第4話 勇者と魔王と平民

 ぼんやりと意識が回復してきた。

腹部の猛烈な違和感に腹をさする。しかし今自分が何をしなければいけないかは理解している。

 必ずアストルというかの邪智暴虐な奴に一発お見舞いしてやると決意した。

今すぐ彼奴を見つけて顔面に一発叩き込んでやろう。

 そう思い横たわっていた身体をむくりと起き上がらせる。


「・・・は?」


 ここはどこだ?

てっきり学園の医務室にでも運ばれたかと思っていたら辺り一面真っ白な空間だった。

果てはあるのかと思うくらいの広さもある。

 そうして周囲を見渡していると二つの人影があることに気付いた。


「おぉ!ジンじゃねぇか!!漸く意識がここにこられるようになったか!」

「全く・・・多少は待つ気ではいたがまさか産まれてから18年もかかるとは」

「そう言うなって。思ってたよりも早かったんだから結果オーライだろ!」


 人影を目視した瞬間その二人は一瞬で僕の側に近寄り話しかけてきた。

いや見覚えもないしこんな言われようされる程の覚えも無い。

誰だこの人達?っていうか今の動きは何?全く見えなかったんだけど・・・。


「んん?どうしたジン?俺らの呼びかけが聞こえたからここに来たんじゃないのか?」

「たわけ!このジンが我らの事を知っている筈がなかろう。この50年でそこまで耄碌したか貴様は」

「あ~そっかそっか。確かにその通りだな。」


 片や燃えるような赤髪をオールバックにしてニカッと笑うイケメン。

片や黒いローブを身に纏い緑と青のオッドアイが目立つ壮年の紳士の様な人。

 見れば見るほど誰?という思いが強くなる。


「あの・・・どちら様でしょうか?僕は貴方達とはお会いしたこと無いと思うのですが」

「カッカッカ!!これがジンかよ!マジで信じられねぇや」

「うむ・・・改めて目にすると信じられんな。この小僧がジンか・・・」

「あの・・・」


 二人はマジマジと僕を見下ろしながら話し続ける。

なんで僕の周りには話を聞いてくれない人が多いんだろうか。

なんて先程の親友達を思い浮かべて頭を抱える。


「おぉそうだったな!俺はカイルってんだ!お前らが言うところの勇者って奴だ!」

「・・・は?」

「そして我がマディラと言う。わかりやすく言えば魔王と呼ばれていたな」

「・・・はぁ?」


 何を言っているんだこの二人は?勇者と魔王と言えば50年前の人魔大戦で相打ちとなり、そのあまりの強さを目の当たりにした勇者パーティと五天魔の人達が手を取り合う切っ掛けになった伝説の人物だ。そんな事小等部入学前の子供だって知っている。

 何しろこの世界の子供達は子守唄代わりに勇者と魔王の戦いの伝説を聞きながら育つんだ。吟遊詩人なんかその話を歌にして生計を立てている人だっている。

勉強するまでも無く勇者と魔王の事は全人類が知っている。


「はぁ・・・。それでその勇者様と魔王様が僕に何用でしょうか?」

「お前信じてねぇな~?」

「まぁ仕方あるまいて。我らの配下が運営しとる学園でも勇者と魔王という固有名詞だけを教えとるようだし名前まで知らなくてもおかしくはなかろう」

「俺の仲間は配下じゃねぇぞ?」

「どうでもええわ」

「ま、今更か」


 自分の事を勇者と魔王と名乗る二人組。

これは立派な犯罪である。

 過去にも自分の事を勇者の生まれ変わりだと吹聴する男が捕まった事がある。

死刑にはならなかったものの判決は終身刑。二度と日の目は見られない程勇者と魔王の偽証は大罪なのだ。


「あの・・・そんな事を言っていると捕まってしまいますよ?僕は聞かなかった事にしてあげますから取り返しがつかなくなる前に辞めた方がいいと思いますけど・・」

「しまいにゃ犯罪者扱いかよ・・・」

「本当にこの小僧がジンなのか?我は不安になってきたわ」

「右に同じ」

「ところで黙っていてあげるので此処が何処なのか教えていただけませんか?」


 一向に話が進む気がしないので此方から振ってみることにする。


「あーもういいや。ここはお前の意識内、有り体に言えば夢の中って事だな」

「は?僕の夢の中?」

「うむ。我らは50年前の戦いの後、小僧の身に付けておるその水晶の中に宿り時の流れを見てきたのだ」

「はぁ・・・」

「まーた信じてねぇ顔だよこいつ」


 無理を言うな。いきなり目の前に現れた謎の二人組が己を勇者と魔王と名乗り、この真っ白な空間が僕の夢の中?なんだそりゃ。

 人を馬鹿にするのも大概にして欲しい。


「ん~そうだな。どうすれば信じてくれる?」

「そうさな。小僧本人が納得のいくものを目の当たりにさせれば信じやすかろう」

「何を訳の分からない事を」

「いいからほれ!お前が思う勇者と魔王ってのはどんなだ!?」


 ものっ凄いグイグイくるよこの人・・・。仕方ない。


「じゃあカイルさん」

「おう」

「勇者様が使っていたという技を見せてください」

「何が良い?」


 あまりにもしつこいので困らせてやろうという気持ちが湧いていた僕はカイルと名乗る青年に勇者が使っていた技を使って欲しいと無理難題を吹っ掛けた・・・が、ニヤついた笑みを浮かべながら返ってきた返事は思わぬものだった。


