第19話 ジンの覚悟
一度の喝采も無く、一言の称賛も無い。唯々静まり返った会場の中、アスティアはカレハにマイクを渡してその場を後にする。アストルもそれに習い、客席を睨みつけながら続いて去っていく。
アスティアの言う事、アストルの言う事。共に理解はしているが納得はできていない。人生において当然であり常識であった事をひっくり返す戦いを見て彼らはジンに対して憤った。それをアスティアが宥め説得し、アストルが認めた。
であれば彼らはその事に何かを言う資格は持たない。仮に世界の常識だったとしても、対戦相手のアストルがそれを認めている以上その結果は覆らないのだ。
これもまた、正々堂々たる精神からくる考え方な辺り、彼らは自身の中の矛盾に気づいていない。
ジンの戦い方は確かに現在の世の常識とは違う卑怯な戦い方だった。だから非難した。
それを諫められた。しかもそれは五天魔の一人と対戦者から。
雲の上の様な人と敗者の両名からジンの勝利を認められてしまってはこれ以上自分が何を言う事も出来ない。そうして彼らは身を引く。
教師も、生徒も。誰一人としてこの矛盾した考えを不思議に思わない。これもまた、平和から生まれた毒なのかもしれない。
『えぇ~っと・・・なんかすんごい空気が重いんですが、次の試合に移りたいと思います』
今迄の期末模擬戦ではありえなかった空気に萎縮しながらカレハはそう告げる。会場の皆もハッとし、ざわつきながらも会場に目を向ける。
『では次の試合はリリナ・カストル先輩と【シュン】先輩です!会場にお越し下さい!』
呼ばれた二人は控え室から会場に向かう。楽しそうな雰囲気のリリナと真剣な表情のシュンが分かれ道で別れ、先へと歩く。シュンの向かう先には、こちらに背を向け立ち尽くすジンが居た。
「・・・ジン」
「えっ?あ、あぁシュンじゃんか!次はお前の番か」
呼びかけに驚き振り向いたジンは目を真っ赤に腫らしていた。その事に不快感を抱いたシュンは語気を荒げてジンに言葉を投げる。
「そんな顔になる位なら
「・・・え?僕の顔なんか変?」
「あぁ。大泣きした後みたいに目が腫れてるぞ。アスティア様とアストルが擁護してくれたから良かったものの、あんな事して今後の人生考えてないのかお前は」
以前からシュンは誰に対しても本音で話すので周囲の評判は余り良くない。だけど同じ平民として此処まで頑張ってきた気概のある奴だ。これは僕の事を心配しながら呆れているんだろうな。わかりやすい良い奴だよ本当に。
「いや、非難されるのはわかりきっていた事だからどうでもいいんだ。僕が泣いていた理由は別だよ」
「お前は主席を取る事に執着していたと思ったけど諦めたのか?」
「う~ん、諦めた訳じゃないけど他にも夢を叶える為のやり方はあるかもって思う出来事があったんだ。だからその自信を持つ為にも後二戦、僕は勝つよ」
「すげぇ自信だな。じゃあアストルが最大の山場だったって事か。やるじゃん」
話しながらシュンは、抱いていた不快感が消えている事に気付いた。最初はそんなに泣く程後悔するならあんな巫山戯た戦い方なんてするなと否定的な考えを持っていたが、当の本人はそんな事織り込み済みでなんとも思っていなかったと言っている。何があったかは知らないがここ一週間程は目から生気が失せるレベルで自分を追い込んでいた様だし、それが先程の結果に繋がり満足しているならもう自分があれこれ思うことは無くて良いのだろうと理解したのだ。
そう思い、素直に称賛の言葉を送る。初戦にして山場を超えたのだろうと。
「いや?二戦目はリリナだし最後はグランと戦うよ」
「ブホッ!?は?え?マジで?」
とんでもない名前が続き思わずシュンは吹き出す。
「うん。リリナとは前から約束してたし、グランはもう何が何でも僕をやり込めないと気が済まないみたいだったから」
「あ~・・・グランはまぁ・・・・そうか。お前とリリナ見てると彼奴はそうだろうなぁ」
「やっぱ周りから見てもグランってわかりやすい?」
「そりゃそうだろ。あからさまに態度も言葉遣いも違うし、なんていうかご愁傷様」
「あはは・・・まぁそういうことでさ、最近出来た師匠に色々教えてもらった戦い方がさっきのって訳」
「・・・あんな戦い方教えるなんてロクな師匠じゃねぇな」
「いや、僕の師匠は世界最強だよ。間違いなく」
今迄苦笑を浮かべながら相槌を打ってくれていたジンの表情が真剣になる。
「世界最強?それって五天魔や勇者パーティの人達より強いって事か?それこそ馬鹿言ってんじゃねぇよ。そんな奴がこの世にいる訳ねぇだろ」
