23:レアチーズケーキ
二〇〇七年六月二日 土曜日
天気が芳しくない。もうそろそろ梅雨入りするのかもしれない。今日のわたしはそんな天気の中、ギターケースを抱えたまま大学に来ていた。講義が終わったらすぐに練習に行けるように。
「ゆ、ゆい、さ、ん……」
この吃音交じりの呼び方は。
「
紗枝ちゃんは背も高いし、胸だって大きい。だから似合う洋服がいっぱいある。初めて会った時も、この間スタジオで会った時も、紗枝ちゃんの洋服はすごくお洒落で可愛いものだった。
「は、はい。今日は、れ、練習です、よね?」
わたしの格好を見て紗枝ちゃんは申し訳なさそうに言う。うん、まだ知り合って二週間だ。慣れるには時間がかかる。わたしもどちらかというと人見知りな方なので、紗枝ちゃんの気持ちは、多分、ほんのちょっとだけ判る。
「うん。アッチのね。紗枝ちゃんは?」
「あ、わ、わたしあの、これから
この吃音は多分紗枝ちゃんの癖というか、そういうものではなく、焦ると出てしまうものだろう。落ち着いている時は出ないし、ブチキレしている時も出ていなかった。
「あ、美朝ちゃんと遊ぶの!」
「ひ、あ、はい」
おっと、少し声が高くなってしまった。いけないいけない。それにしても美朝ちゃんとデートとはなんと羨ましい。私だってまだしたことないのに。
「いいなぁ~。美朝ちゃんいいよね、可愛いし、優しいし、大好き!」
もうほんと、ついついぎゅっと抱きしめたくなってしまうくらい可愛い。
「わ、わたしもです!で、で、でも、そ、それは
「や、持ち上げなくていいから……」
紗枝ちゃんも優しい子だ。態々わたしのことまで持ち上げなくてもいいのに。美朝ちゃんと比べられたら、女子力的にわたしなんて足元にも及ばない。
「ホ、ホントです!」
「あ、うん、ありがと」
あんまり自分で否定していても惨めになってくるのでとりあえずはそこで止めておく。紗枝ちゃんの気持ちだって無碍にはできないではないか。と言い訳をしておいて、その紗枝ちゃんの優しい気持ちだけはありがたく頂戴する。
「あんたらの間抜けな会話で美朝が声をかけ損ねた」
背後から我が相棒、
い、いやそれよりも。
「わぁっ!」
「ひ、ひー、み、みぁ、美朝さん!」
見れば美朝ちゃんが顔を真っ赤にしているではないか。なんという可愛さだろうか!
「な、ど、ど、ど、何処から聞いてたの!」
驚きのあまり、わたしまで言葉が上手く出てこない。
「紗枝ちゃん学校で会うのはじめただね」
くい、と小首を傾げながら、赤面している美朝ちゃんが言った。わたしはそんな可愛い言い方はしていない。基、できない。というかそこからだとするならば。
「全部じゃん!」
「夕衣の告白もバッチリ」
だから美朝ちゃんの顔が赤くなっていたのか。うぅ、女子同士とはいえ不覚。こんなに恥ずかしいとは!
「お、おれはノン気……で、でも美朝になら捧げられる!」
こうなれば自棄だ。いやもうこれは悪ノリかな。
「だが断る!」
「ふられた!」
胸の前でばってん印を作って美朝ちゃんは嬉しそうに笑った。良いのか悪いのか正直なところ微妙ではあるけれど、美朝ちゃんも少しずつわたしたちのばかなノリについてきてくれている。これは嬉しい。
「ちょっとねぇ、あんた、捧げるなら私にでしょうが!」
「莉徒はたまにガチでバイっぽいから本気で怖い」
いつか本当にキスくらいされるのではないか、とわたしは本気で思っている。ほっぺたとかにならまだ構わないけれど、さすがに唇にされたら引くどころか、退く気がする……。
「ノン気だっつってんだろ!まぁ行ける気もするけど」
「否定した後に可能性を見出さないで」
怖い。本気で。
「で、何、美朝と紗枝はデートなの?」
夕香さんばりの切り替えの早さで持って莉徒は紗枝ちゃんに向き直った。わたしはほっとしつつも莉徒に倣う。
「うん、そ。紗枝ちゃんが良く知ってるっていうケーキ屋さん行ってくるね」
「ずるい!」
美朝ちゃんとデートというだけでもずるいのに、それがケーキ屋さんだとは。しかもこれは推測でしかないけれど、紗枝ちゃんはこの間
「だから、先行視察。レアチーズケーキがおいしいんだって」
ね、と紗枝ちゃんに言って美朝ちゃんは笑顔。
「チーズケーキか……。ならば仕方ない。二号、任せた」
むぅ、と唸りながら莉徒は腕を組んで偉そうに言った。
「はは、必ずや良きご報告を」
騎士の礼みたいなポーズを取りつつ、美朝ちゃんは恭しく莉徒に応えた。戦隊モノの悪役のボスと幹部みたい。
「つぅか紗枝!」
「あ、は、はい!」
だからそういう大きな声を出しちゃダメんだってば。
「私らも誘いなさいよ。寂しくていじけるわよ。つぅか夕衣はもう半分いじけてるわよ」
「い、いじけてないもん!」
