第18話 アストルの怒号

 十数秒の攻防が終わり、ジン一人が残された状況にハッとした会場の生徒や教師達は口々に罵詈雑言をジンに投げかける。


「その戦い方の何処に正々堂々たる様があるんだ!」

「そんな戦い方で勝ったって何も誇れる者は無いぞ君!」

「相手は剣のみで戦っているのにお前は何種類も武器を使用して恥ずかしくないのか!?」

「その様な戦い方を教える者はこの学園にはいない!君は自分で思いついたのだな!?何を考えている!!?」

「それで勝って嬉しいのかお前は!!!?」

「何とか言ったらどうだジン!逃げるな!!」


 次々と耳に入ってくる自身への暴言。だがそれは想像していたものだ。予測していたものだ。称賛を貰えない事は初めからわかっていた。

 それよりも師匠達にしごかれた成果が出た事が誇らしかった。アストルが自分を認めた上で戦ってくれた事が嬉しかった。思い通りに戦いを進められた事が楽しかった。

 降り注ぐ悪辣な言葉を受けながらジンは何も言わず会場を後にする。


『え~っと・・・この戦いはジン先輩の勝ちでいいんですか?アスティア様』


 喧々諤々けんけんがくがくとしている会場にカレハの声がマイクに乗って聞こえる。アスティアの名前が聞こえた会場の人達はその審判を聞くべく急に押し黙る。


『皆が言う事も重々承知している。確かに今のジンの戦い方は我々が教えている物ではない。恥も外聞も捨てて勝つ為だけの方法ではあった。』


 マイクを渡されたアスティアの声が会場に響く。その言葉に各々が「それはそうだ」「あんなのは誇りある戦い方ではない」等、思い思いの心情を吐露する。


『だが、諸君は知らないだろう。我々五天魔と勇者パーティが現役で戦っていた戦争時代は誇りも何も無い。勝つか負けるかしか無かったのだ。故に今のジンの戦い方は今の平和な世の磨かれた装飾品の武具では無く、当時の血で血を洗い、錆ながら壊れながら死線を戦い抜く歴戦の武具の様な戦いざまだった。この学園では一度もその様な戦い方は教えてはいない。恐らくジンは己でそこに辿りついたのだろう。私はそれを評価したい』


 アスティアの発言に会場のざわめきは大きくなる。まさか五天魔ともあろう者が今のジンの戦い方を支持するとは思っていなかったのだ。


『終世を自身が生まれ落ちたこの国で過ごす者達にはわからない感覚ではあると思うがあえて聞こう。今会場に居る全ての生徒、教師達よ』


 アスティアの声が暗く、静かに、重みを持ちながら発せられる。マイクで拡声されている声は控え室に居る生徒達にも届いている。勿論通路を歩き、控え室に戻っている途中のジンにも。


『君達は国の外に出て魔物や野盗と戦い、敗北してしまってもがあると思っているのか?』


 ジンの足がピタリと止まる。それはカイルがジンに言った言葉と酷似していたからだ。

 会場のざわめきも鎮火していく。


『国内での戦闘で敗北しても命さえあれば次に繋がるだろう。回復魔法を使ってもらえばそれでなんとでもなるだろうし、周りには助けになってくれる人物もいるだろう』


 それは今迄自分達が考えもしなかった事。少し前のジンも彼らの仲間だった。

戦う時は正々堂々一体一。不意打ち等卑怯な事はしない。使用する武器は一つのみ。

 考え方が変わりつつある今のジンからすればありえない事である。

得意な事が一つもなければまともな職につけず、犯罪に手を染めるしかなくなる。弱者救済の法が無い今の世界はジンからすれば生き辛い世の中ではあった。

 それでも戦争後に生まれ落ちた者達にとってはそれが当たり前なのだ。物心着いた時から当然の様にそのルールの中で生きてきた人はそのルールのに気づく事は出来ない。なぜならそのルールこそが自分の人生の一つとして組み込まれているからだ。


『だが一度国外に出てからの敗北は即ち己の終わりを意味する。野党に敗北した者の末路等聞くまでもないな?身ぐるみ剥がされて殺されるだろう。女ならば慰み者になって男よりは長生き出来るだろうが、まぁその後の人生はお察しだ』


 あれだけ騒いでいた会場の人達が一言も発する事が出来ずに口を噤んでいる。女子生徒なんかは震えて泣き出している者もいる始末だ。


『では魔物に負けた場合はどうだろうか?ウルフ系ならば生きたまま喰われるのがオチだ。これは男女平等だな。オーガ系は知恵が回る奴もいるから男は回復させながら少しずつ肉を削いで長期間保存食として囚われるだろう。女は当然繁殖用に死ぬまで犯され孕まされを繰り返すのだろうな。お互い死ぬまで日の光も見えぬ暗闇の奥にて』


