第6話 セシィの横顔

 あたいの乗る多脚戦車のコックピットに、後方からの敵の襲来しゅうらいを告げるアラームが鳴り響いている。

 でも、あたいには動揺どうようも心配もない。必要がないからだ。

 今ここにはジェフがいる。だから、今のあたいにはあらゆる危険が届かない。

「ほらほら。あんまり気を抜いていると、すぐに神様に呼ばれてしまうぞ」

 ジェフはなんでもないことのようにそう告げると、自然な動きであたいと敵の間に機体を割り込ませた。

 この次の行動は分かっている。ジェフが最も得意とする戦法で、敵の動きを止めてしまうに決まり切っている。

 あたいはそれに遅れないように、機体を反転させて敵の左舷さげんに出る。

 そして、あたいは内面の歓喜かんきの声を吐き出してしまわないように注意しながら、ジェフに返答する。

「いいんだよ。あたいの背中には、ずっと昔からジェフがいるんだから、さっ、と」

 あんじょう、ジェフが敵の武器を押さえつけているので、あたいは左右の手に持った剣を順番にふるった。簡単な作業だ。

 ああ。ジェフは本当にカッコいいなぁ。

 ジェフほどのいい男を、あたいは他に知らない。知りたくもない。

 もう記憶にも残っていないほど小さな頃からずっと、ジェフはさりげなくあたいを助け続けてくれている。

 いいや、違う。ものすごく残念だけど、ジュフのやさしさはあたいにだけ向けられているわけじゃない。周囲のみんなに平等に与えられる。

 みんなが少しでも快適にいられるようになる心配りを、ジェフはいつもいつも、さりげなく実行し続けてくれる。

 そして、そのことを決してほこるわけでもなく、さも当然のこととして気にもしていないみたいだ。

たよりにされているのは、まあ、うれしいんだけど、っな」

 続けて襲い掛かってきていた敵の体勢を、ジェフが難なく崩す姿が簡単に頭に浮かぶ。

 あたいは頭で考えるよりも先に自然と体が動き、いつもの連携で敵をほふる。

「ここいらの敵は少し任せるぞ。ちょっとウォルターのサポートに行ってくる。相手のグラディエイタースタイルの動きが素早くて、ちとてこずっているみたいだからな」

 ああ。ジェフが行ってしまう。

 ほんの少しの時間だけ、ほんの少しの距離だけ離れてしまうだけなのに、たったそれだけのことで、あたいの全能感は消え去ってしまう。

 あたいは心に浮かんだ不安が表情と声にでないように、とっさに気を配った。

「ああ、任せときな。こっち方面は後ろを気にしなくても良くなったからな。ウォルターのノロマに加勢してやんなよ」

 努力は必要だったけど、なんでもないことのように返答することができたと思う。

 少したってから、あたいは通信がオフになっていることをしっかりと確認し、声に出して気持ちを吐き出す。

「やっぱ、ジェフとあたいじゃあ、全然釣り合わないよな……」

 あたいには、女らしい魅力が全然足りていない。

 口調も男勝おとこまさりだし、体つきだって、筋肉質で筋張すじばっていて、柔らかいだなんてとても言えない。

 ジェフは気にもしていないみたいだけど、この国の一般的な女性と違い、肌はとてもいろぐろだ。

 それに対して、ジェフは世界中を探して回ったとしても、あれ以上のいい男は存在しない。これだけは絶対だ。

 だから、あたいじゃダメなんだ。

 ジェフの隣には、もっと女らしくてかわいらしいお嫁さんこそがふさわしい。

「いつか、ジェフがふさわしい相手と出会った時、笑顔でお祝いを言えるようにならないとな」

 あたいはしっかりと声に出し、もう何度目になるのか分からなくなった決意を表明しなおす。

 あたいの気持ちなんて、ジェフにとって邪魔にしかならない。だから、ジェフにだけは、絶対に知られたらダメなんだ。

 遠ざかっていくジェフの背中を見つめながら、あたいはこの気持ちに、厳重にふたをし続けた。

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