12:クレープ
二〇〇七年四月二八日 土曜日
「あぁあああぁああぁあああああぁっ!」
深夜二時。
この世のものとは思えない叫び声が柚机家にこだました。ラブラブ熟年夫婦の、夜の営みの最中だったとしたら、どんなプレイをしていたのか非常に興味はあるものの、どう考えてもそんなコトの最中だとは思えない声だ。
なんて落ち着いてる場合じゃない。ともかく私は部屋を飛び出した。
「んな、何!」
すぐに
「
「どしたのよ」
ドアを開けると、史織がベッドの上でギターを抱えつつ、例によってペタン座りで半べそをかきながら私を見た。
「キズが……」
「はぁ?ま、まさかもう壊した?」
先日買ったばかりのEX-Vを私に差し出すように見せた。見たところ壊れているようには見えないけれど。
「ちがう、ここ、傷……」
「どこよ」
「ここ、ここんとこ、スイッチの脇」
ピックアップの切り替えスイッチがある辺りを指差して史織は世にも哀しそうな声で言った。
「ぬ、見えぬ」
明かりは煌々とついてはいるが、史織の言う傷は発見できない。
「角度かなぁ」
言いながら、くい、くい、とギターの角度を変える。すると一瞬だけ蛍光灯の反射の仕方がおかしいところに気が付いた。
「ほら、ここんとこ」
「あ、これ?」
「そう!」
ちょん、と指差した先に僅か二ミリ程度の小さな引っかき傷のようなもの。
「もっとでっかくしてやろうか?」
お前も足立区民にしてやろうか、のイントネーションで言う。
「えっ、やっ!なんで!」
ぎゅ、と愛おしそうにEX-Ⅴを抱きしめて史織は私から少し身体を遠ざけた。
「これっぽっちの傷で大騒ぎしないの。どうせ使ってくうちにもっとキズキズんなるんだから」
いくら大切に扱っていても傷は絶対について行く。それに長く使えば使うほど、表面の塗装は剥げ落ちて、艶もなくなって行く。でもそれが良い味を出すようになる。スポーツ用品はどうか知らないけれど、コレが楽器の良いところ。長く大切に使えば楽器はそれに応えてくれる。ちなみに私のギターは背面がもうベルトのバックルやらでついた傷が縦横無尽に走っている。表面には大きな傷はないけれど、細かな傷はたくさんある。
「でもまだ買ったばっかなのにぃ」
「そもそもねぇ、史織は色々こう、なんつーの、立ち振る舞いとか普段の行動が人間としてなってないんだから、特に楽器を持ったら周りに気を遣わないとダメなの!」
気持ちは判らないでもないけれど、その前に史織の行動の方が心配だ。楽器を持ったまま、回りも気にしないで普通に振り向いたりするから。
「ひどい……」
「人のギターぶっ壊しといてひどいもクソもあるかー!」
ぱん、と私は自分の膝を叩いた。
「ご、ごめんなさい……」
「うむ、許す。ともかく、私のレスポールの二の舞にしたくないなら特に楽器を持ったら周りに気を遣うこと!」
「はい」
素直。
「判ったらギターをしまって、さっさと寝る!」
「はい」
続けて素直に返事をしながら史織は頷いた。母なのになぁ。
「しかし博史は起きないわね……」
「おーちゃんもね」
私もあまり人のことは言えないけれども、寝穢いにも程がある。
「まったく柚机家の男どもは……。つーか何でこんな時間にギター出してんのよ、そもそも」
「なんかカッコイイフレーズ思いついたからちょっと弾いてみた」
そういえば史織は結構な数の曲を作曲していたはずだ。メインの作曲者は
「ほぅ、弾いてみてよ」
「うん」
じゃんじゃかじゃん、と手馴れた風で史織は四小節のフレーズを二回繰り返した。
「それ何?」
「え?」
「音」
「オーバードライブだよ」
「LAメタルだなぁ」
やっぱりそうか。ミュートが効きすぎていてアンプラグドでは判りにくい。でもそこに歪みのエフェクトを加えると、完全にLAメタルな曲になりそうなフレーズだった。
「だってママは元々そういう畑だもん」
「まぁそうなんだろうけどさ」
ヘビーメタルもハードロックも大好きだったなんて全く想像もしていなかったけれど。
「莉徒のバンドはストレートなロックンロールとか、ポップロックなのとかカッコイイよね」
「まぁね」
史織に褒められると悪い気はしないな。ママに褒められて喜ぶ娘って幼稚園児か。
「莉徒が創ってるの?」
「まぁ主に私とシズだね」
シズの場合はドラムやベースにまで結構細かい指示を飛ばしているけれど、私の曲の場合は、殆どメンバーの自主性に任せている。だから私の曲の場合は作曲者というよりも、原案者、と言った方が近い。
「へぇ。今度見学行っていい?」
「ま、まぁみんながいいって言えばいいけど……」
「けど?」
くい、と小首を傾げ、史織は言う。
「スタジオに親がついてくるって……」
