第52話 セシル

 いつものようにセシィと連れ立って天使のもとを訪れていた時、俺はふと思い出したことを天使に聞いていた。

「そういえば、お前の名前は何というんだ?」

 その質問に対し、天使はごくわずかに困ったような表情をしながら返答した。

「私に名前はありません」

「では、通信時はどうやって個体識別をしていたんだ?」

「天使型01ゼロワンと呼ばれていました」

 ここで天使は何かを決意したような雰囲気ふんいきで、俺にあるお願いを始めた。

「ジェフ。できれば、あなたに私の名前を付けて欲しいのです」

 俺はそれに困ったような表情をしながら、正直な気持ちを答える。

「と、言われてもな。正直、突然女の名前を付けろと言われても、ぱっと思いつくものがないな……」

 俺はあごに手を当てて考えてみる。そうすると、俺の頭の中で、この世で一番いい女の顔が浮かんだ。

「セシル、なんてのはどうだ?」

 俺たちのそのやり取りをここまで黙って隣で聞いていたセシィが、あきれたような顔をしながら感想を述べる。

「ちょっと、ジェフ。いくらまともな女友達の知り合いがあたいしかいないからって、あたいの名前ほぼそのままってのは、いくらなんでも安直すぎないか?」

 俺はそれに肩をすくめてノーコメントをつらぬいていると、天使が返答を始めた。

「セシル、ですか。いい名前です。私はセシィのようになって、ジェフと仲良くなりたい。ですから、私の名前はセシルにします」

 そして、続けて意外な質問を始めた天使改めセシル。

「ところで、ジェフ。あなたのフルネームを教えてくれませんか?」

「ああ、そういえば言ってなかったな。俺の名前はジェフリー・オルグレンだ」

 そうすると、セシルはある爆弾発言をぶちかます。

「分かりました。では、これから私はセシル・オルグレンと名乗ります。お父様」

「おっ……」

「お父様!!」

 俺とセシィが思わず目を見開いて固まる。しばらくしてから、セシィが俺の肩をバンバンとたたきながら、腹を抱えて笑い出す。

「おっ、お父様! ジェ、ジェフがお父様だってよ!!」

 俺たちのそんな様子に、セシルは若干じゃっかん戸惑とまどったような様子で質問する。

「そんなにおかしいのでしょうか?」

「ああ……。俺の年でセシルぐらい大きな娘がいたらとても不自然だ。せめて、妹にしてくれないか?」

 俺が若干疲れをにじませながらそう頼むと、今度は別の爆弾を投下するセシル。

「分かりました。これからよろしくお願いします。お兄様」

「おっ……」

「お兄様!!」

 ほんの少し前とデジャブしそうな反応をセシィと二人で返す。そしてセシィはさらに腹を抱えてカカ大笑し、とうとう床にへたり込んでバンバンと床をたたいている。俺はそれにぐったりとした様子になりながら、希望を述べる。

「よく考えたら、急に妹ができても不自然だった。だから、な。俺の親戚ってことにして、俺のことはこれまで通りジェフと呼んでくれ」

 俺が思わず額を押さえながらそう言うと、何とかセシルは納得してくれたようだ。俺は疲れのあまり、つい余計な一言も追加してしまい、さらにセシィの腹筋を崩壊させてしまうことになる。

「俺に余計な属性を追加しないでくれ……」

「分かりました。これまで通り、ジェフと呼びますね」

 そこで終わってくれたら良かったのに、さらに笑いのネタを追加するセシル。

「ところで、ジェフ」

「なんだ?」

「属性とはなんでしょうか?」

 至極しごく真面目まじめな顔でそう質問するセシルの様子がさらにツボにはまったのか、セシィはとうとう床を転げまわりながら大笑いしている。

「それは、セシルがもっと人の心について学習したら自然と分かるさ……」

 俺はそう答えることが精いっぱいだった。

「分かりました。これからも学習にはげみますので、私とたくさん会話してくれるとうれしいです」

「お前にもうれしいという感情はあるんだな」

 俺が思わずそう問いかけると、さも当然といった様子でセシルが答える。

「ええ。私にとってジェフとの会話の時間は、私の快楽かいらく中枢ちゅうすうがとても刺激されて心地が良いのです。おそらくは、これがうれしいという感情なのだろうと学習しました」

「そうか、それはなりよりだ」

 俺はそう言って会話を切り上げ、まだ床で笑い転げているセシィの首根っこをつかみ、引きずるようにして部屋を出た。

 俺たちはこの時、セシルに起こっていたある決定的な変化について、誰一人として気づいていなかった。

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