第21話 トラウマ

『何やら凄い衝撃音が聞こえましたが未だに砂煙は晴れず!一体何があったのでしょうか!?』


 カレハの言葉通り、両者が戦っていたと思われる模擬戦場内にはまるで煙幕の様に土埃が舞っており、動きを見ることが出来ないでいた。

 だが会場にいる全ての人の耳には確実に痛手となったであろう衝撃音が聞こえていた為、固唾を飲んで見守っていた。まさか先程のジャイアントキリングが再び起こったのではないかという想像と共に。


『お!?少し晴れて人影が・・・?これは・・・・あぁ!!立っているのは一人です!あるべき筈のもう一つの影が見えません!決着が着いたのかぁ!?』


 立ち込めていた土埃が落ち着き始め、その場に立ち尽くす一人を徐々に、鮮明に映し出す。


『立っているのはリリナ先輩ですっ!シュン先輩の姿はどこにも見えない!この勝負はリリナ先輩の勝利ですっ!!』


 歓声と拍手が一気に押し寄せる。それを受けるリリナの頭部からは大量の血が流れ落ちているが、その顔は非常に満足そうに微笑んでいた。


『リリナ先輩おめでとうございます!お次の試合までごゆっくりお休みください!』


 その言葉を受け取り、左手を上げて応えるリリナ。そのままゆっくり歩いて出入り口から通路に入ると、額から流れる血は消え、動かなかった右手も動くようになった。


「マジで危なかった・・。右手を犠牲にしても額を割られるとは思わなかったな」


 右手を握ったり開いたりしながら先程の戦いを脳内で反芻する。

最初の一投で決めるつもりだった。いつも通りの結果。主席の皆やジン以外の戦いに興味は無いから早く終わらせようと。でもそれは通らなかった。その後も今迄数回手合わせをしたシュン君であれば確実に終わっていた筈。でも結果として本気を出したアタシに大ダメージを与えた。瞬間的に右手で防御していなければ負けていたのはアタシだったと言える程のダメージを。


