第22話 控え室の一幕

 その後の試合は順調に進み、特に大きな出来事も無く二回戦目に突入した。

何やらグランだけが初戦から殺気立っていた様だが、それ以外は滞りなく試合は進んでいく。当然主席組はアストル以外無敗の状態だ。

 そんな中、控え室では相も変わらず四人がジンを中心に集まっている。


「・・・やっと開放された」

「おかえりシュン。憧れの感触はどうだった?」

「すまん、俺が悪かったからもう許してくれ」

「ハッハッハ!しっかり堪能したかおい?」

「恐怖で男としての自信がなくなりそうな位はな」

「あぁ・・・わかる。慣れる迄は成らないというか・・・ね」

「お前もそうだったのか」

「勿論。一切反応しないから早くも終わったって感じたよ当初は」

「なになに?なんの話?」

「・・・やっぱ大きい方が良い・・のかな?」


 パッと見数キロは痩せたと錯覚する程やつれたシュン、過去を思い出して遠い目をしているジン、デリカシー皆無のアストル、己の魅力を自覚していないリリナ、自身の慎ましい胸を包みながらブツブツ呟いているアイリス。

 中心に居るのが現在問題児扱いされているジンである為、周囲の生徒達は近づく事を忌避して各々のグループで集まり会話していた。その為五人は完全に内輪でわいわいやっているだけである。


「そういやリリナ、なんかいつの間にか俺の事呼び捨てで呼んでるけどどうかしたんか?」


 ふと疑問に思ったシュンがリリナに質問を投げる。少なくとも試合が始まる前迄は『シュン君』と呼ばれていたが、気づいたら呼び捨てになっていた事を不思議に思ったのだ。


「え?だってシュンはアタシを楽しませてくれたからだよ!」

「はぁ?」

「だから!シュンはさっきアタシを楽しませてくれたからだって言ってんの!」

「ジン、通訳頼む。この貴族様は言葉の使い方と意味を知らんらしい」

「どゆこと?」


 本気で理解できていないのか、首を傾げるリリナ。チラチラと此方を伺っていた男子達はその仕草にドギマギするが、最早シュンにそんな気持ちは無かった。


「え~っとね。リリナは一度でも戦闘で自分を本気にさせてくれた相手を呼び捨てにするんだ。そして完全に覚える」

「完全に覚えるってのは?」

「それ以前の人に対しては、うっすらとした輪郭とか声質とか体つきとかを名前で紐付けているだけなんだよ。真面目に覚えるまでもないって思ってんじゃないの?」

「・・・マジ?」

「だって一緒に居て楽しく無い人の事を覚える暇なんてある訳ないじゃん。それより楽しめる相手と一戦でも多く手合わせしたいし」

「ね?この見た目だけ完璧美少女の実態は、歩く戦闘狂バトルジャンキーなんだよ」

「照れるじゃない、何言ってんのよジンってば!」

「痛ってぇっ!!?」


 都合の良い箇所だけ聞き取ったのか、それとも文脈の最後迄しっかりと聞き取った上で尚褒められたと感じたのか、リリナは赤くなりながらジンの背中をスパーンと叩いた。


「加減しろってメスオーガ!」

「やだ!オーガだなんて褒め言葉使って煽てても何も出ないわよ!?」

「これが称賛に聞こえるとか君の倫理観どうなってんの!?」

「力強さはハンターを目指しているアタシにとって褒め言葉の一つだもの。それにさっきジンが言ってたじゃない。『見た目だけ完璧美少女』って。って事はオーガ並の力を持った見た目完璧美少女って訳でしょ?」

