02:トースト
二〇〇七年四月一四日 土曜日
「ふぅむ……」
自室のパソコンに向かってsty-xの動画を見ていたのだけれど、本格的な
「ただねぇ……」
衣装やメイクはどうしても時代を感じさせる。殆どアフロヘアーに近いようなパーマやどぎつい色のアイシャドウやルージュ、ルージュというよりも口紅と言った方がしっくり来る。要するにケバケバだ。Precious Tearsも衣装やメイクに時代は感じさせるものの、可愛らしい衣装と、当時流行っていたメイクをしていたので、見た目的にもsty-xよりもPrecious Tearsの方が一般受けしそうなのは良く判った。
「それにしても……」
このギタリスト。おっさんかよ、と思うほど弾きが堂々としていて、チョーキングやピッキングハーモニクスの使い方がダイナミックだ。音だけ聞いていたら大御所の大ベテランが弾いているのかと思うくらい音も厚いし、ミュートもタイトで的確。ただ弾いている仕草とか動きが全然ロックミュージシャンっぽくない。判りやすい部分ではヘッドバンキングとかしているけれど、それ以外はなんだか化粧が厚いせいで良くは判らないけれど、終始にこにこしているような表情だし、動きも女の子っぽくて可愛らしい。メイクがメイクだけにそのギャップに恐怖すら感じられる。
レコーディングされた音源に映像を乗せたミュージックビデオよりも、ライブの映像の方が遥かに聞き応えがあるし、映像としても見応えはあった。正真正銘のライブバンドだ。
「本気でカッコイイわね」
そういえば曲はどうするのだろうか。前座なのだとしたら、彼女達をリスペクト、という意味で一曲くらいはコピーでもやりそうだ。当然まだネットにもsty-x復活の噂は挙がっていない。初期メンバーのボーカルの人は音楽活動をずっと続けていたのでブログをやっているけれど、当然彼女のブログにもそういった情報は一切書かれていなかった。
「おわぅ!びっくりした」
机の上で携帯電話がいきなり震えだした。メールではなく電話だ。ディスプレイを見ると、我が愛しの相棒、
「オーゥ、ユイユイ」
『ユイユイゆーな。今平気?』
「うん」
お互いに軽くジャブを打ち合うのはもはや通例だ。
『なんか流れ的に、わたしが受ける感じになっちゃったけど、
「うん。だって
私が思うに、日本最強のリズム隊だ。技術がどうの年季がどうのというよりも、ただ単純に私が日本で一番好きなドラマーとベーシストだというだけなんだけれど。そんな二人とバンドを組んで、ステージに立つチャンスなんて多分もう二度とない。
『だよね。わたしもそれ、思ったんだ』
二人が良くいる場所には良く行くし、当然良く会うし、コミュニケーションは本当に良く取らせてもらってると思うけれど、いざバンドをやろうとなると話は別だ。彼らは普段から音楽をやって糧を得ている。そんな二人にたかだか数年学生バンドをやっているだけの私達のような小娘が声をかけるなど正直な話恐れ多い。普段から私は彼らとはフランクに話してはいるけれど、そこはそれだ。せっかくあちら側から声をかけてきてくれたのだ。彼らの仕事に触れる良い機会でもあったし、音楽的にも絶対に成長できると私は踏んだ。
「ま、何にしても気合いれて行こうぜ、相棒」
『かしこまりー』
最近は夕衣もロックに目覚めてきて、ロックをやる楽しさを覚えつつある。激しさで言えば、sty-xのような音楽まではやっていないにしても、新たに、ロックンロールとはまた違う楽しさを見出せるんじゃないだろうか。
「今さ、sty-xのライブ動画とか見てたんだけど、すっごいカッコイイわ」
『え、わたしも見てみよ』
電話の向こうでキーボードを叩く音が聞こえる。……遅い。sty-xなんてたかだが五文字なのに。
「まぁカッコはちょっと古臭いけどさ」
『だよね』
夕衣は苦笑したようだった。
「でも演奏はホンモノだわ」
『どれどれ……。うわー。カッコもコレで復活するのかな』
「流石にそれはないでしょ」
二〇〇七年にもなってこのファッションはありえない。未だに本場アメリカで音楽スタイルを変えずにやっているゴリゴリのミュージシャンでもファッションの見直しはされているくらいだし。
『わたしたちもこんなカッコする、とかないよね』
「あったらやばいね……」
世界的にも有名なバンド、
『うわ、カッコイイ。これなに?ヘビーメタル?』
「何聴いて……あぁそれはどっちかっつーとLAメタルかな」
曲名を訊こうとしたが、夕衣が電話の向こうでボリュームを上げたのだろう。sty-xの中でも一、二を争うほど有名な曲、
『ほうほぅ。こういうのもカッコイイなぁ』
「あんたも大分目覚めてきたわねー」
夕衣は私が普段から聴いているようなハードロックやLAメタルをあまり聴いていなかった。唯一、G's系だけは聴いていたので、こういった音楽の入り口にはすでに立っていたのだけれど、LAメタルやハードロックよりも、ロカビリーやロックンロールを先に聴かせているところだった。私がそうしてロックという音楽にはまっていったように。
