第二話「天井から長靴」


その女の家に上がると天井から長靴が降ってきた。


玄関は小型冷蔵庫ほどのギターアンプが占領しており、

小上がりのリビングには足の踏み場もないほど音響機材が散乱していた。




「前は片付いていたんだけどね。」




という女の顔には全く悲壮感がない事が、

乱雑な家をより際立たせていた。




「ほら、こっち。遠慮しないで。」 


女に促され、2階の和室へ上がると

「それ」は居た。


「こっちがぼるで、こっちがひめ。

かわいいでしょう?」


相変わらずの気が抜けた声で私に


「それ」


を紹介する女の目に


「それ」


はどう映っているのだろうか。







空のケージと部屋の端々に置かれたペットフード。


何者かが引っ掻いたであろう、壁の傷と破れた襖の化粧紙。


自らに「これは仕事だ」と言い聞かせ続けないと気が狂いそうだった。



「少し前は押入れにいたんだけどね」


「...そう、なんですか?」


「うん。押入れ、好きでしょう。普通は。」


そんなはずがない。

「それ」が大人しく押入れに収まってる話など聞いた事がない。


おかしい。

絶対におかしい。

と思った時にはもう遅かった。



「それ」

と目が合ってしまった。



『 いいか。

  

 「それ」はお前の「興味」を喰う。


  間違っても、「気にする」な


  「放って」おけ


  俺たちの仕事はあくまで「確認」だ


  絶対に「興味」を持つな』


前任の男の言葉が頭の中で響く。

メモ書きにして、

昨日も何度も声に出して読み込んだのだ。




...大丈夫。

まだ一度目が合っただけだ。


これ以上気にしないでいれば、大丈夫。




「ほら、こうすると喜ぶんだ」


「あは、今日もひめは元気だねぇ」


「よしよし、ぼるは撫でても平気なんだよ」




女は相変わらず「それ」と戯れている。


らしい。


私の目に映る光景は、全く違うものだが。





「それ」は見るものの見せたいものを見せる


人間の「興味」に食いつき

「生活」を蹂躙する

「日常」は「それ」を中心に周り

気づけば「それ」は増えていく




考えるだけで恐ろしい。


一般市民ライセンスではアクセスできない情報統制が敷かれているが、


「それ」によって破滅した

「人生」「集落」の話はこの国において、

かつては口伝で伝えられ、恐れられていた。


地域によっては信仰、畏怖の対象であり、

敬われ、距離を置くことで対処をしていた。


国外ではかつて「国」や「文明」が滅びたことすらあると言う。


風向きが変わったのは、15年前。


民間会社の開発した小型電子デバイスの加速度的な普及に、政府が対応しきれなかった。


「それ」とされる写真が出回り

「それ」は人間にとって素晴らしいものと、

世界の常識が書き換えられた。

「それ」とされるものの動画で巨万の富を築くものすら現れた。



私の仕事は、監察官。


「それ」の個体数の把握と観察と監察。


いずれこの街も「それ」を中心に回る日が来るのだろう。


「それ」と共存していくしか道はない。


観察による客観的な情報収集を続けていけば、

いずれAIが最適な道を提示してくれるはずだ。





そう。

私の仕事は、監察官。


「それ」の個体数の把握と観察と監察。


いずれこの街も「それ」を中心に回る日が来るのだろう。


「それ」と共存していくしか道はない。


観察による客観的な情報収集を続けていけば、

いずれAIが最適な道を提示してくれるはずだ。





...薬が切れかけているようだ。

女に断りを入れ、廊下で錠剤を飲み込んだ。





忘れてはいけない。

私の仕事は、監察官。


「それ」の個体数の把握と観察と監察。


いずれこの街も「それ」を中心に回る日が来るのだろう。


「それ」と共存していくしか道はない。


観察による客観的な情報収集を続けていけば、

いずれAIが最適な道を提示してくれるはずだ。






今日も、そのためにここにきた。






私の仕事は、監察官。


「それ」の個体数の把握と観察と監察。


いずれこの街も「それ」を中心に回る日が来るのだろう。


「それ」と共存していくしか道はない。