「でもバンド者としてなんだからいいじゃない」
「まぁそらそうなんだけどさ」
授業参観みたいで何か……。
「
そうか。せっかく音楽活動が解禁になったのだ。音楽仲間は多いし、娘ですらバンドをやっていて、更にその娘にも音楽仲間が多いともなれば。
「あぁー、なるほどね。じゃあやろうよ。何か企画するか」
「しようしよう」
にこにこしながら史織は頷いた。私も今まで色んなバンドとかユニットとか組んできたけれど、色んな経験を積めたし、楽しかったことがやっぱり多かった。
「
「勿論莉徒ちゃんともね!」
「お、おおぅ。まぁ内輪イベントになるだろうけど……。一応声かけから始めてみるか」
史織と何かを一緒にやるというのは私も望むところだけれど、何というか、私と史織では意欲というか、意向というか、ともかくそんなものが違う気がする。
「よろしくね」
「まぁその前に史織は復活ライブに集中ね」
色んなことをやるのはsty-xの活動が一段落してからだ。でなければ私だって夕衣だって正直、動きが取れない。
「かしこまりー」
「うし、寝るよ!」
私は立ち上がると、そう言って部屋の電気を消した。
「はぁい」
うお、目が慣れない。これは危ない。主に史織が。史織の足取りが。いや、史織はベッドの上だし転ぶとかはないだろうと普通は思うけれど、何しろあの史織だ。
「足元注意!」
「は、はぅい!」
なんだそれ。
二〇〇七年四月二九日 日曜日
七本槍市 七本槍中央公園
「
木曜日に
「それが、結構無理言っちゃって、一昨日も昨日も涼子さん、お店終わってからレッスン付き合ってくれて……」
「うぅわ、まじか」
それは凄い。でもピアノならまだしも、シンセサイザーともなると、演奏の他に、機能的なことも沢山覚えなければならないことがある。涼子さん的にも初速が大事だと思ってくれているのかもしれない。
「うん、私も楽しいからつい涼子さんに甘えちゃって」
ぽり、と頭を掻く。でもきっそそれは、美朝の中で私や夕衣と一緒に音楽をしたいと思ってくれている気持ちが強いからなのかもしれない。だとしたらそれは滅茶苦茶嬉しいな。
「それってレッスン料とかどうなってんの?」
「妹みたいな友達に教えてるんだからお金なんて取る訳ないでしょ、って」
苦笑しつつ美朝は言う。そもそも涼子さんはピアノの講師ではないし、きっとバンドで弾けるようになるためのレッスンだから、いわゆるれっきとしたピアニストになるためのレッスンとは違うのかもしれない。そこをして、レッスン料を取る訳にも行かない、と思っている節もありそうだ。
「マジか……。流石涼子さん……」
「だよね……」
諒さんや貴さんが若いバンド者を元気付けるように仕事をしている気持ちが、きっと涼子さんや夕香さんにも伝播してるんだろうなぁ。やっぱりあの四人は凄く素敵だ。
「しっかし不毛ねぇ……」
「しょうがないよ」
中央公園の中央広場のベンチに腰掛けて唸る私に美朝は苦笑する。
「美朝はなんなの、その、好きな人とか彼氏とかいないの?」
高校一年からの付き合いだけれど、美朝からそういう話は一度も聴いたことがない。これは私の勘だけれど、きっと何か隠しているような気がする。
「そういう莉徒は?」
「まぁいない……」
やっぱりはぐらかす。
「ホントにシズ君は何でもないんだ」
「ないよ」
美朝も私とは近い間柄だから、
「でもシズ君に好き、って言われたらどうするの?」
「照れる」
流石に意識していない相手でも、好きと言われれば照れてしまう。私だってそんなに色々なことに狎れている訳ではないし、やっぱり好意を向けられるというのは嬉しいことだし。
「そりゃ照れるだろうけど、断っちゃう?」
「うん」
「え、即答」
少々驚いて美朝は言う。
「や、だって付き合ってもうまくいかなそうなの眼に見えてるし」
「そうかなぁ」
そのくらいの想像はした。英介がそういう話をするからというのもあるけれど、まぁ仮に、という考えは良くする。特に最近は。私は男と付き合っても長続きしないことが多かったし、次に誰かを好きになるんだとしたら、やっぱり同じことは繰り返したくない。
「私もあいつも癇が強いからねぇ。絶対喧嘩別れするだろうし。したらKool Lips続けられなくなるし。つーか好きでもない男とのそういうシミュレーションがもうすでに不毛」
「まぁそっか……」
少しがっかりしたように美朝は言った。今となっては不毛だけれど、本当は色々と考える。例えば身体の相性だとか、暇な時間に二人でいる間の空気感とか。シズとはそもそもセックスしているところすら想像するのが嫌なくらいだ。
「美朝はどうなのよ。あんたもういい加減付き合い長いけど、そういう浮いた話全然聴かないんだけど」
