第24話 VSリリナ・カストル

 あっという間に視界から消えるリリナ。一度本気を出した相手には最初から全力を出す事はわかっていた。

 予想通りの動きににやりと口角を上げる。


『リリナ先輩が一瞬でその姿を消したぁ!さてジン先輩はどの様に対応するのか!?』


 ?カレハは勘違いをしている。このスピードについていけない者がするのは対応じゃなくてだ。

 実際師匠達との手合わせから身体で覚えた。

相手が此方の知覚出来ない速度で動く場合、対応していてはどうしても一手遅れてしまう。それはすなわち常にイニシアチブを取られ続けるという事だ。

 だからこそ行うべきは順応。対策を講じるのでは無く流れに乗る。

まぁある程度相手の動きを読める事が最低条件ではあるが、それはクリアしている。


「リターンスローダガー!」


 この一言が途切れながらあらゆる方向から聞こえる。文字通り目にも止まらぬスピードで動きながら僕を中心に短剣を投げつける。

 そう。に。


「よっと」


 過去の模擬戦では唯ひたすら全力で避けているだけだった。逃げ回るだけだった。

攻撃をしても当たらない。動き回るリリナに追いつけない。ならば逃げるしかない。

 勝ちの目が見えない模擬戦は嫌いだった。それでも何か吸収出来る物があると信じて何度も戦った。・・・それでも成果は出なかった。

 だがこの一週間で師匠達の攻撃をひたすら受け続け、避け続け、喰らい続け、漸く一つの答えに至った。

 いくら手数が多かろうと、いくら攻撃が早かろうと、相手の攻撃がたどり着く先は唯一つ。倒そうとしている相手に集約される。

 ならば後はその攻撃が飛んでくるタイミング次第だが、そこは相手が勝手に教えてくれる。今のリターンスローダガーの発声が聞こえた様に。

 僕は声が聞こえると同時に屈みながらバックステップをし、その直後今迄僕が立っていた場所に8本の短剣が突き刺さる。


『か、かわしたぁ!目にも止まらぬ連続投擲を余裕の表情でかわしましたジン先輩!』

「命を司る水よ、我が肉体にささやかな優しさを纏わせよ」

「まだまだぁ!!」

「リジェネーション」


 一歩後退すると同時に詠唱を始めるジン。カレハの実況も入るが、リリナのエンジンは止まらないまま声だけが聞こえる。

 小声で詠唱したリジェネーションで持続回復を身体にかけて歯を食いしばる。地面に突き刺さった短剣がそれぞれリリナの手元に戻っていく。

 さぁ、第1のピースをハメに行こうか。


「避けるってんならこれはどう!?トラッキングダガー!」


 命中するまで追尾し続けるトラッキングダガーで追い打ちをかけてくるリリナ。

―――読み通り。


「ふんぐっ!」


 急所である人中に当たりそうな短剣だけ手甲で弾いたが、右肩、右腕、左脇腹、右太腿、左太腿に短剣が深々と突き刺さる。

 それらを覚悟の上で受け止めたジンは涙目になりながら即座に引っこ抜く。


「うっ・・ぐぬぉおおお」


 抜いた箇所から血液が迸る。その激痛に顔を歪めるが、事前にかけていたリジェネーションのおかげですぐに回復が始まる。


「もう動けないでしょ!!」


 リリナの声が聞こえると同時に目前に迫り来るリリナを知覚する。勝ちを確信したリリナが突っ込んできたのだ。


「パワースラッシュ!」

「ガントレットバッシュ!」

「なっ――!?」

 眼前に振り下ろされる短剣に合わせて左手の手甲をぶつける。両武器がカチ合った瞬間バギン!と大きな破砕音を轟かせて二人は吹き飛ぶ。


「きゃあああああああ!」

「ぎゃあああああああ!」


 双方その衝撃で吹き飛ばされ、声を上げながら、砂煙を巻き上げながら地面を転がる。ガントレットバッシュの反動でリリナの右手は完全に折れて使い物にならなくなっているが、それでも苦悶の表情で立ち上がる。

 一方ジンは全ての衝撃を左腕で受けた為、指は全て辛うじて皮一枚で繋がっている様な凄惨な状態に加え腕は開放骨折していた。それでも同じく苦悶の表情で立ち上がる。


『あまりの速さに殆ど目が追いついて行きませんでしたがこれは相打ち!?先輩お二人は相打ちです!実況殺しの砂煙が立ち込めていて今一良く見えませんが大丈夫でしょうか!?』