『莉徒の影響だけど』
「
英介は
『英介からは全然借りてないよ。ちょっと洋楽とかになると敷居が高い感じがしてて敬遠してたんだ』
「あぁ、なるほどね。まぁでもあいつが好きなガンズとかモトリーはこんな感じだよ」
私が夕衣に貸していたのは日本でも特に評価の高いロックンロールバンドだ。
蛇足だけどPSYCHO MODEのギターボーカルだった
『LAメタルっていうやつも?』
「まぁ雰囲気的なもんだけどLAメタルは結構メジャーコード系だね。っぽい感じは大体似てるんだけど、LAメタルの方が明るい。まぁでも大別すると同じに見られるけどね」
『なるほどねぇ。ヘビーメタルなんかもそうなの?』
「何が?」
夕衣が訊いていることの意味を掴みそこねて問い返す。
『ジャーマンメタルとかスラッシュメタルとかデスメタルとかあるじゃない』
「あー、その辺のカテゴリは私もそんな判んないわ。スラッシュとかデスもサブジャンルって言われるものだけど、他にもクラシックメタルだの、シンフォニックメタルだの、ドゥームメタルだの、メロディックスピードだのいろんなのがあんのよ。全部正確に判別できるやつがいたらそいつはそれで評論家としてゴハン食べてけるんじゃないかしら」
LAメタルとハードロックバンドの明確な差異でさえ定かではないのに、若干畑違いのヘビーメタルともなるともう私にはお手上げだ。聴かない訳ではないけれど、知っているのは
『そんな色々あるんだ……』
「まぁsty-xはLAメタル、ハードロック系だね」
デビュー当初は歌謡曲のようなメロディーにロックサウンドを乗せてみたり、とあまり方向性が定かではなかったような感じもあるけれど、第一期の中盤辺りから今のスタイルを確立して行ったみたいだ。
『LAメタルってメタルっていう割にはヘビーメタルとは違うんだね』
「まぁそこも正確に違うかどうかは微妙なところなのよ。最近のジャカ弾きロックしかやってこなかったような連中にはハードロックでもメタルじゃん、て言っちゃうような奴らがいるからね」
ほんの少し前に、だいぶお手軽な感じのパンク系ロックが流行ったことがあった。それにもエモだのハードコアだのメロコアだのと色々とサブジャンルがあるけれど、私は全く食指が湧かなかったから殆ど聴かなかった。Tシャツにジーンズ姿で元気でーす!みたいな思クソバカっぽいバンドが何組かいて、ギターも全くミュートもせず、だらしなくコードを弾き散らかしているだけで、歌も音程が外れていないだけのへたくそなバンドばかりだった。そんなしょうもない連中に影響されてバンドを始めた連中も大勢いる。そういう連中はハードロックやLAメタルを聞いてもヘビメタじゃん、等と言ってしまうのだ。
ちなみにヘビーメタルバンドやファンの中にはヘビメタと略されることを嫌う人たちも一定数いる。そういうことも知らずに言ってしまう厚顔無恥なバンドマンが最近は結構増えている。
『ふぅん。わー、ソロとか凄いね』
「ライトハンドとか速弾きは当たり前だったからねぇ」
動画に目を戻したのか夕衣が言った。今夕衣が動画を見ているStorm BringerはCMソングにもなり、かなり売れた曲だ。今まであまりハードロックやLAメタルに触れたことのない人たちに、こういう音楽があるのか、と知らしめた曲でもある。当時絶大な人気を誇っていたヴィジュアル系バンドの走りでもある、
『スウィープも?』
「スウィープはまぁやる人はやってたかな。でもスウィープはやるのも難しいけど、曲での使いどころも難しいからね。私は単にひけらかしのテクニックだと思ってるし」
スウィープピッキングというのは速弾きをするための演奏法の一つで、コードのアルペジオを一音一音しっかりとミュートして六弦から一弦まで箒で掃くように弾き降ろし、また一弦から六弦まで弾き上げる動作を繰り返す。音を詰め込むにはもってこいの演奏法だけれど、私はしっかりとメロディーを奏でるギターソロが好きだから、自分が創った楽曲や弾いてきたギターソロではほとんど使ったことがない。ハードロックやLAメタルやロックンロールでも聴かないし、やる必要もない演奏法だと私は思っている。自分が巧い、と知らしめたいがためのテクニックでしかない。したり顔でスウィープを多用するようなギタリストは私はハッキリ言って大嫌いだ。
『でも莉徒はできるじゃない』
「できるから使いまくるってんじゃ芸もないでしょ。それにちょっと復習しないとできないしね」
最近は全くやっていないせいで恐らく感覚も鈍っている。
『わたしもスウィープは無理だとしても速弾きはできるようになりたいな』
「すぐできるよ。あんたの練習量なら」
恐らく夕衣の言う速弾きはまだロックンロールの中でのものだ。ヘビーメタルやジャーマンメタル、スラッシュメタルほどの速弾きのことはまだ言っていないだろうけれど、sty-xのStorm Bringerはメタルの速弾きに近い上にライトハンドもある。それを見て言っているのであれば大したものだと思う。