いじけてるけど。
「ほら……」
「あ、きょ、今日は練習があるって、美朝さんから、き、聞いたので……」
なんだ、そういうことか。まぁわたしたちが行けないだけで、ケーキ屋さんに行くこと自体を中止にする道理は確かにない。それに、わたしたちに練習があるという話を聞いているのなら、紗枝ちゃんだって最初はわたしと莉徒も誘うつもりでいてくれたのだから、これはやっぱり嬉しいことよね。
「じゃあしょうがない」
「こ、今度!今度一緒に行ってくれませんか?」
どこまで下手にでるのか、この子は。後輩でも何でもないのに。同い年の友達なんだから。
「一緒に行こう、でいいでしょうに」
「だね」
私が思っていることを代弁するかのように莉徒は言う。
「んじゃ、今度だね。紗枝、ちゃんと企画してよね」
ぱちりと莉徒もウィンクしながら笑った。やぁ、涼子さんにも思うことだけれど、ウィンクって普通に生活していてするものなのだろうか。こういうことができるからきっと莉徒はちょっと違うのかもしれないな。
できねぇ……。
普通ウィンクはできねぇよぉ……。
「や、ヤー!」
「コアすぎる……」
紗枝ちゃんもさっきの美朝ちゃんと似たようなポーズをとったけれど、やー?というかわたしには何だか判らなかった。
同日
楽器店兼リハーサルスタジオ
「よぉーしよし、もうほぼほぼオッケーだな夕衣」
全曲を一回しして、ふぅ、と一息入れた途端、
「ですね、わたしもだいぶ安定して弾けるようになりました」
だから、謙遜はしない。それだけ練習はしてきた。
「これなら
「だといいですけど」
でも流石にそこまで言われると少し気恥ずかしい。
「大丈夫大丈夫!」
「もはや磐石」
「や、さすがにそこまでは……」
でもLAメタルというジャンルのギターソロが弾けるようになるなんて、去年までの私では全く、考えもしなかったことだ。ギターの演奏の幅が広がるのは良いことだ。これから莉徒とバンドもやって行くのだから、きっとまたギターとギターボーカルは持ち回りになる。
「もう一ヶ月切ったけど、何か新しい情報とかは?」
そうだ。日にちは六月の三十日と決まったのは判ったけれど、それ以外のことは教えて貰っていなかった。
「んー、特にねぇかな」
「や、時間時間」
特に何かを思い出そうともしないで言った諒さんに
「おー、そうだそうだ。入りは三時。まぁ車出すからここに一時半くらいでいいな」
三時だとリハーサルが終わってからすぐに本番、という流れかもしれない。
「一時半ですね」
「あぁ」
「で、リハはついてすぐやる感じ」
貴さんの方が色々と事情を把握しているのかもしれない。……性格上。貴さんも代表取締役副社長という肩書きを持っているのだけれど、それを物凄く嫌がっているらしい。何しろ、副社長になる前はアルバイト要員だったらしく、アルバイトから社員になった途端に副社長に任命されたらしいから。
「sty-xはいるんだよね」
「まぁいるだろうけど、態々リハは見にこねぇと思うぜ」
なるほど。だとしたらリハーサルから緊張でガチガチになるという事態は避けられるかもしれない。
「打合せとかで?」
「あぁ」
「となると、本番ギリまで私の存在が
「まぁあるかもしれん」
うーん。
「できることなら本番までバレたくないね」
できれば本番で初めてサプライズ!っていう形を莉徒は望んでいるのだろう。でもわたしたちとsty-xしか出演しないイベントなのだから、どこかでばれてしまう気はする。
「だとしたら、史織さん以外のメンバーに協力してもらうのも手だな」
「あぁ、それはアリかもな」
少し悪い笑顔になって貴さんと諒さんが言う。
「バレないかな」
その協力を仰いだ他のメンバーから。情報が漏れないか、ということだろうか。
「や、メンバーの中でだって史織さんはいじられ愛されキャラだから、ドッキリしかけるつったら、みんな協力してくれると思うぜ」
「ほうほうなるほど」
柚机家の長女だけあってか、史織さんがそういう立場にいることは良く判っているのだろう。
「だとするとその辺の作戦もなんか立てとかないとやばそうですよね」
「だねぇ」
これはもう、史織さん以外のメンバー全員に協力してもらって、口裏を合わせる、位のことをしなければ無理かもしれない。
「折角だから驚かせたいしな」
「ですね」
「まぁ挨拶なんかはオレと貴で矢面に立って、他のメンバーは素人さんだから緊張しちゃってる、とか言っておけばそんな突っ込まれないだろ」
「だな」
なるほど。元々が
「問題は楽屋が分かれてなかった場合じゃない?」
「や、あそこは大丈夫なはずだ」
確かそこそこ大きな開場で、ライブというよりもコンサートと言った方がしっくり来る開場だ。あぁそうか、あんな大きなステージで、出演者もスタッフもプロの人ばかりなんだった。