「じ、じゃあ勇者様が好んで使用していたという煉獄握れんごくあくを見せてください」

「は!?れ・・煉獄握!??」

(そらみたことか。出来もしないこというからこういうことになるんだ)


 想像通りの反応が返ってきた事に満足しジンが鼻で笑おうとしたのだが。


「うわあああああああ!!!そのまんまの名前で伝えられてるとは思わないじゃんか!違うんだよ!この技名は少年時代特有の病気からくるもので・・・そもそも技名とか付けちゃってる過去の俺死ねええええええええ!!!!!!」

「フハハハハハハハハハ!!そういえば貴様は己が使う全ての技に名前を付けておったな。他にも覇王百烈拳はおうひゃくれつけんとか天覇業断斬てんはごうだんざんとか」

「ぎゃああああああああやめろおおおおおおお!!!」

「ハァーッハッハッハ!!冥王掌打めいおうしょうだとか最早ただただ全力の掌底であったからのう!ファーハハハハハハハ!!!」

「いやあああああああああ!!!!人の黒歴史を掘り返すんじゃねぇえええええええ!!!糞魔王!!」


 急に悶え始めた自称勇者と嘲りまくる自称魔王の二人。漫才を見ている暇はないんだけどなぁ・・・。


「こんの・・・吹き飛べや糞魔王!!!」


 そんな考えは自称勇者が放った技を見て言葉通り吹き飛んだ。

なぜなら目の前の自称勇者が叫びながら放った技は勇者パーティであった拳聖【オルドラ】様が学園イベントの武道祭にて見せてくれた演舞の内の一つに入っていた覇王百烈拳だったから。

 しかもオルドラ様が見せていた技より遥かにスピードも威力も上だ。僕の様な者が見てもそれは明らかに、寧ろ別物と言っても差し障り無い程完成された技だった。


「怒るな怒るな。過去は過去としてしっかりと受け止め前を見ることが大切ぞ?」

「やかましいわ糞魔王!視界から消えろ!!」

「お~怖い怖い。ほれぃっ!」


 目を疑うとはこの事だろう。自称勇者のカイルさんは教科書に乗っている使とされる技を次々と繰り出している。

それに対して自称魔王のマディラさんも同じく使と言われている魔法を使い応戦している。

 いやそれよりもおかしい点が二つある。

一つは戦闘方法だ。カイルさんは見た感じ人間に見える。なのに時折混ぜる魔法の使い方や威力が人智を超えている。いや接近戦も何やっているかほぼ見えない速度で動いてるんだけどさ。

 そしてマディラさんは魔族に見える。しかし僕の知っている魔族の動きではない。五天魔の方々でもこの速度で動くことは出来ないだろうし、ましてやカイルさんのあの豪雨の様な連打を受け止めたりする事は出来ないだろう。でも挑発しながらやってる。

 いや、最悪それは良い。もしかしたら僕みたいな器用貧乏の完成形みたいな人達なのかもしれないのだから。



 ・・・この世界に存在する武技や魔法には発動するための絶対条件が存在する。

武技は技名を発言し、それにあった動きをすることで技が発動する。

先程のアストルが使っていた飛斬や地走り、空走りだって技名を発言してからでなければただ剣を振るだけ、投げ捨てるだけという結果になる。

 アイリスが使う魔法だってそうだ。魔法というのはまず詠唱から始まり、その詠唱によってその後発動する魔法に必要なマナを使用し術式を脳内で構築、その後呪文名を発する事によって正式に発動するものだ。

 これはである。


「死なねぇけど死ねやコラァアアアアアアアア!!!」

「ほ~れほれほれほれぇいっ!!」


 目の前の二人は叫びながら戦っている。それも自分が見たこともない動き、技、魔法を使って。

 勇者パーティの方々や五天魔の方々が時折見せていた勇者様の技や魔王様の魔法は、実際に本人が使っていたとされるものを出来る限り再現したと言っていた。

 あぁ・・・僕にもわかる。目の前に広がる光景はだ。

だからこそのおかしい点その二である。








 技名も詠唱も呪文も発言せずどうやってんだこの二人!!!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る