話を戻してみる。何か掴めるかもしれないし。
「高望みしすぎなのかなぁ……」
「好きな男もいないの?」
「うん……」
掴めないな。高望みというだけならば、叶わない恋をしている可能性もあるけれど、何というか、美朝からはそういった空気を感じない。私、叶わない悲しい恋をしているの、という悲壮感に酔った感じもまるでない。
「まぁそら確かに高望みし過ぎかもねぇ」
「別に白馬の王子様を待ってる訳ではないんだけど……」
だとしたら大変だ。勿論自分にとっての白馬の王子様がこっちを向いて微笑んでくれたら最高だけれど。そんなもの待っていても絶対来ない。
「もしそうだったらヤバイって」
「だよね……」
「はー、遅くなっちゃった。ごめんごめん」
ててて、と軽快な足音と共に
「あ、夕衣ちゃん」
「おーぅ夕衣。カレシ付きなのにゴールデンウィーク空いてるって不毛を通り越してすでに悲惨」
ただでさえ半年も遠距離恋愛したのに、また長い休みにいちゃいちゃできないとは不運なやつめ。
「う、うるさいわね」
「え、
「北海道の本家?実家の方に一度行かなきゃいけないみたいで、昨日の夜から行っちゃってるんだ。明後日には帰ってくるけどね」
この分では夏休みもそれで何日か取られてしまうのではないだろうか。
「えー、寂しいね」
「そうでもないよ。たかだか二、三日だもん」
そう言って夕衣はいつも通りの笑顔。英介がちょっと可哀想になってきた。いや実はかなり本当に可哀想なんだけれども。
「半年耐えた女の言うことは違うわね」
「耐えたのはどっちかって言うと英介だと思うけど……」
あぁ、自分で言っちゃったよ。
「聴いたけど、まだ耐えさせっぱなしなんだって?」
「え、う、うん」
「かわいそうに……」
しかしよく半年も我慢できるな。それだけ夕衣にゾッコンなのだろうけれど、だとすると、私と付き合ってた時は何だったんだ、あいつめ。
「え?何が?」
「もう付き合って半年たつのにまだエッチしてないんだって」
「で、でも半年って言ったって、実質殆ど遠恋だもん。英介が帰ってきたのって先月だよ」
ま、処女である夕衣の言い分は正しい。だから英介もまだ我慢できているのだろう。
「あー、微妙だね」
「まぁでも私も男じゃないからさ、ホントは良く判ってないけど、やっぱ相当キツイらしいよ」
私らには物理的に溜まる、という感覚が判らないから。想像の域は出ないけれど、仮にそうなのだとしたら、それは排泄と同じことなのではないだろうか。我慢し続ければいずれは漏れてしまうように、性犯罪という誤った漏らし方をしてしまう男だっているのかもしれない。
「男の人って物理的に溜まるって言うもんね……」
そのくらいの知識は私ではなくても知っているか。恐らく美朝も男性経験はないだろうから、何となく私の立場が自動的に上がって行く。こういうの照れるなぁ。
「ヤなの?」
「ヤな訳じゃないけど、なんか怖いっていうか、戸惑いはあるよ」
「まぁそうね、特にあいつの場合は」
私も初めての時は流石に少し怖かったし、戸惑いはあった。
「え、でも樋村君て優しそうだけど……」
「そういうことじゃないんじゃない?」
「え?」
きっと夕衣と英介はその手前なんだ。
「夕衣と英介ってさ、割と急っていうか、それまでは普通に友達付き合いしかしてなくて、お互いがお互いに、男として女を求める部分、とか、女として男に求められる部分とか、殆ど意識ゼロからスタートしたから、好きな相手にでもいきなり女として求められると戸惑うってのはあるかもね」
「なるほど……」
「まったくもって莉徒の言う通り……」
だと思った。それに英介も女性経験は年齢で言えばかなり豊富な方だろうし、男性経験のない夕衣は余計に気後れしてしまうのだろう。
「ま、でもどっかで覚悟は決めないとね。どっちにしても」
「どっちに……?」
首をかしげて夕衣は言う。
「英介とするにしてもしないにしても、さ。まぁしないとなるとちょっと穏やかじゃないけど」
英介も流石にしない、と言い切られたら別れるだろうし。
「でもちょっと怖いのもあるよね」
「こないだ
そこは確かにネックだ。しかし瑞葉も余計なことを言ってしまったものだ。
「……まぁちょっと、私が言うとリアリティ有り過ぎで引くかもだけどさ、私は結構好きよ、エッチすんの」
勘違いはしないで欲しいけれど。無暗矢鱈にエッチしたい訳ではない。そんなに淫ら訳でもばかな訳でもない。欲望よりも理性が立つのが女だ。たけれど本当に抱かれても良いと心に決めた相手とそんな雰囲気になれば幸せな気持ちになれるのは、女も男も変わらない。
「……!」
「り、莉徒……」
勘違いされているかもだけど、でもそんな勘違いを払拭するように私は続ける。