「ハッハッハッ!!コイツぁ駄目だジン。皮肉が全く通じてねぇぞ」

「やかましいわ!アイリスとアストルもなんとか言ってくれよ」

「えぇ!?・・・わ、私はリリナの事好きだよ?強いし魔法に偏見ないし・・・か、可愛いし・・」

「う~ん・・・アイリスに可愛いって言われても素直に飲み込めないなぁ~。」

「えっ!?・・・なんで・・かな?」

「アイリスの方が可愛いから?」

「もち!アイリスのこの小動物的可愛さはアタシにはないわぁ~」

「えぇえ!?そんな事・・・ないよぉ」

「まぁメスオーガが可愛いって話は聞いた事ないわなぁ」

「あら?目の前にいるじゃない」

「お前はホントにそれでいいんか・・・。アストルは?」

「俺ぇ?んぁ~~・・・後腐れないなら一晩共にしたい位には美人だと思うぞ」

「「ぶふぉっ!!?」」


 脳筋の衝撃発言に吹き出す童貞野郎二人。


「アストルだったら一体一でアタシに勝ったら一晩位良いわよ?」

「グフゥッ?!?」


 (見た目だけ)完璧美少女の衝撃発言に吹き出す聞き耳を立てていた童貞貴族野郎。


「いやぁ~でもリリナとタイマンじゃあ戦闘スタイル的に勝ち目がねぇんだよなぁ」

「でもアストルの力なら当たったらアタシは一撃で負けるわ」

「そもそも当たんねぇって。まぁでもその万が一ってのがあるからお前は俺との手合わせで本気出してきたわけだがよぉ」

「そうね。余程戦力が開いていない限り戦いに絶対は無いもの。一筋だろうとか細かろうと、アタシに対して勝ちという光を持っているって感じた相手には本気を出すのが信条だからね」

「そんでシュンはその御眼鏡に適ったと」

「そうそう!途中迄はなんとも思ってなかったんだけど最後の最後にとんでもない事してくれたのよシュンってば!」

「最後ってぇとあの砂煙の中でか?俺らは何も見えなかったんだが何があったんだ?」

「あのねあのね!アタシが投げた短剣を鞭の先た――」

「ストーップリリナ!」


 シュンとの戦いを思い出して興奮し出したリリナを見てジンはヤバイと感じ、即座にリリナの口を手で塞ぐ。


「ふぁにふゅうおヒン~!」


 もがもがと不服を叫んでいるリリナの耳に口を近づけ、ジンは小声で喋る。


「覚悟の上だから僕は良い。だけどシュンは僕に唆されて戦い方を実行しただけなんだ。だからさっきの戦いの事は黙っていてあげて欲しい」

「・・・ひゃっはいは」

「うん?」


 口を塞いでいる所為で全く何を言っているかわからなかった為、そっと手を離すジン。するとリリナは振り向いてジンの耳に口を寄せる。


「やっぱりあれはジンの入れ知恵だったんだ?」

「・・・うん。ごめんね」

「なんで謝るの?おかげでアタシはまた一人楽しく戦える相手が見つかって嬉しいのに」

「そうなんだろうけど・・・さ。やっぱりあんな戦い方は普通の人がやる戦い方じゃないし」

「でもアスティア様だって認めてたじゃない。アストルだってそうだし勿論アタシも。それに無理やりやらせた訳じゃないんでしょ?」

「それは当然だよ。シュンに僕の意見を求められたからあの戦い方を伝えただけで―――」


 少し暗い顔でジンがそう言った所でリリナはジンから離れ、普通の声量で話し続ける。


「だったらジンが謝るのはおかしいでしょ?シュンは自分の意思でアタシとああやって戦ったんだからさ」


 その一言でシュンも話の内容を粗方理解し、言葉を投げる。


「なんとなく理解したがその通りだジン。お前が俺に気を使ってくれるのは正直ありがたい。まだ俺にはお前程の覚悟は無いから・・・。だがその事をお前が後ろめたく思うのは違う。俺はおかげさまで短剣科目主席のリリナ・カストル相手に勝利手前迄行けたんだ。単独では不可能だった。お前が俺を配慮した上で助言をくれたからこその戦いだったんだよ」

「そうそう。おまけでアタシも楽しかったし!」

「更におまけで俺の目も覚ましてくれたし・・・な?」

「あははっ」


 終始行き着く先は単純なリリナ。真っ直ぐ僕を見つめて真剣な面持ちで気持ちをぶつけてくるシュン。かと思えば冗談めいた軽口で頬を掻きながら苦笑するその光景に思わず笑いが出てしまった。


