第3話 配信者にとって一番大切なのは多分めげない心だと思います


「配信者にとって、一番大切なことは何だと思いますか?」


俺の目の前には綺麗な女性が凛(りん)とした姿で座っている。

人が背筋を伸ばしている姿を見ると、釣られて自分も伸ばしてしまうあの現象ってなんなんだろうね。


俺は目の前に座る女性の問い掛けに、はっきりとした口調で腹の底から声を出す。


「トーク力ですッ!」

「違います」

「えっ?」


あまりの返答(レスポンス)の速さに、心の声が漏れてしまう。

いやいや待って?

その速さはあらかじめ否定する気満々じゃなかった???

普通に配信者はトーク力が命なんじゃないの?

俺は伸ばした背筋を少しだけ丸めながら、女性の答えを待つ。


いや、待っているのだが……。


「……」

「……」


彼女は俺の意見を否定するなり、沈黙(ちんもく)した。

まるで俺が答えを言うのを待っているような。

……いいだろう!

受けて立とうじゃないか!!!


「頭の回転の速s—――」

「違います」

「コメントの対応りょk—――」

「違います」


だぁああああああああああああッッ!!!

やってられるかこんなモンッ!!!!

その否定の速さは俺が絶対に当てられないことを見越してないと無理だろうがッ!!!

そしてアンタはなんで澄まし顔してんだオラッ!!!!

絶対にこれで決めてやらァッ!!!!


「圧倒的声の良さッ!!」

「……」


おっ!?

初めて黙り込んだぞ!?

これは当たったか!?

そうして俺が期待に満ちた眼差しを、彼女は見つめ返しながら、口を開いた。


「―――違います」


あぁ、神様。

神はどうして私にこのような試練をお与えになりますのでしょうか。

ここに来たのは私の意志でしたが、まさかこんなことになるなんて……。


最初は期待に満ちていたはずなのに一体どうして……。


俺は伸ばしていた背筋を子猫のように丸めながら、過去を思い出していた―――。



★☆★



「やっぱ風呂はいつ入ってもいいよなぁ~」


俺は浴室から出て、体を拭きながら鼻歌を歌う。

今日から会社は夏季休暇に入り、俺は一週間近くの自由な時間を確保できる……はずだった。

俺は昨日の出来事を思い出し、軽くため息を吐いた。


「まさか会社クビになるとは思わなかったわ~……」


一週間近くどころかこれからずっと自由な時間が手に入るとは……。


事の始まりは大手証券会社に入社したところから始まる。

俺は入社時、本来であれば経理部に配属される予定だったのだが、顔の良さが仇(あだ)となり営業部に強制異動。

そこからは俺の顔の良さと声の良さ目当てで担当のお客さんが急増し、なんと俺は入社して一年目で営業部トップの成績を収めた。

そんな出来事が起こると、次に発生したのはもうおわかりだろう?


そう、職場内での嫌がらせだ。


職場の先輩方は俺が好成績を残したせいで、上司から圧をかけられていたらしく、それがストレスとなり、やれ俺が枕営業してるだの、俺が女性を誘惑してるだのといった噂を流すようになった。

まぁ、正直その程度の嫌がらせならメンタルが強い俺は全然気にしなかったんだが、ここで再び大事件が発生した。


上司のさらに上—――代表取締役のお偉いさんが、娘と婚約するように持ち掛けてきたのだ。


いやぁ、あん時は今時そんなことする人いるんだと思ったね。


婚約についてどうなったかって?

そんなの俺がクビになったのならわかるだろう。


めちゃくちゃタイプじゃなかったんだ……。


俺のイメージでは、お偉いさんの娘は眉目秀麗(びもくしゅうれい)で成績優秀、社交性が高いと踏んでいたのだが、実際に会ってみると、顔はそこそこで成績も平均。社交性に至っては俺が話しかけても相槌すらなかった。

まぁ、俺が顔が良くて成績がそこそこいいから俺と比べるのが間違いではあるんだが。


そう、まぁとにかくその娘(こ)が俺のタイプではなかったワケで。


俺は丁重にお断りの旨を伝えると、なんとなんと代表取締役が大激怒!


そこからは早いもので、俺は早々に解雇され、そのついでに娘に暴力を働いたとの嘘をばらまかれ……あぁ、昨日のこと思い出したらまたお酒を飲みたくなってきたな……。


俺は体を拭き終え、洋服を着てリビングに戻り、携帯を手に取る。

すると、携帯にメールの通知が来ていることに気が付いた。


「なんだこれ? 株式会社バーチャルファンタジアから……?」


俺はそのメールを開いた。


――――――――――――――――――――――――――――――――


麻沼(あさぬま) 啓(けい)様      株式会社バーチャルファンタジア

                 代表取締役社長 黒住(くろずみ) 海(かい)


        オーディション通過のご連絡


拝啓、ますますの―――(中略)—――この度はVtuber三期生オーディションにご応募いただきありがとうございます。厳正なる審査により、この度、オーディションを通過と判断し、面接をしていただく運びになりました。つきましては後ほど下記番号よりお電話かけさせていただきますので、何卒ご了承いただけますと幸いです。


Tel:03X-XXX-XXX


――――――――――――――――――――――――――――――――


なんだ?