考えただけでちょっと緊張してしまう。
「多分sty-xのリハは入念にやってるだろうから、三時じゃなくて二時半くらいに入るようにすっか。で、お前らは楽屋入ったらもう鍵かけて静かにしとけ」
もしもリハーサルの時間が巻いたら遭遇してしまう可能性も高くなるということだろう。
「了解です」
「あとは史織さん以外のメンバーに連絡入れといて、できるだけ接触を避けよう」
それが一番確実か。どんな顔するかな、史織さん。すごく楽しみだ。
「じゃあ
「え、今?」
そう言って諒さんはドラムセットから立った。
「当日じゃバタバタすんだろうし、バレる可能性もあっからな。おら、莉徒も来い」
「う、うす」
諒さんがスタジオを出て、それに莉徒も続いた。
「……」
何というか、どうしよう。
わたしは貴さんに、涼子さんの話を聞いたことを伝えないといけない気がしていて、二人きり、もしくは莉徒も含め三人になれる時を密かに待っていたのだけれど、急にそのタイミングが来てしまった。
「うふ、二人きりね」
横目でわたしを見ながら貴さんが言う。
「こわい!」
冗談ともつかない声でそんなことを言い出す、でもそれは貴さんの一面。本当の本心ではないところから出た、強がりのための。今はそれが少しだけ判ってしまう。
「怖いこと何もしてませんが……」
ぷぅ、と頬を膨らませて貴さんは憮然とした。い、いや完全な振りではないのかもしれないな……。やっぱり基本的に貴さんは少し子供っぽいところがあるんだ。
「あ、あの、貴さん」
も、もういいや。言ってしまおう。このままもやもやしているのも嫌だし。
「はいな」
「あの、こ、この間、わたし、涼子さんの過去の話、聞いたんです……」
少しの沈黙。
そして、どこか諦めに似た表情で。
「あぁー、ついに水沢貴之がどうしようもないクズ野郎だってバレちゃったかぁ……」
静かに、そう言った。
違う。嘘だ。
「……なんで、そんな風に言うんですか?」
貴さんのこの偽悪は、全く意味が解らない。そんな言い方をしてしまったら、貴さんを信じ続けてきた涼子さんの気持ちが浮かばれないなんて、貴さんが一番判っているはずなのに。
「おれなりの反省、ってやつ」
「え……。あ、そ、そっか……」
一瞬、意味を理解し損ねた。
そして貴さんの目を見て、理解する。
これは涼子さんが、自らの、穢れた身体から浄化されたい、と望んだ時と同じ言葉であって、同じ気持ちなんだ。
貴さんにいくらそんなことはない、と言って聞かせようとしても聞き入れられない。
ある種の決意のようなものだ。
「涼子さんの言葉をね、そのまま額面通りに受け取っちゃだめなんですよ、おれは。でもそれはね、涼子を信じないとか、涼子の気持ちを無碍にするとか、そういうことじゃなくてさ……」
戒め、なんだろうな……。
「貴さん自身が、このさきもずっと涼子さんを裏切らないために、ですね」
気持ちも言葉も、もちろん貴さんはしっかりと受け止めている。でも、恐らく、それとこれとは話が違うのだろう。
「良くお判りで」
にこ、とあの時の涼子さんと同じような、寂しそうな笑顔で貴さんは言う。
「わたし、女としての最終目標を
だから、涼子さんの中の、あんなにも大切な秘密をわたしに打ち明けてくれたことは、わたしの誇りだ。そして、今はまだほんの一部しか判らないことでも、時間をかけてゆっくりと理解して行きたいと思っている。
「なるほどなぁ。そりゃ涼子さんも鼻が高い」
本当にそう思ってくれているのかな、貴さんは。だから私のことも好きだと言ってくれているのかな。異性というか、女として見てはいなくても。
「涼子さんはねー、本当は一人で強くなれちゃう人なんです。おれなんかいなくたって、ね」
やっぱりそれは感じてるんだ。涼子さんも言っていた。直接何かをされた訳ではない、と。貴さんはその時、離れて暮らしていたらしいし、涼子さんがどこに住んでいたかも詳しくは知らないままだったはずだ。
「でもその強さの中に、貴さんの存在があるって、思えないですか?」
涼子さんの心の中に、貴さんはずっといた。それは涼子さんの中で、貴さんが誰よりも大切な存在だったからだ、とは思えないのだろうか。
「思ってる」
「えっ、じゃあ」
少し意外だった。そこも判っていて、ということか。
「でもそれは、おれが涼子に何かをしてあげたんじゃないよ。あいつが一番辛いとき、そばにいてやるどころか、声すら聞かせることができなかったからね。涼子の中にいる『前向きな水沢君』が涼子を応援してくれたんですよ」
「でも、そうだとしても……」
