第4話 世間に公表されていない情報を見るとなんだかソワソワしちゃうよねって話


「……配信者として一番大切なことは、視聴者を楽しませることです」


藍原さんの言葉に、俺はハッとした。


今まで俺は配信者という主観的な考えで必要なものを答えてしまっていたが、考えてみればそもそも配信者というのは見てくれる視聴者があってのもの。

客観的に見れば視聴者を楽しませる気のない配信は確かに見てて苦痛以外の何物でもない。

……まれに自己満足配信を好む人もいるが、大半は見てる方も楽しみたいと思うだろう。


俺も楽しくない配信はすぐにブラウザバックしちゃうしな。


「最初に言っておきますが、企業で配信するということは個人で配信する人とは意識の差が大きく違います。それは、まず個人で始める人はどうやって人を集めるか、いかに定着してもらえるかを試行錯誤する期間がありますが、企業勢はその過程をすべて飛ばすからです」


俺が相槌を打っていると、藍原さんは先ほどとは打って変わって饒舌(じょうぜつ)に話し始めた。


っていうかこんなに長く話せるんかこの人……。

あまりにも端的にしか話さないから長文を話せない呪いにかかっているんじゃないかと思ったわ。

呪いでなきゃあの地獄の問答は納得いかないぜ……。


「企業勢は最初から視聴者が一定数存在します。だから、何も考える必要がありません。……まぁ考えないは語弊(ごへい)があるかもしれませんが、意識の明確な差は必然的に生まれてしまいます」

「……なるほど」


まぁそれはそうだろう。

この人の言う個人勢というのはその名の通り、企業に所属することなく、個人で配信はもちろん、企画、コラボの打診、動画編集や収益の管理などを行っている人のことを指す。


一般的にはVtuberにはこの"個人勢"と"企業勢"の二種類のパターンが存在する。


今、藍原さんが言っているのはそのままの意味で、企業でデビューする形のVtuberは、そもそもの企業知名度や期待値が既に高水準で存在する。だから初配信でも同時接続数—――いわゆる同接(どうせつ)と呼ばれる配信を見ている人の人数が数百から数千を超える。

一方で個人勢は知名度がなく、一から視聴者を獲得することが必要になる。

初配信どころか、しばらく視聴者が見に来てくれないなんてことも当たり前に起こる個人勢の世界はいかに他のVtuberと違うか、面白いかなどが問われる。

とは言ったが、個人配信はデメリットばかりではない。

個人で動画編集などをしているため、収益の分配をする必要がないということは、稼いだお金をすべて自身のものにできる。企業理念に縛られることがない。発言に制限がないなど、多くのメリットもあるのだが、その話はまたの機会にしよう。


「だからこそ私はこれから起業に所属して配信を行う方に、最初にこう言うようにしています」

「……はい」

「まずはあなた自身が楽しいと思える配信をしてください」

「……?」


ん?

それは自己満足配信でもいいということだろうか?


「すみません、質問いいでしょうか」

「はい、どうぞ」


藍原さんの許可を受け、俺は質問する。


「自分自身が楽しいと思える配信というのは、いわゆる視聴者を置いていっても問題ないということなのでしょうか?」

「……端的に言えばそうなりますね」


えぇ~~~!

そうなの!?

配信業界に詳しくないからわかんないけど企業としては問題ないのか!?


そう俺の疑問に答えるように、ただ、と続けて藍原さんは話す。


「ただ、私が言っているのは"視聴者を置いていくために配信をする"ということではありません」

「……それはどういう……?」

「私が言っているのは、"視聴者をついてこさせるための配信をする"ということです」


あ~……なるほど?


「配信者と視聴者の関係は、しばしば曖昧(あいまい)になるかもしれません。確かに視聴者がいなければ配信はできません。ですが、同じように配信者がいなければそもそも視聴者はいません。……視聴者の意見を取り入れるなとまでは言いませんが、数千人数万人もの視聴者の意見はそれこそ千差万別。視聴者の意見に従い続けている配信者なら、要はあなたである必要が全くないんです」


あぁ、なるほど!

視聴者の意見ばかり聞いて自分の意志のない配信をするだけならば誰でもできるから、個性がなくなるってことを言いたいのかな?

結局のところ、自分が楽しいことをしていても見る人は見続けるし、見ない人は見なくなっていくから問題ないってことなんだろうか。


……っていうか、それよりもさっきから気になっていたんだが。

この人ずっとあなたって言うけど俺の事だよな?

なんか俺が配信するみたいな口ぶりだけど……。

えっ? ちょっと待って?

この面接って……?


