第20話 弱者の一撃

 ガチャリとドアを開け、控え室に入る。周囲の眼はあからさまに侮蔑が入っていて声もかけられない。・・・と思っていたのだが、二人が近づいてきた。


「ジン・・お疲れ様。やっぱジンは・・・凄かった!」

「おう!ようやっと本気のジンと戦えて俺も嬉しいぜ!ただまぁ俺が本気でぶつかる事が出来なかったのがかなり悔しいけどな!!」

「二人共・・・」


 両手をグッと握り締め、フンフンと興奮しながらアイリスは称賛を送り、悔しそうながらもいつもの笑顔でアストルもそれに続く。

 称賛も喝采も貰う事は無いと思っていたジンはそんな二人を目にし、先程のアストルの姿を思い出して再びウルッと来てしまう。


「おいおい、そんなに俺に勝ったのが嬉しかったのかぁ?泣く程ぉ?」

「やかましい脳筋!泣いてないわ!」

「おー痛ぇ痛ぇ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながらからかうアストルに照れ隠しでじゃれる様なパンチをお見舞いする。そのまま周囲から僕を庇う様に奥の椅子へ二人は連れて行ってくれた。


「さて・・っと、リベンジする時が楽しみだなぁジン?」

「えぇ・・・僕はもうやりたくないんだけど」


 どかりと椅子に座りながら早くも次の機会を伺っているアストルに、げんなりとした顔を向けるジン。横に座ったアイリスも声をかけてくる。


「私も・・今のジンと戦ってみたい!」

「アイリスまで・・」


 フンスフンスと鼻息荒くジンとの模擬戦を要求するアイリス。小柄な身体で両腕をブンブン振っているその姿を見て、周囲の男子はほっこりすると同時にジンに恨みの籠った視線を向ける。


『さぁ!両者準備が出来た様なので始めたいと思います!』


 そんな室内にカレハの声が響く。室内に取り付けられた映像魔道具に目を向けると、そこには模擬戦場内に居るリリナとシュンの姿が映っていた。


「ごめん二人共、話は後でいいかな?」


 手で二人を制し、映像へ向き直るジン。


「あん?どうしたジン?」

「リリナが・・気になるの?」


 そんなジンを見て二人は首を傾げる。


「いや違う。リリナじゃない。僕が見たいのはシュンだ」

「「シュン?」」


 僕の言った事を不思議に思ったのか二人は声を揃える。そりゃそうだろう。二人は鞭の科目を取っている訳ではないし、リリナの様に他科目であっても主席の様な目立つ人物でも無いのだから、シュンの事を知っているとは思っていなかった。


『では期末模擬戦第二試合目・・・開始!』


 カレハの合図と共に凄いスピードでシュンの後ろへ回り込むリリナ。ギリギリ目で追えるスピードだが、目で追える事とそれに身体が付いて行けるかは別の話だ。

 リリナのスピードについていける奴なんて同学年で何人いるかと云うレベル。僕も肉体強化を使ってギリギリなのだ。そんなスピードを素の身体能力で出せるのだから脱帽してしまう。だからこそシュンにはその対応を含めた戦法を伝えておいたんだが・・・。




「スラッシュウィップ!」

「うぇっ!?」


 開始と同時にシュンの背後に回り、首に向けて短剣を一本投げたリリナは驚愕した。

 シュンはリリナの動きに付いて行けていなかった。だから一撃で仕留めてこの試合をさっさと終わらせる為に一撃で決められる急所を狙った。だがシュンはまるでそれがわかっていたかの様に振り向く事無くムチを放ち、リリナの投げた短剣を撃ち落とし、そのまま頬を掠めて血を流した。


(ありがとよジン。お前の助言が無かったら何も出来ずに終わってた所だ)


