第35話 絶望の始まる瞬間

 その日はいつもと変わらぬ日常で始まった。いつものように中隊の面々で集まり、朝食をとっていた。

「この急激にマズくなったメシだけは、どうしてもなれないぜ」

 セシィがそう言って、戦闘せんとう糧食りょうしょくの缶詰をスプーンでつついている。

「なぁ、ジェフ。これってなぜだかわかるか?」

 俺はそれに簡潔にこたえる。

「それは、前線に人が増えすぎたせいだな」

「どういうことだ?」

 セシィが首をかしげているので、俺はその理由についての説明を加える。

「連邦の総攻撃のために、以前の何倍もの兵力が前線に配置されている。ここまではいいよな?」

 うなずいているので、そのまま説明を続ける。

「で、だ。人数が増えれば、当然、その分大量のメシも必要になる。しかし、生産設備やそのための人員はそう簡単に増やせない。その結果が……」

 俺もそう言いながら、缶詰をスプーンでつつく。

「味よりも必要な栄養を優先した、このありがたいメシってわけだ」

 セシィが心底嫌そうな表情でメシを見つめる。

「じゃあ、ずっとこのマズいメシと付き合わなけりゃいけないってことか……」

「いや。劇的に改善する方法が一つだけあるぞ?」

 俺がそう言うと、セシィが期待のこもった眼差まなざしを向けながら聞いてくる。

「それはなんだ? この際、少しくらいの無理難題なら乗り越えて見せるぜ」

 俺は肩をすくめながら、その当たり前の答えを述べる。

「簡単な話だ。帝国を倒してしまえばいい。そうすれば、ボーナスでふところも温かくなっていることだし、ウマいメシがしばらくは食い放題だぞ?」

 俺がそう言うと、そのやり取りを聞いていたエルトンが話に加わる。

「そりゃあいいですね! 皇帝の脳天に向かって、『食い物のうらみ!』って言いながら俺の斧を振り下ろしたら、さぞかし気分がいいでしょうねぇ」

 そうすると、ブライアンも乗っかってきた。

「いやいや。皇帝をなます切りにして最初にウマいメシを食う役は、この私に譲ってもらいますよ?」

 別の隊員も、いや俺が、俺こそがと話に加わっていき、テントに温かい笑い声が響く。

 そんな楽しい食事を終え、今日もお仕事を始めるかと多脚戦車に乗り込んだ時、その異変は起こった。

 正面モニターに黒い大きなウィンドウが突如とつじょとして現れたのだ。その直後に、ウォルターからの近距離レーザー通信が入る。

「なぁ。俺のモニターがなんだか変なんだが、そっちはどうだい?」

「俺もおかしなウィンドウが表示されているな」

 どうやら俺の機体の故障ではないらしいと思っていると、どこか無機質さを感じさせる男の声が響き渡った。

「世界にしぶとく蔓延はびこる旧人類たちよ。我をあがめよ。我をたたえよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る