涼子さんの心の中に住んでいる貴さん、つまり『前向きな水沢君』は、貴さんが涼子さんにとってかけがえのない存在だったからこそ生まれた。貴さんの言う『前向きな水沢君』は、貴さんが涼子さんの中で一番の男の人だったから、涼子さんを勇気付けてくれたのではないのだろうか。
「判ってる判ってる。おれはねぇ夕衣さん。涼子さんをこの世界の誰よりも幸せにすることで、贖罪できるなんて思っちゃいないんですよ」
「え、じゃあなんで……」
本当に判っているのだろうか。いや、他でもない涼子さんと貴さんの間でのことだ。判っていないのはわたしなのだろうけれど、それでも貴さんの顔は、罪の意識がないどころではない。むしろ罪悪感しか感じられない表情をしているように見えるのに。
「簡単なことですよ」
そう言って、少しだけ、寂しさが抜け落ちた表情になる。
「簡単?」
「うん。おれはね、涼子さんが大好きなんです」
「……」
なんとなく、判った気がする。ほんのちょっとだけ。
大好き、と言った貴さんの笑顔がどこか寂しげなのも、
「涼子に対して、済まない気持ち、罪悪感、呵責、そりゃあいっぱい、山ほどありますとも。でもね、涼子がそれを、おれに謝罪や、反省や、懺悔なんかを望んでいない限り、おれはそれをするべきじゃないんだ」
そうなんだろうな。きっと。
涼子さんはこれっぽっちも貴さんに謝ってほしいなんて思っていないはずだもの。
「おれはね、涼子さんに謝れ!土下座しろ!死ね!と言われたら、いつでもそうする覚悟があるんですよ。……でも、涼子はそれを言わないし、望まない」
いくらおれがばかでも、そのくらいは判るんだ、と言って貴さんは笑った。
「だとしたらさ、おれの、世界で一番大好きな人が、おれに愛されたいって望んでくれるんなら、おれは、おれ自身の気持ちと、涼子さんの望みを、一番大切にしなくちゃね」
貴さんらしい答えに、わたしは心底安堵した。やっぱり貴さんもとても素敵な人だ。
涼子さんが好きだから、涼子さんの望むことを一番にする。
きっと貴さんが言った通り、良心の呵責も、山ほどの後悔もあるはずだ。懺悔したいことだって吐露したい気持ちだって、たくさんあるに決まってる。でも今はそれをするべきではない、と貴さんはぐっとこらえているんだ。
「やっぱり貴さんって素敵です。絶対口に出しては言わないって思ってたんですけど……。もしも英介がこの世界に存在しなかったら、好きになってたかも、です」
「まじで!付き合う?」
途端に目を輝かせて貴さんがはしゃぎだした。両手を広げてハグ待ちだ。い、行きませんからね。
い、いや、というかこの人、本当にもうどこまで本気なのか判らない。折角こんなに良い話を聞かせてもらったというのに、直後に良くそんな表情ができるものだ。
「死ぬ?」
「夕衣さんに言われてもそれは……」
わたしなどまだまだ、水沢涼子の足元にも及ばない小娘だ。だからせいぜい、水沢貴之の足元にも及ばない樋村英介を、一生懸命、もっともっと、今以上に好きになって、大切にしよう。
「でっしょうね!……変なこと言ってすみませんでした!」
ぺこり、と頭を下げる。これは本来なら、わたしのような人間が立ち入って良い話では無かったのに。幾ら涼子さんが妹分としてわたしを認めてくれていても。
「なんもですよ」
貴さんは言うとまた寂しそうな笑顔になってしまった。
「でもま……何時か、咎は受けなきゃならんだろうさ……」
それもまたきっと、貴さんがずっと切望していることの、一つなのかもしれない。
「……まだ、きっと、ずっと先のことです」
このまま終わりにしてはいけない、という気持ちの表れのように、わたしは感じた。
「だね」
にこり、と貴さんはまた明るく笑顔になってくれた。
「はいただいまぁ!」
「わぁっ!」
がば、と防音ドアが開き、莉徒の声が飛び込んできた。い、意外と速かった……。色々と説明するのにもっと時間がかかると思っていたのに。
「お、お帰り」
「夕衣無事?」
ぐり、と貴さんの方を見て莉徒は言った。わたしからは莉徒の表情は見えないけれど、きっと恐ろしい顔をしているに違いない。だって貴さんの顔が青ざめてる。
「あ、危うく犯されそうになった……」
「なんで貴さんが!」
全然考えもしなかったけれど、もしもそれを言うのだとしたら、女のわたしの方なのではないか。
「おれか弱いから……」
両肩を抱きつつ貴さんは怯える。もしかして今の話の全部が、わたしをからかっていたのではないかと不安になるくらい、貴さんはおちゃらけている。
「夕衣もさすがに貴さんを実験台にはしないと思う……」
物騒なことを……。
「そんなことより!どうでした?」
このまま猥談に持って行かれたらたまらない。わたしはすぐに会話の誘導を慣行した。
「おー、それなんだが、一回くるって」
「くる?」
くるとは?
