第26話 二位

 会場に居る誰もが息を呑み、呼吸する事を失念する。

今まさに捕まりそうだったジンが叫んだ途端、それに呼応したリアナが瞬時にドルドルイを蹴り飛ばした事実を理解出来る者など一人も居ない。

 ましてやジンが叫んだ名は敬称などではなくまさかの愛称呼びであることもそれに拍車をかけていた。

この世に勇者パーティと五天魔の事を愛称で呼べる人物等見た事も聞いた事もない。もしかしたらお互い仲の良い人物同士ならばありえるのだろうが、生憎とそんな現場を目撃した事がある者もいなかった。


「ア・・アスティア。これは一体どういうことだ!?」


 突如として叫ぶアラン。反射的にリアナを除いた会場全員の視線がアランに集約する。

 そこにはアランは疎か、オルドラ、ミリアリア、マインまでもが地に崩れ落ちている様があった。


「こ、これは!私達の足が!?」

「いやあああああああああああっっ!!!私の足が!!?」


 驚愕するマインと発狂するミリアリア。崩れ落ちている者の両足が何の前触れもなく、まるで自立する事が不可能な老人の様に細く皺だらけになってしまっていた。


「おぉ。やはり不意打ちだと抵抗もままならないか。やれ五天魔だ勇者パーティだと持て囃され戦場の感覚を失った英雄のなんと狩りやすい事か」

「ドルドルイも知略王なんて大層な二つ名で呼ばれているけど、相変わらず自分が不意打ちに滅法弱いのは変わらないわねぇ」


 アスティアとリアナが軽い口調で話す。しかし二人の顔はまるで長い事待たされ続け、今まさにGOを言い渡された犬の様に機嫌が良さそうであった。


「さて、これでいいんだろう?ここからは私達の好きにして良いんだな?そういう約束だったよな?」

「この時の為に今迄堪えてきたのですからまさかこの状況で『違う』なんて言わないわよねぇ??」


 そう言いながら二人はジンの胸元にある水晶に目を向ける。


「・・・え?」


 なんのことだかさっぱりわからず僕は困惑する。今二人は間違いなく師匠達の名前を口にした。それは良い。大戦時代に関わりがあれば名前を知っているのも当然の事だ。だけど二人は師匠達が居る水晶をしっかりと見つめて話しかけている。ど、どういう事だ?


「先程はっきりと聞こえたぞ。お前達二人の慌てふためく声がな」

「ここでだんまりを決め込むのは許さないですよ?」


 確実に二人は確信して話しかけている。水晶に向かって。だがしかし、今迄師匠達の声が聞こえた人は僕以外にはいなかった。先程のドルドルイ様だって光っている事しか認識していない様子だったし、どうしてリアナ様とアスティア様が師匠達の声を聞くことが出来ているのか意味がわからない。


 あまりに突然の流れにジンの混乱はピークに達し、考えが纏まらないまま棒立ちしていると、再び水晶が淡く光った。


『こーさん降参!はいはーい!カイルはここにいますよー!』

『やはり50年経っても我らの声はお主達にも聞こえるか。フハハハハハ!!奴が言っていた事は真実ということだな!』


 水晶の中から二人の声がする。その声を聞いた瞬間。リアナとアスティアの表情は満面の笑みに変わった。


「やっぱりか!こいつだな!こいつがジンで間違いないんだな!は、は、ハハハハハハハハハハハ!!!!」

「50年は長かったけど・・・やはり勇者様は私たちに嘘を言う人では無かった!」

『しかしお主達、この状況から小僧をどう逃がす?』

『足を老化させてるとはいえ持って数分だろ?ドルドルイは無力化出来てるとはいえ流石に2対4じゃきついんじゃねぇの?』


 事態についていけていないジンを置き去りにして伝説の人物と英雄は会話を続ける。


「ナメるなよマディラ?50年もの間私達が唯々惰性で生きてきたと思っているのか?」

『ほぅ?随分自信有りげではないか』

『まぁアスティアは魔族だから良いとしてよぉ。リアナは完全に婆さんになってんじゃねぇか。そっちの方が心配だろ』

「今度会った時ボコボコにしますからねカイル?」

『かかってこいや婆さん!流石に負けねぇよ!』

「・・・吐いた唾飲むんじゃねぇぞ?」


 なんか一瞬リアナ様が見たことない顔してる気がしたんだけど気のせいだよね?聞いた事ない言葉使いだったけど気のせいだよね?


