第17話 VSアストル・マーティン

 一合、二合、三合と切り結ぶ。同年代では最高の膂力を持つアストル相手ではそう何度も出来る事ではない。

 高揚する気分のまま接近戦を仕掛けてしまった事を反省しつつ、少しだけ冷静になったので距離を取る。


「なんだよ、そっちも来てくれたからてっきり最後まで付き合ってくれんのかと思ったのにもう離れんのか?」

「いやぁ悪いね。ちょっとアガってたみたいでさ、単純な接近戦でアストルに勝てる訳が無い事すら吹き飛んでたよ」


 距離を取り、両者足を止めた。正々堂々正面から戦うアストルは追撃をせず、ジンにだけ聞こえる声で話しかけ、ジンも同じように返す。


「俺は本気のジンと戦えて嬉しいけどよ、お前今後平気か?その戦い方は色々言われると思うんだが」

「まぁそこは覚悟の上だよ。何か言われようとも残りは半年だし、最後の最後に今迄勝てなかった奴らに勝つ方法を考えたらこれに行き着いたって訳」

「ふ~ん。まぁ俺としては今のジンの方が良いと思うな。なんか吹っ切れた様な眼ぇしてるし」

「・・・そう見える?」

「おうよ。今迄のジンはなんつーかこう・・・、全力を出すのを躊躇してるっていうか、出さないようにしてるっつぅか、まぁそんな感じだったけどよ。今のお前はギラギラしてるぜ」


 本当に僕を良く見ているんだな。確かに僕は今迄君達に勝とうと足掻いてはいた。それでも届かなかった。その度「僕は頑張ったのに」「どうすれば勝てるんだろう」とか言っていたよ。

 でもそれは逃げている自分を誤魔化す為の卑怯な言葉だったんだ。

心の何処かで思っていた。(本気を出して負けたらどうしよう)と。

 テストでも本気で取り組んだ。ただし主席を取れなくてもがあると思える位の意気込みで。

 実技でも本気で取り組んだ。勝てなくてもに勝てる事が出来れば良いと思って。

そうして自分の後ろに逃げ道を用意していた。常に自分を傷つけぬ様に。常に心が折れぬ様に。


「そっか!じゃあそんな僕の初めての全力をしっかり受け止めてくれるかな?」

「寧ろここまでやって本気出さなかったら後でぶん殴る!」


 目の前で僕に期待してくれている親友の迷い無き眼を見て、以前カイル師匠に言われた言葉を思い出す。


『坊主は魔物との戦いで負けたらがあると思うか?』

 

そうだ。なんて無いんだ。負けたらそこで終わり。に繋げたいなら!先に進みたいなら!


「我が身を強靭に、肉体強化!」


 に戦って勝利するだけなんだ!!


「なら一瞬で終わらせてやる!いくぞアストル!!」

「こいやぁジン!!」

「地走り!」


 身体能力を上げ、全力で持っていた剣を投げる。


「飛斬!」


 飛来してくる剣を飛斬で叩き落とすアストル。その隙に詠唱を始める。


「飛来せよ風刃!不可視の攻撃となりて敵を切り裂け!」

「飛――っ魔法!?」

「スラッシュナイフ!!」


 ジンの魔法に対してアストルは咄嗟に大剣を全面に出し防御体勢を取る。スラッシュナイフは目に見えない風の刃を飛ばす魔法だが、直線的な攻撃な為軌道を読まれやすい。

 だがその体躯と力の代償にアストルは鈍重だ。おまけにあの頑丈な鎧を装備している。だから避けずに受け止めるとジンは予想していた。


「そりゃそうするよなぁアストル!ウィップバッシュ!!」


 防御体勢を取ったアストルを見て、ジンは腰の鞭を握り思いっきり振るう。するとその鞭はうねりを上げながら魔法より早くアストルの大剣にブチ当たる。


「ダガーバッシュ!」

「ぐっ!ぬあっ!?おわぁっ!?」


 鞭が大剣に当たり、アストルの体勢が揺らいだ直後追撃の様にスラッシュナイフが当たる。大きく仰け反るアストルに、更に追撃の投擲した短剣が命中する。

 ”バッシュ”系の技は、切れ味や硬度を全て衝撃に変える。小さな石でも出来る技ではあるが、その技の性質上使用するとその武器はもう使い物にならなくなってしまう。刃や鞭等は破砕し、盾や鈍器は壊れてしまう諸刃の技。

 つまり今ジンは、既に剣と鞭と短剣を破棄したと観衆は捉えた。怒涛の勢いで攻めるジンに悪態をつきながら、それでも生徒達は目を離せなかった。


「スピアバッシュ!!」


 短剣を投げた勢いのまま全力でアストルに向かって走りだし、背に背負っていた槍を思いっきりぶん投げた。大きくぐらついたアストルに向かって間髪入れず真っ直ぐ飛んでいく。

