第16話 僕の戦い方

 いよいよ在学最後の模擬戦が始まった。

何故か総当たりやトーナメント方式ではなく、希望者同士の同意の下、合計3人との対戦がルールとなっており、狂戦士バーサーカー達に毎回勝負を挑まれる僕は正直辟易していた。

 だが今回に限っては一週間という短い期間ではあるが、今迄とは内容の違う濃い鍛錬をこなしてきた為、早く戦ってみたいという気持ちが湧いていた。


「よぉジン!なんかこの一週間色々やってたみたいだけど成果はあったのか?」

「まぁ自信が無い訳ではないけども・・・、正直今迄一回も勝てた事が無かったから勝つビジョンは浮かばないってのが本音かな」

「そっか。でもまぁ学園で戦うのもこれで最後だし当然俺とヤるよな?」

「あ~、やっぱそうなる?」

「ったり前だろ!小等部の頃から剣で俺と渡り合えるのなんてジンしかいねぇんだからよ」


 渡り合える・・・ね。まともに一撃も入れられず一度も勝てず、最終的には毎回体力が切れて負けていた僕へその台詞は結構キツいよアストル。

 でもなんだろうか。師匠達に鍛えられた成果を自分で確認するにはもってこいの相手かもしれない。なにせ一番戦った回数の多い奴なんだから。


「わかった。僕の最初の相手はアストルにするよ」

「おっ!マジで!?」

「うん。グランと戦う前の調整に使わせてもらうさ」

「ハッ!言うじゃねぇかジン!その言葉忘れんなよ?」

「アストルも本気で来てよ」

「俺はジンと戦う時はいつだって本気だぜ!」


 そう言い残して機嫌良くこの場を去っていくアストル。恐らく受付に行ったのだろう。僕も二人に確認を取って早く行こう。


 ジンがアストルの背中を見送り、約束していた二人を探そうとしたが、目的の二人が肩を並べて此方に歩いてきているのが見えた。


「やぁリリナ・・・グランも」

「やっほージン!言われた通りこの一週間我慢したんだから勿論アタシとヤるよね!?」


 僕を見つけるや、すぐ満面の笑みで駆け寄ってきて僕に抱きつくリリナ。当然グランは面白くなさそうに不機嫌そうな顔を僕に向ける。


「リリナさん、貴女もいい加減少しは貴族らしく振舞ったらどうです?そんな万年二位の平民如きにその様な接し方をしていると貴女も奇異の目で見られてしまいますよ?」

「え?なんで?貴族とか平民とか関係なくジンはジンでしょ?アタシと短剣でまともに戦えるのはジンだけだし。グラン君もそうでしょ?」


 またこの過大評価が来た。リリナとの模擬戦だってアストルと内容は殆ど変わらない。アストルに力と体力で負けているのならリリナには速度で負けている。勿論グランにだって勝った事は無い。

 嫌な奴だがグランも実力者だ。振るう槍は目で捉えられず、機敏に動き回る体力も相当の物である。


「いいえ、それは違いますリリナさん。この平民が私とまともに戦えた事など一度もありません。毎回此方の攻撃に対して悲鳴を上げながら逃げ回るばかりで最後は力尽きて負ける。この繰り返しです」


 悔しいがグランの評価が正しい。友人達の眼はどこかおかしいと思っていたのだが、グランの言い分を聞く限りそれは間違っていないのかもしれない。


「でもジン以外はそれすら出来ないじゃない。槍科目ではいるの?」

「そもそも各科目の主席とまともに戦える者すらいないのですよリリナさん。前提が間違っているのです」

「それでもアタシはジンと戦ってて楽しいもの。これはアタシの本心だし、誰に強要されるものではないわ。って事でジン!アタシとヤりましょ!」


 グランの言う事等どこ吹く風。リリナは僕の身体を離さず会話をしていた。

・・・これリリナは気付いてないよなぁ絶対。明らかにアイリスや他の女生徒に対する接し方や話し方がリリナとは違うんだよグランは。

 僕がグランにキツく当たられるのってこれが原因の一つなんじゃなかろうか。


「っ・・・それでも婚約者もまだいない貴女がそのような平民にそんな態度を取っていれば邪推する者も出てきてしまいます!私は貴女の為を思って言っているのです!」

「アタシは卒業と同時に貴族席を捨てるから別に何の問題もないわ!貴族である事に何の興味も無いし、両親は説得済だし、家はお兄ちゃんが継ぐから大丈夫!それに卒業したらハンターになるつもりだし。あ!ジンも一緒にやらない?」