『そしたら莉徒と唄もギターもハモれるね』
「まさしく相思相愛ね」
『違うと思うけど……』
もしかしたら諒さんと貴さんはそういう部分も狙いとして持っているのかもしれない。sty-xはギタリストは一人だけれど、楽曲によってはシンセサイザーとギターのソロを掛け合いにしてみたり、ユニゾンにしてみたりと、様々な試みがなされている。それをライブで見せられるだけの技術もクオリティもあるバンドだ。だから、sty-xにはないギターのハモりを、私と夕衣のギター二人で見せることができるかもしれない、と。
「まぁでもけっこう厳しいことも言われると思うし、覚悟はしないとね」
『わたしはもう腹を決めたよ。きつくても頑張れば絶対巧くなると思うもん』
「オレもー」
普段はおとなしくて穏やかな性格をしているが、この髪奈夕衣という女は音楽の事となるとクソ度胸を見せたりもする。友達を作るのはあまり得意ではないのだろうけれど、全く知らない大勢の前で歌うことはなんとも思わない、特異な性格だ。
『がんばろうね、莉徒。莉徒と一緒だからやろうって思ったんだから』
「ほんとさ、もうオレの女になれ!」
そしてこの可愛さだ。本当にもう、私が男だったら絶対彼女にしたいほどの。
『ノン気である』
「オレもなー」
残念ながら私もその気は全くない。
『じゃあわたしもちょっとわたしなりにsty-x研究して、練習もしとく』
「おっけ。何か動きあったらすぐ連絡するよ」
『判った。んじゃね』
「あいよぅ」
通話を終えると、携帯電話を机の上に置く。出会ったばかりの頃の夕衣は、何と言うか心に壁を作っていたように思えた。誰とも特に親しくならなくても良いような、そんな雰囲気を出していた。でも私は初めて夕衣の演奏を見た時、絶対に仲良くなりたいって思った。でも夕衣が自分から壁を無くそうと思わない限り、こちらから強引に押し掛けることもしなかった。それだけで鬱陶しい存在だと思われるだろうから。でも英介や
ギターケースが入っているクローゼットの扉を開ける。私が所有しているギターは今のところ三本。中学生の頃に買った
「あれ?」
一番奥まったとこにあるレスポールのケースが少しだけ空いている。私は手を伸ばしてレスポールのケースを取った。このギターはしばらく使っていない。私がメインで活動しているバンド、
「……」
ケースを開けてみて、首をかしげる。弦が新品だ。しかもこれ。
「エリクサー……」
高級弦だ。弦の周りに薄くポリマーコーティングが施されている弦なので、見た目でもすぐに判る。高級といっても一セット一二〇〇円程度なので充分に私たちでも買える値段だから、私もいつも使っている。私は部屋を出て、隣の弟の部屋のドアをノックする。
「
「お?どした?」
ドアの向こうからくぐもった声が帰ってきたと思ったらすぐにドアが開いた。
「あんた私のギター使った?レスポール」
「え、使ってねぇけど」
当たり前のように答えが返ってくる。多分嘘ではない。逢太もバンドをやっているけれど自分のギターを持っている。私のギターを使うこともあるけれど、別に私はギターを貸し渋ったりはしない。責任の所在さえしっかりしていれば良いだけの話だから、逢太から頼まれれば、使う予定がない限りはいつも貸している。だから、私に無断で借りるなんていうことはまずないはずだ。それに逢太は高校一年生になったばかりでまだアルバイトもしていない。私からギターを借りて、エリクサーを張って返してくれるなんてことはまずないだろう。
「そ、ならいいや。ごめんね」
「おー」
だとすると、自分で換えたのだろうか。自分の記憶が定かではないのもどうかと思うけど、弦の交換は割りと良くするから、単に記憶が飛んだだけなのかもしれない。
「たぁだぁいぃまぁ」
頼りなく間延びした声が私の耳に届く。どうやらママ――
「お帰りー」
私は部屋を出て階段を下りた。酔っているのだろう、史織は私の顔を見るなりぺたん、と玄関の土間の方へ座り込んだ。私の母だけあって、小柄で童顔。実年齢は四四歳だけれど、二〇代前半にも見えるという驚異の……いや、恐怖の若さを保っている。
「莉徒ちゃんお帰りぃ」
「逆、逆」
苦笑をしつつも史織を助け起こす。ちなみに我が柚机家では、両親を名前で呼ぶことが殆どだ。何故そうなったかは定かではないのだけれど、私は小学生の高学年あたりからそう呼んでいたような記憶がある。その史織は家では少ししかお酒は呑まない。今日は同窓会か何かだったはずで、かなり酔っているように見える。恐らく場の雰囲気で呑んでしまったか、呑まされたかのどちらかだ。
「おー?」
史織の上着の胸ポケットからポータブルメディアプレイヤーがぶらん、とぶら下がった。イヤフォンは首にかけるタイプのものだから、プレイヤーが床に落ちることはなかったけれど、何やら音漏れがしている。