 淡々と話すアスティアの眼は怒りに満ちている。声色にもそれが色濃く出ていて、最早教師達も近寄れず、生徒の中には吐いてしまう者も出始めた。


『魔王軍の中にも魔物を軽視して行方不明になった者が大勢いた。当然私の部隊にもな。だからこそ卒業後にこの国を出て行く判断をした者には同じ事を言っている。だが未だに顔を見せに戻ってきた生徒はいない』


 会場はまるで葬式の如く静まり返ってしまった。一言も発する事なく全ての人物がアスティアを見て口を噤んでいる。


『では何故在学中にその事を教えないのか疑問に思った者もいるだろう』


 それはまさに今ジンが思った事であった。最初からそう教えてくれていればもしかしたらもっと早くにこういった戦い方を模索する事もあっただろうし、なんなら先程の様に罵倒される事もなかったかもしれないのだから。


『それはな、言っても誰も聞かないからだよ』

『はぇ?』


 アスティアの横に居たカレハの気の抜けた声がマイクに入った。恐らくジンを含めた全生徒と教師の代弁と言っても過言ではない。誰一人言葉の意味を理解できなかったのだ。


『学園設立当初は当然カリキュラムにも組み込んでいたさ。戦争が終わって間もないから生徒も教師も危機感を持っていたからな。だが十数年経った後の生徒達は平和な世に生まれてしまった為かその危機感を誰一人持ち得ていなかった。戦時を知る教師達も軒並み代替わりしてしまい、それを教えられる者も減っていった』


 怒りを滲ませながら淡々と言葉を紡ぐアスティアに、会場中の人が視線を送り続ける。


『挙句の果てには私の創ったこの結界の所為で命に対する倫理もおかしくなってしまった。実戦を命の危険無く繰り返せるおかげでまともに外での敗北を考える者も少なくなってしまったんだ。ハハッ・・・これは私の所為だな』


 自嘲気味に笑うアスティア。しかしその内容に思い当たる節のある人物はそれぞれ青ざめる。


『気がつけば王族や貴族からもカリキュラム自体の廃止を勧められてな。当時どうする手段も持たなかった私達は言われるがまま廃止したんだ。国外に出て行く者もその時はいなかったからな』


 当時を思いだし、拳を強く握るアスティア。力の足りぬ己を恥じて悔やんで、自身に怒りを覚えている。


『だが、今の戦いでジンが思い出させてくれた。が教えてくれた戦場で生き抜く方法を』


 会場が再びざわめく。五天魔アスティアに師匠がいた等聞いた事が無かったからだ。

 だが そんな事など袖にもかけずアスティアは続ける。


『師はこう言った。とな』


 その言葉に再び会場が静まり返る。先程のジンの戦い方が正に今の言葉そのままの戦い方である事に気付いたからだ。

 同じくジンも表情が固まる。その言葉は一週間前にカイルから聞いた台詞そのままだったから。


『当然産まれてから今迄正々堂々の戦い方しか知らなかった諸君を攻めるつもりは毛頭ないし、私にその資格も無い。だがその上でジンを責める事はしないで欲しい。彼は敷かれたレールを自ら外れる事を良しとしたのだ。先程の様に悪態を叩きつけられる覚悟の上でな。もしそんなジンを責める資格があるのだとしたらそれは同じ覚悟を持つ者だけだ。それに関しては私もこれ以上何も言えない』


 師匠達の言った通りだった。アスティア様は僕のこんな戦い方を認めてくれた上に擁護までしてくれた。そのことが嬉しくて、思わず口角が上がる。


『以上が私の見解だ。・・・だがそれでも納得いかない者もいるだろう。』


 アスティアの言う通り、まばらではあるが今のアスティアの言葉に納得をした様な顔をしている教師や生徒の他に、大多数の人数が呑み込めないと言う顔をしている。


『アストル・マーティン!敗北に心をやられていないのであれば今すぐ此処に来い!』


 一息吸った後に大声でアストルを呼ぶアスティア。ジンが立ち止まっていた通路の先からバタン!ドタドタドタ!と大きな音を立てながら走り去っていく音が聞こえ、クスリと笑う。


『今からアストル・マーティン自身に先程の模擬戦においての異議主張を直接聞く。卑怯だと言えば改めて再戦とするが、異議の申し立てが無かった場合はジンの勝利として次の試合に進む事とする』