「香織さん、ここに打ち合わせにくるって」
「ほんとですか!」
と驚いては見たものの、香織さん。誰だ。sty-xはみんな名前が~織という名前なので訳が判らない。でもともかく、これで史織さん以外に話が通る訳だ。失敗の確率はかなり減る。
「おー、会うの久しぶり」
「あぁ。面白くなってきたぜ」
「だね」
諒さんと貴さんは旧知の仲だし、莉徒は元々が物怖じしない性格だ。緊張するのは私だけだろうか。史織さんだって本当は緊張して然るべき存在なのだけれど、最初がただ単に莉徒のお母さん、という出会いだったので緊張しない、というのも少しおかしな話なのだけれど。
「い、いやぁ、緊張するなぁ」
スタッフさんだって、わたしたちが普段から利用させてもらっているライブハウスのスタッフさんももちろんプロだけれど、今回はいつもプロのミュージシャンと仕事をしているプロ中のプロが揃っている。私たちなどがそんなステージに立っても良いのだろうか、と気後れしてしまう。
「ま、なるようにならぁな。恥じるこたぁない!ない胸を精一杯張れ!」
と、プロ中のプロ、
「一言多い!」
まったくだ。
「すまんかった……」
確かに諒さんの言う通り、胸はない、基、なるようにしかならない。ここはできるならば、莉徒を見習って堂々とするしかない。わたしよりもまだ音楽歴の浅い、美朝ちゃんや紗枝ちゃんだって見にきてくれるのだから、あまり情けない格好は見せられないし。
それに自分でできる限りの練習は積んできた。だから、精一杯頑張るしかない。
同日
「雨降って来たわよ」
練習を終えて楽器を片付けていると、
「うぇー、楽器、ここに置かせてもらっていいですか?」
セミハードケースのジッパーを閉じて莉徒は言った。良いなぁセミハードケース。でも高いんだよなぁ。
「え、お前らこんな時間からどっか遊び行くの?」
ドラムセットのタムタムあたりに白い布を掛けながら諒さんは言う。ドラムは後片付けが楽でいいなぁ。
「はい。ちょっと
時間にして二〇時。高校の同級生だったけれど話したことがない小材さんの家族がやっているライブバーRo.Bi.Goで、今日は
「あぁ、小材さんとこの」
「です」
「いいなぁ。取材なかったらおれも行きたい」
貴さんと諒さんは、小材さんの親と呑み友達だと言っていた。忙しい中に身を置いていると、ゆっくりお酒も飲みに行けないのだろうか。
「だなぁ。しばらく不義理してるし」
「行ける時に行けばいいのよ」
持ちつ持たれつでしょ、と言って夕香さんは優しく笑った。
「小材さんとかってこのお店にはあんまり来ないんですか?」
わたしがこの街に来て、このお店に通うようになって、アルバイトまではじめても、このお店では小材さんの姿は見たことがない。
「来ないわね。別口でちゃんとパイプもルートも持ってんのよ、ああいうとこは」
そうでなければライブバーなど経営できるはずもないので、ひとまずは納得する。
「ムロサワあんじゃん、あっち。連中はムロサワ」
大手有名楽器店の名前を挙げて、貴さんはベースのケースを背負った。随分年季の入ったケースだけれど、こんなプライベートに近い状態の時は、いつも自分たちで持ち運んでいるのだろう。
「なるほど。確かにここでは会ったことないもんなぁ」
「だね」
だとすると、あまり想像したくないことまで考えてしまう。
「仲悪いとかはないんですか?」
「むしろ仲はいいわよ。中央公園のイベントん時とか協賛してくれてるし、出店も出してるし」
なるほど。それは良かった。多分莉徒は何の気なしに話したのだろうけれど、小材さんのお店は莉徒の悪名が高かったころに、一度、莉徒のバンドのライブ出演を断っている。莉徒自身はそれが自分のせいだ、というような言い方をしていたし、もしもそうだったら小材さんも、少なくとも莉徒に好意は抱いていないのではないか、と思ってしまう。
「へえ、そうなんだ」
「ま、オレらだって呑み行くしさ」
そんな諒さんの言葉を耳に留めつつ、わたしは身の回りのチェックをする。エフェクターは全てしまったし、シールドケーブルも全てケースに入れた。ピックケースもしまったし、忘れ物はない。
「こっちの商店街と向こうの商店街って仲いいんですね」
確認作業を終えると、わたしはあまり考えないでそう言ってしまっていた。
「商店街ってレベルで見るとあんまり良くないわね」
そ、そうなんだ……。諒さんや夕香さん、貴さんたちが小材さんの家の人と仲が良いだけで、商店街としてはやっぱり商売敵みたいになってしまうのかな。
「今夕香が言ったようにな、公園がある分、催し物がどうしても