「んー」
「ちょ、あぶな、わー!」
史織が変な体勢で私に抱きついてきたので、バランスを崩して二人いっぺんに転んでしまった。この通り、史織は大人としての言動が皆無といって良いほど子供っぽい。もちろん親としての責任などはしっかり果たしてくれているけれど、何を言っても何をやっても子供っぽさが抜けず、親だと言っても信用されないことが殆どだ。
「いったぁ……。ちょ、史織、アイポ付きっぱ」
「んー」
もはやお休みモードに入りそうな勢いだ。パパ――
「だめだこりゃあ。逢太ぁ!史織がだめー!」
「あー?」
いくら史織が小柄とはいえ、私だって小柄さでは引けを取らない。ここは博史の遺伝子を色濃く受け継いでいる逢太に手伝ってもらうしかない。
「ったぁく、しょうがねぇな」
「あ、おーちゃーん、たらぃま」
「おーぅ、お帰り」
律儀に挨拶はしっかりとする。逢太は口は悪いけれど、素直なイイヤツだ。多分相当もてるに違いない。高校に入ったばかりなのにもう彼女ができて(これがまた超絶可愛い)、順風満帆だ。
「つーか……」
何だ?プレイヤーから流れている曲。史織が聴くにしては嫌に激しい感じがする。ロックドラム独特のシンバル、ハイハット。
「おらぁ!莉徒も起きんだよ!」
「え、あ!ご、ごめん!」
史織のプレイヤーから漏れる音に集中してしまったせいで、起き上がるのを忘れていた。
「ともかく寝室!今日はもうだめね」
「だな。ほら史織、ちゃんと歩いて」
私と逢太で史織を両サイドから抱えて歩くと、何とか階段の下まで辿りつく。そこからは一気に逢太が史織をお姫様抱っこで階段を駆け上がる。
「んぬー!」
小柄とはいえ完全脱力状態の人間は重い。それも階段を上がるのはかなりきつかろう。しかし逢太は高校一年生にして一七二センチメートルという私からしてみれば山のような身長を持つ。途中で止まることなく、踊り場にたどり着いた。
「んー。おふろぉ」
逢太の腕にしがみつきながらむにゃむにゃと眠たそうな声で言う。
「死ぬ気か」
「明日の朝ね。今日はもうこのまま寝ること」
私も階段を上り、逢太に追いつくとまた史織の両サイドに回り、寝室までつれて行く。
「りょうかいなのだぁ」
「よし逢太、ラストスパートだ」
「うんぬー!」
再びお姫様抱っこから史織をベッドに寝かせて一段落。
「ご苦労」
「しかし相変わらず可愛いなぁ」
言ったそばから史織が寝息を立てる。とても四四歳二児の母には見えない。逢太は良くマザコンにならなかったと思うよ、本当に。
「この遺伝子も私は引き継いでるのかしら……」
だとしたらかなり嬉しいけど。もはや背が小さいだの胸がないだのというのは矮小な悩みでしかない。四四歳にもなってこの若さが保てるのであれば。ただ正直、胸はもう少し欲しい……。
「駄賃は?」
「明日史織に請求しなさいよ」
私が迷惑かけた訳ではなし。むしろ私が史織を最初に出迎えたのだから、それをサボった逢太にお駄賃を貰う資格があるのかどうか。
「それもそうだな。んじゃおれは寝るぜ」
「あーい、お休みー」
逢太が先に寝室を出て、私もそれに続いた。
二〇〇七年四月一五日 日曜日
翌朝、リビングに下りると、博史が新聞を読んでいた。
「おはよう莉徒」
「おはよー。昨日遅かった?」
「あぁ、一時半くらいかな」
私はあれからまた寝室に行って、史織を着替えさせてから、すぐに寝てしまった。博史が帰って来たことには全然気付かなかった。
「ひー、お疲れさまでございますぅ」
家族のためとはいえ、本当に頭が下がる。他の家はどうだか知らないけれど、私は両親と仲が良い。博史と史織とはいつも買い物に行ったりしているし、逢太とも楽器屋に行ったりする。流石に一緒にお風呂に入る、とかはないけれど、別にそれが史織だったら全然構わないし。
「なんもなんも、家族のためならね!んで昨日ママ酔い潰れたの?」
「うん。まぁ吐いたりとかじゃなかったけど、帰ってきたらもう爆睡」
あれはかなり上機嫌で良い酔い方だったような気がする。気持ち悪くもなっていなさそうだったし、そもそも史織は少し呑みすぎるとすぐに吐いてしまうから、お酒が残っているということもないと思う。
「そうかぁ。お酒臭かったから驚いたよ」
あれだ、お帰りのーだかお休みのーだか知らないけど、キスしたんだろう。それも史織は絶対起きていないだろうから、博史から一方的に。ラブラブ夫婦め。
「そういえば逢太は?」
昨日史織が帰ってきたのが二三時だったから、結構速く寝たはずだ。まだ起きていないのだろうか。ちなみに柚机家の男子は非常に寝穢いので、昼過ぎまで寝ていることだってざらにある。
「朝からデートだって言って出てったよ」
「そいつはご機嫌なこって」
どうりで早寝な訳だ。大体まだお小遣いも少ないのでそれほど多くデートには出かけていないようだったけれど、今日はちゃんとしたデートなのだろう。
「
「史織の次に、でしょ」