 アスティアのこの申し出に会場の大多数はホッと胸を撫で下ろす。剣術科目で主席を取り続けてきたアストルがあの試合内容を認める訳が無いと。何も出来ずに終わった汚名を雪ぐ機会を逃す筈が無いと。

 思い思いの考えが交錯する中、ドタドタと大きな音を立てながらアストルが実況席に辿り着く。


『足労かけたな、アストル・マーティン』

『いっ・・・いえっ・・・・ハァッ!ハァッ・・』

『息が整ってからで良い、私の話は聞いていたか?』

『ハァッ・・っはい』

『では先程の模擬戦において君からの異議申し立てはあるか?』


 アスティアがマイクをアストルに渡す。二人の姿が見えていないジンは静かに耳をそばだてる。

 会場も期待しているその意思を聞こうと押し黙り、今か今かとアストルの発言を待つ。

 そして数拍の後、息が落ち着いたアストルが大きな声で叫んだ。


「そんなもんありませんっっ!!!!」


 あまりの大声にアスティアを含めた全員が驚く。なぜならアストルは渡されたマイクを口元に運ぶこと無く、生声で会場中に声を届かせているからだ。

 その勢いのまま視線を会場全てに向けながら続ける。


「俺は嬉しかったんだ!全力のジンと戦えてよぉ!!今迄どんな戦い方でも出来るジンが、俺達に合わせた戦い方をしている所為で常に次席に甘んじていた事が歯痒かった!何度『ジンは凄ぇ!』『ジンは強ぇ!』って言っても本人は全く理解してなかった!」


 アストルの叫びを聞いて、ジンは拳を握りしめる。


「おまえらさっきからジンを馬鹿にしてるけどよぉ!俺ら主席組以外でジンに勝てる奴ぁいるのか!?」


 声を上げる者も、手を上げる者もいない。会場は未だ静まり返っている。


「いるわけねぇわな!ジンは全ての科目で二位だ!俺ら以外は全員成績でも実技でもジンに負けてんだよ!それなのにジンが努力で手に入れた力を使って何が悪い!?だったらオメェらはジンみたいに戦えるか!?あぁ!?俺にはできねぇ!」


 ジンは無意識に両手で顔を包み、その場でしゃがみこむ。


「やってみろや!今すぐにでも俺が相手になってやる!それで負けたら土下座でもなんでもやってやらぁ!」


 大剣を大きく客席に向け咆哮するアストル。その怒号に意思表示する者はいない。


「俺に挑んでくる気概もねぇ奴らがジンの覚悟を馬鹿にしてんじゃねぇ!俺の親友をけなしてんじゃねぇ!さっきの戦いが全てだ!俺は本気でジンに挑んだ!だけどジンは俺に本気を出させる前に俺を倒したんだ!!それだけ俺との戦いに本気だったんだ!そのジンの覚悟を馬鹿にする奴ぁ今此処で俺が叩っ斬ってやらぁ!!」


 堪えようとしても流れ出る涙を止めることが出来ない。聞いた事などなかったアストルの本音にジンの涙腺は止めどなく歓喜の涙を溢れさせる。


「アスティア様も今言ってただろぉが!ジンは俺達に教えてくれたんだよ!戦時中の戦い方を!覚悟を!」


「アストル・・・」


 震える声で思わず漏れ出る親友の名前。いつでも明るく、考えなしに思った事をそのまま実行する脳筋と揶揄していた彼の偽りの無い言葉にジンは救われていく。


「死ぬまで安全なぬるま湯に浸かり続ける予定だった人生を変える切っ掛けをくれた事に気付く事もできねぇ奴にジンを馬鹿にする資格はねぇ!!俺はジンの勝利に何一つ異論はねぇ!!ジンは俺に勝った男だコノヤローーッ!!!」


 叫ぶだけ叫びきって息も絶え絶えのアストルからアスティアが優しくマイクを取り。そのまま口元に運び話し始める。


『皆聞いたな?今のが彼の本音だろう。敗けた本人がこう言っているのにまだ異論を唱える者はいるか?』


 いる訳が無い。アストルが認めている以上外野が兎や角言う資格も無いのだから。


『いない様だな・・・では宣誓する。ただいまの試合、勝者はジンだ!』


 アスティアが勝者の宣誓をする。本来であればこのタイミングで会場から大きな喝采が起こるのだが、今は唯々全員口を噤んでいる。


「師匠・・・、あれが僕の・・親友です・・・・」


 胸元の水晶を掲げ、通路内から実況席に向ける。そんなジンは未だ涙を溢れさせているが、表情は満面の笑みを浮かべていた。

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