幕間 残された面々

 ジンが走り去って行った模擬戦場では誰一人として声を上げる者は居ない。

当事者、衆目の関心は全て会場の中心に居るアスティアとリアナに注がれている。


「こんな状況でも結界の事が頭に入っているなんて流石ねぇ」

「あぁ。スタート地点であれだ。私たちの夢が実現するのもそう遠くないかもな」

「そうねぇ。甘く見積もって数年って所かしら?」

「ふふふ……、私は数か月あれば十分だと思うが?」

「えぇっ!?いくらなんでもそれは不可能じゃない?さっきの実力からしたら文字通り雲泥の差よ?」

「だが言っていただろう?『また必ず会える。その時は一緒に世界を回ろう』と。」

「まさか貴女…」

「約束を破る人ではない事はお前も知っているだろう?であれば私たちが今としても問題はない筈だ」

「とんだギャンブラーになってたのねぇ貴女」


 二人は世間話でもしているかの様にしているが、周囲には伝説と呼ばれている人物達が這い蹲っている状態である。その異様な光景に会場の人達は立ち上がることすら忘れて見入っていた。


「何故だアスティア!何故私達にこの様な真似をする!?先程の少年を何故逃がしたんだ!」


 そんな中叫び声を上げたのはアランだった。未だ自立出来ぬ状態の為、両腕で上体を起こしてなんとか踏ん張っている。


「何故何故と喧しい……。さっきも言ったが全ては私たちの夢の為だ。此処でジンを捕えられては不都合しか生じないのでな」

「悪いわねぇ皆。勿論命を取ったりはしないからそこは安心してね」

「おいこらリアナ。オメェはどういう腹積もりだ?俺らにこんなことしてタダで済むと思ってんのか?あぁ?」

「その状態で凄んでも怖くもなんともないわよオルドラ。心配しなくてもジン君が無事にキャニオン王国から出ていくまで。まぁ二、三時間程そうしてくれていればいいだけだから。」

「ふざけんな!俺らにこのままで居ろってのか!?」

「だって治してあげたら襲ってくるでしょ貴方達?」

「あたりめぇだ!ふんじばって洗いざらい吐いてもらうに決まってんだろう!!」

「だからこのままで居て欲しいのよ。貴方たち全員を相手取ると流石に少し疲れるからね」

「あぁん!?勇者パーティが何言ってやがる!おいこらドルドルイ!いつになったら戻ってきやがる!?結界の外に出されたんだったらアスティアの魔法は食らってねぇ筈だろ!さっさとこいつらを止めろ!」


 その言葉に再び会場中の視線が一か所に集約される。先程リアナに蹴り飛ばされたドルドルイは間違いなく死亡判定を受ける威力を食らっていた。本来であればその瞬間結界外にはじき出される事は周知の事実であったが、それでも反射的にそちらを見る。


「この大一番でそんなミスしませんよ?」

「なっ!?んだと……?」


 叫びながら周囲を見回したオルドラは驚きを隠せない。なぜならドルドルイは蹴り飛ばされた先で微動だにせず倒れ伏していたからだ。


「ドルドルイ!まさか気絶っ!?なんて間の悪い……」


 次いでドルドルイを見たミリアリアも驚きを口にする。

この結界内で気絶をしても外には出されない。負けを認めるか、生命活動が終わったと判断されるかの二択。故にドルドルイは外に出される事無くその場に倒れていた。


「ところでリアナ。もう呼び方は戻していいんじゃないか?師匠の事を勇者様などと鳥肌が立つような敬称じゃなくていいだろう?」

「あら、だったら貴女も師匠だなんて呼び方やめた方が良いんじゃない?」


 周りが焦っている中、二人はそんなことを気にも留めずに会話を始める。

その時アスティアに通信魔法による連絡が入る。


「なんだ?……あぁお前か。ん?どうしたそんなに慌てて?結界?……ハハッ」

「あら?もしかして此処だけじゃなくて消したの?」

「あぁそうだ。私が消したよ。そしてそれは私一人で張れる物ではないのでな。復元不可能だ」

「なんだ……?何を話している?」


 アスティアが不敵な笑みを浮かべながら誰かと話している。リアナは事情を理解している様だが、アラン達は何もわからず睨みつけるしかない。


「何故って?決まっているだろう。もう私には必要なくなったからだ。弊害?ハハッ!知ったことか」

「素が出てきてるわよアスティア」

「もう関係ないだろリアナ。ん?責任?そもそも私一人に依存する様な物に頼っていたツケが回ってきただけの事だろう?それに私はもうこの立場を降りるのでな。後は好きにしてくれ。ではな」

「あらあら。相手も可哀そうに。これで世界中の人魔教育学園はパニック確定ね」

「知った事か。私は私と私の好きな者の為に行動する。今更だろう?お先だ」

「フフッ……懐かしいわねぇ。その


 通話を一方的に終わらせ、アスティアがパチンと指を鳴らすと、アスティアの顔がパキパキと音を立てながらみるみる若返っていく。いや、幼くなっていく。


「なっ!?……これは一体!??」


 まさに異形と呼べる様相になったアスティア。体つきはそのままに、首から上の部分だけがまるで少女と呼べる程変わってしまった。

 その光景に息を呑むアラン。


「次は身体だな。いくぞ」


 再びパチンと指を鳴らす。すると今度は幼くなった顔に合わせる様に体が変容していく。体中の骨が、関節がミキミキ、バキバキとその音だけで想像も出来ない程の痛みであろう事を全員の脳にぶち込んでくる。