結婚して二〇年くらいになるのかな?それでも博史の中では史織以上の女は現れないらしい。まぁ浮気が原因で家庭崩壊、なんてことも絶対なさそうだから、それはそれで良いことだと思うけれども。
「ママと莉徒の次、だね」
「よく言うよ」
「ホントだって」
娘ですら第二位なんだから、今のところ他人でしかない惠子のランキングはまだまだ上がりそうにない。いや、ほんとに可愛いんだけどね。
「昨日って何?同窓会?」
「みたいなもんだね」
それならどうして博史は行かなかったんだろう。
「博史だって同じ高校だったんでしょ?」
「学校の同窓会っていうんじゃないんだよ。父さんがあまり知らない友達だし」
「へぇ」
そういうこともあるのか。まぁ私も小学生の時の友達にたまに会ったりするけれど、そんなノリなのだろうか。ま、それよりちゃんと報告すべきことはしておこう。
「私さ、プロのミュージシャン、友達いるって言ったじゃん」
「あぁ、
幾度となく話しているので記憶に残っているのだろう。博史や史織は私がバンドをやっていることに関しては何も言ってこない。ライブには来たことはないけれど(呼んでいないので)、ライブビデオはいくつかは見せたことがあった。
「そう。その人にちょっと仕事手伝ってくれ、って言われたんだよね」
「ほー。プロのステージで?」
新聞から顔を上げて博は言った。
「うん。まぁライブ一回するだけなんだけど」
「なるほど。まぁでもいい機会じゃないか」
私は大学も実は受験するかどうかけっこうギリギリまで迷っていたんだけれど、博史も史織も私に任せる、という態度は崩さなかった。私が通う大学は小学から大学までの一貫教育なので、行こうと思えば一般受験ほど苦労はせずに大学へ上がれる。労せずして、とまでは言わないけれど、それもどうなのか、という疑問もあったのだ。大学卒の肩書きは確かにないよりはあった方が良いのかもしれないけれど、それなしで高校を出て働いている人の方が、社会では上の立場にいるような気がしてならなかったし、本当に何か一つを突き詰めるために大学受験をする人たちと比べたら、なんだかことのついでで大学生になる、というのが恥ずかしいような気もした。
何よりもアルバイトではなくて、きちんと働いて、自分の稼ぎで社会人バンドとしてやっていきたかったという気持ちが強かった。
「まぁね。夕衣と一緒にやることになったから、もしかしたらちょっと遅くなる日とかあるかも」
夕衣が短大から、今の大学に進路変更をしたから私も大学生になった、と言っても大袈裟ではないと思う。夕衣とは本当にくたばるまで一緒に音楽をやりたいって思ったし、なによりバンドとは別に、生きる道としての仕事や、仕事になりうる何かを見つけられるかもしれない、という夕衣の考え方に賛同したこともある。だから、すべてという訳ではないけれど、まだ少しだけ親の脛をかじって生きて行かなければならない。
「あいよ。ママにもちゃんと言っておきなよ」
親の心配の種は少しでも減らした方が親孝行というものだろうし。
「おっけー」
「はー」
突然私の声にかぶるくらいの勢いで二階からくぐもった、ものすごい間延びした、だけど多分叫び声が聞こえた。おそらく史織が起きて、時計を見てからあげた悲鳴だか叫びだろう。
「あの調子じゃ階段から転げ落ちるかもよ、博史」
「おっけー」
博史は新聞をたたんで立ち上がると、小走りに階段を上がり、踊り場へと辿りつく。
「先手必勝!」
「おう」
私が階段の下から言うと博史がサムズアップした。何も待ち受けて停める必要はない。寝室に入って説明すれば良いだけのことだ。寝室に消えた博史を見送っても私は階段の下で待機する。こういうときの史織の反応は結構面白いのだ。
「ママ、今日は日曜日!」
「え?」
博史が言って、史織が疑問詞を返す。
「今日は日曜日!」
「んと……?」
二回目。
「日曜日!」
「……そっかぁ、良かったぁ」
三回で理解した!どうやらお酒は残っていないようだ。
「でも僕と莉徒は腹ペコなんだ」
「あ!す、すぐ作るね!」
そう言って史織が姿を現した。凄い寝癖だ!だが可愛い。
「慌てない!」
「はい!」
私が下から声をかけて、史織が返事をする。いやぁ我が母親ながら本当に面白い人だ。
「おーちゃんは?」
トーストを焼きながら史織が言う。おーちゃんとは逢太のことだ。おうた、という珍しい呼び名だけど、往々にしてこういう名前は真ん中の母音は略される。私も呼ぶ時の音は「おーた」になってると思う。
「惠子とデートだって」
恵子もバンドをやっている。ベーシストで中々変わり者だけれど、あと二、三年したら多分ものすんごい美人なると思う。柚机家の女と違って巨乳だし。
「えぇー、いいなぁデート。私も恵子ちゃんとデートしたい」
昨今では息子のデートについていくという、冗談じゃないレベルのことをしでかす母親もいるらしいけれど、史織はそうならなくて本当に良かった。息子よりもむしろ息子の彼女とデートがしたいなんてちょっと変わっているけれど、私も良く夕衣や史織ともデートするし。