「我は願う。眼前に写りし敵となる者を尽く押し―――」

「喋るな」

「潰すが如きひのひゅうひょふひょひぇんひぇんひぇよ!ふぁえ!??」


 小さな声で詠唱を始めていたマインに気づいたアスティアが指をパチンと鳴らす。

 詠唱途中だったマインの口内の歯が全て抜け落ちてしまい、足と同様口周りも老婆さながらの様相になってしまった。


「お前達は暫く黙っていろ。変なことをしなければ後で治してやる」

「なっ!?い、今のはまさか・・む、む、無詠唱だと!?」


 アランが驚愕の声を上げる。無詠唱での魔法行使は事実上不可能と言われているのだが、今眼前にてアスティアが指を鳴らすだけでマインの口内をボロボロにした。これを無詠唱と言わずして何と言うのか。


「全く、何十年もちんたらと詠唱しなくてはならないのはストレスだったぞ。なぁリアナ?」

「まぁ私は魔法使えないけど概ねその意見には同意するわ」

『おぉ!お主もそのレベルに迄至ったのかアスティア!やるではないか!フハハハハハ!!』

『う~わ・・・アスティアがそれ出来るとか遠中距離で無敵じゃねぇか。んで近距離はリアナ・・・ってこれ最強じゃね?』

『いずれ手合わせ願いたいものだ』

「ハハハッ!勇者と魔王のコンビと手合わせか!望む所だ。なぁリアナ?」

「全力でカイルを潰すわ」

『うっわ怖っ!』


 まるで久しぶりにあった同級生と会話しているような雰囲気に誰も彼もが困惑している。

傍から見ればアスティアとリアナは姿も見えず声も聞こえない誰かと会話している様にしか見えず、その異常な光景がアラン達を含めた全ての人物の口を噤ませていた。


「さて、ではジン」

「え?あっ!はい!!」


 そして突然アスティアに呼ばれて背筋を伸ばすジン。


「逃げろ」

「・・・はい?」

「さっさと逃げろと言っている!」

「うぇえ!?え?逃げ・・え!?」


 混乱に次ぐ混乱。そしてトドメの混乱が襲ってきた。

こ、この状況で逃げ出していいのだろうか?


「ジン君。私達はこの瞬間を待っていたの。人魔大戦の時から50年もの間ずぅ~っとね。」


リアナはジンの両手を優しく包み込み、涙を潤ませながら万感の思いを込めて話す。


「ぼ、僕を逃がす事を・・ですか?」

「そう。ジン君を逃がすことが私達二人の総意。このためだけに生きてきたと言っても過言じゃないわ」

『・・・こやつら』

「でも僕は・・・50年前なんて存在すら―――」

「私達がマディラとカイルの声が聞こえる理由も含めていずれ話してやる。だから今はこの国から逃げろ。少なくとも私たちがこの場を収めたところで今後の自由はお前には無い。であれば外に逃げるしかないだろう?」


 ニヤリと口角を上げてアスティアは言葉を続ける。


に考えれば・・・な?」


 その言葉で混乱していた脳が少しスッキリする。一週間散々叩き込まれた効率化。たしかに今この場で逃げるのは最大効率かもしれない。この場に留まっても近い内に誰かに捕まってしまう。その通りだ。


