第30話 エルトンの横顔

「なあ、エルトン。酒をそろそろひかえておかないと、また新しい上司とぶつかることになるぞ」

 俺にこんな苦情を言ってきているのは、同じ小隊の仲間で、一番仲のいいカール・パターソンだ。

「うるさいなぁ。兵隊なんてろくでもない仕事をしているんだから、オフくらい自由に飲ませてよ」

 俺は少しおざなりにそうあしらった。

 しかし、いつもであれば、そろそろ上司が苦情を言いに来るころいなのも確かだ。

 だが、この中隊長は、部下の細かいプライベートを気にしないタイプのようだ。

 そんなことを考えていると、カールがまた苦言くげんていしてくる。

「まあ、ここの中隊長はできた人みたいだから、何か言ってくるそぶりもないけどよ。でもさ、そろそろ、中隊長の財布の心配もしてあげたらどうだい?」

 そう言って、カールは俺の周囲に散乱している酒の空き瓶の山をながめる。

 俺もそれを見てしまい、少し罪悪感が湧き上がってきたが、やっぱり気にしないことにした。

「まあ、大丈夫じゃない? この部隊に配属される直前に、中隊長のうわさとかをちょっと調べてみたんだよ。そしたら……さ」

 俺はここで一拍をあけ、カールの目を見ながら入手した中隊長の情報を開示する。

「あの中隊長、実は凄腕すごうでの多脚戦車乗りらしいよ? 特に、相棒のセシィとペアを組んだ時は、誰にも止められないほどの勢いになるそうだ。なので、ブリキ野郎もいっぱい狩っているはずだから、お金には余裕があるはずだよ?」

「そんなに凄いのか?」

 俺はそれにうなずきを返し、さらに突っ込んだ内容を語る。

「ああ。二人で組んでいる時は、戦っているのにまるでりん舞曲ぶきょくを踊っているようにしか見えないそうだ。そこから転じて、現代の死の舞踏ぶとうとはあの二人のことだーって言うやつもいるらしいよ?」

 俺がそう言うと、カールはとても信じられないといった表情になった。

「え? いやいや。いくらなんでも、あの伝説に例えられるほどじゃないだろう。え? まさか……、マジ?」

 俺が真面目まじめな顔でうなずいてみせると、カールはとても驚いた表情に変わった。

「ほえー、そりゃ凄いな。ってことはだ。あの中隊長が死神しにがみ殺しを達成できたのも、あながちマグレでもないってことだったんだな」

「本当にね。これからもしかすると、俺たちはこき使われるかもしれないんだ。だから、さ。今日ぐらいは気持ちよく飲ませてよ」

 そう頼んでみるとカールも納得したようで、もう苦情は言わなくなった。

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