第54話 セシルの心

 いつものようにセシルのもとを訪れ、雑談を始めようとした矢先、セシルは俺を見つけるや否や、深刻そうな様子で相談を始めた。

「ジェフ。私は壊れたのかもしれません」

「突然、どうした?」

 俺が若干じゃっかん怪訝けげんそうな表情をしながら問いかけると、セシルはその驚くべき心の内を語り始めた。

「ジェフが戦場に出ている間、私の幸福中枢は動きを停止するのです。そして非常に心配になります。これが、おそらくは不安という感情なのだろうと学習しました。

 そして、もしかするとあなたが戦死してしまってもう会えなくなるかもしれないと考えただけで、私の不安の感情は極大に達し、私は自壊じかいしたくなるのです」

「お前……」

「それって……」

 俺とセシィが同時に驚きのうめき声を漏らす。こいつはもう、こんなに深くまで人の心の動きを学習してしまっている。人ならではの恋心まで理解してしまっているとしか思えない。

 俺たちがしばらく絶句していると、セシルはさらに質問を重ねる。

「私の故障の原因に、何か思い当たることがあるのですか?」

「……ああ」

 俺は声をしぼり出すようにして、なんとかその説明を始める。

「それは、お前がかなり人に近づいた証拠だ。ものすごく深い範囲にまで人の心の機微が分かってしまったが故の、副作用のようなものだな」

「そうなのですか?」

 俺はそのまま、その感情に由来する人ならではの強さについても説明することにした。

「そして、その感情は、お前が一番知りたがっていた人の強さの大きな原動力だ。その感情があればこそ、人は他人をかばい、時折信じられないほどの底力を発揮するんだ」

 俺の説明に対し、セシルは少しだけ表情を変化させ、驚いたような顔をする。あまり表情を動かさないセシルだが、これまでの付き合いで、俺たちには彼女の表情の変化が良く分かるようになっていた。

「そうなのですね……。こんな不安定な心の状態こそが強さの理由だとは、人の強さとは本当に不思議です。これならば、逆に弱くなったような気がします」

 俺はその感情の説明をいったんたなに上げ、今後のことを聞いてみることにした。

「それで、お前はどうしたい?」

 俺のその質問に対し、セシルはほぼノータイムで返答した。

「もし、許されるのであれば、あなたが前線に出ることなく、ずっと私と一緒にいて欲しいのです。ですが、それは無理なのでしょう?」

「ああ、そうだな。俺は職業軍人だから、それをやってしまうと飯が食えなくなる」

 俺がそう答えると、セシルは迷うそぶりも考えるそぶりも見せず、次善の要望を語り始める。

「で、あれば、私は体が欲しい。そして、あなたの部隊に入れてください。せめて、ジェフと共に戦って、危険な状況を少しでも私の力で遠ざけたいのです」

「しかし、あの天使のボディは強力すぎて許可がでないと思うぞ?」

 俺がそう指摘すると、それは当然だといった表情でセシルが同意する。

「そんな体は必要ありません。セシィのような一般的な女性の体が欲しいのです。むしろ、人とかけ離れたあのボディには入りたくありません」

 普通の女性の体が欲しいというセシルの様子は切実で、どこからどう見ても恋する乙女の表情をしている。まあ、この違いが分かるのは付き合いの長いヤツだけだろうが。

 俺はそのあまりにもまっすぐな恋心に少し当てられてしまい、セシルを応援すべく知恵を貸すことにする。

「分かった。上と交渉してみよう。ただ、何の見返りもなく要求だけをしても成功率が低いな。何か交渉材料になるような新しい情報は持っていないか?」

「具体的には、どのような種類の情報でしょうか?」

 俺は少しあごに手を当てて考えを巡らせ、今一番必要そうな情報を考えてみる。

「そうだな……。俺たち、連邦の多脚戦車に応用できそうな新技術の情報は持っていないか?」

「でしたら、あなた方が戦場の死神しにがみと呼んでいた機体の情報はどうでしょうか?」

 俺はそれならば応用が簡単そうだと判断し、そのむねを伝える。

「それならばイケそうだな。ちなみに、戦場の死神しにがみの正式な型番はなんというんだ?」

「あれは、プロトタイプの天使型です。ですので、天使型00ゼロゼロと呼ばれていました」

 その情報に、ここまで黙ってやり取りを聞いていたセシィが、思わずといった様子で感想を述べる。

「あいつ、死神しにがみじゃなくて天使様だったのかよ……」

 俺はその感想に思わず微笑ほほえみを返し、上司に交渉してくることを告げる。

「なんにせよ、俺達の多脚戦車を高性能化させられそうな情報は、今の連邦軍にとって喉から手が出るほど欲しいはずだ。だからうまくいくだろう。

 それで、だ。お前の新しいボディだが、ゼロから設計するとひどく時間がかかる。お前の頭の中にそっち方面の設計図か何かはないか?」

「一般的なアンドロイド用のボディの設計図があります。それを提供します」

「ああ、たのむ」

 こうして俺は、セシルの恋心を応援する行動に出ることになる。それによって、ある身近な人物との間の関係性も大きく変化することになる。

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