オーディションの通過……?

なんかしたっけ……?


俺はメールの内容を見て、おぼろげながらも昨日の出来事を思い出し。

あぁ! そういえば酔って応募してたなと思い出す。

……てか、オーディション通過!?

それってつまりオーディション通過ってことだよな!?(脳死)


いや、でも面接があるって……。


Prrrrrrrrr。

「うわぁっ!?」


俺は手元に持つ携帯が急に鳴り響いたことに驚き、危うく落としかける。

いやいや、落ちるなんて縁起悪いって……などと思いながらも電話番号を見ると、ちょうどメールを見た相手の企業—――株式会社バーチャルファンタジアからの電話だった。


恐る恐る電話に出ると、ハキハキとした女性の声が耳に響き渡る。


『私、株式会社バーチャルファンタジアの藍原(あいはら)と申しますが、こちら麻沼様の携帯でお間違いないでしょうか?』

「……はい、麻沼 啓と申します」


こういったかしこまった電話の受け答えは俺も営業で学んでおいてよかったなと思う。

正直就職したてのころは二重敬語だのよくわからんトラップによく引っかかっていたからな。


「……ありがとうございます。早速ですが、メールの内容はご確認いただけましたか?」

「はい、確認いたしました」

「ありがとうございます。そうしましたら早速面接の詳細をお伝えさせていただきたいのですが、ご希望の日にちはございますか?」


俺は藍原さんの問いに少し考え、考える理由もなかったことを思い出した。


「いつでも対応可能です」


だって仕事クビになってるしな!

そんな俺の言葉に、担当の藍原さんが少し時間を置き、日程を提示する。


「では、早速になりますが、本日の午後四時ごろはいかがでしょうか?」


俺は部屋の時計が午後二時を指しているのを見て、返事をする。


「はい、大丈夫です」

「ありがとうございます。そうしましたら午後四時から面接をさせていただきたいのですが、本社に直接来ていただく場合と、オンラインでお選びいただけますが、いかがいたしますか?」

「直接伺わせていただきます」


せっかく今を時めく企業の本社に行けるのなら行っておくべきだろう!

俺の記憶が間違っていなければ、俺の家から株式会社バーチャルファンタジアの本社は確か近かったと記憶している。

それならば行ってみたいと思うのが普通だろう。


「そうしましたら午後四時にお待ちしております。ホールにつきましたら、受付の方に藍原をお呼びくださいと申し付けください。他に何かご質問はありますか?」

「いえ、特にありません。ありがとうございます」

「はい、それではお待ちしております。失礼します」

「失礼します」


そういって俺は電話を切る。

めちゃくちゃ丁寧な口調だし聞き取りやすかったし、正直彼女もVtuberの一人なのではないかと思ってしまったな。

あまりのトントン拍子に進んでいく話に、やっぱり大手企業なんだなと実感した。

さて、お風呂には入ったからあとは服着て本社に向かうか~。


俺は早速、面接用にスーツを着直し、クソ暑い外に出るのだった―――。



★☆★



死ぬ……暑さで死んでしまう……。

俺は砂漠のオアシスを求めるかのように日陰を歩いていた。

日差しはやや沈みかけてきているが、それでも照り付ける太陽は歩く人々の体力を確実に奪っていた。

今日は平日ということもあってかいつもより人通りは少ないが、それでも溢れんばかりの人の群れを見ていつも思う。

いつ来ても人がたくさんいるって普通に考えて人口密度ヤバくない?

普通に考えて観光地でも何でもない横断歩道にまるでこれからフェスが行われるかのように群がる群衆はやはり異常だと思う。

そりゃこんなに人がいたら暑いわな……。

俺は額に流れる汗を拭いながら、目的地へと歩く。


歩き始めてから数十分。お目当ての本社は、すぐに姿を現した。


見上げなければ全容が見えないような高いビルに、高級ホテルのようなエントランス。

入り口の近くには二人の警備員が注意深く警備しているその光景はテレビ局かと見紛うほどだった。

……まぁ配信業界もテレビに参入してきているから実質テレビ局みたいなもんなのか?


俺はそのまま恐る恐る本社の入口に足を進めた。

うわ~! なんかVtuberの事務所とか入っていいのかわからんドキドキがあるな……。

すげぇ心臓がバクバクしてらぁ!