「最初は勿論夕衣と同じで戸惑いはあったけどね。でもま、自分が選んだ好きな人に抱かれるって、私は好き。凄い幸せになるよ」
瑞葉もこういう良い情報を先に与えてあげなくちゃ、まだ未経験の子なんて不安が積もるばかりだ。確かに個人差はあろうけれど、私の場合はこの世の物とは思えないほど激烈に痛かった。
だけれど。
「幸せ……」
「そうよ。痛いだの怖いだの、そんなことばっかり考えるよりさっさとやっちゃえばいいのよ」
「ぞ、ぞんざい……」
確かに少しぞんざいな言い方だったかもしれない。けれど、真理でもある。そう、もっと良い言葉があるではないか。案ずるより生むが安し、だ。
「単に処女捨てたがり、ってんじゃないんだし、あんたはちゃんと彼氏がいんだからさ」
「ま、まぁそうだけどさ……」
ちょっと考えが変わったかな?元彼だからっていう訳じゃないけれど、このままじゃ英介も可哀想だし。
「なんにしてもストレスなんてないほうがイイに決まってんだから」
「そうだね……。ちょっと考えてみるよ」
ストレスなんて夕衣にとっても英介にとってもない方が良い。それにどのみち女である以上、避けられない道なのだから。
「さてー、どうしますかね」
この話はおしまい、とばかりに私は伸びをしながら言った。
「うーん。このまま
確かに美朝の言う通り、涼子さんのお店には夕方からの方が好ましい。
「じゃあクレープでも食べに行こっか。新しいとこできたよね」
「あぁメイド喫茶の隣でしょ」
メイド喫茶は去年かその前かにできたらしいけれど、流石に私も行ったことはない。
「そうそう。十五谺がバイトしてんのよ」
その十五谺は今はその隣にあるクレープ屋さんでアルバイト中だ。
「え、十五谺ちゃんてメイド喫茶でアルバイトしてたんじゃなかったっけ」
「そうみたいだけど、まぁ隣だったら関係ないでしょ。もう去年だか一昨年の話だしさ」
ああいったお店は多分スタッフの入れ替えも激しいだろうから、開店当初のフロアスタッフのアルバイトだった十五谺を覚えている人間なんていないだろうし。
「なるほど。じゃあ行ってみよっか」
夕衣が同意したところで。
「いた……」
「ん?」
何やら声が上がった方に視線を巡らせる。
「あ!」
まさか知った顔が二人もこっちを見ているとも思わず、私もつい声を挙げてしまった。
「え、何?」
「ちょ、逃げ……」
ベンチから立ち上がって、逃げようかどうしようかと辺りを見回す。当然だけれど夕衣と美朝は何が何だか訳が判っていない。
「えっ何で何で」
私に釣られてか、おろおろする夕衣と美朝。そんなことをしている間に。
「
「容疑者か!」
ツッコミを入れつつも、抱きつかれて身動きが取れなくなってしまう。
私に抱きついていない方が私の目の前で仁王立ち。
「連行させてもらう」
仁王立ちの女はそう、ふんぞり返って言った。
「いやー!ちょ、マジ冗談じゃないわ!夕衣、美朝、助けてぇ!」
「え……」
「な、何?」
おどおど、きょろきょろ。お前らだよ!お前らに言ってんだよ!今の言い方じゃ
「てんめぇ
私に抱きついている、
「上等です。さつき」
圭が私の目の前の仁王立ちの女、
「柚机、諦めろ」
「ハイ」
私は観念して頷いた。
「弱っ!」
私を助けようともしてくれなかった女どもが突っ込んでくる。
「ともかく、連行しますので、気になるようでしたら私どもに着いて来て下さい」
さつきはにっこりと微笑むと、ばか丁寧な口調でそう言った。
「え、あ、は、はい」
「……」
さつきの様変わりに面食らいつつも、夕衣と美朝は頷いた。流石にそこまで薄情ではなかったか、Aカッパーズ。
「な、何でスタジオ……」
私が連行されたのはリハーサルスタジオ兼楽器店のEDITION(エディション)。私は判っていたけれど、夕衣は依然として訳も判っていないままなので、当然と言えば当然のセリフを吐いた。店主がなにやらニヤけた顔でこっちを見た。
「あらさつき、よりにもよって莉徒なんてお目が高いじゃないの」
「えぇ、僥倖でした」
にっこりと微笑むさつき。こうやって見ていると上品なお嬢様に見えなくもないのに。
「ゆ、
「あたしは噛んでないわよ。この子らが困ってるらしいから、その辺のバンド者でも拉致っちゃえば?とは言ったけどね」
穏やかでないことを平気で言ってのけるのがこの店主の恐ろしいところだ。正直な話、最近sty-x復活イベント前座バンドの練習のおかげでバイトもろくにできていないので、店主命令ともなれば逆らえない。態々さつきと圭がこんな手段を取らなくても。
「なんという不運……」
「どういうこと?」
やっと少し状況を把握したのか、美朝が訪ねた。説明しようにも、私もあまり事情が判らないままだ。
