立ち止まっていた。

 落ち着け。少し冷静になれ。思春期のガギじゃあるまいに、俺はいったい何を舞い上がっているんだ?

 俺は目をつむって深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせてから目を開けた。そうすると、至近距離で俺をまじまじと見つめるセシルの顔が、俺の目に飛び込んでくる。

「うおっ。近い、近い! さすがに人前でその距離感はまずい!」

「そうなのですか? 突然ジェフが立ち止まって目をつむりましたので、どういう状況なのかと観察していたのですが……」

 俺はさらにドギマギしながらあわてて少し距離をあけ、思わずつぶやいていた。

「そういうことは、例え夫婦でも人前ではしないものだ……」

「人前でなければそれができる、夫婦とはどのような状態なのでしょうか?」

「簡単に言えば、繁殖のためのつがいだな。ずっと一緒の家に暮らして、家族となった状態のことを言うんだ」

「ジェフとつがいになって、一緒の家でずっと暮らす……」

 そうつぶやいたセシルはまた若干表情を変化させる。俺にはその表情が、いままでにないくらいだらしない笑顔をしているように見えた。

 こうして、何をするでもないがお互いに得るものは多かった初デートは、無事に終了した。

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