なるほど……。昔ながらの商店街であればあるほど、そうした確執はあるのかもしれない。
「でもイベントの時は協賛してんですよね」
確かに北商店街にあるお店で、特に食品やアクセサリーなどを扱っているお店は、なにかイベントがあれば出店を出している。
「ま、協力的な人も多いからな」
商店街、と言っても勿論一枚岩ではないのだろう。きっと南商店街の方が団結力はあるのかもしれない。
「難しいなぁ、大人の付き合い」
「だね」
わたしたちのようなまだきちんと働いてもいない小娘には想像もつかない世界だ。
「むろしめんどくせぇわ」
ひー、と顔をしかめて貴さんが言う。確かに貴さんだったら、みんなで仲良く呑もうぜ、という方が貴さんらしいもの。
「貴ちゃんは何にもしてないでしょ、涼子に任せっきりで」
「面目ない……」
それは貴さんが喫茶店の店主ではないからだと思うけれど、旦那さんでも手伝えることはきっとたくさんあるのだろう。だって諒さんも申し訳なさそうな顔してる。
「ま、楽器は預かっとくわ。今日ここ、深夜パックで使うから」
「あ、そうなんですね」
わたしたちは深夜までここを遣うことがないから、深夜はきちんとレンタルスタジオとしての本分を果たしているのか。
「
「了解でっす。んでは行ってきます」
ぴょこ、と人差し指と中指を揃えて立てて、莉徒がスタジオを出た。
「あい、行ってらっしゃい。お店の人と話す機会があったらでいいから、その時は宜しく言っといて」
「了解でっす」
わたしも莉徒の真似をして挨拶すると、スタジオを出た。
同日
お店には青と紫のネオン管が綺麗に光っている看板があった。地下に下りる階段の前にウェルカムボードがあって、お酒の名前とメニューがずらりと書かれていた。
「紗枝と美朝も呼んでみた」
そのボードの前にはっちゃんが立っていた。シックな紺のスカートにヒールの高いブーツ。うお、なんか大人っぽい格好をしている。普段からはっちゃんは同い年だとは思えないほど大人っぽいけれど、こんな感じの大人っぽい洋服を着るといつもよりもぐっと大人っぽくなる。はっちゃんの隣にいた美朝ちゃんと紗枝ちゃんもなんだかいつもより大人っぽい格好をしているし、わたしも少しでもお洒落な格好をしてくれば良かった。
「おー!でかした!オレの女たち!」
「違う」
莉徒が能天気に言って、美朝ちゃんがにっこりスッパリといつもの言葉を返す。でもわたしは何だか少しだけ緊張している。
「だ、大丈夫かな……」
「何がよ」
莉徒はいつだって挙動不審にならないなぁ。こういうところは少し羨ましく感じる。
「あぁ、私が小材に嫌われてるとか思ってんでしょ」
「はぁ?」
莉徒が言って、はっちゃんが声を高くする。いや、ほんの少しそんな気はしないでもなかったけれど、それよりも。
「や、ちがくて」
「え、違うの?」
「い、いや、未成年だし……。ここってお酒呑むところでしょ?」
前に、英介と付き合う前、今でも英介がアルバイトをしているバーに行ったことがあったけれど、とてつもなく場違いな気がして落ち着かなかったのを思い出してしまった。
「そっちかい」
「態々告げ口なんてしないわよ。
「でもなんかみんなお洒落な格好してるし……」
大人っぽく見られるだろうし、はっちゃんなんか絶対に未成年には見られないだろうし。
「は、
「う、うん、私も」
紗枝ちゃんは可愛いけれど童顔と言う訳ではない。背丈もあるし大人っぽい格好をしていると、大人っぽく見える。でも美朝ちゃんはやっぱり童顔だ。わたしと莉徒に比べればやっぱり少し大人っぽくなった美朝ちゃんだけれど、はっちゃんや紗枝ちゃんを前にしたら、いくら大人っぽい格好をしてきても未成年だ。
「カッコなんて私だって似たようなもんじゃん。そんなん気にする前に大人っぽいカッコしたって、小材が見たら年なんて判っちゃうんだから気にしたってしょうがないでしょ」
確かに莉徒の言う通りだけど、わたしなんて今でも中学生と間違われるのに。
「まぁそうね。私は結構ここには来てるし、穂美とも良く呑んでるわよ」
「ほほぅ」
そ、そうかお店の人黙認でと言うことなんだ。わたしだってお酒は呑んだことはあるし、ライブがあれば大体いつも口にするけれど、いかにライブを見せるとはいえ、バーと名のつくお店では、やっぱり心構えが違ってくる。
「み、未成年……です」
紗枝ちゃんが言うけれど、流された。わたしも何度かは言ったことがあるけれど、取り合ってくれたことはない。紗枝ちゃん、諦めるんだ。
「小材さんは私たちが来るの、今日知ってるの?」
「当たり前じゃないの。元々夕衣と莉徒がライブ見たいって言うから態々今日にしたんだから」
「あ、そっか」
