第二夜・第三夜
今日も、彼女は既にいた。
「あっ、こんばんは小池君。今夜は少し暑いわね」
「昼よりはましだけど、って感じだね」
夏も真っ盛り。陽が出ていないとはいえ、かなり蒸し暑かった。
「もうすぐ、夏休みだね」
会話の始まりはその話題だった。
「そうだね。晴菜は、何か予定ある?」
「ううん、何も。私の友達は色々予定があって、中々遊べないみたいだし、しばらく暇することになるかも。そっちは?」
「僕は、ずっとバイトかな。お金を稼がないとだし」
なんか、母親からご飯を作ってもらうのが、嫌というか、怖いというかで、高校に入ってぐらいからか、母親の作るご飯を食べた記憶がない。
食費は、バイト代で何とかしのいでいた。その余りで飲み物を買ったり出来ているから、そこそこは稼げていると思う。
「あんまり、家に居たくないんだけど、外に出る予定もないんだよねぇ」
「家に居たくないのは、僕も同じかな。だから、結構夜遅くまでバイトしていたりするんだけど」
家に居たくない理由は、僕と彼女とでは違うはずだ。
けれど、どこか同種のような気がしている。理由はと言われても、うまく説明できないけれど、彼女から感じる何かが、僕と同じだと言っている気がするのだ。
「どっか、別の場所で過ごしてみたいな。家なんて、お風呂とトイレが自由に使えて、ただ安全に寝て起きれる場所なだけじゃない。それだったら、別にあんな場所でなくても……」
「だったらさ、ここで生活してみない?」
半分冗談、半分本気で提案してみた。
「家にさ、キャンプセットがあるんだ。テントは二つあるし、それを持ってきてここで生活とかしてみる? トイレとお風呂はないけどさ」
僕も、あの家はただ風呂とトイレを利用して、安全に寝て起きられるだけの場所だと考えている節があった。だったら、別の場所でもいいだろと考えているところもあった。
「トイレはともかく、お風呂がないのは深刻ね」
彼女の声音は、かなり本気だった。半分冗談で言った僕に対して、冗談で返しているんじゃなく、真面目に考えている様に聞こえた。
「だったら、お風呂だけ浴びに家にお邪魔するとか。普段はこっちで生活して、トイレは近くのコンビニとかで済ませればいいし。野郎の自分はともかく、晴菜は結構乗り気?」
「ええ、結構乗り気よ。小池君も、それほど冗談で言ったわけじゃないんでしょ?」
やっぱり、見透かされていたんだな。何か少しおかしくて笑みがこぼれた。
「それじゃ、明日にでも持ってくるよ。夕方ごろ持っていくから待ってて」
「分かった」
妙なことになったなと、冷静に考えつつも、心の奥底では結構楽しみに思っていた。
山を下りる前に見上げた空には、少し赤色の星が、より一層輝いて見えた。
翌日の夕方。
私は、いつもの山で彼を待っていた。
ここで彼を待っていたのは、いつも夜だったから、かなり新鮮な感じがする。
昨日、彼の提案に私はすぐに食いついた。彼も少しは冗談で言っていたんだと思う。だけど、彼と私はどこか似ているような気がしたから、きっと私と同じ気持ちなんじゃないかって思っていた。
家にいるよりは、ここで生活する方がはるかにいい。
待ちぼうけすること二十分、大荷物をもって、彼は山を登って来た。
「ごめん。昼までバイトだったのと、大荷物とで大分遅くなっちゃった。待たせた?」
「うん。めっちゃ待ってた」
「そこは、さっき来たとか言うところじゃないかな……まあいいや。それじゃ、セッティングするから手伝って」
「あいあいさー」
テントの設置は、思った以上に骨が折れた。彼も私もやり方が全く分からず、手探りでやっていったから。
かなり時間はかかったが、何とか二つ分のテントを作ることに成功した。
「よし、こっちが僕ので、そっちが晴菜の。内側からもしっかり閉じれるようになっているから、中に入り込んでほしくないときは、しっかり閉じておいて」
「はーい」
「それじゃ、今日からここで生活だ。早速だけど、僕はバイトとこのテント設置とで疲れたので少し寝ます。お休みなさい」
「お疲れさま、ありがとうね。お休みなさい」
彼はそう言って、テントの奥へと入っていった。
「本当に、ここで生活するんだね」
本気でここで生活するつもりでいたけれど、実際できるようになるとなんだか現実感がわかない。
私も、試しに寝ようかと思ったが、その前に一度シャワーでも浴びておきたい。かなり汗をかいているし、服も着替えておきたい。となると、家に帰らなくては。
――なんだか、間の抜けた家出だなぁ。
そんなことを考えながら、お風呂を浴びに、あの家へと向かった。
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