真剣な顔のジンに少々ギョッとなったが、そもそもそんな人物等いる訳が無いと一蹴する。
「強いよ。僕の師匠は間違いなく勇者パーティの
確信を持った言葉をぶつけてくるジン。その眼は真剣そのもので、これ以上否定の言葉を投げるのを躊躇ってしまう程だった。
「っ・・そうかい。そりゃよっぽど大層な人なんだろうな。」
「うん。・・・師匠に勝てる人を探す方が難しいと思う」
「ははっ!そりゃすげぇ!じゃあそんなすげぇ師匠に教わったジンに聞きたい事がある」
「うん?」
「・・・俺はどうすりゃリリナに勝てる?」
打って変わって真剣な顔でジンに聞いてくる。そんなシュンに少々驚きながらジンは言葉を返す。
「・・・方法は?」
「俺は鞭しか使えねぇ。成績もいいとこ10位内に入れるかどうかってとこだ。お前みてぇな戦法は勿論使えねぇ」
「僕も確実な方法は思いつかない。もしかしたら何もできないかもしれない。それでもいいなら」
「どの道このまま戦ったところで勝目はゼロだ。だったら一泡吹かせるくらいでもできりゃ上等だ」
『シュンせんぱーい!そろそろ会場に出てこれますかー?リリナ先輩が待ってますよー!』
突如カレハの声が響き渡る。大分長話をしていたので当然だろう。僕は勢いのまま思いついた戦法をシュンに伝える。
「おいおい・・・反則スレスレっつぅかそれはもう反則だろ!」
そう悪態をつきながらシュンは会場に走り出て行った。そんな彼の背中を見送った僕は、ゆっくり控え室に戻った。
『おっとシュン先輩が漸く出て参りました!先程の試合ではまるで実況なんてできなかったので今回は頑張りたいと思います!』
シュンが出てくると同時にカレハのそんな台詞が場内に響く。先に出てきていたリリナは軽くストレッチをしながらシュンに話しかける。
「随分遅かったじゃんシュンってば。何してたの?」
「ちょっとジンと話しててな。待たせて悪かった」
「えー!いいないいなぁ!ジンと何話してたのさぁ!」
(ジン・・・、なんかグランの事を言ってたけどこれ見て何も思わないお前にも多少の責任はあると俺は思うぞこの野郎)
頬を膨らませてシュンを羨ましがるリリナを見てため息を吐く。そもそも貴族なのに差別思考は無く、どんな人物にも分け隔てなく接し、見た目も美人なリリナに思いを寄せる男子は多い。だが普段のジンに対する接し方を見ていて粉をかけようとする猛者はグランだけだ。それ以外の者は実る事の無い思いを内に秘めながらジンに呪詛を送っている。
だが以前シュンがジンから聞いたリリナに対する評価を思い出す。『リリナ?う~ん・・・、バトルジャンキー・・かなぁ?黙っていれば綺麗なんだろうけど、戦闘中のリリナはとんでもない速度でこっちの死角に入りながら物凄い笑顔で短剣をぶん投げてくる化け物だもん。周りの皆も一回本気のリリナと戦ってみればわかるよ・・・。あの顔みたら恋心なんて抱ける訳ないじゃん』と言っていた。
斯く言うシュンもリリナを好いていた一人なのだが、青ざめながらそう言うジンを見て探る様な事は無くなった。それが本音だと理解したから。
だがジン以外がリリナのそんな顔を見た事がなかったのもまた事実。シュンはそこに関しては嫉妬しているのだ。恋心も抱けなくなる様な笑顔を見た事があるのはジンだけ、という事はリリナを本気で楽しませているのもジンだけということになる。
「男同士の秘密だよ」
「いーじゃん!ちょっと位教えてくれたってさぁ!」
「そんなに知りたきゃ戦いの中で教えてやるよ」
「言ったなぁ!絶対教えてもらうからね!」
気を引き締めて目前のリリナに向き合うシュン。持ち出してきた鞭を右手に持つ。
それを見てリリナも両手に短剣を携える。
『さぁ!両者準備が出来た様なので始めたいと思います!』
カレハの声が轟き、シュンはグッと下半身に力を込める。リリナは短剣を弄びながら自然体で立つ。
『では期末模擬戦第二試合目・・・開始!』
~あとがき~
拙作を読んでいただいている皆様こんにちは。マスタースバルです。
週2,3回投稿と言っておいてここ2週間週1投稿しか出来ず申し訳ありませんでした。
ちょっと仕事が忙しくて・・・なんて言い訳失礼します。
くっそ忙しかった一月の業務に目処がついたので暫くは曜日不定ですが投稿頻度が上がりそうです。
お楽しみ頂けているのであれば今後共お付き合いよろしくお願いいたします(>Д<)ゝ
お詫びという訳ではないですが、明日の朝何時もの時間に次話を連投させていただきますのでよければお読みくださいませ。
では!
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