「史織も博史と行って来ればいいじゃん」
「莉徒ちゃんは?」
がしゃこ、とトースターからトーストが飛び出す。私は一枚を手にとってマーガリンを塗る。もう一枚は史織が取って苺ジャムを塗っている。史織は言動が子供っぽいからなのか、味覚も子供に近い。というか子供のままだ。お寿司はわさび抜きだし、コーヒーはミルクと砂糖をこれでもかというくらい入れる。むしろコーヒーはあまり飲まず、ココアばかり飲んでいる。史織は柚机家で唯一にんじんが食べられないので、カレーの際はかなり細かく刻んだのと、でっかいのを入れている。入れるだけ偉いと思うけれど、でっかいにんじんの方は必ず誰かのお皿に移ることになる。
「私は今そういうのいないし」
「えー、シズ君は?かっこいいじゃない」
もはやトーストから零れ落ちそうなほどジャムを塗ったくって、それを一口かじりながら史織は言った。私はハムを一枚パックから取り出して、マーガリンを塗ったトーストにのせる。
「かっこいい?」
シズというのは私がメインでやっているバンド、Kool Lipsのギターボーカルで、同い年の男の子、
「うん。ママシズくんみたいな子好き」
「英介のがかっこよくない?」
「あー、カッコイイね。夕衣ちゃんにぴったり。でもシズ君もかっこいいよね、パパ」
夕衣の彼氏、樋村英介は写真では何度か見せたことがあった。私にとってはだけれど、あくまでも私見だけれど、ヤツがいいのはホントに顔だけだ。夕衣がヤツのどこを好きになったのかは、まぁ実は良く判るんだけれども、少なくとも私と付き合っていた頃の英介はクズ・オブ・クズだった。ま、それも過去のことだし、今は少なくともそういうところは治ってるみたいだから、あまり多くは言うまい。何せ親友の彼氏だ。
「外見だけなら
「だよねぇ。シズはせいぜいギターのセンスくらいしか英介には勝てないと思う……」
博史の言葉に同意して私は言った。
「えー、そんなことないよぉ。素直で良い子じゃない」
確かにある意味素直だし、友達というかバンドメンバーとしては本当に付き合い易いと思う。
「まぁでもちょっと同じバンドはね」
「恋愛関係のもつれとか?」
「そ。そういうのやらかしたくないんだ、Kool Lipsではさ」
私は中学高校とそれでいくつものバンドを駄目にしてきてしまった。こんな性格だから、という訳ではないのかもしれないけれど、別れ方も下手だったし、とにかく色んな人に反感を買ったし、色んな女に恨まれた。一時期は柚机莉徒と組んだバンドは必ず解散する、という噂まで流れたほどだ。Kool Lipsはもうすぐ結成してから三年になるし、他に男女混成のバンドは組んでいないのでそういった噂もだんだんと影を潜めていっているけれど。
「それはシズ君のこと好きってこと?」
「や、そうじゃないけどさ」
すぐそこに直結するのはやめて欲しい。あまりそういう噂が立つとシズにも悪いし。
「でももし莉徒ちゃんがシズ君のこと好きになったら、気持ちにフタしちゃだめだと思うよ」
「なんで恋バナなんだよ……」
しかも好きでもない相手のことで。
「莉徒ちゃんが今デートする相手がいないって言うから……」
「いないけど欲しいとも言ってない!」
と言ってトーストをかじる。ウマイ。マーガリンとハムのコンビは最強だ。これにスライスチーズを乗せてオーブンで焼くというのもまた絶品だけど、今日のところはこれで許す。というか何故史織はそんなに恋愛モードになってるの。
「えぇ!欲しくないの?」
「んー、今はあんまりいらないかなー。何か燃えるのって最初だけだしさー」
もう二枚、トースターに食パンを入れてスイッチを入れる。さっき焼けた時にすぐ入れとくんだった。不覚。
「えぇー、花の一八歳の言葉じゃなーい」
「そういう史織も四四歳の口調じゃなーい」
私は二人にはあまり自分の恋愛遍歴を話していない。今まで結構な人数と付き合っては別れてきたことも、英介が私の元彼だったことも二人は知らない。
「まぁまぁでも今は恋愛よりも夢中になれるものがあるってことだろ?」
「まぁそうだね」
まだもう少し音楽はきちんとやっていたい。彼氏ができても音楽にちゃんと向き合えるだけの精神状態が作れないうちは、どちらかが疎かになってしまうかもしれない。どちらもうまくできるかもしれないけれど、今はまだ音楽だけでもいい。
「夕衣ちゃんにはあんなにかっこいい彼氏がいるのに……」
「娘の彼氏自慢したいだけか」
「えっ、仲良くなりたい」
まぁそりゃあ娘の彼氏と仲良くできたら理想なんだろうけれど、正直英介が夕衣の親と巧くやっていけるかとか、全く想像がつかなかったりする。まぁ確かにシズなら史織とも博史とも仲良くやっていけそうだけど、当の私が巧くやっていけそうもないのでこれはやっぱり却下するしかない。
「あれ、なんでテレビついてないの?」