「そうそう。そうやって笑ってろ。今お前の周りに居る連中は誰一人お前に悪意は向けねぇんだ。楽しくいこうぜ?」

「なんだよ、意外とそういう気も使えるんだなシュン」

「まぁな。どこぞの爆弾発言かます脳筋貴族様とは違うんで」

「言うじゃねぇか童貞野郎」

「どどどど童貞ちゃうわ!!」


 けらけら笑いながら言い合いを始めるアストルとシュン。それを見て笑うアイリスとリリナを見てほっこりするジン。

 改めて自分は良い友人に恵まれたのだと実感し、その縁が今後も切れない事を願う。


「いい加減にせんか貴様らぁっ!!」


 そんな楽しい空気はその怒声によって吹き飛ばされた。血の涙を流す勢いで憤怒の表情を浮かべている彼は、勿論グランだった。


「まだ初戦を終えたばかりなのに何を巫山戯合っている!?貴様らが良くても周りには集中している者もいるのだ!もっと気を使ったらどうだ平民共!」

「おいおいグラン――」

「黙っていろ脳筋貴族が!今私はこの平民に話しているのだ!!」

「なぁに?アタシ達も一緒に騒いでたのに難癖つけるのはジンとシュンだけなのはどういうこと?」


 ムッとした表情でリリナもグランに食ってかかる。するとリリナに対しては急に落ち着き払い・・・。


「リリナさん。以前から言っているではありませんか。貴族としてこの様な平民と接していては家の格にも良くないと。例えリリナさんが卒業後に貴族席を抜けるとしても貴女はまだ現状では貴族なのだから」

「あらあら、それはどうもお気遣いありがとうございます。でもアタシが付き合う相手はアタシが決めますので悪しからず。ご忠告はありがたく頂戴致します。ですので早い所お席に戻られては如何でしょうか?貴族のグラン・テール様?」


 普段とは全く違う雰囲気のリリナに吃驚したのは僕だけではないだろう。周りの生徒全員が同じ表情をしている。

 いつもと違う言葉使いだから?―――違う。

軽装なのにまるでドレスでも着飾っているかの様な気品に驚いたから?―――違う。

 美しい所作、丁寧な言葉使いからは到底ありえないが滲み出ている。誰しもが感じる事の出来るその違和感。己の知っている彼女からは見た事も聞いた事もないその言葉の棘は確実にグランにも刺さる。


「リ・・・リリナ・・さん?」

「この際だから言わせて頂きますわね」


 こんなもの付き合いの長さなど関係無い。少し彼女を知っていれば誰でもわかる事だ。今、リリナ・カストルが怒っていると云う事は。


「アタシにはアタシの生き方があるしそれを家の事だなんだとアンタにどうこう言われる筋合いはないっての!いっつもいっつもおべんちゃら使いながらアタシに擦り寄って来てさぁ!いい加減気付きなさいよ!アタシはアンタにこれっっっっぽっちも男として魅力を感じてないんだから!もう意味無く寄って来んな!!」

「あ・・・ぇ・・?リリナ・・・さ――」

「今まではアンタの顔も立てなきゃと思って色々我慢してきたけどもう無理!!アタシの友達を馬鹿にする様な奴にこれ以上使う時間も気も無いわ!二度と話しかけないで!!!」


 叫びだした途端いつものリリナに戻った。その代わりに一人の男の心が死んだ。嫌な奴だけど一応心の中で同情だけはしておこう。合掌。

 だが控え室の空気が死んでいる。誰も一人として口を開く事も無く、笑う事も許されない。どんな地獄だ此処は。

 だがその場に救世主が現れた。突如控え室内に現れたその男子生徒は空気を切り裂き発言する!


「くっそぉー!あとちょっとだったのに敗けたぁ!すげー悔しい!!・・・あれ?どうしたの皆?」

『只今の試合はアルネ先輩の勝利です!おめでとうございます!!続いての試合はリリナ・カストル先輩とジン先輩です!会場にお越し下さい!』


 天の助け。今は目の前に現れたおとこに全力の感謝を注ぎ、速やかにこの部屋を出ていこう。

 と僕が思い、行動に移す前にリリナが僕の腕を取り、そのまま外に引っ張っていく。


「ジーン!!漸くアタシ達の順番が来たよー!!早く行こ早く早くぅ!!」

「おわああああああああああ!?」


 リリナに引き摺られる様に部屋から連行される僕。あれ?リリナって二重人格か何か?数秒前迄キレてたよね?今すっごい笑顔なんですけど。

 友人の人格に一抹の不安を抱きながら向き直り通路を歩く。背後の控え室からアストルの大爆笑が聞こえる。・・・戻りたくないなぁあの部屋・・・。


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