これが緊張によるものなのか、期待によるものなのかはわからなかったが、俺の心臓はかつてないほどに鼓動していた。

入り口近くまで行くと、警備員に俺は止められる。

遠くから見ても大きい体は、目の前に来ると異常なほどの圧を感じた。


「失礼ですが、社員証などはお持ちですか?」

「あっ、いえ、今日は面接で……」


普段の営業であれば緊張しないのだが、こんな屈強な男二人に囲まれる経験は初めてだし、委縮(いしゅく)しないほうがおかしいってものだろう。

俺の面接と言う言葉に、警備員はインカムのようなもので誰かと何やら一言二言交わすと、俺を中に通してくれた。


「うぉ~……!」


中に入ると、まさに芸能人とかがいそうな雰囲気を醸し出す高級感がそこにはあった。

見たことのないその景色に、俺は子供のように周囲を落ち着きなく見まわしてしまう。

中で歩いている人を見かけるたびに、あの人もVtuberなのだろうかと勘繰(かんぐ)ってしまうのは、夢がないだろうが仕方のないことである。


Vtuberとは2DCGや3DCGのアバターを用いて動画配信や動画投稿をする者のことを指す。

Vtuberとして活動する者は、視聴者に非現実を届けるために配信中はVIRTUAL(バーチャル)の世界で過ごしているという人もいるが、基本的には俺たちと同じ三次元にが声を当てている。

……まぁ、もちろん中には本当にバーチャルの世界で生きている人もいるかもしれないが。


そんなことを考えながらも約束の時間が迫ってきていることを思い出し、俺は高級感あふれる受付にいる方に話をしに行く。


「すみません、面接に来た麻沼と申します。藍原様はいらっしゃいますか?」

「はい、藍原様の担当される面接の方ですね。ご案内いたします」


そう言うがすぐに受付の方はエントランスにある小部屋に案内してくれる。

室内には簡単な椅子と机があることから、恐らくここが応接室なのだろう。

部屋に入ると、受付の方に座って待つように促(うなが)されるが、こういう時座って待っていいのかわからないよね。

正直立ってる方が不自然なんだけど、座ってるとどうしてもそれはそれで気まずいというか……。

そうして俺が座ろうか座らないか悩んでいると、再び扉が開き、一人の女性がお辞儀をするので、俺も合わせるようにお辞儀をする。


「初めまして。本日面接を担当させていただく藍原(あいはら) 鈴音(すずね)と申します。よろしくお願いします」

「麻沼 啓と申します。本日はお忙しい中お時間を取っていただき、ありがとうございます」


その一連のやり取りをして藍原さんは椅子に座り、俺にも座るように促す。

失礼しますと声をかけ、椅子に座ると、藍原さんは俺の顔を一点に見つめてくる。


……俺の顔になにかついてるのか……?

いつもならば俺の美貌に見惚れているのだろうとのたまうところだったが、そんな空気を一ミリも感じず、緊迫した空気が流れ始める。

何を言っていいのかわからないまましばらく時間が過ぎた後、藍原さんがようやく口を開いた。


「……失礼しました。あまりにも現実味のないお顔でしたのでつい」


……何を言ってるんだこの人は?????

現実味のないお顔ってのは誉め言葉か??

いや、でもこの人の口調からすると皮肉にも聞こえるが……。

いやいや、それよりもそんなこと面と向かって言うか!? 普通!?

……いや、まぁ、これは気を紛らわせてくれたのかな?

それなら俺も少しだけ砕けた感じで話してもよさそうかな。


「いえ、言われ慣れてますので!」

「そうですか」


そ、そ、そうですか!?

そんな淡々と興味なさそうに答えられることある!?

そっちから仕掛けてきたよね!?

この人表情も常に一定だから感情が読めないし!!!

ここまで無表情な人初めて見たんだけど!?


無言の空気が続く中、俺が心の中でそんな突っ込みをしているのもお構いなしに、藍原さんが再び口を開く。


「スーツでいらっしゃったのですね。前職は何を?」

「はい、前職は〇〇証券会社というところで―――」

「そうですか」


そ、そ、そそそそそうですか~~~ッ!?

まだ話してる途中だったんですけど!?

こういうのって普通ちゃんと聞いてなんか評価するもんじゃないの!?

これもしかして最初から受からせる気ないのか!?

そうしてまた無言の気まずい時間が続く。


そのあとも定期的に投げかけられるいくつかの問答を経て(毎回藍原さんのそうですか攻撃が続いたが)、そうしてついに俺は、例の質問を投げかけられる。


「配信者にとって、一番大切なことは何だと思いますか?」


その後は最初に語った通り。

見事なまでに総反撃を食らい、俺の心は既に消沈しかけていた。

これは普通に面接落ちたでしょ……こんなに外すことある?

この企業に所属する人みんなこんな鬼みたいな面接されてきてんの?

そりゃアンチコメントに上手く対処できるわけだわ……。

俺はこの会社でVtuberとして活動する方々に尊敬の念を送りつつも、目の端に微かに滲む涙を抑え、この日、初めて藍原さんに問いかけた。


「……すみません、わからないので教えていただけませんか?」


俺の問いに、再び即答せずに少しの沈黙を置いて藍原さんは答えた。


「……配信者として一番大切なことは、視聴者を楽しませることです」


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