「メンバーが不足してしまったので、柚机先輩に手伝ってもらおうという訳です」
なるほど。でも問題は実はそこではない。問題は私たちにもライブが控えているということ、そして恐らくさつき達のライブは、直近で行われるということ、だ。
「えと、さつき、さんですよね?ライブか何かあるんですか?」
「柚机先輩のお友達ですね?」
にっこり。
「あ、
夕衣が言って、美朝が軽く会釈する。
「私は柊さつき。こちらは久藤圭。二人共に柚机先輩とは私たちが中学生からの付き合いで、とてもお世話になっています。年齢は貴女方よりも二歳ほど下になります」
丁寧な口調としっかりした説明だ。だがこれでだまされてはいけない。経験上、その内容たるや、凄惨と言っても過言ではないことが殆どだった。
「あんたらこれで何度目よ!」
「これでも譲歩してるんですってば。去年は先輩三つくらい掛け持ってたじゃないですか。だから声かけなかったんですよ」
圭がそう言ってにっこりと笑う。圭はお嬢様系ではないけれど、やっぱり見た目は可愛い。
「当たり前だよ!」
「今はKool Lipsだけでしょ?」
どこで調べた……。まぁ表立って活動もしてなかったからな、最近は。
「そ、そうだけど女子大生はあんたらコーコーセーと違って忙しいのよ!」
「先ほどの、さてー、どうしますかね、という言葉は暇であることの何よりの証左だと思いますが……」
「う……」
全てが後手後手だ。というか、そもそもこいつらに捕まった時点で、私に選択肢は残されていない。
「ちょっと待って、ライブ近いの?わたしたちもライブ近いから、その、無理なんじゃないかな……」
言ってやれ夕衣。無駄だけど。
「ライブは明後日です」
「はぁっ?」
いや、流石にそれはない。今までの凄惨ヘルプの中でも、最悪の部類だ。
「それ故に、目標を柚机莉徒、樋村英介、
にっこり。
「私と英介以外全員プロじゃん!ばかかお前ら!」
「柚机!」
「は、はい……」
うわ出ちゃったよ。さつきの司令官モード。こうなるともうどうにもならない。
「とにかく時間がない。以前やったのは二年前だが曲はすべて覚えているな?すぐ練習に入る」
「私のプライベートは!」
もはや懇願だ。これがある度に毎回言っている気もするけれど。
「柚机?」
「あ、う」
き、と私を睨みつける。このモード自体が怖い訳ではない。面倒なのはこの後だ。この後にさせないために今は従うしかない。
「ちょ、え、あの」
「なんだ髪奈」
「こういうキャラだ。頼むから逆らわないで。前に少し話したでしょ、後輩の女ベーシスト」
覚えているかどうかは判らないけれど、さつきのこれは無理矢理にでも慣れてもらうしかない。でないと後々面倒だ。私が今我慢している意味がなくなってしまう。
「え……あ、う、うん。あの、莉徒が必要ってことは、ギターかギタボか、ボーカルが欲しいってことですよね?」
夕衣は理解したのかしていないのか、とりあえず提案をしてみたようだった。夕衣の言葉に、さつきと圭の二人は頷く。
「今私たちが必要としているのはギターボーカルもできるギタリストだ」
「わたしも一応手伝えるけど……」
そうおずおずと夕衣は言う。おそらく圭に気圧されているのだろう。
「ゆいにゃんあいしてる!」
「黙れ柚机」
我が親友の言葉に歓喜の言葉をあげた私を制しつつ、さつきは夕衣をじろじろと見つめている。
「二日しかない上に、私達の曲も知らないで?」
「一応曲とコード譜くらいあれば……」
夕衣のコードの知識は私など足元にも及ばないほどだ。オマケにコードのフォームはキレイだし、曲を聴いて、コード表さえあれば、コード弾きくらいならば、何でも弾くことができるだずだ。
「まぁ確かに髪奈先輩くらいの腕があったらできるかもしれないですね。ウチの曲簡単ですしね、莉徒先輩」
「まぁ、ね……」
圭が言って私に同意を求める。確かにこいつらの曲はそう難しいものではない。ギターソロ以外は。いや待て、その口ぶりからするに夕衣のことは既に調査済みということか。私の活動ペースも知っていたと言うことは、それなりの情報は持っているのかもしれない。
「由比」
「ハ、ハイ」
「髪奈ではない」
思わず返事をした髪奈夕衣を制して由比美朝に視線を向けた。
「あぁ、はい」
ややこしい。名前で呼んで欲しい。
「由比はシンセだな?」
そんな情報まで……。いやそういえば夕香さんが絡んでるんだった。知っていて当然だ。
「今はキーボードですけど、初心者ですよ」
苦笑しつつ美朝は言った。流石に楽器を始めて三日目の人間をステージには上げられない。まさかとは思うけれど。
「構わん」
どこの特務機関の指令だよ。
「え!」
じゃなくて!