 頬から流れる血を指で拭い、ジッとシュンを見るリリナ。シュンも身体をリリナの方に向け、手癖に様にパシン!とムチを走らせる。


「今完全にアタシの事追えて無かったよねシュン君。なんで後ろにいるって解ったの?」


 真顔で問を投げてくるリリナにシュンはゾクッとした。その顔は今迄見たことの無い表情だったからだ。

 いつもの整った顔では無く、可愛い表情では無く、思わず視線で追ってしまうリリナとは全く違うリリナがそこに居た。


「か、勘かな?」

「勘?アタシ一応スピードだけはちょっと本気出したんだけど、それを勘で防いだってこと?」

『お~っとぉ!目にも止まらぬリリナ先輩の初撃をシュン先輩が防いだぞぉ!おまけに最初の一撃を入れたのはシュン先輩だぁ!!』


 二人が話していると実況のカレハの声が入ってくる。しかしそんな事は歯牙にもかけずリリナはシュンから目を離さない。だがまさかの状況に会場は盛り上がっている。


「まぁな。俺だっていつもやられっぱなしって訳にもいかないし」

「ふ~ん・・・じゃあ試してみるかな」

『両者睨み合ったまま動きません!間を計っているのでしょうか!?』


 シュンはジンに言われた事を思い出していた。

『リリナは相手の死角から攻撃する癖があるんだ。だからリリナを目視できなくなったら大体上空か背後から攻撃してくる。』

 とんでもない二択だ。上か後ろ。外せば即死。初撃から大博打をしなければ凌ぐことも出来ない。主席ってのは改めて化け物だな。


「リターンスローダガー!」

「くぉっ!?」


 再び目の前からリリナが消えた。即座に声のした上空に向かって鞭を振るう。

弾いた短剣は撃ち落とされること無く着地するリリナの手元に戻っていく。

 一瞬たりとも気が抜けない状況にシュンは大汗をかいていた。極度の緊張状態は体力を大量に奪っていく。

『初撃が上なら次は間違いなく後ろから来る。後ろが初撃なら次は上。それを防いだら地獄が始まるから覚悟して』

 ジンの言葉が頭を過る。此処まで言われた通りの動きをリリナはした。ならばここから・・・。


『なっ!なんとぉ!シュン先輩またしてもリリナ先輩の攻撃を防いだぁ!こ、これは凄い!』


 カレハの熱の籠った実況が響く。だがシュンの耳には入っていない。今シュンは、ジンの言っていた地獄に備えていた。


「やるじゃぁんシュン君」


 いつものハキハキした喋り方では無く、頬を赤くし、ねっとりとした声で話しかけてくるリリナ。見たことの無いその表情に、思わず身体が強ばる。


「主席にそう言ってもらえると嬉しいね。次はどうすんだ?」


 精一杯の虚勢を張り、動揺を悟られない様表情には不敵な笑みを貼り付けるシュン。


「じゃあいくねぇええ!!」


 叫びと共にその姿が消える。反射的に身を守る様鞭を周りに振るう。


「おらぁあああああああ!!!」

『リリナ先輩が消えた!おぉおお!??シュン先輩が物凄い勢いで鞭を振るう!砂煙で完全に見えなくなってしまったぁ!まーた実況泣かせの展開ですかぁ!?』


 周囲に短剣を通さない様鞭を振り回す。地面に打たれる度土埃が舞い上がり、最早自身にも周囲を目視する事は出来ない。


「なぁるほど~・・・アタシの攻撃を通さない様にしてるって訳ねぇ~」


 土埃の中からリリナの声だけが聞こえてくる。常に動き回っているのか、位置を悟ることが出来ない。


「くそっ!うらあああああああああ!!!」


 それでも今は防御に専念するシュン。ジンから言われた戦法を頭に浮かべながら。

『地獄っていうのは、リリナが本気を出すって事だ。そうなると自分の息が上がる迄リリナは全力で動き続ける。それを捉え続けるのは無理だ。だから―――』


「おらどうしたリリナァ!徹底的に防御されてちゃ手も足も出ねぇってかぁ!?」

「んな訳ないじゃん」

「ぐあっ!!」


 挑発した直後、右太腿に痛みが走る。そこには一本の短剣が刺さっていた。


「この中で攻撃通してくるのかよクソッタレ!」

「あったりまえじゃあん。アタシこれでも短剣科目主席なんだからぁ」


 未だ視界が不明瞭な中、リリナの声が四方から聞こえてくる。刺さっている短剣を抜き、闇雲に鞭を振るう。


「くそっ!当たれ当たれぇええええ!!」

「なぁんだ、これっぽっちでもう自棄になっちゃったの?折角楽しくなりそうだったのに冷めちゃった」

「あぐっ!」


 再び短剣が刺さる。先程刺さった場所と同じ所に。


(ジンの野郎。どんだけすげぇんだよ・・・、ここまで彼奴の言った通りになってやがる)