「フフ・・・フフフ」


 こみ上げてくる笑い。顔見知り以外で戦いが楽しいと感じたのは初めてだった。


「アッハハハハハハ!!!いいね!いいねぇ!!最っ高だよ!戦い方を変えるだけで今迄楽しめなかった相手でもこんな勝負が出来るなんて!」


 横目でそれを見ている教師の目が引き攣る。


「卑怯?誇り?そんな物どうでもいいわぁ・・・、アタシはハンターになるんだから、今からそういった戦い方にも慣れなくちゃいけないよねぇ」


 頬を紅潮させ、ねっとりと独り言ちながら控え室に戻っていくリリナを見送った教師の腕には鳥肌が立っていた。




 『試合の公平性の為、荒れたフィールドを均しますので少々お待ちください』


 カレハの声が聞こえた時、控え室ではまるで腫れ物の様に距離を取られているジンと、その周りに集まっているアストル、アイリス、シュンの姿があった。


「見たし聞こえただろシュン?あれがリリナの本性だよ」


 敗北し、先に控え室に戻っていたシュンの肩に手を置きジンが言う。扉の向こうからリリナの大きな独り言が聞こえてきた直後である。


「あぁ・・・、お前の言ってた事がよくわかったよ」

「まだ僕の事羨ましいと思う?」

「いや全然。寧ろ心の底から同情するわ」

「・・・理解してくれてありがとう」

「でも今の台詞が聞こえてるってのに他の連中はなんとも思わないもんかね?」

「今までもリリナは本気出した後はあんな感じだったよ。勿論周りなんて気にしてないから間違いなくシュンも聞いた事ある筈」

「マジかよ・・・。恋は盲目っておっそろしいな。これもう呪いか何かじゃねぇの?」

「だとしたらその呪いを解く方法はを見る事かな」


 ジンの言葉と共に先程のリリナの血まみれの笑顔を思い出した。


「や、やめろ!暫くトラウマになりそうだ!」

「だろうねぇ・・・。僕も初めて見たのは10歳位だったけど半年はリリナを避けてたもん」

「じゅっさ――!?・・・・それでも今の関係か・・・、お前メンタルどうなってんだよ」


 頭を抱えながらジンを見る。俺は当分夢に出てきそうな程脳裏に焼きついて離れそうにないってのに。


「強くなりたかったからね。自分より強い奴と戦って吸収出来る物があると思ってさ」

「精神力の怪物だなお前」

「そんな事無いよ。ちょっと前に心が折れかけてたし」

「そうなのか?」

「うん。アストルやアイリスに何回挑んでも勝てないし、リリナには近づく事すら出来なくて嫌になっちゃってた」


 自嘲気味に笑うジン。その頭をバシバシと叩きながらアストルが会話に入ってくる。次いでアイリスも。


「なんだよ、そういう事なら相談してくれりゃあよかったじゃねぇか」

「痛いわ脳筋!そういうのはもっと優しくするもんだろ!」

「私も・・相談して欲しかったなぁ」

「仮に相談してたとしてどうしてた?」

「「・・・」」

「そうなる事がわかってたから何も言わなかったんだよ。万が一同情から手を抜かれでもしたらそれこそ僕にとってトドメの一撃になっていただろうしね」

「でもそれを克服したからこそアストルに勝ったんだろ?」


 何も言う事が出来ない二人の代わりにシュンが言葉を投げる。


「そうかもね。おっかないけど最強の師匠のおかげでさ」

「あっ!そうだよジン!お前に出来た師匠って誰なんだ?なんか一週間前から見た事無い様なのやり出した時に『師匠からやれって言われたから』とか言ってたけど俺らそれ以上なんも知らねぇぞ」

「あ・・・私もそれ・・気になってた」


 身を乗り出してくるアストルとアイリス。どう説明したものかとジンが悩んだ時、控え室のドアがガチャリと開き、頬が赤く目がトロンとしているリリナが入ってきた。その表情を見て男子達は目を奪われる。だがその状態の危険度を知っている二人は・・・。


「ヤバイ!まだ狂戦士バーサーカー状態だ」

「隠れろ!」


 そのリリナを見た途端ジンとシュンの二人は小声で危険を共有し、即座にテーブルの下に隠れる。


「どしたお前ら?」


 アストルが二人に声をかけながら身を屈める。


「ば、馬鹿脳筋!動くなって!」

「お前の巨体が動いたらリリナの意識が此方に――」

「みぃ~っけぇ!!」


 持ち前のスピードを遺憾なく発揮し、瞬時に目の前に現れたリリナ。


「「ぎゃああああああああああ!!!」」


 まるで心底恐ろしい物を見た様な悲鳴を上げる二人。そんなのお構いなしにリリナはテーブルの下に潜り込み、シュンの腕に抱きついた。


「さっきも言ったけどやるじゃんシュン!またやろーねぇ」

「おわあああああ!ごめんって!離してって!もうやだって!」

「なーんでそんな事言うのさぁ。アタシすっごい楽しかったんだからぁ」

「イヤイヤイヤ!やられた俺が言うのもなんだけど割とすぐ終わったじゃん!実働2分位だったじゃん!楽しめる訳ないじゃん!」

「一瞬の命のやり取りが出来るのが楽しいんじゃん!外に出たら中々出来る事じゃないんだしぃ、殆ど今しか出来ないんだよぉ?」

「俺はそんなサイコパスみてぇな考え持ってねぇよ!?兎に角離れろっておい!」


 パニクるシュン。その光景を見ている周囲の男子達は羨ましそうに、憎らしそうに睨みつける。


「あれ?」


 自分が蚊帳の外だと気付いたジンは、ゆっくりとテーブルの下から這い上がり、椅子に座り下を覗き込む。


「あ~リリナ?シュンとの試合はそんなに楽しかったの?」

「もっちろん!正直二戦目のジンと最後のアストルとしか楽しめないと思ってたから余計に楽しかったんだよぉ!わかる!?この気持ち!?」

「おぉ~、俺ら以外でリリナがこうなってんのは珍しいな。やったなシュン!」

「良くないわアストル!他人事だと思って傍観してんじゃねぇ!助けろ!」

「良いじゃんか、お前も男なんだからラッキー程度に思ってその感触を堪能しとけって」

「巫山戯んな!周りの目も相まって最悪の状況なんだよ!」


 数時間前迄のシュンだったら心底喜んでいただろう。だが今のシュンは心底恐怖している。かつての自分を見ている様な不思議な気分になったジンは一言。


「人身御供ありがとねシュン。その状態のリリナは後十数分は離してくれないから」


 そう言って屈めていた身を戻す。


「そっ・・んな――」


 青ざめた顔をしたシュンと赤らめた顔をしているリリナをテーブルの下に封印し、三人は雑談を始める。幸いアストルとアイリスもこの騒動で先程の話を忘れている様で、師匠の話を掘り返される事は無かった。二人もリリナのこの行動は見慣れている為、特に触れもせず放置する。この数分でシュンが皆と仲良くなれて何よりだ。





「おのれぇぇ・・・平民如きがリリナさんを・・・・リリナさんにぃぃぃっ・・・!」


 その光景を見て歯ぎしりをしているグランの事は目に入っていなかったんだよなぁホント。

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