 カレハのその実況に呼応して観客席からも声援が上がる。


「リリナ先輩がんばってくださーーい!」

「リリナ先輩負けないでーー!」

「ジン先輩もすげぇ!卑怯な事しなくても戦えるんじゃないですか!」

「そうですジン君!それこそがこの学園の生徒としてのあるべき姿です!」


 各々思い思いの言葉を口にする。どれもこれもが綺麗事にしか聞こえないジンはこの後の展開を想像して鼻で笑う。

 ――第1のピースはハマった。次だ。


「くっそぉ・・・、まさか自滅覚悟でバッシュ使ってくるなんて。でもまだ足は元気!楽しくなってきたよぉ~!」


 リリナが狂戦士状態になった。砂煙で少々姿は見えにくいが、聞こえてくる声がそれを物語っている。


「命・・・を司る水・・よ、我が身を癒し・・・たまえ。ウォーターヒール」


 完全に破壊されている左腕にウォーターヒールをかける。リジェネーションとの複合効果で急速に回復がなされていく。


「ぐっ・・!!あ゙がああああああああああ!!!!」


 ジンの悲鳴に一瞬リリナを含めた会場の動きが止まる。どう考えても悲鳴が聞こえてくるタイミングが遅すぎるからだ。

 砂煙で見えていないジンに何があったのか。答えは今詠唱したウォーターヒールである。

 短剣に刺された箇所はリジェネーションで徐々に回復している。自然治癒力を強制的に高めているので痛みは殆ど伴わない。

 だがウォーターヒールは損傷箇所を洗浄しながらに回復する。

想像してみて欲しい。己の腕が開放骨折し、血液が吹き出ている状態を。そしてそのまま麻酔も無しに無理やり骨を継固め、筋肉の内部に押し戻し、完全に内部が見える程開かれた腕の肉が無理やり閉じられていく様を。

 癒しの魔法は確かに治癒の根幹を担っている。だがほぼ全ての人間はリジェネーションを軸にしている。答えは明白。ヒール魔法は本来回復していく工程を全て力づくで即座に行う為、伴う痛みが尋常ではないからだ。

 それがジンの悲鳴の正体である。


『な・・・なんでしょう?ジン先輩のとんでもない悲鳴が聞こえます・・・』


 カレハもヒいている。生き物の嘘偽りない悲鳴は、一部異常者を除いて心の底からの恐怖を与える物だ。絶対に演技などでは無いと直感で信じる事が出来るその悲鳴は、対戦中のリリナの足すらも止めていた。


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!」


 その声に鳥肌が立つ者も続出している。それだけ真に心の底から出てくる悲鳴とは直接頭と心に響くのだ。

 数十秒経ち、ジンの悲鳴が消えた。本来であればその間に決着は着いていただろう。強制回復中のジンは砂煙で姿は見えずとも声で大体の位置はわかる。そこに短剣を投げ込めばそれで終わっていた。

 だがジンの悲鳴がそれをさせなかった。正々堂々の信念から来る物ではなく、本能からくる叫びに対する恐怖がその身体を動かす事を良しとしなかったから。


「あっ・・ぐぅぅ!・・・はあっ!はあっ!・・・はあぁ~~!・・・我が身を風に。フロート」


 その声と共にジンが砂煙の中から姿を現し、5メートル程上空に浮かぶ。その身体は既に殆ど治りかけており、左腕に至っては何事も無かったかの様に綺麗な状態だった。


「・・・っ!魔法使いやがったな!この卑怯者!」


 一人の生徒が叫ぶと、堰を切った様に次々と罵声が飛び交った。想像通りである。

第2のピースもハマった。残すは後一つ。


「・・・さっきの悲鳴はそういうことかぁ。アタシは魔法使えないから想像も出来なかったなぁ。」


 自分には考える事も出来ない痛みを耐えたであろうジンのその涙と汗でぐしょぐしょになった顔と身体を見てリリナは呟く。


「最高の戦い・・・か」


 今迄のジンとの模擬戦を思い出す。確かにアタシは本気だった。本気で動いて本気で戦った。

 ・・・でも全力だっただろうか?

本気で動き回った―――でも全力で走っていただろうか?

本気で攻撃した―――だが全力で殺す気だっただろうか?

本気で楽しかった―――しかし全力で楽しんでいただろうか?