 十数秒の内にジンは持ち込んだ全ての武器を手放した。教師達はその愚行にあきれ、もう見るまでも無いと溜息を吐きながら目を背ける。一部の生徒達も同様に。

 それもそうだろう。正々堂々とはかけ離れた多種武器の持ち込みをした上にそれら全てを使い捨てたのだ。片やアストルは大きく体勢を崩されたとはいえ、例え武器を持っていなくても唯の肉弾戦ならばどの道体格差でジンに勝ち目はない。勝負は決まったと思っても仕方がないのだ。彼らには一つの武器で戦う事が常識なのだから。


「うおおおおおおおおおお!!!」

「なんっ?!」


 だが当事者のアストルからしたらたまったものでは無い。そもそもバッシュ系の技に誘導性は皆無なのだ。それを的が大きいとはいえ連続で自身の大剣に命中させてきた。それも己が体躯を大きく揺るがす程の全力投擲を持って。



 ウィップバッシュが当たり、身体が少しぐらついたが問題は無かった。


 直後にスラッシュナイフが当たり、衝撃で腕が弾かれ防御体勢が崩れた。


 『ダガーバッシュ』と聞こえていた為、次に飛来してくる短剣の衝撃を堪えようと全身に力を入れる。戦闘不能にはならなくてもダメージは喰らう。それを最小限にしようと眼前に迫る短剣に覚悟を決める。


 真っ直ぐ飛んできた短剣は俺にでは無く、弾かれ最早防御の体を保っていない大剣に当たった。予想外過ぎる衝撃に驚きの声を上げ、握った腕ごと大きく上にそらされる。


 既に槍の投擲を終えたジンが目に映る。またしても全力投擲。凄い速度で俺に迫って来る槍だが、射線がズレている。?まさか――!?


 槍は見事俺の握っている大剣に命中した。衝撃で握っていた手が開く。武器を離しちまった。だったら仕方ない、武器を持っていない者同士殴り合いに付き合ってやる!それが狙いなんだろジン!


 離してしまった大剣に一瞬目を向け、すぐに切り替えたつもりで眼前に迫るジンを見る。意図せず振り上げられてしまった腕をそのまま振り下ろしてカウンターを喰らわせようと拳を握る。


 ・・・なるほどなぁ。これがお前の狙いだったのか。俺が飛斬で叩き落としたその手に持つを拾いながら走ってきたんだな。やるじゃねぇかジン!!やっぱお前は強ぇよ!!!



「ダブルスラッシュ!!」


 振り下ろした剣の軌跡に続いて同じ威力の斬撃が出るダブルスラッシュ。

連続投擲で完全に防御と体勢が崩れたアストルに残る分厚い鎧ごと左肩から右太腿にかけて叩っ切った。

 真っ二つになったアストルがその場に崩れ落ちる。


「ぐぅおおおお・・・いってぇ・・ぐっ」

「はぁっ・・はぁっ・・・完全に胴体二つに分かれてんのに生きてるのは流石だよアストル」


 模擬戦場では、結界外において完全に死亡と判断される状態まで場内から出される事はない。よってアストルは上半身と下半身が完全に分断されている状態でまだ生きていた。

 だが此処はあの空間ではない。断面からまろび出ている内蔵と吹き出す大量の血液がその痛みがどれほどの物なのかを周知させている。


「ぐはっ!・・・はぁっ、はぁっ・・ジン、っぐあ!・・ぁ早く・・・トドメを」

「あっ!そうだった。ごめんアストル、また後で」


 苦しむアストルに乞われ、ふと我に返った僕は持っていた剣でアストルの首を斬る。するとアストルの身体が消えた。血液等も含めて全て、まるで最初からそこに無かったかの様に。


「ははっ・・・。あそこで死ぬ事に慣れすぎて此処の事忘れてたな」


 一人呟き、今の戦いを反芻する。大きな賭けではあったが考えていた通りに動く事が出来た。相手に大技を使わせず、相手の立場で考えて最善最小の動きをする事が出来た。

 初めてアストルに勝てた事を喜ぶ前にこの一週間の修行を思い出す。

毎日ラダートレーニングを繰り返したおかげで瞬発的な動きが出来る様になった。以前までの僕では投擲後にアストルに近づく事は出来なかっただろう。

 毎日師匠に一撃即死の攻撃を喰らい続けたおかげでアストルの攻撃に対して恐怖を感じなかった。だから飛斬を振られた後も突っ込んで行けた。

 毎日師匠達の攻撃を見ていたからアストルの動きが全て見えた。だから迷わず行動する事が出来た。

 万感の思いを込めて首元の水晶を握りしめ、涙を流しながら一言だけ・・・。


「やりました・・・。見ててくれましたか師匠」

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