「うぇえ!?主席なのにハンターになりたいのリリナ!??あ、いや、僕はハンターには――」


 そこまで言いかけた所で以前のマディラ師匠の会話を思い出す。『その時はハンター登録でもして余所から稼いだ金を実家に送金して貰えばいい』と言われた事を。


「・・・あ~、まぁ最悪その道もあり・・・なのかな?」

「え!?ほんと!?約束だからねジン!」

「最悪だからね!他に道があるならそんな危険な職選ばないからね!」

「えっへへ~、言質取った~!」


 ニコニコと花が綻ぶ様な笑みを浮かべるリリナ。しかしその背後ではグランがわなわなと震えていた。


「おい平み」

「あっ!ところで約束通りアタシと戦ってくれるのよねジン!?」

「えっ!?あ、あぁうん勿論。その確認をしようと思って探そうとしてたんだ」

「やったぁ!じゃあアタシ受付行ってくる!また後でねジン!」


 背後に居るグランが既に目に入っていないのか、リリナは喜びそのまま走って行ってしまった。


「~~~っ!貴さ」

「ごめーんジン!アタシとヤる順番聞くの忘れてたー!」


 戻ってきた。あぁ・・・グランの顔が真っ赤になっていく。


「あ、えと、アストルと最初に戦うって言っちゃったから二戦目で良いかな?」

「二戦目ね!オッケーわかった!じゃあ受付しちゃうねー!!」


 風の様に戻ってきて嵐の様に去っていった・・・。

残されたのは以前のカイル師匠に負けず劣らず真っ赤な顔をしながら全身を震わせているグランと、なんとも居たたまれない気分の僕。どうしてくれるんだこの空気。


「ふ、ふふふ・・・。平民の分際で私をここまでイラつかせるとは良い度胸だ・・・」


 いや、今の一連の流れで僕の所為だった所あるかな?あっても一割あるかないかだと思うんだけど・・・。


「良くわかった。リリナさんの目を覚ます為に貴様との試合は楽には終わらせん!衆人環視の前で散々いたぶってやるからな平民!!」

「あの・・グラン?」

「脳筋が初戦!リリナさんが二戦目という事は私が最終戦か!いいだろう!最大の痛みと最高の恐怖を与えてやるから覚悟しておけ!!」


 怒りのまま言いたい事を言ってグランも受付に早歩きで行ってしまった。

まぁこの場で喧嘩ふっかけられるよりは良かった・・・のかな?


「ま、いい気味だったと思おう」


 一人でそう呟き、気持ちを入れ替えて受付に向かう。そろそろ中等部の模擬戦が終わる頃だろうし、高等部の後輩達の戦いでも見学して落ち着こう。

 やれる事はやった。後は神のみぞ知るってところかな。


 そして高等部二年生までの期末模擬戦が終了し、いよいよ最高学年の出番がやってきた。


『さぁ!それではいよいよ最高学年の先輩方が戦われます!実況は高等部二年の私【カレハ・ムーラン】が務めさせて頂きます!!』


 大盛り上りの会場。満員の客席。今この模擬戦場に、この学園に通う全ての生徒が集まっている。

 個人で戦う相手の順番は選べるが、実際に会場で戦う順番は知らされず、各々は呼ばれるまで控え室で待機している。


『では早速初戦の先輩をお呼びしましょう!!アストル・マーティン先輩とジン先輩は会場に出てきてください!』


 うっそだろおい。初戦から呼ばれたよ。


「おっしゃ!行くぞジン!」

「もう少し集中したかったんだけど・・仕方ないか」

「二人とも・・がんばれー・・・」


 アストルに肩を組まれて控え室を出て行く。そんな僕達にアイリスがエールを送ってくれた。笑顔でそれに応える。

 模擬戦場の入り口は二箇所に分かれており、途中で進む方向が変わる。分かれて進んだ先にある入り口手前に様々な武器があり、自前の装備を持たない生徒はそこで好きな武器を選んで会場入りするって訳だ。

