連続短編小説「引っ越し日和」
豆腐らーめん
第一話「穴があったら、入りたい」
「もうここら辺でいいんじゃないですか?」
「いや、もう少し。もう少しだけ進んでみよう。」
「でも、、みんなも疲れてますし。。ここ、すごくいいところじゃないですか。ご飯にも困りませんし、風も穏やかだ。」
「それはそうだが、、ここは他の村が近すぎる。ここにくるまでにも人の気配を多く感じすぎた。」
「それは、、そうですけど。」
「...いずれまた、争いになる。あんな思いはもうごめんだろう。」
「…それ言われちゃうとなぁ。」
「...皆には、私から言おう。」
50人ほどのキャラバンは三日ぶりの休憩に、皆安堵した表情でお互いを励まし合っている。
そこから離れ、キャラバンを統率する男とその側近が私たち。
君たちの感覚に合わせれば、40-50代の出世頭の部長と20-30代、入社5年目の若手筆頭、と言ったところか。
私の名はB、若手筆頭はWとしておこう。
名前など、大した問題ではない。
「みんな、まずはここまでの長旅、ご苦労様。良く私についてきてくれた。3日ぶりの安息だ。まずはゆっくり休んでくれ。」
「先生!ここが約束の地、ですよね!」
「きっとそうですよ!こんなに素敵な場所は今までなかった!」
「はぁ、、やっと歩かなくていいのね。たどり着いたのよ、坊や。」
「ははは、本当にみんなよく頑張った。だがここが約束の地かどうかは私にもまだわからない。なにせ、我々が一番大事にしていることは何だ?」
「「朝日!」」
子供たちが声をそろえる。
「そう、朝日を眺めねば。話は全てそれからだ。」
「そうですね!きっと素晴らしい朝日が上がるんだろうなぁ、、」
「明日が楽しみだ!」
「今日は早く寝ようか。」
「いやいや、今日くらい馬乳酒を飲んだって...ねぇ?先生?」
「そうだな。疲れもあるだろうが、まずは今日の安息を皆で祝おうじゃないか!」
幕屋を広げ、手分けをし、宴の準備が始まる。
日没まであと74分。
男たちは馬の手入れに精を出し、
女たちは大事に取っておいた干し肉や穀物を茹でている。
Wは居なくなったとおもったら、雁を2羽狩って帰ってきた。
あやつめ。
夜の支度は馬の世話を第一にしろと言うのに、いつも居なくなってはこれだ。
「先生、Wの馬の世話は僕がやっておきましたから」
「ありがとう、XXXX。だが毎回こうではな、、馬とあいつのためにならん。」
「でも先生、Wの馬は本当に良くWのことを信頼しています。」
「うむ。その通りだ。その通り、だからこそ、な。。うむ。すまない。いつもWのことを気遣ってくれて、ありがとうな。XXXX。」
「いいえ!Wにしか出来ないことがたくさんありますから。きっとそれが一番大切なことなんです」
「Wも人に恵まれたものだ。まぁ、あやつが一番それを感じているか...」
我々はさまざまな理由で集まり、ここまで旅をしてきた。
優しさ故に、騙された者。
秀でた故に、疎まれた者。
美しさ故に、妬まれた者。
病にかかり、恐れられた者。
罪を犯し、追放された者。
出自を理由に、離れざるを得なかった者。
それぞれの理由でここに集まっている。
初めは、何人いたか。
そう。11人いた。
離合集散を繰り返し。
気づいたら1人になっていたこともあった。
風向きが変わったのは、Wと出会ったてから。
とある湾のほとりで出会った彼は、生まれながらに1人だった。
魚を獲り、寂しさもなく、当たり前に、一人で、日々を暮らす。
集落とも関わりながら、適度な距離を保つ。
自由な彼は、なぜか私についてきた。
気づいたらもう10年の付き合いだ。
自ら責任を持てる事だけを行い、否定も肯定もせず、ただ存在を認め合う。
彼にとっては当たり前のそれが、人々の希望だった。