美朝ちゃんは小材さんとは面識はあるのかな。そう聞こうと思ったら誰かが地下から上がってくる足音が聞こえた。
「よ、二十谺。なに店の前でぐだぐだやってんのよ。もうすぐ本番だから早く入んなよ。
小材さんだった。学校の卒業式以来顔を見ていなかったけれど、結構派手に髪の色を抜いていて、お化粧もバッチリ決めている。記憶にある小材さんよりも大人っぽくて綺麗だった。小材さんはにっこりと人好きのする笑顔でそう声緒をかけてくれた。
「小材のバンドって中々見る機会なかったからさ、楽しみだわ」
莉徒はごく普通にそんな言葉を返した。お互いに何も蟠りはないような感じがわたしにも判って、少しほっとした。
「おー、期待してて。あと……」
「あぁ、最近友達になったのよ。
紗枝ちゃんに視線を向けて、小材さんは言葉を止めた。瀬能にこんな奴いたっけ?というような顔をしている。ような気がする。はっちゃんがとん、と紗枝ちゃんの肩に手を置いて紗枝ちゃんを紹介した。
「あ、そうなんだ。あたし小材穂美。よろしくね」
「は、はい、よろしくです」
べき、と音がするくらいの折り目正しい会釈。紗枝ちゃんは挨拶も凄くしっかりするし、言葉遣いも丁寧だし、わたしも少し紗枝ちゃんを見習わないと。莉徒の悪影響ばかり受けているような気がして、これでは涼子さんになんてちっとも近付けないわ。
「ま、ともかく入った入った」
そう言って小材さんは上がってきた階段を降りて行く。その後ろにはっちゃん、莉徒、美朝ちゃん、紗枝ちゃん、わたしと続く。
「あとどんくらい?」
「十分押しくらいだから、あと二十分位かな」
「そっか」
だから小材さんも上がって来られたのかな。
「しかしそれにしても、柚机があたし達のバンド見たいなんてどういう風の吹き回し?」
小材さんの言葉にわたしはドキリとした。何と言うか、小材さんも物怖じしないストレートな性格のようだし、莉徒とぶつかり合ったら大変なことになりそうな気がしないでもない。
「やー、前から興味はあったのよ。でもほら、私高校ん時色々面倒あったじゃん」
「あー、そうね。一回ライブ断ったんでしょ、確かウチが」
話したことはなくても知っているということはやはり莉徒の悪い噂というのは相当に広まっていたのだろう。わたしが瀬能学園に転入した時は、あからさまな悪い噂は聞かなかったけれど、クラスメートの大半は莉徒には近付かなかったし。わたしも莉徒と仲良くなってからはあまりクラスメートとは話さなくなってしまった。
「ま、自業自得だけどさ」
自重して言ったように聞こえるけれど、多分違う。莉徒は今のところ、小材さんにどう思われていようが構わないと思っているに違いない。最初の頃はわたしにもそんな雰囲気をかもし出していたし。
「あたしは全然構わなかったんだけどね。店員にメンドい男がいんのよ。そいつがギャーギャー言っててさ。
小材さんも中々ドライな性格っぽいけれど、悪意は微塵も感じられない。
「……ありまくりだわ」
と言うことは元彼だ。当時は別れ方も下手で、随分と人を傷つけてきた、と莉徒本人も言っていることだから、その人もこっ酷い振られ方をしたのかもしれない。
「なるほどね。今日もいるけど、どうする?」
その頃からここで働いているということは年上の可能性も高い。未成年がこういったお店に出入りして云々、などと因縁をつけられなければ良いけれど。
「シカト」
「それがいいわ」
振り返って小材さんは笑った。何だか好印象だな、小材さん。これを機に仲良くなりたい。
がば、と防音ドアを開けると、今演奏しているバンドの音楽がどわ、っと聞こえてきた。
「ここ座ってて!一応リザーブ!」
大きな声で小材さんが言うと、はっちゃんが大仰に答えた。確かに予約席だとは思わなかった。小材さん的には招待、という形をとってくれていたということだろう。
「え、マジで!」
丸テーブルの上には予約席の札が立っていた。その周りに五つ、脚の長い椅子がある。周りを見回すと、わたしたちが普段利用しているライブハウスよりも広い。ドリンクカウンターはライブハウスのそれではなく、きちんとバーカウンターになっている。バーカウンターはステージ
「うん。じゃ
「
瑞原君も同級生だけれど、わたしは話したことはない。莉徒や美朝ちゃん、はっちゃんはともかく、高校三年生で瀬能学園に転入したわたしは、話したことがないままで卒業してしまった人はとても多い。
「そ。一杯目はカウンターに行って!一杯目だけサービス入ってるから!」
「悪いわね!」
ライブハウスのようにワンドリンクというシステムもないようだ。きっと通常のバーと同じような感じなのかもしれない。