「ちょ、ま」
夕衣と美朝が当然と言えば当然の反応をする。しかし私が反応したのはそこではなく。
「するってぇとなにかい!お前らはドラムとベースだけで明後日のライブを迎えようとしてたのか!」
だとしたらいかれてるにも程がある。
「その通りだ」
大威張りかよ。
「ラリってる!」
「柚机」
流石にこれにはもう頭にきた訳ではないと思うけれど、もはや何をどう言って良いか判らないというか、感情とか心とかがもうついてこない。
「えぇい煩い!ナメんのも体外にしろバカ女どもが!」
「……!」
私はついに手加減ナシでさつきを怒鳴りつけた。さつきのこの突拍子もない性格と、いやに落ち着いている圭の性格のおかげで他のメンバーが居つかないのだ。そこをそろそろ自覚して欲しい。
「だ、だって…」
「あ、やば」
さつきの顔が瞬間的にゆがむ。それを見て圭が一歩さつきから離れた。
「あああああああああああああああっ!」
今度はさつきが手加減ナシで泣き始めた。あぁ、ついにやってしまった……。
「あー、泣かした……」
「なんなのこの子たち……」
「私が高一ん時から付き合いのある後輩……」
私たちも全員さつきからほんの少しだけ離れて話し始めた。もう説明は面倒だけれど、説明しない訳には行かない。そもそも全てがこいつらのせいなのに。
「何度も莉徒先輩にはヘルプで助けてもらってるんですよ」
こんなときでも落ち着き払っている圭が憎たらしい。
「い、いやでも明後日って、普通じゃないよね」
至極まっとうな意見を言ったのは勿論我らが髪奈夕衣だ。
「わたしらもさすがに一週間前にギターとボーカルとシンセがやめちゃうなんて思ってなかったんですよ。ずっとヘルプメンバー探してましたし」
「まぁ大体こいつが原因だけどね……」
「わああああああああああああんっ!」
床に寝っ転がってバタバタと手足をバタつかせながら泣きじゃくるさつきを指差して私はため息をついた。
「あ、あのさつきさん」
「あー、無駄無駄。一時間近くはこのままだからほっときな。で、やるの?」
だからさつきを泣かせたくなかったんだよ。
「まぁできるかどうかにもよるけど……」
「と、特に私が……」
美朝の不安は判る。……ようで判らない。音楽を始めてまだ数日なのにライブとかやったことがないので、どういう心境だかは実際には判らない。
「キーボードはとりあえずコード弾きくらいでしょ」
「ですね」
コード弾きくらいならば何とかなるような気がしないでもないけれど、美朝のレッスンがどれだけ進んでいるかにも寄る。
「わあああああああああああああっ!」
「あぁ鬱陶しい!いい加減にしろワレコラァ!ボケが!ウラァ!」
もうさつきがうるさ過ぎるので、私はさつきの大腿部に大分加減をした蹴りを入れた。加減されたのが判ったのか、さつきは私に哀れみの視線を向けてくる。
「ひっ、ひっぐ!」
「ちょおぉぉぉぉ!」
ずびし。もう一発お見舞い。これではバットなんか折れないな。
「やめなさい!」
夕衣が私とさつきの間に入って、さつきを後ろから抱くようにかばった。
「……髪奈」
「あ、や、ちょ」
さつきはひし、と夕衣に抱きついて、あろうことかほぼフラットな夕衣の胸に顔をうずめた。夕衣が怪しい動きをする。
「すげえ!落ち着いた!」
「いやぁこれ、私以外できる人いなかったのに」
じゃあやれよ。とは言わなかった。いや、言えなかった。正直、圭以外の女がさつきを落ち着けさせたことには私も驚きを隠せなかったから。
「夕衣ちゃんはなんかほっとするからね」
「え、そ、そう?あ、ちょ、だ、だめってば」
ぐりんぐりん、と夕衣の胸に顔を押し付ける。両手はしっかりと、殆どないはずの脇乳をつかみながら。
確かに夕衣は癒し系だと思うけれど、さつきまであやせるとなるとかなりのツワモノだ。
「まぁ先に言っとくけど、一応そいつもノン気だから」
「そ、そうなの?」
手つきも顔の動きもヤバイさつきだけれど、何度かは男と付き合っている。今はどうだかは知らないけれど、まぁこいつと付き合うとなると、私以上に相手にするのは大変だし面倒だろう。
「それを言ったらあんたの乳揉み癖もどうなのよって話だけど……」
「あ、あれは興味本位!」
それも無節操に、大きな人から小さな人まで、とにかく親しくなると揉みしだく。どうしようもない癖だ。あまり人のことは言えないけれども……。
「よし、ともかくさつきが落ち着いたら話、聞こうじゃないの」
「あんたら用の空いてるスタジオ使いなさいよ」
今まで知らん顔をしていた夕香さんが話がまとまりそうになるやそう言ってきた。スタジオを使わせてもらえるんならありがたいけれど、やっぱり夕香さんの性格は抜け目がないなぁ。
「はぁい」
「てゆーか、あっ、ちょ、だめ!」
英介以外で夕衣の貞操の危機、かも知れない。
「すみません……」