 会話をしながら僕達は歩を進める。


「さて、これでジンと戦うのも最後か」

「別に卒業したって手合わせは出来るだろ?僕はやりたくないけど・・・」

「ハハッ!そう言うなって!俺が全力で戦えるのは同級じゃジンだけなんだから」

「皆そう言うけどさ、剣には剣、槍には槍、火魔法には火魔法にこだわらずグランやリリアとかと戦えば僕より良い戦いが出来るんじゃないの?」

「ん~・・・でもそれをだって言う奴ばっかじゃんか。正々堂々同じ条件で戦えってさ。だから俺は剣には剣で戦うぞ。まぁ剣しか使えねぇけどな!」

「そっか・・・。やっぱ主席を取り続ける奴は凄いなぁ」

「なぁにを言ってんだ!剣も槍も短剣も鞭も投擲も魔法も何もかも使いこなせるジンの方が凄ぇに決まってんだろ!」

「・・・ありがとうアストル。君と友達になれて本当に良かったよ」

「俺だっておかげで楽しい12年間だったぜ!」


 分かれ道に着いた。この先に進めば模擬戦が始まる。ここまで僕の事を評価してくれた親友に今僕が出来る全てをぶつけてみよう!


「じゃあ、ろうか!」

「おう!ろうぜ!」


 拳骨をコツンと合わせ、分かれ道を進んでいく。

模擬戦場入り口手前にある様々な武器を流し見し、選んだ武器を装備する。そこに居た教師が驚いて僕に声をかけてきた。


「ジ、ジン君!?君は本当にそれで戦うつもりか!!?」

「はい・・・・これが今の僕の戦い方ですから」

「しかし教師としてその様な戦い方を認める訳にはいかん!」

「すみません先生。でもこれが師匠に教わったなんです!!」


 静止しようとする先生を振り切って模擬戦場に駆け込む。そんな僕の姿を見た生徒や教師達から大きなざわめきが起こる。


『先に入場してきたのはジン先輩だーーっ!・・・あぇ?な、なんとジン先輩が持っている武器はだぁあああああああ!!!え!?これ良いの!??』


 そう。僕は槍を背負い、鞭を腰に巻き、短剣を腿の鞘に入れ、剣を手に持ち入場した。

 そんな僕を見て会場のざわめきは大きくなりつつある。


「ハッハッハ!!流石ジンだぜ!最後の戦い!そうこなくっちゃ面白くねぇ!」


 周りの雰囲気なんぞなんのその。僕の親友は自前の大きな大剣を携え反対の入り口から出てきた。僕には絶対に着ることの出来ない頑丈そうな鎧も装備して。


「認めてくれるかい親友!?これが僕の戦い方だ!」

「おうよ!やっと全力のお前と戦えるんだ!文句なんかひとっつもねぇ!!」


 お互いに大声で会話をしながら近づいていく。


「負けたからって後から『卑怯』だなんて言うなよ!!」

「おめぇもそれで負けたからって不貞腐れんじゃねぇぞ!?」


 試合開始の位置に立つ。両者いつでも始められる様構えた。もう会話は必要ない。


『えぇ~っと・・・会場の皆様少々お待ち下さい!只今ジン先輩の装備で始めても良いのか教師に確認を取りま』

『五天魔アスティアの名において、ジンの装備での戦闘を認める!』

『うえぇえ!?ア、アスティア様!!?』


 突如カレハの横にやって来たアスティアが、カレハからマイクを奪い取り大声でジンの装備を認める。

 会場の生徒や教師達も、流石にアスティアに異議を申し立てる者はいなかった。しかしざわめきはおさまらない。


『アストル・マーティン!ジン!双方全力を出しきれ!!試合開始だ!!!』

「うおおおおおおおおおおお!!!」

「おらああああああああああ!!!」


 観客の事には目もくれず、アスティアの試合開始宣言と共にジンとアストルは叫び、お互い剣と大剣を構えて走り出した。

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