第6話

 公園に行った日からしばらくして。会社近くのカフェに藍子を呼び出した。


「お願いがあるんだ」


「何? また改まって。また愛梨ちゃんの事?」

「いや、それもあるが、それとは別のことだ」

 

大きく息を吸って、吐いて。深呼吸したって落ち着かない。だから、俺の気持ちを、早く言うべきだ。


「その、これからのお付き合いを、結婚を前提に考えてもらえないか?」

 その選択から逃げていたけれど。昨日、あんなことがあって。いろんな事を考えて、俺は結婚を決めることにした。


「あの子には、親代わりの大人が必要なんだ。しかも、男親だけじゃ足りない。女親も必要なんだよ」

「それを、私にお願いしたいわけね」

「急だし、自分勝手で本当に悪いと思っている。だけど、あの子の親代わりを、俺のパートナーを、任せられると思えるのは君しかいないんだ」


 あの子の親代わりを、俺がきちんとやれるか分からないけれど、二人ならやれる。そう思った。

「本当に急だよ。今までモーションかけても何もしなかったのに、どういう心変わり?」

「簡単な話だよ。俺は、あの子を養子として育てることを決めたんだ」


 もう、昨日のうちに親戚には話をつけた。今更あの子と向き合うことから逃げるようなことはしない。そう決めたから。


「お願い、します」

「いいよ」

「へっ?」

 頭を下げようとしてすぐに返事をしてくるものだから、変な顔を彼女にさらす羽目になった。


「本当にいいのか? 血もつながっていない子どもを育てることになるんだぞ。それに、俺なんかで本当にいいのか?」

「愛梨ちゃんとあなたとなら、私、やっていけそうだもん」

 

 それにね、と付け加える。


「家族になりたい相手ぐらい、私だってちゃんと選べるし」



 藍子と話をした晩のこと。


「パパ」


 俺がスーツを脱いでいたときに声がした。振り返ると、少し赤い顔をした愛梨がいた。

 愛梨は、俺のことを呼んだらしい。一緒に暮らしていく俺のことをパパと呼んでくれたのだと気付いて、ふつふつと湧き上がる喜びを抑えきれず、愛梨を抱きしめた。


「愛梨、ありがとうな」

 近頃、どうにも涙腺がもろい。腕の中の愛おしい愛梨の頭を何度も撫でた。


「パパ? あいり、なにかわるいことをしちゃったの? ごめんね、パパ」

「いや、違うんだ。愛梨は悪くない。これは嬉しくて泣いているんだ」

「嬉しくても、泣いちゃうの?」

「そうなんだよ。ありがとな、愛梨」


 またもう一度、強く愛梨を抱きしめて、抱きしめ返されて。ソファーに愛梨と一緒に座った。きちんと目線を合わせて、彼女の顔を見つめた。


「改めて、パパと約束してほしいことがあるんだけど、いいかな?」

「うん」

「何かしてほしいこと、お願い事があったら何でもパパに言ってほしい。小さなワガママも聞くよ。だけど、大きなワガママは、さすがにパパは許しません。いい?」

「いいよ」


「次に。これからは、この前やってきたあのお姉ちゃんとも一緒に暮らすことになるかもしれないけど、いいかい?」

「いいよ」

 大きく、愛梨は頷いてくれた。


「嫌なら、嫌って言っていいよ」

「ううん。あいりもお姉ちゃんといっしょがいい」

 良かった。大丈夫だとは思っていたけれど、一緒に暮らすのなら愛梨の意見はちゃんと聞いておかなきゃと考えていたからだ。


「最後に。これからも家族として、パパと一緒にいてくれるか?」

「うん!」

 力強い返事だった。おとなしくて、反応が薄すぎだったあの頃とは全然違う。きっと、これが愛梨の素の姿なのだ。


「よし! 今日は何が食べたい?」

「えーとね、オムライスがいい!」

「あはは、分かった。それじゃあ、いっしょに買い物行こうか」

「うん!」


 俺は初めて、愛梨の笑顔を見た。

 ずっと見ていたい。

 この笑顔がいつも見られるように、愛梨を守っていきたい。そう思えるような、素敵で、不思議な力を持った笑顔だった。



 猫のようだ、と今でも思う。

 しっかり者で、他の人がいるところではそんなそぶりを一切見せないけれど、本当はとっても甘えたがりな、そんな猫。


 俺はそんな猫のようなこの子と、これからもずっとずっと家族として一緒に暮らしていく。

 きっと、楽しいことばかりではないけれど、きっと乗り越えていけると思う。

 一緒に歩く俺の手をぎゅっと握る愛梨の顔はとても笑顔で。その笑顔を近くでずっと見ていたい。そう思うのだ。


『あの子の笑顔を見ているとさ、何だって出来る。そう思うんだよ、これって親バカなのかな?』

 そう言って笑う義兄さんを思い出し、俺もそうなってしまったんだなと、小さく笑った。



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猫のような チョンマー @takumimakoto

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