観察による客観的な情報収集を続けていけば、

いずれAIが最適な道を提示してくれるはずだ。







今日も、そのためにここにきた。



部屋に入ると

私を待ち構えていた「それ」と目が合った。






私の仕事は、監察官。


「それ」の個体数の把握と観察と監察。


いずれこの街も「それ」を中心に回る日が来るのだろう。


「それ」と共存していくしか道はない。


観察による客観的な情報収集を続けていけば、

いずれAIが最適な道を提示してくれるはずだ。






私の仕事は、監察官。


「それ」の個体数の把握と観察と監察。


いずれこの街も「それ」を中心に回る日が来るのだろう。


「それ」と共存していくしか道はない。


観察による客観的な情報収集を続けていけば、

いずれAIが最適な道を提示してくれるはずだ。






私の仕事は、観察官。


「それ」の個体数の把握と観察。


いずれこの街も「それ」を中心に回る日が来るのだろう。


「それ」と共存していくしか道はない。


観察による客観的な情報収集を続けていけば、

いずれAIが最適な道を提示してくれるはずだ。






私の仕事は、観察官。


「それ」の個体数の把握と観察。


いずれこの国も「それ」を中心に回る日が来るのだろう。


「それ」と共存していくしか道はない。


観察による客観的な情報収集を続けていけば、

いずれAIが最適な道を提示してくれるはずだ。





私の仕事は、観察官。


「それ」の個体数の把握と観察。


いずれこの国も「それ」を中心に回る日が来るのだろう。


「それ」と共存していくしか道はない。


観察による客観的な情報収集を続けていけば、

いずれAIが最適な道を提示してくれる事だけはわかっている。







私の仕事は、監察官。


「それ」の個体数の把握と観察と宿主の監察。


いずれこの世界も「それ」を中心に回る日が来るのだろう。


「それ」と共存していくしか道はない。


観察による客観的な情報収集を続けていけば、

いずれAIが最適な道を提示してくれるはずだ。


それまで、宿主を監察し最適な環境を提示させ続けることで「それ」の健康とご機嫌を伺わせる。














私の仕事は、監察官。


「それ」の個体数の把握と観察と宿主の監察。


やっとこの世界も「それ」を中心に回る日が来た。


「それ」と共存していくことが人類にとっての幸福であり、すべてだ。


観察による客観的な情報収集を続けたおかげで、

AIが最適な法整備と環境保護ガイドラインを提示したのが2年前。


「それ」に有害な植物の撲滅

にはじまり

現在は「それ」に最適な食物のみ、

生産が許されている。


幸いなことに我々が普段食べているものと、大きな違いはない。


「それ」と共存することは人類にとって、

とても容易で合った。


先天的に「それ」に対するアレルギー遺伝子を持つものが迫害された時代もあったが、

現在では任意の遺伝子治療により10年前に根絶されたので問題はない。





私も、今日の業務をもって監察官の仕事を退任する事が決まった。



そうだ。

後任に、前任の言葉を伝えなければ。

歴史は引き継がなければ。



鍵をかけた引き出しから、

古いメモを取り出す。




『 いいか。

  

 「それ」はお前の「興味」を喰う。


  間違っても、「気にする」な


  「放って」おけ


  俺たちの仕事はあくまで「確認」だ


  絶対に「興味」を持つな』






興味?

興味とはなんだろう。



「それ」以外に必要なものがあるとは思えなかったので、

私なりの経験を踏まえて、後任に伝えようと思う。





私が家を出ようとすると、

天井から長靴が降ってきた。




「前は片付いていたんだけどなぁ。

 手狭になったし、また引っ越さなきゃかな。

 じゃあ、行ってくるね。」




部屋を埋め尽くす「それ」に挨拶をして

私は今日も笑顔で仕事に向かう。


「それ」と目が合ったあの日と同じ、

抜けるような青空に、

ふわふわの白い雲が、

今日も変わらず浮かんでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る