落ち着いたさつきが頭を下げた。このいわゆる普通モードの時のさつきは幾分か付き合いやすいんだけれども。みんなこれで騙されるんだ。
「まぁでもわたしらも当日いきなり無理にコピバン組んでやったことあったしね……」
「やー、それとこれとは違うでしょ、流石に……」
去年の夏の話だ。確かにそんな無茶もした。けれど全員バンドをやっていてそれなりにライブも経験していた面子ばかりだったし、何よりみんなが知っている曲のコピーしかしなかった上に、ドラマーはプロだった。
「ま、まぁそうだけど」
「美朝だってさ、コード覚えたの?」
流石に二日三日では覚えられないだろう。
「い、いちおう、メジャー、マイナーくらいは何とか……」
「は?」
「て、天才か!」
ギターでもコードは先に覚えておくと良いけれど、それはキーボードでも同じなのだろうか。そもそもキーボードなのか、シンセなのかピアノなのかも良く判っていないのだけれど。
「や、まって、美朝ちゃんは頭良いからそのくらい楽勝なのよ!」
「楽器の経験と頭の良さは関係なくない?」
コードの覚えは確かに頭が良ければすぐに覚えられそうだけれど、指が動くかどうかは練習量もあるのではないだろうか。そこは流石の涼子さ……まさか涼子さん、これを見越して美朝に三日続けての特訓を……なんてことはないな、さ、さすがに考えすぎか。
「頭良いと指だって動くに違いないよ!」
美朝は苦笑しっぱなしだ。コードを覚えてもコードチェンジがおぼつかなければ演奏には使えない。そこはどうなのだろうか。涼子さんとの三日に渡る特訓で何とかなっているのかいないのか。
「落ち着け」
そう夕衣に言うと私はさつきと圭に向き直った。
「で、曲は?こないだと変わってないの?」
「やってくれるんですか?」
ぱっと圭とさつきの表情が明るくなる。
「このままほっとく訳にも行かないでしょうよ……」
「ありがとうございます!」
最初からこんな手段を使わずに、素直に言えば良いものを……。いや、どう出てきたところで私の反応なんか大して変わらないな、きっと。
「信じていたぞ、柚机」
「やかましい」
「黙れ柚机」
「貴様が黙れ」
早速『司令官モード』になってさつきがふんぞり返った。次は無空波だからな、オマエ。
「う……」
「ちょっと莉徒」
また半べそをかきだしたさつきを夕衣がかばう。さつきは夕衣の胸にまた顔をうずめて神妙な声を挙げた。
「ほわぁ……」
「あ、だ、だからやめてっ」
英介が見たら例えさつきといえどぶっ飛ばされるのではないだろうか。
「えぇい!話が進まぬ!」
「と、ともかく、曲を……」
だん、と一発地団駄。普段の夕衣ならば話の流れを作るのは上手なのだが、さつきにべったりとくっつかれた上にペッティングまでされていては耐性がない夕衣では仕方がない。
「じゃあその卓でかけます」
圭は相変わらず落ち着き払って、卓の下にあるMDプレイヤーにMDを飲み込ませる。
「美朝、ちなみに言っとくけど、オリジでバンドやってる連中に譜面なんかないからね」
「え!」
「そっか、そういうことも知らないんだよね……」
今現在美朝がどれだけ譜面を読めるのかは知らないけれど、練習は当然譜面を見ながらやっているのだろう。バンドの中にキーボードがいる場合は、時折譜面を見ている人も見かけるが、基本的にそれはあまりしない。私たちは暗譜が当たり前で、それはボーカルだろうとギターだろうと変わらない。いや暗譜というかそもそも譜面などない状態で曲を創ることが殆どだ。
「一応コード譜はあるわよね、わたしが創ったやつ」
「あ、はい」
夕衣の胸から顔を上げてさつきが返事をした。
「良かったぁ。一から拾い出しだと流石に時間足りないしね……」
ぽん、とさつきの頭に手を乗せて夕衣が苦笑する。なんだ妙になついてるな。
「美朝にも役立つし、ほんっと作っといて良かったわ……。つーか夕香さんにここ使わせてもらっていいか確認取るか……」
sty-x復活ライブに向けて活動している名無しのバンドは毎日ここで活動している訳でもない。私たちはいつでも練習に入れるから、この部屋は常時私たちのために解放してもらっているけれど、貴さんと諒さんは色々と忙しい身だ。
「あ、そっか、ここ借りてるのは違う名目だもんね」
「出資も私らじゃないし」
「だね」
「?」
私と夕衣の会話に不思議顔を作るさつきと圭。今この場で一々説明する気にはなれないな。
「まぁ事情は後で説明するから、とりあえず曲聞かせなよ」
「はい」
圭がぽち、と再生ボタンを押した。流石に高性能とはいえICレコーダーで録音した音源だから、音質はあまり良いとは言えない。さーっというノイズの後、すぐさま重厚なリフが流れ始める。これ、前に私が弾いた時の音源じゃないか。
「え、ちょ」
「あぁ、こいつらこういうジャンル」