「そのうちあんたらにも出てもらうつもりでいるから!」
お、それは嬉しいお言葉。でも莉徒を目の敵にしているスタッフがいるのなら、私たちが出演するのは難しいかもしれない。
「営業?」
にやり、と莉徒が笑った。
「ま、そんなところよ!」
そう答えて、小材さんはテーブルを離れた。それと同時に、今演奏しているバンドの演奏が終わる。時間的には次が最後の曲か、あと二曲くらい、かな。バーのシステムは判らないけれど、ライブのシステムはきっと同じようなもののはずだ。
「何か莉徒みたい……」
小材さんが見えなくなったのを確認してからわたしは言った。幸い、MCを担当している人の声は低くて、あまりしゃべることが得意なタイプではないようだったので、わたしの声のトーンは通常のトーンで声が届く。
「確かに似てるね」
うん、と美朝ちゃんも頷いた。
「ま、そうかもね。イイ奴そうじゃん」
莉徒も何か通じるものを感じたのか、笑顔で言った。
「私の友達よ。悪い奴な訳ないでしょ」
「それもそっか」
確かにそれはそうだ。
「いいね、仲良くなったら一緒にイベントとかやれるかも」
わたしは先ほど思ったことを口に出した。小材さんとは仲良くなれるかもしれない。
「私はシャガロックで何度か出てるわよ」
「なぁるほど。口利いてくれたんだ」
恐らくはっちゃんならば、莉徒がその、このお店の誰かに目の敵にされているのは知っていただろうし、小材さんもそれを気にしている体はなかった。だから、小材さん伝で話をしてくれているのだろう。
「少しだけどね。ちなみにこの面子でバンドやるのも言ってあるわ」
「ほほう。じゃあ初ライブはここで、ってのも悪くないかもね」
にっこりと、随分と楽しそうに莉徒は笑う。きっと莉徒も、どこかで拒絶されてなければ良いな、とは思っていたはずなんだ。
「さっきの高田とか言うのって、元彼?」
「そ。付き合ったの三ヶ月くらいだったかなぁ。憶えてないや」
あ、そう。高田さん、だ。
「いつ頃?」
「高校一年の終りくらい。
「へぇ」
だとすると随分前だ。
「え、英介さん?」
頓狂な声を上げたのは紗枝ちゃんだ。そうか、紗枝ちゃんは事情を知らないんだった。
「あぁ、夕衣の今彼ね。あいつ私の元彼」
「そ、そうなんですか!」
ひぃ、とでも言いたげに目を丸くしながら紗枝ちゃんはわたしと莉徒を見比べる。
……やめて。
「う、うんまぁ……」
「夕衣は去年コッチに来て転入してきたのよ。私と英介はそん時はもうとっくに切れてたし、最初に夕衣と英介が会ったときは、私と英介が付き合ってるなんてことも当然知らなかったし」
「そ、そうですか……。少し安心しました」
かいつまんで、的確に莉徒が説明してくれる。紗枝ちゃんも納得してくれたようでわたしもひとまず胸をなでおろした。
「
「は、はい……」
美朝ちゃんが楽しそう言う。それは正直想像したくない。だって莉徒と争奪戦なんてしたら勝てっこない。今はわたしと付き合っているからそんなことは絶対にないだろうけれど、英介の気持ちが私に向いていない状態なら、勝てる自信はない。情けない話だけれど。
「そしたら親友なんてやってないでしょ、多分」
「かも」
「色々あるんですねぇ」
ほう、と軽く嘆息して紗枝ちゃんは笑った。紗枝ちゃんもこの間までは彼氏がいたという話だったけれど、そのうちそんな話も聞けたら良いな。
「イロイロってほどじゃないわよ、別に」
結果だけ見れば確かにそうだ。わたしから見てもそうだけれど。
「よーっすぅ
「お、瑞原。久しぶり」
瑞原君がわたしたちのもとに来てくれた。確か、高校生の時にやっぱり同級生の誰かと付き合い始めた、なんて話を聞いたけれど、そのくらいしか瑞原君の情報は持っていない。
「おー。髪奈さんと柚机さんもサンキュー。由比さんも」
「楽しみにしてるね、バンド」
美朝ちゃんが言ってにっこり。惚れるなよ、瑞原紡介。わたしの勝手な設定では、美朝ちゃんは長年恋焦がれている男性がいるんだから。わたしの空想だけれど。
「おっけー、期待してて。終わったらゆっくり話そうぜ。高校ん時は全然喋ったことなかったしな」
何だろう。少し貴さんに似ているのかな。能天気というか、気負っていない感覚がそれを思わせる。どちらにしても、瑞原君も良い人だ、ということだろう。
「そうだね。がんばってね」
「あいよー、さんきゅー」
ぱたぱた、と手を振って、瑞原君もテーブル席を離れた。その途端、タイミング良く、バンドの演奏が始まった。
23:レアチーズケーキ 終り
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