第3話

 次の休日、最寄りのデパートに彼女と連れ立ってやってきた。

 この子の物は、姉夫婦のところから多少は持って来てはいるものの、追加でいくつか購入する必要が出てきたのだ。専業主婦だった姉とは違って、俺は働いているので中々時間が取れず、洗濯や食器類の洗い物がこのままでは追いつかなくなってしまう。それを防ぐための苦肉の策だった。


 休日で人が溢れかえったデパートの中を、二人で歩いていく。子どもである彼女の歩幅に合わせて俺も歩こうとするも、中々歩幅が噛み合わない。それでも彼女は「デパートの中では、俺の近くから離れないように」と事前に約束していたのもあってか、遅れて少し後ろを追いかけたりすることもあったけど、しっかりと俺について来てくれた。


 しかし、予想していたことではあったのだが、彼女自身の物を選んでいるというのに、自分の意見をさっぱり言ってくれない。どのキャラクターの食器が良いのかを尋ねても、戸惑ったような顔をして、どれにするのかを口に出してくれないのだ。せっかく本人の意見を聞くために連れて来たのに、これでは意味がない。


 結局、俺の独断で食器を選んで、別の場所に移動した。他にも彼女用のハンカチや、シャンプー等の洗髪剤、靴下などなど買わないといけないものはたくさんある。しかし、そのどれを買う時にも自分の意見を言おうとしなかった。

 特に、彼女の下着を買う時が一番困った。幼児の、しかも女の子の下着売り場に大の男がいるのは、アウェー感がありすぎる。早く購入してこの場を去りたいにもかかわらず、自分の意見を言わないものだから決まらない。最終的に、目についたものを適当に選んで買うことで決着をつけた。


大方、必要そうなものを買いきったところでフードコートに寄ることにした。小腹も空いたし、彼女にも何か買ってやろうと思ってだ。

フードコートへの道のりを行く途中で、子どもサイズの洋服を置いてある店が目に留まり、足を止めた。

洋服は一応足りてはいる。けれど、彼女が成長してしまったら、新しく服を買わないといけなくなるだろう。本人は自分の意見を言わないし、ずっとこのままなら、彼女の服は俺が見繕う必要が出てくる。

服選びのセンスに自信のある人間ではない。ましてや、女の子の服だ。大人の女性ならともかく、そんなものは意識したことはない。


「さすがに、これは女性の意見が必要かな」


そう独りごち、店の前を離れようとすると、隣の彼女も店の前で立ち止まっていたのに気づいた。真剣な眼差しである一点を見つめている。その先には、一着の洋服があった。ピンク色で小さな白いドットがたくさんあるワンピースで、裾はフリルの様になっているとても可愛らしいものだった。

初めて見た、彼女の意思表示らしきもの。それが何を示しているのか、すぐに察しがついた。


「欲しいのか?」

 そう声をかけると、ビクリと肩を震わせて、彼女はこちらを見上げる。まるで、いたずらがばれた猫のような姿だった。


「気に入ったなら、買ってあげようか」

「――っ!」

 ぶんぶんと大きく首を振って、俺の提案を拒絶した。大人しげな彼女がするにしては大げさな、言ってしまえば、明確な拒絶反応。


 なんだよ、せっかく買ってやろうと思ったのに。

 彼女が見せたそれは、俺の神経を逆なでた。つい、大人げないことを内心で考えてしまって、自己嫌悪した。

 少し大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせた。


「分かったよ。行こうか」

 そう言って歩き出すと、彼女は離れまいと一生懸命について来る。あちらは機嫌が悪いわけではないらしく、初めの約束をしっかり守ってついて来てくれた。

 また、どうにか歩幅を合わせようと調節する時間がしばらく続いて、何とか合わせ切った。

 しかし、あそこで断られるとは思わなかった。あれは、あの服が欲しいって合図だと思ったのに。これじゃ、フードコートでも、何もいらないって言われるかもしれないな。


 もしかすると、親以外の人間に物を買ってもらうのは……なんて考えなのかもしれない。気持ちはまあ察することが出来ないわけじゃない。けれども、こっちの善意も分かってほしいものだ。

 なんて子どもなんだろう。まるで、コミュニケーションが取れないために、こちらの善意を読み取ってくれない動物みたいじゃないか。


 そう、まるで。猫のような……。


 なんてことを考えているうちに、フードコートにたどり着いてしまった。

 周りには、たくさんの人たちでごった返していた。当然その中には、子ども連れの人たちもいて、誰もが仲良さそうだった。

 俺たちも、あんな風になれるのだろうか……今、あちらをうらやんでも仕方ないか。


 彼女と話をするべく、彼女の前でしゃがみ込んだ。

「ここで休憩するついでに、何か食べようと思うんだけど、何がいい?」

 彼女は無言だった。いるとも、いらないとも言っていない。

「今日、いっしょに来てくれたご褒美。何でもいいから、言ってみて」

 彼女はちょっと逡巡して、とある出店を指さした。ソフトクリームを売っているところだった。


「よし、それにしようか」

 また離れないように、歩幅を合わせないとなと考えながら立ち上がると、親子連れが手を繋いで出店へと歩いている光景が目に留まった。

 そっか、そうすればよかったんだ。

「手、繋ごうか。離れないように」

 手を差し出すと、ゆっくりと小さな手で握ってくれた。

 今回は、拒絶されなかったなと考えながら、手を握ったままで出店へと歩いて行った。

 こういうところに、考えが至らない辺り、俺はまだまだなんだろうな。

 周りにいる親子連れのようになるには、まだまだ時間が必要そうだ。

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