ここ最近では夕衣も馴染んできた音楽ジャンルだろう。sty-xには昔からファンがついていて、コピーバンドも多かった。コピーバンドからオリジナルバンドに派生するバンドも多く、そういったバンドのバンド名には殆どが『-x』とついたりもする。ちなみにこいつらのバンドは
「LAメタル?」
「そうです。最近じゃあまり見かけないですけど」
にこり、と笑顔を夕衣に向ける。こりゃ相当夕衣のことが気に入ったっぽい。以前は私にもそんな感じだったけれど、ヤツに蹴りを入れるようになってからはめっきりそういうことも減った。とは言えこうして頼りにされているのだから、嫌われている訳ではないのだろう。
「
「なるほど、さつきの空回りね」
史織が聞いたら泣いて喜びそうな話だ。
「まぁそうです」
「sty-x、か……」
未だに、私たちよりも若い世代にも支持を受けているなんて、やっぱり史織のバンドは偉大なバンドだったんだな。こういう話があると改めて実感する。
「私たち、リアタイじゃないですけど、凄い好きなんです」
だとしたら、だ。この状況を見て、史織ならどうする。私ですら、いくら無理難題とは言え、何とか力になれないかと思ってるんだ。
「ま、コード譜あるし、ソロはそれっぽくていいんだったら……」
「莉徒まさか」
流石私の親友。多分私が漏らした独り言やらで推測したのだろうけれど、夕衣が考えていることは恐らく当りだ。
「そう、そのまさか」
「ちょま、それ、唄は?」
ギターボーカルの頭だった夕衣が、きっと頭の中で構成を考えながら言った。
「そりゃその場合は私やるわよ、ピンで。んで夕衣はギター」
「えぇ、莉徒先輩も弾いてくださいよ」
どうやって調べたのかはまったくの謎だけれど、恐らくこいつらの情報はある程度正確だ。だとすると、夕衣がLAメタルのソロを弾くようなギタリストではないことは、さつきも圭も判っているのだろう。
「やー、超絶ギタリストつれてくる、つったらどう?」
「え?」
こいつらの、いや、夕香さんのリストにすら載っていない人物が一人だけいる。しかもそいつは私にしか動かせない。
「私ピンでボーカルするから、その人にギター任せる、とかならいいでしょ」
コードギターならば夕衣には安心して任せられるし、ギターボーカルがギターとボーカルの二人になるだけの話だ。なんら不都合はない。
「まだその人がOKするか判らないでしょ」
「まぁそうなんだけどさ。でも曲聞かせりゃ一日あったら耳コピくらいするよ」
何曲やるかにもよるけれど、ああ見えてギターも巧ければ料理も巧いスーパー母。運動能力だけは備わっていないので歩くことすら危なっかしいけれども、基本的に要領は良いはずだ。
「え、そんな凄いの?」
「こないだちょろっと見たけど、私なんて足元にも及ばないよ。それにこいつらの曲は史織の大好物だと思うし。まぁちょっと話してみる」
さらりと史織、と言ってしまったけれど、まさか本物のsty-xの
「間に合う?」
「どのみち今からじゃハコのキャンセル料は満額。なら出る方向で努力しましょ」
「さすが莉徒先輩」
ぽんと手を合わせて圭が言う。よく言うよ。こうなることは大体計算通りだったくせに。
「まぁやり方はどうあれ、あんたらががんばってきたの、知ってるしね」
一応フォロー。別に手を抜いてこんな状況になった訳ではないことは、私も知っている。少し、オリジナルバンドをやるには厳しすぎるくらい、音楽に対して生真面目すぎるのだ。だからぶつかり合うし、手加減もできない。若いから、というのも勿論あるけれど、その実年代なんて私らとそう変わらないし、真剣という秤で度合いを計れば私だって音楽には真剣だ。なのでさつき達のコレは年齢的なものというよりも、個人的な資質だろうと思う。
「先輩……」
「そういうことならお付き合いしましょ。ね、美朝ちゃん」
やんわりと夕衣が厳しいことを言う。確かに美朝には少し厳しい気がする。
「え、や、わ、私はちょっと、いくらなんでも……」
「コード弾きだけでいいわよ」
でも、厳しいからこそやらせたい。全て一〇〇パーセント巧く行くライブなんてない。失敗して失敗して悔しくて、でもそれ以上にステージに上がるのが楽しいから、続けて行ける。美朝にもそれを知ってもらいたい。何処まで準備したらライブに出るの?というくらい練習を重ねている人もいるけれど、ライブ経験なんて多ければ多いほど良いし、経験できるチャンスがあるなら早い内から経験した方が良い。
「習い始めてまだ三日……」
「じゃあ猛特訓ね!」
鬼だ。鬼になれ柚机莉徒。
「頼んだぞ、由比」
「あ、はい」
ぐり、と美朝に顔を向けてさつきが言い、夕衣が返事をする。
「髪奈ではない」
「は、はい……」
もうほんと、何なのこいつ。
12:クレープ 終わり
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