『だから本気で防御している様に見せかけて、喰らっても大丈夫な所をあえて攻撃させるんだ。リリナの油断を誘う為二回程ね』

 幾度となく格上の化け物達と手合わせを繰り返してきたジンの呑み込みと学習能力は、他者とは一線を画していた。それも戦闘回数が多い相手であれば性格も込みでかなり正確に動きを読む事が出来る。


「クソッタレェッ!!」

「あまーい」


 再び刺さっていた短剣を引き抜き、油断して動きを止めているのか、舞う土埃の中見えた人影の方に向けて投げる。勿論短剣の投げ方等知らないのでただ投げただけのそれは、キンという音を鳴らして弾かれる。そして聞こえるリリナの面倒臭そうな声。


「ちょっとやる気になったらこれだもんなぁ。ジンならまだまだ楽しませてくれるのに・・・、シュン君の鞭のリーチもわかったし、じゃあ終わらせるね」


 ジンに言われた事を実行する。これが通れば俺の勝ち。通らなければ負けだ。

『―――その時リリナ以外からはシュンがやる事は見えないからやるなら思いっきりな!頑張ってこい!!』

『おいおい・・・反則スレスレっつぅかそれはもう反則だろ!』

 最初で最後の一撃・・・届けっ!


「ウィップバッシュ!」

「見切ったって――っ!?」


 手持ちの鞭を犠牲に全力で繰り出す一撃。命中と共に破壊されるが、かなりの衝撃を与える。

 俺の鞭のリーチを見切ったって?好都合だよ!


 

 土埃の向こうから目の前に迫り来る鞭の影を見て落胆が隠せない。結局最後は悪あがきの一撃しかしてこない。ジンみたいになんとかしようという気概が感じられない。さっさと終わらせよう。


 避けて投げて終わり。あれだけ豪快に振り回していればリーチを覚えるのも当然だ。アタシは一歩下がった。そうすればとわかっていたから。


 風圧で土埃を吹き飛ばし現れる鞭・・・あれ?鞭の先端ってこんなに尖ってたっけ?



 それは強者が故の慢心。今迄ルーティンの如く繰り返してきた格下への無自覚な見下し。

 まさかジン以外にこんな事をする奴がこの学園に居るとは思わなかった考えの浅さ。

 それを逆手にとった格下と自覚している弱者の意地の一撃。




『後は鞭の先端に最初に喰らって抜いた短剣を結びつけて全力でウィップバッシュをお見舞いしてやるんだ。その時リリナ以外からは土埃でシュンがやる事は見えないからやるなら思いっきりな!頑張ってこい!!』




 バゴン!!と凄い音が聞こえた。確かな手応え。壊れていく握っていた鞭。それら全てが命中と云う結果をシュンに伝える。自然と拳を握りしめ、息を一つ吐く。


「勝った・・・」


 勝利を確信したシュンはゆっくりと立ち上がる。狙ったのは顔面。手応えからして確かに命中した。大金星に震える身体を抱きしめる様に包み、緊張から解き放たれたその顔には笑みが溢れていた。





「やるじゃあんシュン!!!!」


 まさか聞こえる筈の無い声。反射的に声のした方に振り向くと、そこには眼を血走らせ額から血を流し、口角が吊り上がった満面の笑顔で自身に短剣を振り下ろすリリナの姿があった。



『あの顔みたら恋心なんて抱ける訳ないじゃん』


 頭から切られる瞬間、ジンの言っていた事を思いだし自嘲する。

ハハッ・・・・お前の言う通りだわ。この笑顔はねぇよ・・・おっかねぇ。

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