「良く見て聴いておけ。覚悟を決める最後の準備だリアナ。次はお前だぞ?」

「覚悟ならとっくにできているわ。貴女だけに良い思いをさせる訳ないじゃない。それに……」

「ん?」

「この時の為に溜め込んだ魔力だもの。魔法も使えない私が持っていても仕方ないわ。効率的に考えましょうよ」


 ニカっと笑うリアナ。何か琴線に触れたのかピキッと青筋を立てるアスティア。


「良いだろう。此方ももう終わる。そうしたらやるぞ」

「えぇ。お願い。それにしてもずるいわよねぇ。自分に使う場合は魔力の消耗のみで痛みも制限もないなんて」

「他人の構造なんぞ知るか。そもそもお前に使えるようにするのだって40年近く掛かったんだ。今更文句を言うな」

「まぁそれが貴女の特権の様な物だしね。私が悪かったわ」

「……ふぅ。こんなものか」


 周囲がその光景に圧倒されている状況の中、見慣れたアスティアがその面影を少々残す位幼くなってしまった。それこそ外見は凡そ14,5歳にしか見えない程。


「ふんひはひぃは」

「用意周到だな。まさか常に持ち歩いていたのか?その鋼の猿轡」

「ほひほん」

「ハハッ!いいだろう…………耐えろ。死ぬなよ」

「はっへほうはい」

「消えろ」

「っ!!!??~~~~~~~~ッ!!!!!!!!!」


 アスティアがリアナに向け指を鳴らした瞬間。リアナの表情が激変した。

まるで拷問に耐えているかの様な、身体中余す所無く激痛が襲っている様な、苦悶という言葉ですら生ぬるく感じる程にその顔は苦しみに耐えていた。

 次いで先程アスティアから聞こえていた最悪の音色がリアナの身体からも響き始める。

バキバキ、ボキボキ、ミシミシ、ブチブチと。


「~~~~~~~~~~~っっっっ!!!!!???!!?????!」


 親に叱られた子供の様に、怪我をした幼子の如く、流れ落ちる滝を連想させる程の涙と汗を流しながらそれでもリアナは悲鳴を一切上げない。唯々猿轡を砕かんばかりに噛み、力を抜いている箇所が無いのが誰にでもわかる位全身に力を入れてひたすら耐えている。


「何……これ?何をしているの?」


 戦友のその光景に恐怖を感じ、カチカチと歯の根を鳴らしながらなんとかその言葉を口にするミリアリア。


「まだだ!まだ終わらんぞリアナ!!耐えろ!に会うんだろ!!?全力で耐えろっっ!!!」

「ッッッ!!!!!???~~~~~~~!!!!!!!!!」


 聞いたこともない音に見たこともない光景。伝説と言われている内の一人が恐ろしい形相で何かに耐えている。

 いや、それが痛みであることは子供が見てもわかる。だが何のためにその地獄の様な痛みに耐えているのか。それが誰にもわからなかった。

 そんな中、リアナの身体が、顔が、

少しずつ若返ってきていた。先程のアスティアの様に。


「己だけでなく、た……他者をも若返らせるだって…?」

「なんじゃ……こりゃ。俺は何を見てんだ…?」


 アランは既に思考が追い付いていないのか口を開けてその光景を見つめるだけであり、残る三人も唖然として見守るしかできなかった。


「今で大体24だ!ここいらで止めるか!?」

「っっ!????!~~~~~~~~!!!!!!」

「ハッ!そうこなくちゃなぁ!!」


 アスティアの問いかけにかろうじて首を小さく横に振るリアナ。それを見たアスティアは悪そうな、それでいて楽しそうな笑顔を浮かべる。


「そらもう少しだ!失禁でもしてみるか!?後でお兄ちゃんに会った時が楽しみだなぁ!」

「~~~~~~~~ッッッッッ!!!??!!!!」


 想像も出来ない痛みに耐えながらも付随される憤怒の表情。それをアスティアに向ける。だがそれでも一切声は出さない。


「あと……10秒程だ!耐えろリアナ!!」

「っっっっっ~~~~!!!!!!!!!!」


 流れ出る涙にあふれ出ている大量の汗。そしてヒビが入り今にも砕け散りそうな猿轡。

 常人では耐えるどころか生きていることさえも不可能と思える激痛に耐え続ける事約1分。リアナ本人の体感時間は如何ほどのものなのか考える事すら烏滸がましい。

 あっという間の1分間。その1分にどれほどの痛みと覚悟があったのか。それを知りえる者は本人以外には居ないだろう。


「……止まれっ!!!」


 アスティアがリアナの状態を見極め叫ぶと同時にリアナの身体から力が抜けその場に倒れこむ。そんなリアナにアスティアはつかつかと近づき手を伸ばした。


「よく頑張ったなリアナ。無事成功だ。あの時の年齢と姿に戻ったぞ」


 薄い笑みを浮かべ伸ばされた手を勢いよくガシッと掴み、リアナが起き上がる。


「っっかぁ~~~!!!!めっちゃくちゃ痛かったぁ!死ぬかと思ったぜアスティアよぉ!!」


 その外見はアスティア同様若返り、17,8歳の少女となっていた。

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