「あ、あの、すみません、再び質問いいでしょうか」

「大丈夫です。……が、もしこの面接についてお聞きしたいのであればこれからお話いたします」

「あっ、でしたら大丈夫です。失礼いたしました」


こっわ!

エスパーかよ!?

それに、その無表情の顔が怖いんだって!


「お察しの通り、麻沼様はこれから株式会社バーチャルファンタジアのVtuberとしてデビューしていただくことになります」

「えっ!? ではこの面接は一体……」

「よく勘違いされる方がいらっしゃいますが、そもそもこの面接の目的はあくまで人と円滑なコミュニケーションができるか、時間に厳守できるかを確認する場で、合否の判定は書類審査で既に決まっています。でなければかなりの応募者と面接することになってしまいますから」


えぇ……そうなの……?

就職において書類審査が一番重要とは聞くけど、それが全てだってんだから驚きだよまったく。

ていうか普通に聞いてたけど、俺がVtuberデビューだって???


「では、こちらが麻沼様の配信するためのアバターになりますのでご確認お願いします」


そう言って藍原さんは持ってきていたバックから一枚の書類を取り出し、机の上に置く。

そこにはアバターと呼ばれるキャラクターの名前や設定、立ち絵などが書かれていた。


えっと、なになに?

名前は『ア=サー』? 何て読むんだこれ……アーサーって読んでいいのか?

っていうか麻沼って俺の苗字にかかってるのは狙ってるのか……?

ま、まぁ、それはいいとして、設定はなんだ?

『バーチャルの世界に現れた五つの聖剣を持つ者のうちの一人。

一国の王だが、自意識過剰がゆえにいつも空回りしてしまう』

……自意識過剰……?

いやいや、俺の事じゃなくて設定の事だろう。うん。

それに。


「この五つの聖剣を持つ者のうちの一人、ってことは、他にもいるってことですか?」

「はい、麻沼様のほかに四名の方が"同期"としてデビューする予定です。他の方も確認なさいますか?」


おぉ! 同期!!! それはぜひ見てみたい!!

前回の会社では無理やりに営業部に配属されたせいで同期が一人もいなかったが、やっぱり同期って良い響きだよな!!!!!


「こちらが同時期にデビュー予定の四名になります。……言い忘れていましたが、どれも守秘義務があるものですので決して口外しないようにお願いします」

「はい! それはもちろん」


まぁ口外する友達もいないしな!

ははっ。はっ。はっ……。


……さてさて、そんなことはどうでもよくて、だ。

俺は同期と呼ばれる人の書かれている情報を順番にざっと見る。


シグ=フリート。

バーチャルの世界に現れた五つの聖剣を持つ者のうちの一人。

年齢が三百歳を超える人と竜のハーフだが、山に籠っていたせいで世俗に疎いところがある。


おぉ! 竜人ってことか! 

やっぱり設定が人間だけではないところがVtuberの良いところだと俺は思う。


皇(すめらぎ) 帝都(ていと)。

バーチャルの世界に現れた五つの聖剣を持つ者のうちの一人。

世界征服を目論む王の一人はバーチャルの世界をも征服すべくやってきた。


おいおい王が二人もいていいのか?

いていいんです! それがバーチャルの世界だから!

……でもこっちのが紹介文も名前もかっこいいからこっちが良かったなぁ……。

いやいや、それは流石に『ア=サー』を生んでくれた人に失礼か。


グレイブ=ソラス。

バーチャルの世界に現れた五つの聖剣を持つ者のうちの一人。

最高の夫を見つけるために旅をし続ける孤高の女騎士。


この人は女性になるのかな?

こんな設定が課されている人は一体どんな人なんだろうか……。

そして最後の一人は?


オリヴィエ・G・ヴァイス。

バーチャルの世界に現れた五つの聖剣を持つ者のうちの一人。

聖剣の謎を解くために日々研究を続ける魔法剣士。聖剣を持っているが魔法のが強いのだとか。


……ふぅ。

やっぱりVtuberってのは良いものだな。

そこまで詳しいわけではないが、こういった説明文を見るだけでも十分に楽しめるコンテンツは素晴らしいな。


満足した俺は書類を藍原さんにお返しする。


「ありがとうございました」

「……確認が済みましたら、次はこの書類に記入をお願いします」


そう言って藍原さんは再びバックから書類を取り出した。

就業規則やら、契約書やらと記載されたその書類はざっと見ても二十枚ほどは見えた。

え……まさかこれ全部……?


「はい、全部です」

「……あの、心を読まないでください……」


俺はそこから一時間ほど、無表情の藍原さんに見つめられながらも、すべて書き終えるのだった。

はぁ~~~~~……疲れた……。


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