いつもなら博史がゴルフのテレビを見ている時間帯だ。見ていても遠慮なくチャンネルは変えるけれども。私はテーブルにあったテレビのリモコンを操作してテレビをつけた。
『以上、sty-xの皆さんでした!』
え。
ぐり、と視線を変えてテレビを見る。もう復活発表をしたのか。昨日諒さんに話されたばかりだったから、まだ発表も先のことだと思っていた。
「ん?」
「え?」
「あれ?なんか見たことあるような人が……」
画面が切り替わるほんの一瞬。何故だか見覚えがある人が映っていたような気がする。諒さんや貴さんは本当に、極稀にテレビに出ることもあるけど、今はsty-xの話だったみたいだし、-P.S.Y-のメンバーが日曜日の朝に映ることはまずないだろう。あぁそうか、昨日見た動画の影響か。
「あれ、なんか誰か携帯鳴ってないか?」
「あ、史織だー」
言って史織が席を立つ。昔の黒電話の音だ。史織は携帯電話の着信メロディの変え方とか知らないから、デフォルトで入っているやつにしかしていない。しかし選りにも選ってそれか。
「マナーモードにしときなさいよ」
「家の中ではいいでしょぉ別に」
良いけどその喧しい着信音は辞めて頂きたい。史織はまだ一枚目のジャムだらけのトーストをお皿に置いて寝室へと歩いて行った。
「あー、莉徒ちゃんも携帯鳴ってるよー。うーうーいってるー」
寝室だとマナーモードの振動音も響くのだろうか。私は二枚目のトーストをかじりながら自室に戻った。
部屋に入ると、着信音が止まった。伝言メモが立ち上がって声が聞こえた。私はディスプレイに表示された相手の名前を見ると通話ボタンを押す。
「おはよー、諒さん」
『おーう莉徒、テレビ見たか?』
「なんかsty-xの?」
見た、とは言えないくらいのほんの一瞬だけれど。
『おー。久しぶりに全員揃ったの見たけど、みんな若ぇわー』
「もっと発表って後だと思ってた」
それこそ復活一ヶ月前だとかそのくらいなのかな、と勝手に思っていた。昨日きちんと訊いておけばよかった。
『まぁでも復活ライブ自体はまだ二ヵ月半先だからな』
「え、結構時間ないじゃん!」
谷崎諒の口からとんでもない言葉が返って来た。
『そうかぁ?イケんだろ』
「つーかちゃんと練習時間取れるんですよね」
コンスタンスに練習を重ねて、それこそ隔月でも毎月でもライブをやっているようなバンドだったら二ヶ月半という期日は大したことはないけれど、今回始めて組もうというバンドで二ヶ月という時間は聊か短すぎやしないか。
『まぁそら取るよ。
ちょっとプロが練習で使っているスタジオというのにも入ってみたい。それはそれで楽しみだ。
「おっけ。何かsty-xのコピーやるの?」
『まぁ一応一曲だけな』
だとしたら。
「Storm Bringerがいい」
『代表作やっちゃまずいだろ』
電話の向こうで諒さんが苦笑したようだった。言われてみれば確かにそうだ。看板曲は恐らく全部やるだろうし、Storm Bringerはその中でも一、二を争う人気曲だ。定番曲はどれも人気があって当たり前。その中でも、比較的人気が高くないものを考えているのかもしれない。
「それもそっかぁ。じゃあ-P.S.Y-の曲は?」
『まぁマイナーなの一曲くらいはいいかもな。オレら一応顔隠すから』
「-P.S.Y-ってばれたらまずいの?」
何もそこまでして、とも思う。顔を隠すと言ってもサングラスをするとか、帽子を深くかぶったりする程度だろうけれども。
『まぁまずかねぇだろうけどさ、一応向こうが気ぃ遣ってんのに、コッチから-P.S.Y-のドラムとベースでーす!ってなぁどうかと思ってよ』
-P.S.Y-をそのまま前座でという話の方がsty-xも大先輩な訳だし、箔が付くと思ったのだけれど、sty-x側が気を遣って、-P.S.Y-程のバンドを前座で使うなんてとんでもない、という方向になってしまったらしい。
「あんま気にしなくてもいいと思うけど……。持ち時間は?」
『三〇分』
「なんだ。じゃあいつもと変わらない感じか」
なるほど。この短時間では-P.S.Y-を使うのも気が引けるのは判る。私たちはどこのステージに出ても、自分たちで企画を打たない限りは、大体三〇分ほどのステージばかりなのでちょうど良いけれど。
『なんだとは豪気だな。じゃあお前らで曲創れよ。四曲もあればいいだろ』
二曲コピーを入れて全六曲構成か。通常のライブハウスほど時間はぎちぎちではないだろうから、多少巻いたくらいの方が良いのかもしれない。それにしても四曲とは無茶をおっしゃる。
「四曲は無理。他にコピー入れたらまずいの?」
『んー。Blueの曲ならまぁいいか。でも歌うのお前らだぜ。オレは創った方がいいと思うけどな』
確かにG's系はすべて男性ボーカルだ。私らが歌うのはきつい。一昨年の夏、まだKool Lipsが走り始めたばかりの頃にThe Guardian's Blueの楽曲をやったけれど、あれは男性ギターボーカル、シズがいるからこそできた曲だ。