私自身も、彼にはとても救われた。
だが、なぜ彼が私についてきたのか。
それは私にとって最大の疑問であり、
どうにも聞けないでいる。
何か期待はずれのことはないだろうか。
勘違いさせていないだろうか。
10年の付き合いでも、歳が離れていれば。
親のような目線になってしまうのは致し方ないだろう。
本当はもっと語り合える仲になりたいのだが、全ては私の弱さ故、だ。
さて。
日没まであと10分といったところか。
子供たちが採集を終えて帰ってきた。
食材が揃い、準備が揃った。
日暮れの礼拝を行い、宴が始まる。
普段は武器でしかない、弓や棍棒がリズムとメロディーを産む。
女たちは思い思いに歌を重ねる。
男たちは女たちへ想いを込めた詩をどう伝えるか、競い合っている。
何日ぶりの宴だろうか。
皆本当に楽しそうだ。
本当にここが約束の地だったら、どんなにいいか。
馬乳酒を二杯飲みほす頃には、そんなこともどうでも良くなって眠りについた。
翌朝。
期待に胸を膨らませたキャラバンのみなと共に、日の出を待った。
雲一つない快晴。
背後にはまだ夜があり、星が瞬いている。
みなが見据えるペルシャンブルーに沈む空に、茜が差し始める。
あぁ、これ以上ない。
なんて素晴らしい朝日だ。
どうして今日なのだ。
雲の一つでもあれば、何か言い訳もあったろうに。
こんなに素晴らしい朝日の前では、どんな言葉も透けてしまう。
しかし、ここではダメなんだ。
ああ、どうすれば....
その時。
「先生!見てください!」
1人の子供が声を上げた。
Wが応える。
「あれはなんだ??湖?いや、もっと広い...」
地平線が煌めいている。
海だ。
海まで来たのだ。
森を抜け、砂漠を抜け、街を抜け、戦いを超え、死を越えて、別れを超えて、歩き続けた。
そして、たどり着いた。
もう、ここが最後だ。
ここが、約束の地だ。
人が増えすぎたのだ。
争いながら、生きていくしかないのか。
これからも、血が流れるのか。
志半ばに、倒れた仲間の墓前になんと言えば良いのか。
.....いや、よくやった。
よくやったのだ。
5000人が、50人だ。
途中で住み着いた仲間もいる。
元より幸せになったことは確かなのだ。
20年かけたのだ。
それだけの旅だ。
よくやった。
よくやった。
「本当だ、、どこまでも岸が途切れない。」
「なんで綺麗なんだ...」
「あんなにたくさんの水があるなんて...」
「あぁ、ここが約束の地...やっと旅が終わるんだ」
大人たちも、皆納得するだろう。
あとは私が宣言をすれば...
覚悟を決めた私は、何度となく発してきた言葉を。
これが最後、と自らに言い聞かせ。
発そうとしたその時だった。
「違うよ!もっとその先!ほら、山が見えるよ。」
最初に声を上げた子供が、そう言った。
島だ。
島が見える。
それもとても大きい。
山の稜線を、島の輪郭を。
太陽の輝きが照らしている。
「ねぇ、先生!あれは何??」
私に、迷いはなかった。
「あれだ。あれこそが、約束の地だ。
日、出づる島。
誰もまだ踏み入れた事のない、
争いのない平和の地。
険しい水と風と山を抱き、
近づくのは容易ではない。
だが、
それこそがたどり着いたものを守る砦。
さぁ、あの地へ共に行くものはいるか!
1番にあの土地を踏みたいものは誰だ!」
何度も繰り返した夢物語。
体に染み付いた文句。
お決まりの、セリフ。
だが。
初めて実感を込めて、私は発した。
「先生!行きましょう!今すぐに!」
「僕が一番に行きます!」
「ははは。そう焦るな。
じきに冬が来る。まずはあの水を越える備えをしなければ。
それに...もしかしたらあの水を越える術が生まれるかもしれない。
皆、忘れてしまったのか??