「気になることは沢山ありますが・・・ありがとうございます!!お礼はいずれ!」

「気にするな。お前を逃がす事が私たちの長年の夢に繋がるんだ」

「カイル、マディラ。わかっているでしょうけれど、必ずジン君を導くように」

『勿論。それだけは俺らもたがえねぇよ』

『うむ。お主達の夢の為にもな』

「期待しているぞ」

「名残は惜しいけど・・・またね」

『さぁ走れ坊主!さっさとこの国から逃げるぞ!』

「は、はいっ!我が身を強靭に、肉体強化!」


 カイルに促されるまま肉体強化を掛けなおし、一目散に出口に向け走る。

そこである事に気付く。


「・・・勝ってた筈だったのになぁ・・・クッソォ!ギブアーーーップ!!!」


 そう。アスティアの結界だ。結界内でどちらかの命が断たれるか、敗北を宣言しないと抜け出すことは出来ない。故にジンは大きな声で敗北宣言をしながら出口に駆けて行った。


『まぁ試合に負けて勝負に勝ったと言ったところか』

『すまねぇな坊主。次はきちんと勝たせてやるからよ』

「色々聞きたい事がありすぎますので落ち着いたら聞かせて貰いますよ師匠」

『話せる事ならなんでも話すぜ』

「うわまた出たその言い回し」

『仕方なかろう。我らとて意地悪で教えぬ訳ではないのだ。許せ』

「んぅ・・・わかりましたよもぅ」

『でも実際止められなきゃさっきの短剣使いにゃ勝ってただろうから決勝のクソ貴族との試合が不戦敗って結果か』

『小僧にはつくづく二位という言葉が付いて回るようだな』

「やめてくださいよ!そんな呪われそうな言葉!!」

『フハハハ!気にするな。いずれ小僧をこの世で最強に仕立て上げてやる故、今はまだ二位に甘んじておけ』

『そうそう!その内リアナやアスティアにも勝てる様にしてやるからよ!』

「リアナ様とアスティア様に・・・勝つ?うわぁ・・・考える事すら恐ろしいですけど・・・よろしくおねがいしまぁす!!」


 学園の中で大きな独り言を叫びながら駆け抜けていく一人の少年。彼は気づいていない。己の出しているスピードが一週間前より速くなっている事に。

彼は知らない。一週間前の自分ではリアナやアスティアに勝つ等想像すら出来なかった筈の自分の今の精神性を。

 そして彼は知る。









             この世界の広さを。




             ~第一章 完~







             ~あとがき~



こんにちは!作者のマスタースバルでございます。今回で漸く一区切り。第一章が終了致しました。

心折れずに此処まで執筆を続けられたのは勿論この拙い文章を読んで、評価して、コメントしてくれている読者の皆様のお陰でございます!!!いや本当に。

一章は伏線を張る回にしようと色々やってみました。自分が伏線を張らない&回収しない作品が苦手なもので・・・( ̄▽ ̄;)

当然回収は致します!・・・当分先になりますが( ノД`)…


この作品は私自身が様々な作品を読んで「ん?」っと思った事を代弁させていく作品にしていくつもりです。勿論土台がファンタジーなので全てを潰していくことは致しません。

第一章であれば「ヒール」なんかが代表になります。

死にそうな大怪我などをあっという間に治すなんてちょっと意味がわからないなと。

大なり小なり怪我の回復中は痛みを伴うものです。完全に癒えていないときに衝撃等貰うと痛いですもんね。

だから当作品ではリジェネとヒールをわけています。こんな感じでこれからもやっていきます。肌に合わない方には「申し訳ありません」としか言えないですが(´ε`;)ゞ


好みのキャラなんかが居たら教えてくれると嬉しいです。この作品の着地点は既に決めているのですが、まだ途中に点々と穴があるので可能であればそのキャラをねじ込みます(笑)


まだまだ物語は始まったばかり。

グランとの勝負はどうするのか?

幼馴染み達はこれからどうするのか?

アスティアとリアナは何故カイルとマディラの声が聞こえるのか?

どうしてジンを逃がす事が彼女達の夢に繋がるのか?

良ければこれからもお付き合い頂けると幸いです。人( ̄ω ̄;)


この後は少し幕間を挟んで第二章に移行致します。

これからも彼らの冒険に着いてきてくださると嬉しいです!


マスタースバルでした(。ゝω・)ゞ


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