第10話 ニールの横顔

 俺とウォルターのペアで敵を一掃したタイミングで、ウォルターからの近距離レーザー通信が入った。

「お疲れさん、ニール。今回もいい暴れっぷりだったな」

 そう言って、ウォルターはニカッと人好きのする笑みを浮かべている。

 この手の対人スキルは、俺にはないものだな。

 そんなことを考えながら、俺は少しの間雑談に応じることにした。

「なあ、ウォルター。相変わらずあの二人の班はすごいな」

 班というのは、二人一組の状態のことだ。多脚戦車小隊は四台構成だが、それをさらに二つに分けた状態を班という。

 今は俺とウォルター、ジェフとセシィで班を作って敵に対応している。

 ウォルターはちらりとそちらに目線を向け、その後、俺に苦情を入れてくる。

「その言葉、少しくらいはジェフにも聞かせてやったらどうだい?」

 俺は少しだけ不機嫌ふきげんになり、強めの口調で返答してしまう。

「ふざけたことを言うな」

 俺にだって分かってはいるのだ。これが子供っぽい反抗心だと。

 しかし、いつかはジェフを超えたいと強く願うほど、素直すなおにそれを本人の前で言えなくなる。

 そして、俺は話題を変えるネタを探すように、ジェフとセシィの戦いぶりに続けて目を向ける。

「あいつらは二人一組であれば、あの伝説の死の舞踏ぶとうとも正面切って戦えそうな雰囲気ふんいきがあるな」

 俺がそう感想を述べると、ウォルターも神妙しんみょうな顔つきになって同意する。

「ああ、本当にな。あの二人なら、いつかくらい人臣じんしんを極めてもおかしくはないだろうさ」

 そこで話が終わってくれていたら良かったのに、相変わらずウォルターは余計な一言を追加してくる。

「そうなると、追い越したいお前は大変だな」

 俺は少しだけムッとしたが、すぐに肩をすくめて返答する。

「なに。目標が高いほど燃えてくるさ」

 ジェフの前でなければ、とげとげしい態度にならない。そんな自分が俺は嫌いだ。

 ちなみに、死の舞踏ぶとうとは、この大陸で一番有名な伝説となっている武将のことだ。

 圧倒的に寡兵かへいの状態の味方を率いて孤軍こぐん奮闘ふんとうし、ただの一戦で単騎をもって三百人以上の敵兵をなぎ倒し、なおかつ、全体の戦局をも個人の武勇でくつがえして見せた豪傑ごうけつだ。

 その戦っている姿は、まるで美しいまいっているようにしか見えず、その動きの美麗さで敵兵をも魅了しながら死を振りまいたと言われている。

 そして、この大陸ではその後も多数の国家が興亡こうぼうしたが、その軍隊における最高位の勲章は、どこも同じ名称に統一されている。

 つまり、死の舞踏ぶとう勲章だ。

 ただ、人外ともいえるほどの功績を残した人物にのみ授与される勲章であるため、大陸全土を見渡してみても、歴史上で四人しかそれを手にできたものはいない。

 そして、あの二人を見ていると、その伝説もかくやと思わずにはいられない。

 お互いに会話を全く必要とせず、目線すらも通わせなくても、どう動いて欲しいかが二人の間で熟知されているようで、その完璧ともいえるコンビネーションは、正に美しい舞踏ぶとうをしているようにしか見えない。

 これこそが、現代における死を振りまく舞踏ぶとう、死の舞踏ぶとうだと言われても納得しかない。

「しかし……。あれであの二人は、まだ付き合ってもいないと言い張っているんだよな? 正直、全く理解できん」

 あの二人はいつも一緒にいる。

 そして、私生活でも完璧に息の合ったその様子は、恋人同士などという生ぬるい関係をとっくに超越ちょうえつし、もはや、長年連れ添った熟年夫婦のようだ。

 それなのに、もう三十手前のあの二人は、結婚どころか正式なお付き合いすらも始めていないらしい。

「俺にだって理解できないさ。でも、まあ、想像することはできるけどな」

 ウォルターはそう前置きをしてから、その持論を語り始めた。

「あの二人は、それこそ物心ものごころつく前からずっと一緒だったそうだ。だから、一緒にいるのが当たり前すぎて、そのありがたみが、かえって分からなくなってしまっているんだろうさ」

「しかし、それだと、いつまでたってもあの二人は結婚すらできないんじゃないか?」

 俺がそう指摘すると、ウォルターは少し悪い笑みを浮かべながら、独自の未来予想図を語り始める。

「まあ、それほど時間はかからないだろうさ。なにせ、あれほどの活躍だろう? 本人たちは無頓着むとんちゃくだがね。すぐにでも周囲がほっとかなくなるって。そうなると、魅力的な異性からも言い寄られるようになる。パートナーを奪われるかもしれないと意識さえできたら、後は一直線だろうな」

 俺は、なるほどそうかと納得した。

 セシィは少しぶっきらぼうなところがあり、直情的でもあるため、少し相手を選びはするだろう。

 この場合、問題になってくるのはジェフの方だ。

 そんなセシィが周囲と衝突しないでいられるのは、ジェフのおかげだ。セシィをなだめて円滑えんかつな関係を築き続けている。

 そんなアイツは、他人が気持ちよく行動できるように配慮はいりょすることに関して、他の追随ついずいを許さない。

 男の俺からみても、あの魅力は異常すぎる。

 セシィからジェフを奪い取りたいと考える、積極的ではあるが無謀でしかない女も出てくるようになるだろう。

「そうなった時が見ものだな」

 俺も思わず悪い笑みを浮かべてその修羅場しゅらばを想像し、この雑談を締めくくった。

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