「リリナ!」


 逡巡しているリリナに上空からジンの声が響く。それにハッとしたリリナは反射のまま声のした方に目を向ける。


「僕の読み通りに動いてくれないって言っていたけどさ!現状全て僕の読み通りに事は運べてるよ!」


 勿論嘘だ。確かにあらゆる想定はしたが、ウォーターヒールの強制回復迄は視野に入れていなかった。僕の想定もまだまだ甘い。


「それにいつもの狂戦士モードはどうした?さっき一瞬しか成らなかったよなぁ!?最高の戦いをするんだろ?でかかってこいよっ!!」


 ―――あぁ。今やっと理解出来た。

アタシは今迄も本気で、全力で戦っていた。でもそれはした上での事だったんだ。

 一度でもアタシに本気を出させた相手にだけ此方も本気を出す。やる気も出ない様な相手との模擬戦を少しでも減らそうとして行っていたその行為は無意識に相手を見下していた。

 本気を出せる相手と戦えると楽しくて高揚する。でもそれはで楽しんで戦うだけであって、で倒す為に戦っていた訳では無い。

 ジンの言葉で目が覚めた。アタシは今迄アタシに着いて来られない人を勝手に見下してたんだ。……ごめんね。

 そんなアタシに対して今のジンは全力だ。約束通りあらゆる手でアタシに向かってくる。今では有利なのはジンの方だ。



驕りは捨てろ!


慢心を捨てろ!


そして覚悟を・・・持て!!



「―――っ勿論!!ここからはアタシも全力出すよ!!」


 砂煙が晴れていく模擬戦場と同じ様に頭の中がスッキリしたリリナは、気づかせてくれたジンにこれ以上気を使われたくない、呆れられたくないと云うその思いを抱きながら短剣の残数を確認する。


(短剣の残りは3本。もう無闇に投擲は出来ない。下手に当ててもジンには回復されちゃう)


 思考を巡らせ、そこでハッとある事に気づく。


(何も仕掛けてこない?今なら魔法の詠唱もし放題なのに?何故?)

『こ、ここで両選手動きが止まっています!ジン先輩の予想外の行動が大きな動揺となっているのでしょうか?』

「来ないならこっちから行くよ?リリナ!」

(それでも動く気がない?目的は?・・・もしかしてアタシが攻めるのを待ってる?)


 一方的に楽しむ狂戦士状態ではなく、全力で戦おうとしているリリナの頭は冴えている。完全有利の状態で何も仕掛けてこないジンに対して警戒心を働かせ、そして一つの考えを弾き出す。


(アタシを待ってるっていうならっ!)


 突然リリナの姿がブレ、模擬戦場中に残像を残しながら無茶苦茶に走り回り始めた。

本来の彼女の足運びなら、ブレた残像も残さず殆ど砂煙等も上げずに動く事が可能だ。それを態々残像を残しながらあれだけ走り回るという事は所々急ブレーキをかけている筈。ならばリリナの目的は一つ。


(模擬戦場内を砂煙で見えなくして僕に的を絞らせない様にしてる訳だね)

(模擬戦場内に砂煙を蒔いてアタシの姿を見えなくさせる!)

『だああああああ!!また砂煙です!また実況殺しです!でもジン先輩はかろうじて目視できます』


 もうもうと立ち込めていく砂煙はあっという間にリリナの姿を覆い隠す。それを見てジンはニヤリと笑う。


(砂煙を巻き上げる為の走り方だから動き回る音が良く聞こえる。後は――)


 そして2分程響いていたリリナの走り回る音が消える。もしかしたら足音を消して普段通り動いている可能性もあるが。


(いや、それはないな。恐らく狂戦士モードじゃないリリナはかなり冷静だ。こと戦いに於いては)


 そこでジンは実況席に居るカレハに目を走らせる。向こうも唯一目視出来る此方を見ていたのだろう。バッチリと目が合ったのを確認してから人差し指を口に立て、静かにしててとジェスチャーする。

 カレハはそんなジンに対して不安げな表情を浮かべながらゆっくりと首を縦に振る。


(何をしようっていうんですかジン先輩~~!!)


 カレハの頷きを確認したジンは懐から5本の短剣を取り出す。それは先程自身の身体から引き抜いた物だった。

 それを一本ずつ会場の隅に投擲する。


(後はリリナ次第)


 ジンが5本の投擲を終え、一息吸った瞬間砂煙の中から2本の短剣が飛来する。それは寸分の狂い無くジンの心臓と喉下目掛けて来ていた。


「ふんぎぃっ!!」


 喉下狙いの短剣は右手の手甲でなんとか弾く。だが完全に虚を突かれた心臓狙いの短剣は回避も防御も間に合わない為、咄嗟に身を捩り左肩に命中した。歯を食いしばりなんとか耐える。


「えっ―――!?!」


 短剣が命中した刹那、砂煙の中から特大の跳躍でリリナがジンに向けて飛び出してくる。接近を悟られぬ様、思わず叫んでしまいそうになる口を真一文字に噤み、残った一本の短剣を左手でしっかり握り締めながら。





――――全てのピースが揃った――――




 ジンがそう思ったと同時、既に2本の短剣によって完全に体勢を崩された己の心臓部分にリリナの渾身の一撃が突き刺さった。

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