第56話 ニールの昇進

 それからしばらくが経過した頃。そろそろセシルの新しいボディが完成しそうだとの連絡と同時に、連隊長からの呼び出しを受けた俺は、その足で連隊長の幕舎ばくしゃを訪れていた。

 アーロン連隊長は俺を自室にまねき入れると、早速その用件について語り始めた。

「ジェフリー中隊長。セシル嬢を貴官の部隊に配属したいという要望を聞いている。しかし、貴官の部隊は今定員いっぱいだったはずだ。誰か転属させるあてはあるのか?」

 連隊長のこの質問には、精鋭部隊として名高い死神しにがみ殺しの部隊から転属を望むものがいるのかとの意味も含まれている。俺はこの質問に対し、以前から考えていた内容を伝える。

「はっ。小官の直属小隊に所属しているニール・トンプソンを、小隊長に推薦します」

 俺のその発言に対し、連隊長は少し怪訝けげんそうな表情をしている。おそらく以前のやり取りで、ダリル大隊長からニールは指揮官向きではないという評価を受けていたのを覚えていたのだろう。その懸念けねん払拭ふっしょくすべく、俺はさらに言葉を重ねる。

「ニールは以前と違い、成長しております。十分に小隊長の任にえうると愚考いたしております」

「そうなのか?」

 そのもっともな疑問に対し、俺はこれまでのニールの頑張りを伝える。

「確かに、以前は周囲をかえりみずに突出する悪癖あくへきが目立ちました。しかし、最近は小官の中隊の方針に従い、積極的に他の小隊のサポートを行うようになりました。その経験を積むことによって、周囲の状況を的確に把握はあくし、判断できるようになっております」

 俺の強い推薦の内容を聞いた連隊長は、さらに踏み込んだ質問をしてきた。

「なるほど、確かにニールは成長しているのかもしれん。しかし、貴官がそこまで彼の昇進にこだわる本心を聞かせてはくれないか?」

 連隊長のこの質問は、俺にとっては別に隠すようなことでもないので、素直すなおにありのままの本心を伝える。

「ニールはその性格と口調でかなり誤解されやすいのですが、その本質はとても仲間思いのいいヤツで努力家です。ですから、せめて俺たちのような同じ部隊の仲間だけでも、彼の頑張りを評価して応援してやりたいのです」

 俺のその説明に連隊長も納得してくれたようで、ニールの昇進に許可を出してくれる。

「分かった。その方向で調整しておこう。しかし、噂通り、貴官の部隊は結束力が強くて仲間思いなのだな。精鋭部隊の秘訣ひけつ一端いったんを見た気がするよ」

 こうしてニールの昇進が決まり、次の休暇のローテーションが回ってきた時に正式な辞令が下った。

 小隊長への昇進と同時に別の部隊への配属が決まったため、ニールの送別会と昇進祝いを兼ねた宴会を開いた。

 今回は仲間たちからのお祝いの意味も込めて、ニール以外の中隊の仲間たち全員から均等に会費を集めて宴会を開いている。

 その席でうれしそうにチビリ、チビリと酒を飲んでいるニールに、俺は話しかけた。

「これでようやく、お前も出世街道に乗れるな」

 ニールは一瞬だけ照れくさそうな顔をしたが、持ち前の負けん気ですぐにふてぶてしい笑みに切り替えて応じる。

「ああ。やっと周囲が俺の重要性に気づき始めた。遅すぎたと思うぐらいだ」

 俺はそれに微笑ほほえみを返し、正直な心の内を語る。

「お前と一緒に戦った期間が長かったから、正直な話、少しさみしくなるな」

 俺のその感想にニールはニヤリと笑みを浮かべ、彼らしい強気な発言で応じる。

「いくら俺が有能すぎるからといって、俺が抜けてすぐにられてしまうようなマヌケはさらすなよ?」

 そのいかにもニールらしい発言に、俺は思わず笑みを深め、それを認めて自分を引き締める。

「ああ、そうだな。気を付けよう」

 才能にあふれるニールであれば、そのうち俺よりも出世するだろう。

 そうなった時にはニールの指揮下の部隊に配属してもらって、一緒に戦えたら最高だなと思ったが、彼の性格上、あまり調子に乗せすぎても後が怖いため、それは心の中でだけ、そっとつぶやいておいた。

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