「だって二ヶ月半しかないんじゃ詰めらんないでしょ」
『いけるよ。まあお前らの時間の許す限りはスタジオは使えるようにしとくし、アレンジもオレらが手伝うし』
「でも諒さんと貴さん、揃わないことが多いんじゃないの?」
いくらバンドを一つしかやっていないとしても色々と多忙なんだろうし。
『そんなことねぇだろ。たまにはあると思うけど、深刻な事態にはならんと思うぜ』
「なるほど……。私らが前にやってたバンドの曲使うのとかは?」
つまりは、-P.S.Y-の方針かどうかは判らないけれど、諒さんと貴さんは当面はこの復活ライブに活動の焦点を合わせているということだろう。ならば、もう一つ、私は諒さんに提案してみた。曲をやるとしても私と夕衣がやりやすい曲の方が良い。元はロックではないけれど、そこはロックアレンジをすれば良いだけの話だし、ロックアレンジできそうな曲は割りと多い。
『関わってるメンバーに許可が必要な曲はそれが降りれば良し。それがいらねぇ曲ならそれ使えば良し』
「おっけ。じゃあ何とかなるかもね」
それならば以前夕衣とも組んでいた
『大したヤツだなー。プロんなっちまえよ』
「好き勝手にやりたいから無理ね」
色々と縛りのある世界に身を置くのは性に合わない。それこそ音楽を嫌いになりたくないから、メジャーには進出しない、というバンドだってあるくらいだし、その考えは私だって理解できる。
『オレらは今好き勝手だぞ』
「百パーじゃないでしょ」
『良く判るな……』
「伊達にG's系のファンやってないわよ」
どう考えても、誰の意向でもないでしょ、と判る楽曲が紛れていることがある。いくら独立して、レーベルを立ち上げても、出資全てを自分達で賄える訳ではない。どこかしらに誰かしらの横槍が入るのだ。本当に、好きに、自由にやりたいのなら、夕衣のように一人で弾き語りをする以外にはないと思う。
『そらどーも。じゃあどうする?学校あんだろうし、一応明日からどっか一部屋は空けとくようにしとくけどよ』
「曲も揃ってないのにスタジオ入ってもねぇ」
『まぁそうだな』
毎回諒さんや貴さんがレッスンをしてくれるのなら話は別だけれど、別に彼らは音楽教室の講師でもなんでもない。自分たちの仕事は自分たちの仕事で持っている人達だ。
「そういえば-P.S.Y-のスタジオってどこにあるの?」
『四谷に一箇所と新宿に一箇所。あとは長野』
長野!恐らく合宿とかレコーディングとかで使うのかもしれない。リゾート感覚できっと良いところなんだろうなぁ。
「長野は当然却下だけど、四谷と新宿はいつでも使えるの?」
『いや一応マネジに確認は取らないといかんな』
そりゃあそうか。GRAMに所属しているバンドは-P.S.Y-だけではない。まだまだ鳴かず飛ばずのバンドは多いけれど、だからこそ、練習も必要な訳で。
「じゃあしばらくはEDITIONでいいよ」
七本槍市から都心はそんなに離れている訳ではないけれど、まぁまぁ良い時間がかかる。それならば徒歩で行動できる七本槍市で活動した方が良い。諒さんだって貴さんだって家はここなんだから。
『あいよ。じゃあ夕
諒さんの奥さんで、EDITIONの社長でもある人だ。私もEDITIONでアルバイトをしているので私にとっても夕香さんは社長だ。
「うん。宜しく。あとまた近々ミーティングね。まぁメールでもいいけど、ライブの日時とか私らが一緒に動かなくちゃいけない時のスケジュールとか、細かいことも教えて貰わなきゃ」
『あぁそうだな。昨日は依頼だけで終わっちまったしな』
悪かったな、と付け足して諒さんは言った。こっちは大学生とはいえ未成年だ。大人が色々と牽引しなければならないことも多いのだろうし、だからといって完璧な大人などいない。うちの史織なんか四四歳にして欠点だらけだ。だから、私たちでも気付いたことはどんどんと口に出さないと、良い方向には進めなくなってしまうし、言えなかったという後ろめたさから、牽引してくれる人にも色々なことを責任転嫁してしまうことだってある。私はそういうのは本当に嫌だから、できるだけ思ったことは口に出すようにしている。それが生意気だと思われようがなんだろうが。
「そゆこと」
『委細承知だ。んじゃまた連絡する』
「あーい、それじゃ」
諒さんや貴さんの良い所はそういう色眼鏡で私たちを見ないことだ。夕香さんも涼子さんも、年が若いというだけでその人を未熟扱いはしない。私はこんな性格だし、生意気な小娘、くらいには思われているだろうけれど。それでも本当にただ生意気なだけのばかなら諒さんはきっと私に仕事の依頼はしてこない。
「ふぅ」
私は携帯電話を机に置くと着替え始めた。今日は夕衣は英介とデートだって言うし、どうしようかなぁ。
02:トースト 終り
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