冬にだけかかる、幻の橋の詩を...」
「そうだ!約束の地があるのだから、幻の橋もきっと存在する!」
「そうだそうだ!」
「そう。
我々は必ず辿り着く。
しかし容易では無い。
ここからは皆の働きにかかっているのだ。
それに、ここだって十分、素晴らしい場所。
無理をして水を越える必要がある者ばかりではないだろう。」
「ここまで来たんだ、最後までついていくにきまってるでしょう!」
「わぁ、ここよりも素晴らしい場所があるなんて、、」
「こんなにワクワクするの、初めてです。」
「もうすこしだけ、頑張るわよ。坊や。」
「そうか。
そうか。
では、今日から忙しくなるぞ!
冬はもうすぐそこだ。
Wのように仕事をほっぽり出すような奴は置いていくぞ!」
「「はい!」」
それからの皆の働きは見事だった。
男も女も子供も老人も。
力のあるものもないものも。
知恵のあるものもないものも。
各々が各々の役割をこなし、十分な蓄えを作ることができた。
危惧していた、他の部族との争いもなかった。
そのため、準備期間を伸ばし、季節を一巡り待つことにした。
季節による風の変化に海の変化。
期待していた海の凍結の兆候も、確認できた。
Wはまた勝手な単独行動に出て、三ヶ月ほど戻ってこなかった。
が、
「南に、岸の間がもっと狭い箇所がありましたよ。
冬の間だけ出来る、氷の橋も見ました。
あ、先生も見ました??
やっぱり先生の言った通りですね〜
ね??ね??
たまには俺も役に立つでしょう?」
...などと無邪気に笑いながら言ってくるからタチが悪い。
誰もお前を叱ってやれないではないか。
いよいよ海を渡る、その日の朝。
子供が発した一言が、私を困らせた。
「ねぇ、先生。約束の地に、名前はないの?」
「そういえばそうだ」
「どうして今まで気にしなかったんだろう」
「名前、知りたいわ。」
はて、どうしたものか。
名前なんて、ないのだ。
約束の地、など。
みなを奮い立たせるための、口から出まかせだ。
子供の頃出会った老人の、妄言を脚色したにすぎない。
うーむ。
心の内を誰にも気づかれないよう、
いつものように意味ありげな表情を作っていると、
Wが無邪気な笑顔でこちらを見つめている。
あやつめ...
そう。
今となってはWにしか話をした事のない、一つ目の物語がある。
大言壮語も良いところの、自分でも笑ってしまうような夢物語の中の夢物語。
私自身でさえその物語の小っ恥ずかしさに、
未だに幕屋の中で夜な夜な一人悶絶するほどの...
「先生、あの話の、あの名前、ですよね?」
Wが口を開いた。
この男、、、
偶然を装い海に沈めてやろうか...
「えっ、Wは知ってるの?」
「教えて教えて!」
「ほう、流石Wだ。先生と一番長い付き合いなだけあるなぁ」
「ははは。僕からは言えないなぁ。それにみんなも、先生の口から、聞きたいだろう?」
「うん!」
「教えてください、先生!」
仕方ない....
「皆に秘密にしていたのには、訳がある。
名前だけでもあまりにも強大なその魅力。
悪しきものが聞きつければ、
たちどころに争いの中心に彼の地はなってしまうだろう。
だがそう、
今日この場において悪しき者が居ようはずがない。」
皆が私を見据え、静かに頷いた。
「時は満ちた。
そう、彼の地の名は...
彼の地の名は....
彼の地の名は...
いや、まだ早いな。
上陸のその瞬間に教えよう。」
あまりの恥ずかしさに、私は逃げた。
だが仕方ないだろう?
「東の彼方の黄金郷」など、中二病もいいところ...
しかし、、
いよいよ上陸したら言わなければいけないのか。
あぁ、穴があったら入りたい...
おわり。
時代設定は、あなたにお任せ。
登場人物は、僕らの祖先。
僕らの住む、この土地の名は、ジパング。
誰かがきっと、たどり着いた場所。
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