第四夜 その1
うるさいセミの鳴き声で目が覚めた。
寝ぼけ眼で、電池式のバッテリーに繋いであるスマホを見ると、八時を過ぎた頃だった。寝汗を流すために家に戻ろうと思い、テントを出ると彼女が大きく伸びをしているところだった
「あっ、おはよう。よく眠れた?」
「おはよう。やっぱり暑くて寝苦しさが少しあるかな。色々と工夫してはいるけど」
「暑ささえなければ、それほど寝心地は悪くないんだけどねー」
この山で過ごし始めてもうすぐ一週間が経とうとしている。ここでの生活に早くも順応しつつあった。一週間も生活していれば、小学生の家出のレベルは越えただろう。
それは彼女の方も同じらしく、ここに何着か着替えまで持ってくるまでだった。
朝、お互いにテントから出ておはようとあいさつをし、昼や夜に時間があれば二人でどこかに出かけておしゃべりをする。そんな日々を過ごしていた。
こんな生活でも、僕はとても満足している。挨拶できる人が身近にいるというのは、それだけで、心の底があったかくなるような気分になれる。普段、その環境に居る人には分からないかもしれないけれど。
しかし、思った以上に生活ができるものだ。着替えは家から持ち出しているし、ご飯はまあ、僕はバイト代でどうにかなっている。彼女はかなりお小遣いがあるらしく、食の方は全く問題なかった。トイレは僕の場合ここにやってくるときにあるコンビニで用を足すようにしている。少し距離があるのが悩みの種。彼女の方は……デリカシーを気にして聞いていない。お風呂は、こればっかりはどうしようもないので、家に戻って浴びている。なんか、中途半端な気もするが、生活の拠点はここであるのは間違いない。
――そう言えば、今日は土曜日。いつもならここで話をする日だな……。
今日は少し、遅くまで起きていようか。今日は夕方から夜遅くまでバイトだから少しの夜更かしぐらい訳はない。今までやってきたことだし。
バイトまでの時間、ふと思いついたことがあったので、彼女の予定を尋ねてみることにした。
「なあ、昼間になんか予定ある?」
「私? いや、無いけど」
「だったら、ちょっとホームセンターにでも行かない? この寝苦しさを解決できるような何かをちょっと探してみよう」
「いいじゃない! それじゃ、私も風呂を浴びて、着替えてこっちに戻ってくるから、一時間後にここで待ち合わせね」
「了解」
何かいい掘り出し物が見つかるといいなと考えながら、家に戻った。
いくらか買い物をしたその日の晩。
「ねえ、起きてる?」
彼のテントの外から、少し声をかけた。
今日は本来ここで、空を見上げながら話をする日。普段から話せるようになったとはいえ、何となく、それとは別で話をしてみたかった。
声は届いたのか、テントの中で少しごそごそとする音がして、彼が出てきた。
「ごめん。寝てた?」
「少し、うとうとしてたかな」
やぱりそうだったかと、ちょっと申し訳なくなった。
「今日さ、いつもならここで話をする日じゃん。ここで生活するようになって、結構話すタイミング増えたけどさ、それとは別で……さ」
「いいよ。僕もそうしたかったから暇つぶしに本を読んでいたし。そしたら、少し眠ってしまってたみたいだけど」
彼は少しはにかんで、後ろ頭を掻いた。
二人のテントの中央が、私達がいつも話していた定位置。
またも二人で寝転がって、たわいもない話をした。
「最近、夏休みに入ってきた新人に、仕事を教える機会が多いんだけどさ、この前衝撃的なことがあって」
「ふんふん」
「僕が入っている時間帯、バイトは僕ともう一人の新人だけで。その日、その新人が時間になってもやってこなかったんだよ。連絡とっても反応無くて。結局、一人足りない状態のまま、やりくりするハメになってさ……」
「うわぁ……どうしてこなかったの?」
「それがさ、次にその新人がやってきたときに理由を聞いたらさ、『スミマセン、寝てました』としか言わないの。電話しても出なかった理由も『寝入ってしまったらしくて、電話かかってきたの覚えてないです』だとさ」
「えー、それ絶対嘘だよ。確かそのバイト、夜に入れているんだよね、七時から十時だっけ?」
「うん」
「さすがにまだ起きていられるでしょ? 絶対別の理由があるって」
「そうなんだよ、何か別の理由があると思うんだよな。単にすっぽ抜かしたってのが理由で、言い訳したかっただけなんかな?」
「どっちにしても変わらなくない?」
「うん、変わらない。もしそうなら、言い訳下手だよな」
「私なら、もっと良い言い訳が出来るのに」
「いや、そもそも時間通りにやってこいよ」
彼の言葉に二人して笑った。
「話を戻すけど、確かに新人だし、仕事について分からないところは教えるつもりでいるよ? けど、これは仕事以前の問題というかさ、そんなことまで言わないといけないの? って感じ」
「全く、これだから最近の若者は」
「晴菜だって若者だろ」
「おお、今日はツッコミが冴えてるね」
「誰のせいだ、誰の」
またも起こる笑い声。手を叩き、二人で笑い合う。
こうして、よくバイトの話もこんな風に話題に上がってくるのだけど、彼は結構な頻度でバイトに入っているように思える。それほどお金が必要なのかな?
それにはきっと、触れてはならない気がした。私にも、触れてほしくないことがあったから。
同類な私の、ちょっとした勘なのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます